軽音部。
それは多分私の中でとっても有意義なものだと思う。
唯先輩。澪先輩。律先輩。むぎ先輩。みんなとってもいい人。
私をいつもかわいがってくれている。
私がここに入った理由は唯先輩だ。
新入生歓迎会のとき、軽音部は私たちのために演奏をしてくれた。そのときのギターが彼女。
彼女のギターはとても天才的だった。有名なギタリストでいえば、Charぐらい。
現在私は、その唯先輩の家、平沢家にいる。
そして唯先輩の部屋にいる。
「今日はギターの練習一緒にがんばろうね」
練習終了後、次のライブに向けて練習することが決まり、私は唯先輩と一緒にギターの練習をすることになった。
半ば強引に。

「次のライブに向けて、みんなで各自練習だあ!!」
事の発端は自称部長、律先輩だった。
「どうしてそんなに律が張り切ってんの?いつもそんなやる気見せないのに」
「だってえ、だってえ、新曲だよ?今日演奏した新曲をさあ、もっとうまく演奏したいと思わない?
今日の練習はむぎ先輩が持ってきた新曲の練習が主だった。
その日は何だかいつものお茶する軽音部とは違い、何だかみんな張り切っていた。
「この曲はね、すごく爽やかな曲なのお。だから、もっと練習すればこの世界観がもっと伝わるかも」
「まあ確かによかったな」
「うん。これで優勝間違いなしだよ!!!」
何を競っているんだか。でも、そんな感じ。みんなの目が輝いていた。
「あずにゃんはどう思う?」
「わ、私は……」
私はというと、そののりにどうもついていけなくて、そのせいか珍しくミスを連発した。
エフェクターの調節が難しい。あとギターソロもみんなにだめ出しされた。
「梓は結構ミスしてたなあ。珍しく」
「確かにあの曲は難しい。エフェクターの調節がな」
「澪ちゃんの歌詞もすごくよかったよ」
そして澪先輩の作詞。たいていむぎみおで曲が出来上がる。
タイトルは「Realize」。結構真面目なタイトルだが、内容は恥ずかしい。
「あ、あんなののどこがいいんだ?ものすっごく鳥肌立つ詞だよ?」
「律はうるさいなあ!!いいじゃないか、私がこんな恥ずかしい詞書いても!!!」
今日の部室はこんな感じ。私はどうもついていけなかった。
「でも練習すればもっとよくなるよ。あずにゃん、今日は一緒にがんばろうね」
そして唯先輩のこの発言。
「えっ?この後ですか?」
「もちろんだよ~。憂のおいしいごはんもあるよ~」
要は泊まりに来いと。確かに明日は土曜日だし、学校はないから別にいいのだが。
「っしゃあ!!各自練習は決定だあ!!!日曜にライブハウスに集合な!!!以上、解散!!!!」
そして強引な決議。
「わ、わかりました。じゃあ、19:00頃、そちらに向かいます」
「了解」

そして現在に至る。
時刻は22:00を過ぎたところ。まだギターの練習をしていない。

「唯先輩」
「なあに?」
「まだギターの練習してないですよ。早くしましょうよ」
私は家に帰りたかった。1人でなら自由に練習が出来る。それが理由。
するなら早くしたい。
しないなら帰りたい。
「んじゃしよっか。待ってね。今から飲み物持ってくる」
そう言うと、「まいこはん」という文字が書かれているパジャマを着た唯先輩はこの部屋から出ていった。
私もパジャマ姿。もちろん入浴は別々。
憂は現在皿洗い中。
いつものんびりしている唯先輩と、しっかり者の憂。この姉妹はこれはこれでいいバランスを保っている。
私はムスタングのむったんが入ったケースを開け、むったんを取り出した。
そして今日の「Realize」の楽譜をかばんから取り出した。
「ああ、何で私、自由が少ないの?他の人は自由を持て余しているのに」
冒頭の歌詞はこれ。
これだけでは「別に普通じゃん?」と思うかもしれないが、
「えっち」
だとか、
「キスがしたい」
などといった歌詞もこの「Realize」にはある。それを歌うのは唯先輩。
今日の練習のときは歌わなかった。
「お待たせ~」
そのとき、唯先輩が麦茶をこの部屋に持ってきた。
「これ結構難しいよね。私だってこの歌詞とギー太の演奏とを一緒になんか出来ないよ~」
そう言いながら唯先輩は私の隣に座り込んだ。
「難しいですよね。特にギター2人のパートは」
「これを考えたむぎちゃんもすごいと思うよ」
麦茶を置いたら早速唯先輩はギターのギー太を取り出した。
「あんまり音出さないようにしましょうね」
「そだね」
そして彼女も机に向かい、かばんの中から楽譜を取り出した。
ちなみに平沢家の両親は現在バリ島に行っているらしい。こういうことはしょっちゅうあるらしい。
子供を置いて何をしているんだか。

ギターソロの次に難しいのはサビ。
何とここで全員のコーラスが入るというのだ。
「この曲はね、実は私を含めた4人が考え抜いて出した曲なんだ。あずにゃんのために」
「わ、私のために?」
「うん」
そしてどうやら私の曲という。私は当日まで全然知らなかったのに、みんな結構張り切っていたから、このことは何となく納得は出来る。
唯先輩は現在私の隣。ご想像の通り、引っ付いている。
「ほら、このサビはね、私が考えたの」
「「奇跡にも似た世界の果て」、ですか?」
「うん」
「じゃあ、この「えっち」とか、「キスがしたい」といったものは…」
「ああそれはむぎちゃん」
この歌詞は4人が分担して考えたという。
これなら何とか説明がつくか。他の3人がこんな歌詞を思いつくはずがないから。
「さすがむぎ先輩ですね…」
「そだね」
むぎ先輩の変態ぶりはもう軽音部の中では周知だった。
女の子同士の絡みを見るとうっとりするらしい。
「むぎちゃんは女の子同士がいいみたいなんだ。しかも、見る側」
「さすがですね……」
「この絡みも、多分彼女がいると鼻血をだばだば垂らすと思うよ」
「そうされると結構困りますね……」
そう言うと、唯先輩は私に引っ付くのをやめ、また練習に戻った。
夜遅いから何もつけない。素のままのギター。
音は全然鳴らない。チューナーをつけての練習。
唯先輩はこの曲の鼻歌を歌いながら演奏していた。
何だかもうこつをつかんだみたいだった。さすが唯先輩だ。こういうところが天才的だ。
一方私の方は楽譜と悪戦苦闘。正直言ってわからない。
「ああだめだあああ。上手に弾けなあい!!」
ついにはその言葉を叫んで練習中断。私の心の叫びがふと出てしまった瞬間だった。
「珍しいね。あずにゃんがそんな言葉発するなんて」
「無理ですよ……。難しすぎます……」
いつになく、私は弱気だった。
この曲は私のためにみんなが作った曲。それなのに当の私は結局弾けずに打ち切り。
はあ、何だか情けないなあ……。

「はあ~あ……。全然うまく弾けない……」
私はそう言うと背中を床にぽんと叩きつけ、天井を仰ぎ見る姿になった。大の字になって。
いつもはそういうことないのだが、今回に限っては本当に無理。今すぐにでも逃げ出したい気持ち。
みんなに日曜日、どんな顔して謝ればいいのか、そんなことまで考えるようにもなっていた。
「唯先輩はいいですよね…」
「ん?」
ついには唯先輩を最初出会ったときのように羨むようになっていた。
「だって、難しい曲をすぐに弾けるようになるじゃないですか……。すごすぎますよ……」
彼女の天才度はずば抜けている。この前、この「Realize」と同じくらい難しい「GO!GO!MANIAC」を演奏したとき、彼女は1日でギターのリフを完璧なまでに仕上げた。
同じ音楽家でいえば、のだめと同じくらいの天才ぶり。
練習はあまりしないのに、いざとなるとめちゃくちゃでも曲になるように仕上げてくる。
私は練習しないと弾けない。というか完璧でないと本番で演奏したくない。
この2人の違いはそこにある。
「そんなことないよ。あずにゃんには敵わないよ」
「本当にそう思ってます?」
「ほんとだって」
この話をしているとき、唯先輩は手を止めなかった。
「私ね、去年の学園祭のとき、あずにゃんに怒られて嬉しかったんだよ」
そして彼女は去年の学園祭のことを話し始めた。
「怒られて嬉しくなるって、どこのMなんですか?」
私は少々恥ずかしくなり、くすっと微笑みながらそう言った。
「だってさ、演奏が成功してもあずにゃんはそれに満足しなかったもん」
「当たり前じゃないですか。あれは本当にめちゃくちゃだったんですから」
「楽しく演奏できたことも嬉しかったんだけど、私はあずにゃんに怒られて嬉しかった」
それにしても唯先輩はどうも先輩らしくない。
威厳がないといえばそれまでだが、後輩に怒られる先輩は先輩として失格だと思う。
「はぁ…」
そして私の溜め息で会話終了。唯先輩はまた鼻歌を歌いながらギターに集中した。
「私トイレ行ってきます」
「ほ~い」
何のためかはわからないが、私は一旦席を外すことにした。トイレという口実を使い。
むくっと起き上がり、部屋のドアを開け、向かった先は憂の部屋。
別に憂の部屋で用を足すつもりではないが。
もう皿洗いは終わったのかな。水の音もしないし。
とんとん。
「はーい」
ドアをノックしても憂の声がしたし。
「梓です」
「どうぞ」
とりあえず憂と話がしたかった。唯先輩には申し訳ないのだが。

憂のパジャマは「おみやさん」だった。
「どうしたの?練習は終わったの?」
「いや途中…」
憂はもうそろそろ寝る感じだった。枕元にカバーつきの小説に、電気を消そうとしていたから。
「だったら練習してきなよ。お姉ちゃん寂しがってると思うよ」
「いや無理…」
「ふぇ…?」
私はそのまま憂のベッドまで足を運び、体をすとーんとそのベッドに叩きつけた。
「疲れた……」
「そんなに大変なの?」
「大変も何も、難易度が高すぎる……」
憂は軽音部=放課後ティータイムのオフィシャルサポーターである。単純にお手伝いさんというような感じ。
「そっかあ。今度の難しいんだあ」
「でも唯先輩は完璧だった……」
私がそう言うと、憂は嬉しそうに微笑んだ。
「お姉ちゃん梓ちゃんが出来ないものでも出来るんだ」
「その曲、私のために作ったんだって……」
「へぇ~。何てタイトル?」
「「Realize」」
彼女のシスコン度は世界一だと思う。私が出来なくても、唯お姉ちゃんが出来れば微笑むという始末だ。
私のことも考えてほしい。
「今度日曜日、ライブハウスで合わせることになったの。でも、私多分弾けない……」
私がこんなにネガティブになるのは初めて。いつもなら「やってやるです!!」というようにがんばるのだが、こればかりは無理だった。
「大丈夫だって。梓ちゃんなら出来るよ」
「出来ない……」
匙を投げた。
真面目な私が弱音を吐く今日この頃。短時間で唯先輩みたいに上手くは弾けない。
「いつもの梓ちゃんなら、私に弱音吐かないでひたむきに練習してるよ」
「そうだけど……」
この「Realize」が私の曲というところがネックだった。だから私が完璧に演奏しないと放課後ティータイムの一体感が崩れてしまう。
みんな私のために必死。誰か1人が失敗すると演奏を中断して励まし合う。
そして一番私を励ましてくれた。しかしもう弾けない。
この曲については憂には何も言わなかった。
「ねえ憂…」
「なあに?」
「何かギターがうまくなる道具……、ない?」
「ない」
そして私のどうしようもないぼけも軽く跳ね返された。
「がんばるしかないと思うよ。私は」
努力が大事。私もそう思うのだが、努力しても報われないことだってある。
それが今。まだ土曜日があるというのに、全然先に進まない。
「……………」
私は何も言わずに起き上がり、憂の部屋から出ることにした。もうそろそろ唯先輩のところに行かないと、彼女が心配する。だから。
「がんばってね。応援してるから」
憂の最後の言葉がこれ。これを発すると、憂は電気を消してゆっくり目を閉じた。

唯先輩の部屋に戻ると、唯先輩はギターの練習を終えていた。
目は充血していた。眠いのかな。
麦茶は残り1/6。もうそんなに飲んだのか。
「あれ、終わったんですか?」
「ううん。中断してた」
そう言うと、彼女はまたギー太を持ち、楽譜を見ながら練習を始めた。
「それにしてもトイレ長かったね」
「べ、別にいいじゃないですか。長くたって」
私はどうしよう。
今から必死になって練習しても完璧までは行かない可能性が高い。
むったんは放置状態のまま。悲しそうに私を見ていた。
「私ね、あずにゃんがトイレに行ってるとき、この曲、本当にライブで出来るのかなって思ってきたんだ」
そして唯先輩も悲しそうに私を見ていた。
そのときは手を止めていた。
そしてギー太も床に置いた。
練習はふりみたい。
「それは、私が失敗ばっかりするからですか?」
「ううん。あずにゃんはがんばってるよ。でもね」
「でも、何ですか?」
楽譜は見たところ濡れていた。お茶でもこぼしたのかな。

「これ、歌いたくない……」

唯先輩はこの歌を歌いたくないと言った。
なぜかはわからない。私を除くみんなが考えて作った曲なのに、どうして歌うことを嫌うのだろうか。
「何で歌いたくないんですか?」
だから私はそれを尋ねた。
「だって、これを歌うと、あずにゃんが遠くに感じてしまうから……」
「……………」
遠くに感じてしまう?それはどういうこと?
この歌詞に私を遠ざけるフレーズはなかった気がするが。
「あずにゃん……」
「な、何ですか……?」
何だろう、この空気。
重い。
悲しい空気ってこんなにも重くなるのか。
「……助けて」
「何で……?」
「嫌……」
そう言うと、唯先輩は涙を流した。
「ふえぇぇ……。嫌だよおぉぉ……、嫌だよおおぉぉぉ……」
いつものんびりしている唯先輩とは大違いだった。
こんなにも涙を流して、こんなにも私を想って……。
いや、「想って」は違うか。
それとこれとは全然違うように聞こえるし。
楽譜は彼女の涙で濡れたのだろう。
「何で私があなたを助けなきゃいけないんですか……?」
しかし、現在の私はその唯先輩の姿に退いていた。
かわいそうとしか思えない。何もしてあげられない。
「ふわああぁぁぁぁぁぁ………っ!!!」
この泣き声は部屋、いやこの家中に響き渡っていた。だから、憂の就寝も妨げてしまう。
「唯先輩大声で泣かないでくださいよ…」
「あずにゃあああぁぁぁぁぁ………」

私を遠くに感じる。
もしや、サビ……?
サビは彼女が書いたと言っていた。
「奇跡にも似た世界の果て、私はここで何が実現る(できる)?
つかみ損ねた夢の粒が、弾け飛んで空に消えていく。
奇跡を望む私の胸、夢を失くしたときに気づく。
その夢を忘れるのならば、楽しまなきゃいけないのかな?」
これがそのサビの一部分。となると、夢=私。彼女は私に近づきたいと思っているのか。
それは多分ギター技術の向上のため。もっと練習して私と肩を並べたいと思っているのだろう。
そしてギターの技術が向上しなければ、あとはライブを楽しむだけ。奇跡は一体何を表わしているのだろう。
「行かないで……」
唯先輩の寂しそうな声が室内に響き渡った。
「どこにも行かないですよ……」
「嫌いにならないで……」
「嫌いにならないですよ……」
「ずっとそばにいて……」
「いますよ……」
その言葉のやり取りに悲愴感を感じた。これから死ぬわけではないのに。
でもそんな感じ。
これは私が動かないといけないのかな。
そう思った私は唯先輩のそばに行き、そっと彼女を抱き寄せた。
心臓の鼓動はすでに高鳴っていた。心拍数も速い。
「私の胸で思う存分泣いてください。先輩らしくないですよ。だから泣き顔を私に見せないでください」
「ふええぇぇぇぇ………」
彼女はまたわんわん泣いた。
私はどきどきしていた。
何だかとっても緊張している。
当然か。人を抱き締めているのだから。
「あずにゃん……?」
「何ですか……?」
「大好き……」
その言葉でまた緊張が膨れ上がった。
「あったかい……」
唯先輩に寂しさはいらない。いつも元気でのんびりしていればそれでいい。
今日はもう練習はいいや。
それどころではないし。この状態では練習できない。
「あずにゃん大好き……」
その言葉はもう寝言みたいだった。
「すー……、すー……」
そして泣き終えたら赤ちゃんみたいにすやすや眠り始めた。
「もう……、唯先輩ったら……」
彼女は先輩。
先輩が後輩をかわいがることは普通。
後輩が先輩を想うことも普通。
思いやることも。
「私の胸で寝られたら困るのに……」
唯先輩の体は華奢だった。今にも崩れてしまいそうな感じ。
私は彼女の背中をぽんぽん叩いた。起こさない程度に。
「でもこういうのも……、ありかな」
しかし、このままでは私が寝れないので、私は彼女を抱っこし、そのままベッドの方へそっと持っていった。
おやすみなさい、唯先輩。

ここで1つ問題が起きた。
私、どこで寝ればいいのだろう。
平沢姉妹は眠ってしまった。
現在覚醒しているのはあずにゃんただ1人。
猫のように何もまとわず寝るのはさすがに寒い。
そして歯も磨いていない。
とりあえず歯は磨かないとまずいと思い、私は洗面所に行き歯を磨くことにした。
そして用を足したあと、再び自分の荷物がある唯先輩の部屋へと戻っていった。
どうしよう。
添い寝?
いやいやいや、添い寝なんか出来るわけない。
もしこんな光景を憂に見られたら、人生が終わってしまう。
「お、お姉ちゃんと梓ちゃんが…、こんな関係だったなんて……」
その言葉を発されて終了。こんなことは思いたくもない。
でも、この寒い季節、何か羽織らないと無理。凌げない。
「あずにゃぁぁ……」
そして唯先輩の寝言が聞こえた。
「何ですか…?」
「むにゃむにゃ……」
その顔はさっきみたいに寂しそうだった。
どうしよう。
この寂しそうな唯先輩を抱き締めながら寝るか、それともその顔を見ないで背中合わせで寝るか。
もう添い寝は前提。
これはもう仕方のないこと。憂には土下座で謝ろう。
「失礼しまあす……」
私は彼女の布団の中にゆっくり入り込んだ。
ぬくぬく。
あったかい……。
普通にあったかい……。
彼女の温もりが溢れていた。そんな感じ。
あ、でもその前にギターたち片付けておかないと。私はそう思い布団から出て、ギターと楽譜を片付けた。
そしてまた布団の中へ。
あったかい……。
「あずにゃん……」
布団に入ってから3秒経って唯先輩はそう言った。
「何ですか……?」
私は彼女の顔は見ていない。背中を向けていた。
「むぎゅ……」
しかし、抱きつかれた。
彼女の胸が背中に当たる。
「な、何やってるんですか……?!」
寝ぼけてやっているに違いない。絶対にそうだ。
「大好き……」
今日その言葉を何回聞いたか。
「すー……、すー……」
そしてまたすやすや眠った。
一方私は動けない。
抱きつかれているのもそうだが、緊張で体が硬直していた。
心臓の鼓動が激しく鳴り響いていた。
何でだろう。
私、もしや唯先輩のこと……。
いやいやいや、もしそんなことを考えてしまったら、今までの一体感が崩れてしまう。
亀裂ものだよ。
彼女は先輩。
そして同じ女の子。
同じ女の子がお互いを恋してしまってはいけない。
私が助けてもらいたい……。

唯先輩…。
唯先輩……。
唯先輩………。
助けて………。
私、何かに溺れてしまいそう………。
ここは夢の中なの……?
それならそれでいいから……。
「あずにゃん……」
あ、唯先輩……。
「何で泣いてるの……?」
あなたのせいですよ……。
「私のせい……?」
そうです……。
「あずにゃんが悲しむ顔は見たくない……」
それをさせているのは誰ですか……?
「だから、私、行くね……」
どこにですか……?
「あずにゃんの悲しい顔が見えないところまで……」
だめ……!!
「だめなの……?あずにゃん、私がいると寂しくなるんじゃないの……?」
行かないで……!!!!
「でも、みんなが待ってるから行かなきゃ……」
嫌……。
行かないで……。
ずっと私のそばにいて……。
私を1人にしないで……。

「うわああああぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!!」

「ふぇ……?どうしたの……?」
あ、唯先輩……。
どうやら私は自分の叫び声で起きてしまったようだった。
窓の光は私を優しく包んでくれた。
そして私の枕元で私を心配そうに見ている唯先輩も……。
もう朝か……。土曜日か……。
「ひどくうなされてたね。何か悪い夢でも見た?」
昨日の彼女の泣き顔はどこかへ行ってしまったみたいだった。
「行かないで……」
しかし、今度は私が泣いてしまいそう。
「ふぇ……?」
「唯先輩は私のそばにずっといるの……」
私は自分で勝手に泣き出した。
布団をハンカチ代わりにして。
「あずにゃん……?」
これで彼女が行ってしまったらもう終わり。
私は軽音部を辞めなくてはいけなくなる。
演奏不可能という理由で。
「私が助けてもらいたいですよ……!!!ぐすん……、ふえぇ……」
「あずにゃん……」
心がおかしくなってきた。
私は一体どうなってしまうのだろう。
唯先輩に抱き締められるのか、それとも……。
「私もあずにゃんと離れるのは嫌だ……。みんなと離れるのも嫌だ……」
私は彼女の方は見ていなかった。だから次何をするのかはわからない。
「あずにゃん……」
その言葉のあと、唯先輩はもう一度布団の中に入ってきた。
「大好き……」
そして、次の瞬間だった……。

ちゅ。

彼女は私の頬にキスをした。
「キスがしたい、夢の泣き顔にそっと
夢のことをずっと忘れないように」
そして「Realize」のワンフレーズを耳元でささやいた。
ぞくぞくした。当然といえば当然か。耳だもん。
「な、何してるんですか……?!」
「キスしたくなってきた……。あずにゃんを忘れないように……」
「私は夢なんですか……?」
「夢というより……」
その次の言葉は発さなかった。
その代わり私の頬にもう一度キスをした。
もう心を許してもいい……。そう思えた瞬間だった……。何も縛られずに生きていけそうに気がした……。
「あずにゃん……」
「はい……」
「こっち向いて……」
「はい……」
だから、この口同士のキスは容易に出来た……。

憂、ごめんなさい。
私、唯先輩の唇を奪ってしまいました……。
(未完)


  • 続きが気になる -- (名無しさん) 2010-12-11 21:46:17
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最終更新:2010年05月27日 13:28