目の前に広がるは、真っ白な風景。
そこにいる、真っ白な、可愛らしいドレスに身を包んだ梓。
彼女の黒髪が、その白だけの世界によく映えている。
―――ああ、そうか。これは。
「唯、結婚おめでとう」
りっちゃんは、その性格とは正反対の、やや落ち着いたドレスで祝福してくれた。
「にしても、新婦が2人か。ややこしいな。嬉しいけど」
りっちゃんの隣で、おとなしめのドレスを着た澪ちゃんは苦笑い。
「本当、招待してもらえて、嬉しい限りだわ」
ムギちゃんは、右手になぜかずっとビデオカメラを持って撮影している。
後ろでムギちゃんの執事っぽい人が、「私がやります」とおろおろしているのに、気にも留めない。
「それより、私のショーはどうだった?良い感じだったでしょう?」
さわちゃん先生、確かにショーは盛り上がったけど、歯ギター披露は余計だったよ。
「お姉ちゃんは、『お姉ちゃん』のままだけど、梓ちゃんはなんて呼べばいいんだろう?『奥さん』じゃ、他人行儀すぎだよねぇ」
憂は、よく分からない心配をしている。呼び方なんて、どうでも良いよ。
「そうね。今まで通りで、いいんじゃないかしら、呼び方なんて」
和ちゃんが、最善の答えを出してくれた。いくつになっても頼りになる。
「あの~、私ホントに、来てよかったんでしょうか……?」
梓のもう一人の友達、確か……、純ちゃんだったかな。が、申し訳なさそうに質問してくる。
もちろん。なんだって、梓の友達だもの。そう答えると、ようやく可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「唯先ぱ……、唯」
梓が、呼び慣れていない、呼び捨てで私の名前を呼ぶ。
気づくと、私は手に愛しのギー太を持っていた。あ、愛しいって言っても、梓ほどじゃないよ?もちろん。
「こんなところに呼び出して、どうしたの?皆、向こうでパーティやってるのに……」
そうだ。今は、披露宴のパーティの途中。そこで、私は梓だけを連れて抜け出したんだ。
きっと、主役のいないパーティで、ほとんどの人はどうしたんだ?と思うだろうが、その辺は、どうしてもらうか軽音部の人たちにはちゃんと説明済みだ。
―――と、隣の部屋で、聞き慣れた軽音部による演奏が始まった。
どうやら、こちらも始める番らしい。
「あのね、梓。梓には、とっておきの―――」
「唯。起きてよ。もうお昼だよ。唯!」
ゆさゆさ。体を揺すられる。
重い瞼を開けると、高校の時とは違い、髪を下ろして大人っぽくなった梓が、眉を吊り上げている。
「もうっ、折角の結婚記念日、寝て終わらせる気?」
結婚。そうか、したんだっけ、結婚。じゃあ、あれは?さっきの、出来事は?
寝ぼけている顔をぴしゃりと叩くと、同時に寝ぼけていた頭も、目が覚めたらしい。
そっか。あれは―――夢か。それも、結婚式のときの。
「今日は一緒にごちそう作るって、約束したのに……、もうっ」
ぷいっ、と梓がそっぽを向ける。ああ、どうやら本気で怒っているらしい。無理もない。今日は結婚してから最初の
記念日なのだ。
どうしたものかと、ベッドから周りを見渡すと、ふとギー太が目に入った。
そういえば、去年の今日も、君で演奏したね、ギー太。
思って、ひとつの考えが、覚めたばかりの脳で思い出される。
「唯は、どうでもいいの?私たちの記念日……。恥ずかしいけど、私は、楽しみにしてたんだよ、今日を」
そんなことないよ、梓。私だって、楽しみにしてた。
「嘘。じゃあ、なんで今まで寝てたのよ」
「昨日、がんばって考えてたんだ。それこそ、夜中まで」
「考えてたって、何を?私とどうやって別れようとか?」
「まさか」
そんなことしたら、私は死んでしまうよ。
「じゃあ、なに?」
見るからに不機嫌な梓を、私は笑って「ちょっと待ってて」と促す。
不機嫌そうに腕組している梓を背に、私は、部屋の壁で私たちを見守っているギー太に手を伸ばす。
そう、あの日も、梓が不思議そうに、私とギー太を見ていたね。
そして、私は言うんだ。
「あのね、梓。梓には、とっておきのラブソングを送るよ」
去年、一生懸命考えた曲の、アレンジ版だけど。
でも、こもってる心は、あの時以上だよ。
「だから、聴いてくれたら嬉しいな」
ふと、去年の曲を送った後の、梓の表情が思い浮かぶ。
あの日は泣きながら、「ばか」って言ってくれたけど、すっごくかわいい笑顔だったね。
今日は、どんな顔をしてくれるのかな。
明日は、どんな顔をしてくれるのかな。
梓の“新しい”を見つけるたびに、私は嬉しくなるんだよ。
大好きになるんだよ。
だから、そばにいてね。
おばさんになっても、おばあさんになっても。
ずっと、ずっと。
―――観客は1人だけの、リサイタルが始まった。
おわり
- 一人だけど一人じゃない!これを見てる人みんなが観客だよ -- (あずにゃんラブ) 2013-01-22 00:24:40
最終更新:2009年11月15日 01:20