君を連れ出して
昔々、あるところに平沢唯という女の子がいました。
彼女は近所の子供たちとギターを弾くのが好きで、休日にはみんなを集めて演奏会をしていました。
そんな、ある日のことでした……。
「今日もありがとう、唯姉ちゃん」
「りっちゃん、ドラム上手だったよ?」
「そう? えへへ……」
「唯ちゃん、いつもすみません」
「いいよ澪ちゃん。みんなでこうやって演奏会するのも楽しいし」
「そうね。こうやって演奏するのは本当に楽しいわ」
「ムギちゃんもキーボード上手だったよ?」
「まぁ! うふふ……褒められた♪」
その日は近所の子どもたちと演奏会を終えた日だった。
「じゃあ、また今度ね!」
「うん! さよなら、唯姉ちゃ~ん!」
「またね! 唯ちゃ~ん!」
「またお菓子持ってきますね~!」
子どもたちと別れて、家へ帰ろうと歩いていた。
「今日もみんな喜んでくれてよかった♪」
子どもたちとギターを使って歌うのはとても楽しい。みんな笑顔になって、心も弾む。
「今度はいつがいいかな……」
そう思って歩いていた時だった。
「……あれ?」
どこからか風に乗って、かすかにギターの音が聞こえてくる。
「……すごく上手だ」
自分は専門的なことはわからないけど、それでも上手だと感じる。
「どこから聞こえるんだろう?」
音をたどって歩いて行くと、川にたどり着いた。
ここは人があまり来ないところだから、私もたまにギターの練習に来る。
私以外にもここに来る人がいるとは……。
「……あの子だ」
川岸の方にちょこんと座っている人がいる。
「あの、ギター上手だね?」
話しかけてみると、その子が振り返った。
「あ……」
私はその顔に見覚えがあった。
「あ、梓ちゃん……!?」
それは、この街の一番の大富豪、中野家のご令嬢である中野梓ちゃんだった。
「あっ! こ、これは……」
梓ちゃんは私に見つかってすごく動揺しているようだ。
「あっ、ごめんね? 急に声をかけちゃって……」
慌てて謝ったけど、梓ちゃんは急に立ち上がると私に近寄ってきた。
「な、何……?」
「このことは他言無用です! いいですね!?」
「は、はい!」
それだけ言い残すとギターをケースにしまって、去って行った。
「な、何だったんだろう……」
それに他言無用って……。
それからというもの、梓ちゃんがとても気になって仕方が無い。
「一体、あれは何だったんだろう……」
他言無用って言われちゃったし、誰かに相談もできない。
「何か深い事情があるのかな……」
しかし、ご令嬢がギターを弾いているとは……。ちょっと意外かも。
「やっぱり、本人から聞くしかないか……」
私は意を決して梓ちゃんに話を聞いてみることにした。
けど、あれから梓ちゃんの姿は街で見かけなくなった。
「どこにいるのかな……」
あの川にもいなかったから、お屋敷に行ってみた。
「中に入れたらいいんだけどな……」
庶民である私がそんなこと出来る訳ないけどね。
とりあえず中をのぞいてみた。
「あ、梓ちゃんだ」
2階の窓から梓ちゃんが見えた。けどその顔は何だか悲しそうだ。
「梓ちゃん……」
何であんなに悲しそうな顔をしているのかな……。
これは何か事情がある! 絶対ある!
「……よし!」
その日の夜。
私は木の上にいた。
「はぁ……意外と疲れるな」
こんなに登ったのは何年振りだろう。
「おっと、それどころじゃない」
まだそんなに遅くないから人に気づかれたらまずいことになるよ……!
「でも、いいところにあるねぇ、この木は」
これが無かったらこんなこと考え付かなかっただろうな。
「……起きているかな?」
ここまできたらわかるよね? そう、私は梓ちゃんに会うために木によじ登っている。
「確かこの部屋だよね」
私は中を確認した。中ではベッドで寝ている梓ちゃんがいた。
「梓ちゃん……!」
窓ガラスを軽くたたくと、体を起して私を見つけた。
「……!?」
「やっほ~」
梓ちゃんが相当驚いた顔をして窓を開けてくれた。
「な、何しているんですか!?」
「いや、梓ちゃんが最近様子がおかしいから気になって……」
「だからってこんなところから……!」
「えへへ。だってあんなに悲しそうな顔してるから居ても立ってもいられなくて」
「と、とりあえず中に……」
「ありがとう……。わぁ、これが梓ちゃんの部屋か!」
左にベッド、右側にドレッサー、右奥には入口がある広い部屋だ。
「あんまり漁らないでくださいよ?」
「わかっているよ……。あっ! ギターだ!」
「言っているそばから漁らないでください!」
ベッドのすぐ横に赤いギターが立てかけてあった。
「へぇ~。いいギターだね」
「……そんなことを言いに来たんですか?」
「あ、そうだ。こんなことをするために来たんじゃないよ」
目的を思い出した私は梓ちゃんに向き合った。
「梓ちゃん、最近どうしたの? 外にも出てないようだし」
「……あなたには関係ないです」
「そんな悲しそうな顔して言ったって説得力無いよ?」
「……」
口を固く結んでそっぽを向く梓ちゃん。むぅ、強情だね……。
「じゃあ、梓ちゃんがギターやっていること言いふらしちゃおうかな?」
「そ、それはだめです!」
こんな反応するなんて、やっぱり何か事情が……。
「何でだめなのかな? 教えてくれたら話さないよ」
涙目でこっちを振り向いて、すごくかわいい……。
「……本当ですか?」
「う、うん……」
何だろう、色んな意味でドキドキしてきた。
そして、沈黙の後に梓ちゃんが話し始めた。
「……実は、親に内緒でギターをやっていたんです」
「内緒で……って、やっちゃいけないの?」
「このような家ではふさわしくないって……」
「そうなの……」
「でも、使用人にギターをしているのが知られて、怒られたんです……。親に言いつけるって」
声が震えている……。泣くのを堪えているのが痛いほどわかる。
「だから、あんなところでギターを弾いていたんだね」
「使用人にも、両親にも気づかれないから……丁度いいって思ったんですけど」
「確かにあそこはいいところだよね」
「あなたもあそこに行くんですか?」
「うん。あの時ギターの音がしていたからもしかしたらって思って行ってみたんだ」
「街中までギターの音がしていたなんて……」
「いや、あれは私が何となく聞こえていただけで誰も気づいていなかったよ?」
「……地獄耳ですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
梓ちゃんが少し笑った。私もつられて笑ってしまった。
「ふふふ……。こんなこと話せるなんて思ってもみなかったです」
「私も。梓ちゃんが私と同じようなギタリストだったなんて」
梓ちゃんが笑ってくれてよかった。ここまで来た甲斐があったよ。
コンコンコン!
「梓様、何やら騒がしいですがどうなされたのですか?」
「あっ、使用人です!」
話に夢中になっていて、外に気づかれちゃったみたい。
「わ、私、そろそろ帰るね!」
慌てて窓を開けて、木に移る。
「唯さん……!」
「また来るからね!」
「ま、またって……」
急いで木を伝って降りはじめると、梓ちゃんが息を呑む音と、ドアの開く音がした。
「梓様、何をなさっていたのですか?」
「いや、星を見ていたのです。それで詩を……」
梓ちゃんには悪いけど、後のことは任せて早く退散しよう……。
次の日の夜、私はまた梓ちゃんの家に来ていた。
「……またそんなところからやってきて」
「だって見つかったら大変でしょう?」
「それはそうですけど……」
昨日と同じように木を伝って窓からお邪魔した。
「もう、昨日は大変だったんですよ?」
「ごめんごめん……」
「まぁ、特別に許してあげます」
声が少し上ずっている。上機嫌なのだろう。
隠そうとして隠し切れていないところがまたかわいい。
「ふふふ……」
「な、何で笑うんですか!」
「いや、何でもないよ」
「それで、今日は何の用ですか?」
「だって、おしおきで部屋から出られないんでしょ? 寂しいかと思って……」
「そうですけど……。けど、どうしてそこまでして来てくれたのかなって……」
「どうしてって……」
そう言えば、何で私はまた来たんだろう。昨日のことで、もう私の疑問は解けたはずだ。
もう、こんな木を登ってくる必要なんてなかったのに私は来た。
「どうしたんですか?」
「あ、いや……。どうして来たのかって、自分でもよくわからないんだ」
「わからないって……」
「……梓ちゃんに会いたいから来た。それじゃあ駄目?」
「恥ずかしいことを臆面もなく言うなんて……」
「人間、素直が一番だよ?」
「恥じらいも必要です!」
向きになっちゃって、やっぱりかわいいなぁ……。
「でも、あれだけギターが上手なのにやっちゃいけないなんてひどいよね」
「そんなに上手でしたか?」
「うん。あ、そうだ! 今度ギター教えてよ!」
「私がですか?」
「あのときの演奏すごく上手だったし、いいでしょ?」
「まぁ……、いいですけど」
「本当に!? ありがとう!」
私は嬉しくてつい手を取って喜んでしまった。
「あっ……ちょっと……」
「ん? どうしたの?」
「あっ、いや……その……。あ、あれですよ! うるさくすると気づかれちゃいます!」
「そうだね、ごめん。ちょっと興奮しちゃって」
「こ、興奮……?」
いやぁ、梓ちゃんと話すと楽しくてしょうがない。いつもの私より元気な気がする。
「じゃあ今度ギターを持ってくるね!」
「ここまで持ってくるんですか!?」
「さすがに無理か……。じゃあ、あの川に行こうか」
「私、外出られませんよ?」
「梓ちゃんを連れ出します!」
「ええぇ!?」
「窓から出て行けばいいし。大丈夫、私がついているから!」
「……余計不安です」
「なっ! それはちょっと酷いよ……」
「ふふふ……。元気になったりしゅんとなったり、おもしろい人ですね」
「えへへ……」
それからしばらく2人で静かに笑いあった。
さらに次の日の夜、私は梓ちゃんを迎えに来ていた。
「さぁ、梓ちゃん。行こうか」
「ほ、本当に行くんですか?」
「ここじゃ気づかれちゃうし、梓ちゃん外に出てないみたいだし」
「でも……気づかれたらまた怒られちゃう」
「大丈夫。私が付いているから」
手を差し伸べると、おずおずと掴んでくれた。
「さ、行こう?」
「もう、しっかり守ってくださいよ?」
こんな夜に秘密のお出かけなんて、ドキドキする。
梓ちゃんも必死に私の手を握って、かわいい……。
「ふぅ、何とか木は降りれたね」
「ギターを降ろすのにひやひやしました……」
「じゃあ、川へれっつごー!」
街を歩いていると、梓ちゃんが話しかけてきた。
「何だか、いつもと雰囲気が違いますね」
「そうだね。寂しいって言ったら変だけど、どこか不思議な感じだね」
いつも通っている道なのに、日光と月光とではこんなに変わっちゃうんだからおもしろい。
「あんまり夜に外に出たこと無いので新鮮な感じがします」
「じゃあまた2人で夜の散歩に行こうよ」
「……考えときます」
また、こうやって2人で散歩したいなぁ。
数十分後。
私達はあの川に到着した。
「じゃあ、梓先生お願いします!」
「……何だかその呼び方照れますからやめてください」
「は~い」
「じゃあとりあえずこれ弾いてみましょうか」
梓ちゃんが持って来てくれた楽譜を弾いてみることになったけど……。
「あの……」
「何ですか?」
「……楽譜の読み方から教えてください」
「えっ!? 楽譜読めないんですか!?」
「……はい」
「じゃあ、今までどうやってギターを……」
「えっと、いろんな人が弾いているのを聞いて、真似してやってたの……」
「逆にすごいですね、それ」
どこを弾けばその音が鳴るのかははわかるんだけどなぁ……。
「じゃあ、私が弾いたのを真似してください」
「よし来た!」
梓ちゃんの演奏を聞いて私も真似して弾いてみる。
「す、すごい……」
「へぇ、こんな曲があるんだね」
「これ弾くの、そうとう難しいのにすぐできるなんて」
「そうなの?」
「これはますます楽譜が読めるようになった方がいいですよ」
「そうだね。楽譜が読めるようになれば、もっと曲が弾けるもんね」
「がんばりましょう? 唯さん」
「その唯さんっていうの、やめにしない?」
「えっ? でも……」
「唯でいいよ。私も梓ちゃんって呼んでいるし」
少し間をおいて、梓ちゃんがためらいながら口を開いた。
「ゆ……唯……ちゃん」
「はい、梓ちゃん♪」
やっぱりこういう方がいいよね。唯さんって何だか距離を置かれているみたいで嫌だし。
「何だか恥ずかしいです……」
「そんなことないよ。仲良しなら普通だよ」
「はしたないというか、何というか……」
「でも、人と仲良くなれないっていうのは悲しいことじゃないの?」
「それはそうですけど……」
「まずは、こうやって名前を呼び合えば仲良くなれるものだよ」
「そういうものですかね?」
「そうだよ。梓ちゃんともこうやって仲良くなれたし」
「もう……」
梓ちゃんが照れながら笑った。
それから私達は幾度となく会い、打ち解けて行った。
呼び方も次第に呼び捨てになって、距離がぐっと近くなった気がする。
休日にはりっちゃん達との演奏会にも誘い、一緒にギターの演奏もした。
「あの、私が来てよかったんでしょうか?」
「いいんだよ。ほら、みんな、梓が来てくれたよ~」
「おぉ! こんにちは、梓姉ちゃん!」
「こ、こんにちは……」
「みんな元気でしょ?」
「うん。ちょっとびっくりしちゃった」
「この子がりっちゃん、この子が澪ちゃん、で、この子がムギちゃんです」
「初めまして、りっちゃんこと田井中律です!」
「秋山澪です」
「琴吹紬です」
「よろしくね」
梓も表情が柔らかくなって気がする。よかった。
「いやぁ、梓姉ちゃん。唯姉ちゃんから話は聞いてますよ♪」
「唯が私の話をしているの?」
「うん。梓はかわいくて大好きだっていつも言っているよ?」
「えっ……///」
「もう、りっちゃん! わざわざ言わなくてもいいでしょ?」
「だって本当のことだもん!」
まったく、りっちゃんは……。
怒る私をよそに、梓は顔を赤くして笑った。
「何笑っているのさ」
「唯、人間素直なのが一番なのでしょ?」
素直っていうより暴露されただけなんですけど。
「と、時には恥じらいも必要だと思うよ……」
何だか同じようなやり取りをしたことがある気がする……。
「お2人さん、お熱いですね!」
「りっちゃん!」
「わっ! 唯姉ちゃんが怒った!」
「律、あんまりからかっちゃ悪いぞ?」
「そうよ? 別に愛し合うことは恥ずかしいことじゃないわ」
「「あ、愛し……っ!?」」
こ、この子たちは人をからかって……!
「あ、2人とも顔真っ赤ー」
「えっ、いや、違うの!」
「……」
梓は恥ずかしさからなのか黙っちゃうし、私はもうパニックだ。
「うふふ、とても素敵なことだと思いますけど?」
「ムギちゃん……そんな目で見ないで。」
すごく期待している目だ。何に期待しているかだいたいわかるけど。
「と、とりあえず演奏しよう!」
「あ、ごまかしたー」
「いいの!」
「律、いいかげんにしろよ?」
「だってお似合いなんだもん。羨ましくてさ」
「はいはい! もうこの話は終わり! 演奏行くよ!」
「おー!」
───
ずっとこんな楽しい日々が続くと思っていた。
あの日までは……。
「あ~ずさ!」
その日の夜、私はいつものように梓の部屋の窓ガラスを叩いた。
「唯……」
「どうしたの?」
梓が何だか暗い表情をしている。
「あの、明日から家族で旅行に行くのでしばらく会えないんです……」
「そうなの?」
「うん……。ちょっと遠いところなので、帰ってくるのも遅いんです」
大富豪の旅行か……。とっても豪勢なんだろうなぁ。
「ふ~ん。じゃあギターの演奏をしよう!」
「もう、旅行に行くだけですよ?」
「いいじゃん。しばらく会えないのならやろうよ?」
「……そうですね。やりましょうか」
その日は、2人で静かにギターのセッションをした。
「ねぇ、梓……」
「何ですか?」
「……やっぱりしばらく会えなくなるのは寂しいな」
「……」
「ご、ごめんね? たかが旅行に行くだけなにのこんなに寂しがって」
また梓に呆れられちゃうな、と思っていたけど今日は様子が違った。
ぎゅっ。
「あ、梓……」
肩に寄り添って、私に腕にしがみついてる。
「私だって、寂しいのに……こんなに我慢しているのに……」
あまりにも様子が違うので、私は梓の肩を抱いて慰めることしかできなかった。
「そんなこと言われたら、我慢できないじゃないですか……っ!」
私の肩に顔をうずめて、震える梓。
「……泣いているの?」
「……泣いてなんか」
強がっているけど、梓の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「そうだね……」
私は耐えきれず、梓にキスをした。
「んっ……」
長く、深いキス。今まで一度もしたことないような濃厚な物をした。
「はぁ……はぁ……。唯……」
「
これから、寂しくないようにしてあげる……」
私は梓をベッドに押し倒し、さらにキスをする。
「んっ……、んぅ!」
「梓……!」
舌を絡ませ、お互いの唇を吸いあい、求めあう。
「お願い、唯を感じさせて……」
「忘れられないぐらい、刻みこんであげるよ……」
それから私達はお互いの存在を忘れないように、求め、貪り、確かめ合った。
「……」
朝。こんなに体がだるいものとは思っていなかった。
隣には規則正しい寝息をたてている梓がいる。
「梓……またね」
軽く頭を撫でて、私はベッドから出た。
綺麗な日の出が見える。
その中、私は木を降りて家へと帰った。
コンコンコン!
「う~……何?」
私はうるさいノックの音に起こされた。昨日遅く帰ってきたから眠いのに……。
「は~い」
「唯姉ちゃん! 大変だ!」
ドアを開けるとりっちゃん達が立っていた。
「どうしたの、みんな? こんな朝早くから」
「梓姉ちゃんが……!」
「あぁ、旅行でしょ? 知っているよ」
「違うよ! 梓ちゃん結婚するんだって!」
「……は?」
けっこん? 一体何の話?
「だって、昨日旅行に行くって……」
何かの冗談でしょ? それとも夢……? 梓ちゃんが結婚……!?
「梓ちゃんの家、借金が多くてそれを肩代わりしてもらうために嫁ぐんだって!」
でも、それは冗談でも夢でもなかった。
りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃんの言うとおり梓ちゃんはある大富豪の1人息子に嫁ぐ。
自分の家の都合で一方的に行ってしまったのだ。
「そんな……」
私には何にも言わずに、1人で全部抱え込んで行ってしまった。
「唯姉ちゃん、どうするんだよ」
「どうするって……」
こういう話に首を突っ込める訳ない。
「私はお金も権威もないし……。どうしようもないよ……」
「唯姉ちゃん! 追いかけようよ!」
「えっ……。でも……」
「梓姉ちゃんのこと好きなんだろ!? 大事なんだろ!?」
「りっちゃん……」
「だったら、追いかけないと後悔するぞ!」
「律の言うとおりですよ。追いかけてください!」
「どんといってこいです!」
みんな……。
そうだ。私にはお金も権威もないけど、梓への愛なら無限大にある!
「みんな……ありがとう! 私、行くよ!」
「おっと、お父さんが式場まで連れてってくれるぜ!」
家の前にりっちゃんのお父さんが馬車を停めて待っていてくれた。
「さぁ、乗りな!」
「すみません。お願いします!」
「私達も行くぞ!」
「「おー!」」
私とりっちゃん、りっちゃんのお父さん、澪ちゃん、ムギちゃんを乗せて馬車は走り出した。
「待っていてね、梓!」
馬車は軽快に走っていくが、時間はそれより早く過ぎて行く。
「お父さん、もっと速く!」
「わかってる! でもこれ以上スピードが出ないんだ!」
「見えてきた!」
澪ちゃんが指差す先に、大きな教会が見えた。
「あそこだね!?」
あとどれくらいだろう……。間に合うのかな……。
「まずいな、あそこじゃ馬車が入れん!」
「どうするの?」
「唯ちゃん、すまんが降りて走っていけ!」
「わかりました!」
教会まであと一歩と言うところで道が狭くなっている。
「さぁ、行っておいで!」
「行きます!」
私は馬車を飛び降りて、教会へ続く一本道を駆け抜けた。
「梓……! 梓……!」
しんと静まり返っている教会のドアを勢いよく開けた。
そして……。
「その結婚、待ったぁ!」
私はありったけの思いを込めて叫んだ。
中にいた人が一斉に私の方を見る。
けど、私には一番向こうにいる純朴のドレスに包まれた梓しか見えなかった。
「ゆ、唯……」
「な、何だね君は!」
1人の男の人が驚いたような声で叫んだ。
「この結婚に異議のある方がいらしたようですね」
神父さんが私を見て言った。
どうやら、丁度いいタイミングのようだ。
「はぁ……はぁ……」
息切れが激しいけど、そんなことは気にもならなかった。
間にあったんだ……。
「梓、おいで!」
私は目いっぱい手を伸ばして、言った。
でも、梓は嬉しい表情と悲しい表情が混ざった顔をして、首を横に振った。
「梓!」
「だめなの……。私は……」
見かねた私はさらに声を張り上げて言った。
「大丈夫、私がついているから!」
その言葉で、梓は走り出した。
「唯!」
そして、私の胸に収まった。
「梓……!」
「唯……!」
もう離さないように深く抱きしめた。
「これはどういうことか説明していただきたい」
「……」
新郎のお父さんらしき人が、梓の両親に詰め寄っている。
「少し、話をさせてください」
「手短にな」
梓の両親が私の前に来た。
「君、名前は?」
「平沢唯です」
そう名乗ると、梓のお父さんが少し笑った。
「そうか、いつも梓のところへ出入りしていたのは君か」
「えっ!?」
「知らないとでも思ったのか? あれだけ嬉しそうに騒いでいれば誰でも気づくぞ」
呆れた笑いをしながら、梓のお父さんは言った。
……気づいていたの?
「あ、あの……すみません」
「まったくだ。おまけに折角の結婚式も台無しだ」
うぅ……。この後私どうなっちゃうのかな。
「梓、お前もお前だ。結婚するのなら何故この娘に駆け寄った?」
「それは……」
梓も俯いて黙っていたが、意を決してはっきりと言った。
「私は、この人を愛しているからです」
それを聞いて、梓の両親は少し驚いた顔をしたけど、すぐに険しい表情に戻った。
「そうか……。ならば、お前なぞもう娘ではない」
「お父様……!?」
梓のお父さんが冷たく言い放った。
「そうですね。私はあなたをそんな風に育てた覚えはありません」
「お母様まで……」
「勘当だ」
教会の中の人が一斉にざわつくのが聞こえる。
勘当って、親子の縁を切るってことだよね……?
「お前のような娘は知らん。どこへでも行け」
「お父様!」
「中野、貴様ぁ!」
新郎のお父さんが声を荒げて、さらに詰め寄る。
「私にはもう娘はおらんのだよ。だから、この結婚の話も無しだ」
「そんなことが許されると思ってか!? ここまでやっておいて、私の息子はどうなる!?」
「私に娘はおらん!」
そう言って、梓のお父さんは突き返した。
「平沢唯」
「な、何でしょう」
そんな中、不意打ちで梓のお母さんに名前を呼ばれた。
「……娘を頼みます」
「……!!」
そう言い残して、梓の両親は新郎の家族の説得に行った。
「お父様……お母様……」
「……行こう、梓」
梓は涙で震えながら、呟いた。
「……さようなら、2人とも。ありがとう……!」
そして、私は梓の手を引いて教会を出た。
「おう、戻ってきたか」
「梓姉ちゃん、綺麗!」
「本当だ。すごく綺麗……」
「とても似合っていますわ」
「みんな、ありがとう。ここまで来てくれて」
「いいってことよ。それより、お礼を言わなくちゃなんねぇのが他にいるんじゃないのか?」
「そうですね」
そう言うと、梓は私を見つめる。
「唯、ありがとう……」
「そんな。私は逆に謝りたいよ」
「どうして?」
「だって、梓のこと全然気づかなかったし……」
「あれは隠していた私が悪いのよ……。でも、ここまで来てくれて本当にうれしい」
「私も、梓を取り戻せてうれしいよ」
そして、私達はごく自然に顔を近づけキスをした。
「ひゃぁ~! 本物のキスだ!」
「何も見てない、何も見てない!」
「いいわぁ……」
「ははは! 若いっていいねぇ!」
しばらくのキスの後、お互いに笑いあった。
「大好きだよ、梓」
「私も大好きだよ、唯」
それから2人は末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし
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最終更新:2010年12月10日 13:52