●語る=聞く、書く=読む
p.26
ロゴスとは、第一義的には右のような始源的分節化を可能にする言葉である。
そしてその意味発生の現場にあっては、
単に「語る、書く」ことがロゴスの働きなのではなく、
「聞く、読む」ことも同じ働きとみなされる。
ヘラクレイトスの
「おまえたちが、私にではなくロゴスに聞いて、
同じロゴスで<全ては一である>と言うのが賢いことだ」(断片50)
という文に独自の解釈を与えたハイデガーは、
「レゲイン=語る=とり集めて前に置く=聞く=<存在>が隠れなさのうちへと現前する」
という等式で結び、
<ロゴスとしての言葉>と<生成する存在>との関連に従来の形而上学とは全く異なった
新しい光をあてたのであった。
p.27
そうしてみると、
俗に言われるようにロゴスとはかさかさした<理性>、<合理的精神>、
A/非Aのディジタルな二項対立的思考だけではないことが見えてくる。
そればかりか、世界のロゴス化の運動、意味生成の現場にあっては、
「語る、書く」行為と「聞く、読む」行為は
もはや分けられない同じ差異化活動であることも了解される。
最終更新:2008年06月26日 00:29