奥山に もみぢふみわけ なく鹿の

声聞くときぞ 秋はかなしき(猿丸太夫)


歌意


 人里離れた深い山に、
 散り敷いたもみじ葉を踏み分けて鳴く鹿の声を聞くときに、
 秋はひとしお心にしみてかなしく感じられる。

主旨


 奥山に聞く鹿の鳴き声によって、
 いっそう深く心に響いてくる秋の情感。

表現と鑑賞


 晩秋に、雌鹿を求めて鳴く鹿の声、木々を縫って響く妻恋いのその声は、
 いかにも哀愁を帯びて、ひとしお深い「秋の音」として感じられます。
 奥山、散り敷くもみじ葉、鹿の声、という素材をよりどころに、
 「秋はかなしき」と心情を詠い上げています。
 素直な表現の中に、しみじみとした秋の情感と、
 妻恋いの独り鹿に似た孤独な作者の心境がにじみでています。
 菅原道真は、この歌を次のような漢詩に訳しています。
  秋山寂寂葉零零   秋山寂々として葉零零たり
  麋鹿鳴音数処聆   麋鹿鳴く音数処に聆く
  勝地尋来遊宴処   勝地尋ね来たりて遊宴する処
  無友無酒意猶冷   友無く酒無く意(こころ)猶冷し

語句・文法


 奥山
  人里離れた奥深い山。=深山 反意語=外山・端山
 
  場所を表す格助詞。
 もみぢ
  色付いた草木の葉。ここではその落葉。
 ふみわけ
  下二段活用動詞「ふみわく」の連用形。踏んで分け入る意。
  主語は「鹿」で、「なく」にかかる。
 なく
  動詞連体形。
 鹿の
  鹿は秋、雄鹿が雌鹿を求めて鳴く。連体修飾語。
 聞く
  動詞連体形で、主語は作者。聞く場所は奥山。
 
  強意の係助詞。
 
  陰暦の7・8・9月。
 
  係助詞。
 かなしき
  シク活用形容詞「かなし」の連体形で、係助詞「ぞ」の結び。

作者 猿丸太夫(生没年不詳)


 三十六歌仙の一人で、三十六歌仙伝には、
 『万葉集』の後、元慶(877~885)頃の 人かというが、伝記不明。
 太夫は五位の称。
 この歌は『古今集』にも「よみ人知らず」とあり、『猿丸太夫集』に載せるが、
 この集はほとんど他人の作といわれ、作者は疑わしい。

参考文献『評解 小倉百人一首』 三木幸信 中川浩文 京都書房
最終更新:2008年07月05日 14:30