人生は「3-4=0」??
「3-4=0」。この計算式を聞いたことがありますか?これは、実は人生の大切な問題を教えているのです。これは、あなたにとっても重大な問題なのです。「3」は「産」、すなわちお産のことです。また、「4」はすなわち「死」を意味しているのです。私たちはお産(3)でこの世に生まれて来て、死(4)でこの世を去ります。あとに残るものは何もない。肉体は灰になりやがて消えてしまいます。しかし、もちろん、これは地上の肉体のことであって、死後も霊は永遠に存在することを忘れてはなりません。ですから、「0」は「霊」にも通じると言えるかもしれませんね。
私たちは「オギャ~!」と生まれて来て、70年か80年の人生を送って、やがて死んで行きます。そのはかない短い人生の間に、やれ勉強だ、やれ受験だ、やれ就職だ、やれ結婚だ、やれマイホームだ、と慌しくあくせく生きているのが人生です。人間は一体、何のために生まれて来て毎日のように泣いたり、笑ったり、悲しんだり、怒ったり、悩んだりして生きているのでしょうか。人生とは何なのでしょうか。あなたは、この問題について真剣に考えたことがありますか?
この人生の重要な問題に対して解明する本があると言ったら、あなたは驚くことでしょう。でもそれは確かにあります。それは、世界のベストセラーである「聖書」です。この聖書こそ、神が人類に与えた最大のプレゼントです。あなたの人生に永遠の希望を与え、喜びと平安と真の心の満足を与えるのが、この聖書なのです。なんとひとりよがりな人だろうと思われるかもしれません。しかし、私は確信をもって、みなさんに聖書こそ、人生の道しるべであり、人生の大海原を航海する者にとって、羅針盤であると断言出来るのです。
時計は何のために作られるのでしょうか。もちろん、時刻を知らせるためです。車は何のために作られるでしょうか。もちろん、人や荷物を乗せて運ぶためです。では、目に見えない微生物はどうでしょうか。彼らも、不要なものを腐敗させ土に返らせるという大切な働きをしているのです。あんな小さな生物ですら、そんな大きな役目があるなら、人間にはどれほど大きな役目あるのでしょうか。私たちは、何のために生かされているのでしょうか。人間が、進化論者が言うようにアメーバから偶然に進化して、今も偶然に生きているなら、人生には何の意味もないことになります。なぜなら、偶然というものには、意味も目的もないからです。
神(創造者:God)は、この世界とその中にあるすべてのものをそれぞれの役目に応じてお造りになりました。そして、祝福を与える対象として、また、共に歩むパートナーとして、神は私たち人間をお造りになられたのです。この
神の愛の中を、神と共に歩むことこそが、私たちの最高の生き方であると聖書は語っています。更に聖書は、本来の生き方から離れてしまって罪の中を歩んでいる私たちを今も愛してくださっている神様について語っているのです。
「初めに、神は天地を創造された。」(創世記1:1)
「その一人の方(キリスト)はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。」(Ⅱコリント5:15)
ぜひあなただけの答えを聖書から見つけてください。
最終更新:2011年11月28日 20:19