人面獣心のオソマ野郎
マップで言うところのE-4、住宅街を元子役の山田杏奈似の青い瞳の美少女が歩く。
彼女の名前はアシリパ。
二十世紀初頭の北海道に生きるアイヌの少女である。
そしてこの時期の北海道と言えば、知識のある者にはわかるだろう。
日露戦争。
日本はGDPに匹敵するだけの戦費を注ぎ込み、列強ロシア帝国相手に勝利。しかしその対価は国際的な『大国』という承認を除けば、僅かな権益だけだった。 結果残ったのは軍民問わぬ不満と財政赤字。特に死地に投入されたにもかかわらず充分な報奨を得られなかった一部の兵卒の憤懣やる方ないが──それは今は置いておこう。
重要なのは、新たに日本領となった南樺太への玄関口として北海道の重要性が日本史上最も増した時期であり、北海道中に和人の影響が拡がりアイヌが同化されていく時期だったということだ。
(小樽とは全然違う。街の臭いが変だ。建物も屋敷ばかりだ……待て、あれは。)
アシリパはするすると庭木から降りると、身を屈め、しかし素早く移動すると、彼女の知識に無い道路標識の、その目線の高さほどにこびりついた繊維状のものを手に取った。
色艶と臭いから、それがヒグマのものだとあたりをつける。そして注意深く周囲を散策すると、庭の植え込みが踏み込められ、大きな足跡がついているのを見逃さなかった。
その手際は歴戦のマタギをも唸らせるものだ。あきらかに特別な修練を積んでいる。もちろん、アイヌに少女にヒグマ狩りを教え込む文化などない。ないにもかかわらず、彼女にはそれができる。
和人との交流と共に軋轢も増す中に現れた戦士たる彼女。民族の存亡の危機に現れたアイヌのジャンヌ・ダルク。
溌剌たる活気と不穏たる歪みの坩堝と化しつつある北海道に、まるで誰かが用意したかのように現れた彼女は、単に狩人としての才覚と技能を持つだけではない。彼女が用心深く動くのは殺し合いの場であるだけでなく、ヒグマの存在だけでなく。静まり返った住宅街に確かに響く足音を捉えていたからだ。
「動くな、ゆっくり後ろを向け、そこの和人。」
「なにっ。」
先から自分を付け狙う気配は感じていた。確信に変わったのは、木から降りて走った後に追いかけてきた足音。忍ばせてはいても駆ければどうしても衣擦れなりの音はする。それはこの参加者以外無人の街では殊の外響く。まして小樽の大自然の中で育ったアシリパには、コンクリートやアスファルトを跳ねる足音は風変わりな音として耳に残った。
アシリパは人影の後ろを取ると声をかける。逃げるものを追うのは人も獣も同じ。追われた際にすべきは立ち向かうことだと彼女は教えこまれている。しかしそれを、武器となる支給品も無くやるのはやはり彼女の胆力だろう。
「や…やっぱり殺し合いはすごいなあ。も…ものが違うわ。」
ハンズアップしながら男は振り返る。いつの間にか自分が後をつけていた少女に後ろを取られ、男はこの殺し合いの参加者のレベルを思い知った。
言われた通りにゆっくりと振り返る。元プロ野球選手の山本晶似の男の名前は、本山晶。本山流体術の師範の通称『本山先生』である。
アシリパは彼を物陰越しに観察する。身体つきと服装からなんらかの武道を修めていることはわかる。問題はなぜ自分を追っていたかだ。更に観察しようとめを凝らす。ふと、その顔に見覚えがある気がした。別に現在野球解説者で馬主の山本晶に似ているからではない。彼女に支給されたクソみたいな支給品の中に見た顔だったからだ。
「なぜつけていた。」
「私は本山晶、武道家だ。こんな危険な場所に子供が一人歩いていたので、保護しようと思ったのだが、うむ、君は私が思っていたよりも用心深いようだな。」
「……」
「信用してもらえていないようだな。それも仕方あるまい。だがそれだけ気を配れているのならば私がいた方がかえって邪魔かもしれないな。私はしばらくこの辺りを調べてみる気だ、もし気が変わったら声をかけてくれ、こんな殺し合いを共に止めようじゃないか。」
アシリパの沈黙をどう受け取ったのか、本山先生はひとしきり話すとゆっくり後退りし始めた。その前にカバンが投げ込まれ、ビクリと身体を震わせる。
無論、投げ込んだのはアシリパである。
「その袋の中を見ろ。」
「な、なんの真似だ……おおっ、これはT国での慈善活動を認められ名誉国民として勲章を授与された時のもの、それにこっちは私の賞状たちではないかっ。」
アシリパが本山先生の顔に見覚えがあったのは、【本山先生が龍星に見せた賞状@TOUGH外伝 龍を継ぐ男】。これを支給されていたからだった。額縁に入ってるオッサン同士が握手してるツーショット写真や同じく額縁に入れられた賞状である。もちろんめちゃくちゃ殺し合いには役立ちそうにないものだ。おそらくハズレ支給品セットだと考えられる。
いそいそと賞状を見ていく本山先生に、アシリパはなんとなく変態脱獄刺青囚人たちと同じ臭いを感じた。
「感謝するよ、君のおかげで私の大切な思い出を取り戻せた。」
「……そんなかさばるものを大事にしていたら命を落とすぞ。」
「はっはあーーっ、渡る世間に鬼はないと言うじゃないか、コッチに良い人がいるならアッチにも良い人がいるものよ。」
そう言い笑う本山先生からは、とりあえず自分を殺そうなどという感じはしない。なんとなくだが知り合いの脱糞王を思い出して、アシリパはひとまず詳しく話を聞いてみることにした。
「アシリパだ。気がついたらここにいた。本山は?」
「私も同じだ。どうやらさっきの老人が言っていたことは本当らしい。何か手がかりでもないかとさまよっていたところだ。」
「これまでに何かに合わなかったか。」
「いや、君が初めてだ。」
「運が良かったな、この辺りにヒグマがいるぞ。」
「なにっ。」
有益な情報は無さそうだ、そう判断してアシリパは少し考える。
アシリパとしては本山と行動することにリスクを感じてはいるが、一つ大きな問題があった。タブレットが使えないし文字が読めないので
参加者名簿も読めないのだ。これでは誰が巻き込まれているかわからないし、なんなら支給品に有用なものがあるかもしれない。アシリパから見て支給品はハズレばかりなのはそういう面もある。
「仕方ない。ヒグマに食われても目覚めが悪いからな、少しの間お前について行く。」
「おおっ、それはありがたい。うむ、やはり情けは人の為ならずだな。」
調子良くニコニコしている本山先生にますます白石と似たものを感じながら、アシリパは本山先生の前に姿を現した。
(はっはあーーっ、やはり私の勘の通りの美少女じゃないか。こんな場所でも捨てる神あらば拾うロリありよ!)
だがアシリパは気がついていなかった。
目の前の男が家庭教師に問題のある中学生を愛人にして孕ませた人面獣心のクソ野郎ということに。
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最終更新:2024年05月21日 20:05