田子の浦に うちいでて見れば 白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ(山部赤人)
歌意
田子の浦の海辺に出て仰ぎ見ると、
富士山の高い峰に真っ白い雪が降り積もっているよ。
主旨
仰ぎ見る白雪の霊峰・富士山の神々しいばかりの美しさとそれに対する感動。
表現と鑑賞
第1・2句における場所と動作を前提に、
急に視野に広がった壮大な富士の山容と
思いがけず清澄な高嶺の白雪に接した感動を簡潔な表現で詠いあげ、
数少ない叙景歌のすぐれた一首といえるでしょう。
原歌は『万葉集』巻3の長歌の反歌
「田子の浦ゆ うちいでて見れば 真白にぞ 不尽の高嶺に 雪は降りける」
(田子の浦を通って見晴らしのよいところに出てみると
真っ白に富士の高い峰に雪が降り積もったことだよ)です。
新古今風な改作によって通過の地点表示の「ゆ」を
場所表示の「に」によって固定し、
視覚的な語「真白に」を観念的な「白妙の」とし、
結句の「ける」を、言いさしの「つつ」に改めて時間的な流れを加え、
余韻・余情を求めています。
語句・文法
田子の浦
駿河湾内の静岡県清水市興津町の東北から由比・蒲原あたりへの浦。
現在の田子の浦よりは西南。
に
到着場所を表す格助詞。
うちいで
動詞「うちいづ」の連用形で、他のところからそこへ出るという意味。
ば
動詞已然形「見れ」に接続して、
偶然的関係を示す順接の確定条件(~したところ)の接続助詞。
白妙の
「富士」の枕詞。
高嶺
高い峰。いただき。
雪
新古今集は冬としているが、高嶺の雪であり、それへの感動ゆえ、
冬というより、時ならぬ時期の雪とするのが穏当。
は
他と区別して取り立てて言う係助詞。
ふり
ここでは降り積もる意。
つつ
継続の意の接続助詞で、言いさしの表現となり、余韻・余情を残す。
作者 山部赤人(生没年不詳)
『万葉集』第3期の歌人。36歌仙の一人。
元明・元正・聖武帝の頃の人で、地位の低い官吏であったが、
人麻呂と共に歌聖とまで言われた宮廷歌人。
各地に旅をし、万葉期にも数少ない叙景歌人。
参考文献『評解 小倉百人一首』 三木幸信 中川浩文 京都書房
最終更新:2008年07月05日 14:16