始まりはりっちゃんの悪ふざけだった。

いつものように始まる放課後の部活とティータイム。
ただ普通に会話して、ただ笑って、そんな時間が私は大好きだった。
しかし、平穏が続くと多少の刺激が欲しくなるものだ。
りっちゃんがそうだったように。
りっちゃんはケーキを食べる手を止め、静かにフォークを置いて席を立ち、
幸せそうにケーキを食べるあずにゃんの背後に移動した。


「あ~ず~さ~」
「えっ!?」

あずにゃんが背後を振り向こうとするも既に遅く、
りっちゃんはあずにゃんの髪を束ねる両方のリボンを掴むと、
無駄の無い動きでそれを引きほどいた。
拘束を解かれた黒髪が、流れるようにこぼれていく。

「おお~まるで澪みたいだな~」

「や、やめてください!」

あわててリボンを取り返そうとするあずにゃんと、それに抵抗するりっちゃん。
そして私はというといつもと違うあずにゃんに心が飲み込まれていた。
可愛いと思った事は何度もある。あずにゃんは大切な後輩であり仲間だ。
でも、今の感情は可愛いなんて純粋な気持ちとは違うものだった。
綺麗だった。今までツインテールの姿ばっかり見慣れていたせいだろうか、
今目の前にいるあずにゃんが急に大人になってしまったような、置いて行かれたような、
そんな気持ち。

「どうしたの、唯ちゃん?」

ムギちゃんの言葉に我に返った時には皆が私に不安そうな目を向けていた。

「唯先輩どうかしたんですか?」

「おいおい、唯大丈夫か?」

「大丈夫か、唯?」

各々が私に心配そうに声をかけてくれるが、心配されればされるほど申し訳なくて仕方がない。
言えるわけがない、あずにゃんに見惚れていましただなんて。

「だ、大丈夫だよ!それにしてもあずにゃん綺麗だね!」

空気を変える為に話題の方向をあずにゃんに向ける。ごめんね。

「確かに、合宿のお風呂の時とかも髪下してたけど改めてみると梓って綺麗だよな」

「そうだな、髪を下ろすことで何か大人っぽくなった」

「いっその事ずっとこのままでいいんじゃないかしら」

りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃんも私と似た感想を持っていたらしい。
当のあずにゃんは困惑と照れ臭さが混ざったような表情をしていた。

「そ、そんなにいいですかね?髪を下ろすと少し鬱陶しいので束ねてたんですけど…」

そんなあずにゃんに私たち全員は太鼓判を押した。

「「「「絶対そっちのほうがいいよ(わ)!」」」」



それからだ、あずにゃんが髪を下ろして登校するようになったのは


「おはよう!」

いつもより時間に余裕を持って教室に入ると何人かがりっちゃんの席に集まって談笑をしていた。
鞄を置き、話に加わろう近寄ったところで聞こえてきた言葉に一瞬思考が停止する。

『最近けいおん部の2年の娘、大人っぽくなったよね~』

立ち止まっている私にムギちゃんが声をかけてくれる。
何とか平静を装いムギちゃんから話を聞いたところ、どうやら最近髪を下ろした
あずにゃんが噂になっているらしい。ギャップ萌えというやつだろうか?

「前から可愛いとは思ってたけどさ~」

「ね~髪下しただけであそこまでイメージ変わるんだもんね~」

何故だろう、あずにゃんが褒められてるのに、私はあまり嬉しくない。

何故だろう、あずにゃんの事大好きなのに、私は素直に喜べない。

何故だろう、あずにゃんが綺麗になったのに、何か…寂しい。

「どうした?大丈夫か?」

私の表情がよっぽど不安を煽るものだったのか、心配する澪ちゃんにお手洗いに行くとだけ告げ私は教室を出た。
お手洗いにはすぐに辿り着いた。あの場を離れるために出た言葉だったので、
特にもよおしてる訳でも無かった私は、手洗い場の前の鏡に移る自分を眺めながらそっと髪に触れた。

「綺麗だったな…あずにゃん」

あの時の光景は今も脳に焼きついていた。当然だ。
光に照らされながらこぼれたその艶のある黒髪も、あの時のあずにゃんの表情も、
忘れようがなかった。でも…

「…何であずにゃんが褒められてるのに嬉しくないんだろう」

あずにゃんが褒められる度に心が薄く焙られるような、そんな感覚がある。

この時の私はその感情の正体が掴めなかったが、他の人に話したらすぐにこう教えてくれただろう。


『それは、嫉妬だよ』


お手洗いを出たところで、りっちゃんとすれ違う。

「お、唯!大丈夫か?」

呼び止められた私は、無難な返事をしてその場を離れようとしたが、その後に出たりっちゃんの
言葉で、その場に縫いとめられてしまう。

「唯さ、梓と喧嘩してるの?」

心臓が早鐘を打つ。全身から汗がにじみ出る。

「いやだなぁ~あずにゃんと喧嘩なんてするわけないよ」

ちゃんといつもの感じで言えただろうか?今までの私らしく言えただろうか?

「だよな~お前ら仲良しだしな」

りっちゃんの返答の調子から察するに、どうやら言えたらしい。良かった。

「そうだよ、何で喧嘩してるなんて思ったの?」

やはり最近の私はどこかおかしいのだろうか?…いや、自分でも分かっている。
最近あずにゃんの事ばかり考えてる。今までよりぼーっとしてる事が増えた。
でも、他の人には気付かれたくない。何故だかは自分でもわからないが、気付かれたら
何かが壊れる様な気がしたのだ。だから、りっちゃんに聞こうと思った。自分の変化を矯正する為に。
今まで通りの自分に戻れるように。でも、りっちゃんの口にした台詞を聞いた瞬間、その決意が音を立てて崩れていった。



「だってさ、最近全く抱きつかなくなっただろ?梓に」


あの日以来私はあずにゃんに抱きつかなくなった。出来なくなった。今までは当然のように出来ていたのに。
理由は分からない。分かってはいけない。どうしても出来ないのだ。

最近は部活中あずにゃんを見ている事が多くなった。髪を下ろして大人びたあずにゃんは
今まで通り私に接してくれるが、私にはそれが出来なかった。
可愛い後輩だったのだ。でも、気付かされたのだ。あずにゃんは…私にとって・・・
でも、その感情に気付かないふりを続けることに決めた。
気付きそうになる度に、無理やりそれをもみ消した。
気付いてはいけなかったのだ。だって辛いよ…叶わないんだから。
足掻きようが無いんだから。絶対に、結ばれないとわかっているから。


今日もあずにゃんは美味しそうにムギちゃんのお菓子を頬張る。
そして部活の皆に笑顔を向ける。
私以外にも笑顔を向けている、その事実が、


今は…凄く辛い


-END-


  • 続きが見たくなる終わり方ですね -- (名無しさん) 2010-12-08 10:28:03
  • 転と結はまだか -- (名無しさん) 2010-12-09 02:39:56
  • ここで終わり…だと…?
嘘だろおおおお!!? -- (名無しさん) 2012-06-24 10:56:32
  • ハッピーエンドな続きを!!!!! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-12 06:22:40
  • 続きプリーズ -- (名無しさん) 2014-06-14 14:14:58
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最終更新:2010年12月08日 12:07