鼻先に綿雪が落ちてきて、ふと空を見上げると辺りは既に夕闇に包まれていた。
冷えきった両の手を、溜息に似た白い息で温める。
クラシックな街燈と木のベンチがいくつかあるだけの小さなこの公園は、街のメインストリートから横道に入り、さらにその奥まった場所にある。
昼間は黄色い声をあげて遊ぶ子供たちや散歩するおばあさん達で賑うこの公園も、今は雪が音を吸い取ってしまったかのように静かで、人影はまったくない。
ただ、ベンチにぼんやりと座る私と、たくさんの白い鳩を従えた彼を除いて。
「そっちから会いに来てくれるなんて珍しいやん」
彼は鳩達に小さくて固そうな豆をやりながら、こっちの顔も見ずに言った。
「あの話は、本当なんですか?」
対して、じっと彼を見つめながら言う私。
「ああ、本当や」
街燈の灯りがスポットライトのように彼を照らす。
奇術師としてステージで華やかにパフォーマンスを繰り広げることを生業とする彼だが、こうして雪上で光を受けながら鳩と戯れる姿を見ると、まるで魔法使いの弟子だ。
「昨夜も一晩考えたんやけど、やっぱり藩王と裕樹さんにまかせっきりにはできんって。俺も出来ることがあったら何でもしたい思ったんや」
いつもと変わらない明るい声だけど、そこには普段のおどけた表情は微塵も感じられない。
舞い落ちる綿雪の向こうに見えた、彼の目に宿る決意の光。
その光の強さに、私の胸がざわざわする。
「・・・そう、ですか」
思わず視線を落とした。
言いたい言葉がたくさんあってここまで来たはずなのに、そのどれもが今はカサカサで薄っぺらなものとしか思えなかった。
膝の上に組んだ指先が冷たい。
「なんやなんやー?辛気臭い顔してんなァ。もしかして心配してくれてたんか?」
気が付くと、彼がいつものイタズラな表情で私の顔を覗き込んでいた。
「ちーがーいーまーすっ!」
冗談ではぐらかされたのと気持ちを見透かされたのが何だか悔しくて、ぷいっと横を向く。
「ははは。照れんでもいいやんか」
ぽんぽん、と彼の大きな手が私の頭を叩く。
モウコドモアツカイハヤメテ。
言いかけて、やめた。
こういうことを言うこと自体、子供の証拠だ。
私はグッと顔を上げて、彼の顔に向き合った。
「あのね、来さん」
「お、何や?」
目を見つめたまま、小さく息を吸い込む。
「頑張りましょうね。みんなで」
「・・・・・・」
「みんなで、です」
彼は驚いたように目を丸くしてじっと私を見ていたが、やがて表情を緩めてこう言った。
「そやな。みんなで、頑張ろうな」
いつもみたいに、いや、いつもより少し優しい彼の笑顔。
私もふっと顔が綻ぶ。
「あー、やっぱ寒いなぁ。帰りによんた饅買って行きひんか?俺、おごるで」
手袋をはめた手をこすりながら彼が言う。
「わーい。じゃあこのまえ新しく出来たとこに連れてってください。何と何と何と何を食べようかなぁっ」
「ちょっ、何個食べるつもりや!?」
「ふふふー」
ベンチを立ちふと空を見上げると、雪がやんで雲間から月が顔を出し始めていた。
「ふわぁ・・・」
辺りはみるみる淡い金色に染まっていく。
雪もベンチも、彼も私も。
「おーい、何しとんのや。おいてくぞー」
「あ、ちょっと待ってくださいよー」
冷たい雪道を行くふたりを、優しい光がふんわり包み込んだ。
(文:大村やしほ)
最終更新:2008年07月03日 19:59