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光と闇の文化

 ロゴスとパトスの問題は、こうして人間と言葉・意識のみならず、
 これが構成する文化そのものの重層性を示唆してくれるように思われる。
 文化とは、
 一面こそ秩序と制度からなるディジタルな二項対立の網(表層のロゴス)
 であっても、
 同時にアナログな生命(レーベン)の波動(深層のロゴス)でもあるのだ。
 私たちは、
 表層意識を支配する合理的・科学的で透明なモデルでは説明できないものによって
 身の深部から突き動かされ、
 死や虚無への恐怖、呪いや愛憎の織りなす不透明な世界に生きている。

 しかしながら、
 そうだからといって短絡的に合理主義を否定して神秘主義に走ったり、
 西欧の表層ロゴス的思考を一切排除して登用しそうに戻ってはなるまい。
 これでは先に述べたような既成の土俵の上を、
 文字通り東西に往復しているだけの話だからである。
 「ロゴスかパトスか」「理性か感性か」という二者択一思想こそ、
 私が表層のロゴスと呼ぶ硬直した発想以外の何ものでもないだろう。
 私たちは西欧的発想を学ぶことによって自らの文化を相対化するとともに、
 東洋の叡智をテコにして西欧的価値観を多元化していかねばならない。
 <大和ことば>の伝統をもつ日本人は、
 その点でかなり有利な立場にいるのではあるまいか。
最終更新:2008年06月27日 12:49