秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ(天智天皇)
歌意
秋の田の稲の刈穂を収めて見守る仮小屋の、
草葺の網目が粗いので、私の着物の袖は夜露にしきりにぬれ続けるよ。
主旨
秋の野小屋で、夜を過ごす農夫のさびしくつらい心情。
表現と鑑賞
重ねことばの「かりほの庵」を含めて
「秋の田のかりほの庵の」と柔らかな響きの「の」を連続させて作り出す
なだらかな音調や、
継続の「つつ」の働きによって余韻を残す表現は、
すでに平安朝的な技巧による改変のあとを感じさせる。
『万葉集』には同じような素材で
「秋田刈る仮庵を作りわが居れば衣手寒く露ぞ置きにける」という類歌が見え、
このような作者不明の歌が伝えられるうちに、
表現を変化させられたかとも言われているが、
天智天皇の作として味わうと
秋の夜更けの野小屋でもれる夜露と孤独とに耐えている農夫の姿が
人間的なあたたかい心で素朴にとらえられていて、
その気持ちが直接的に読む者の心に響いてくるのだろう。
語句・文法
秋 陰暦の7・8・9月。
の すべて連体・格助詞。
かりほ 「刈り穂」と「仮庵」とを掛ける掛詞。
・刈り穂・・・刈り取った稲穂。
・仮庵・・・農業用の仮小屋。
庵 草・木・竹などを編んで作った粗末な仮家。
かりほの庵 調子をととのえるための修辞法で、重ねことば。
苫 葦・萱・菅なでをコモのように編んだもの。屋根の囲いに用いる。
を 強調の間投助詞。
あらみ 形容詞「粗し」の語幹に、理由をあらわす接尾語の「み」が複合したもので副詞的。
~を~み ~が~ので
わ 自称代名詞
が 連体・格助詞
衣手 着物の袖
は ほかと区別して強調する係助詞。
露 夜露。
に 原因を示す格助詞。
つつ 継続の接続助詞。いいさしの表現となり、余韻・余情を残してつつ止めと言う。
作者 天智天皇(626~671)
第37代。『万葉集』第一期の歌人。
大化の改新を断行し、
即位の前年(667年)近江の大津の宮に遷都、律令制度を整備。
また斉明天皇6年(660年)5月8日(陽暦6月10日)に初めて水時計を作られた。
最終更新:2008年06月28日 17:47