「……にゃっ」

突然、こたつに入っている膝を誰かに突っつかれて、
私小さく声を上げていた。
誰か……と言っても、犯人はすぐにわかる。
ここは唯先輩のお家で、憂は晩ご飯の材料を買いに出かけていて……
今この場には、私と唯先輩の二人しかいないのだから。

「もうっ、なんですか、唯先輩っ」
「ん~? どうしたの、あずにゃん? なんのこと?」

反対側に座っている唯先輩が、
わざとらしく視線を逸らしながらそんなことを言った。
そんな唯先輩に、私は頬を膨らませて文句を言った。

「今、私の膝を突っついたじゃないですかっ?
いたずらはやめて下さいっ」
「わ、私じゃないよぉ」
「……今こたつに入っているの、私と唯先輩だけじゃないですか……」
「きっと気のせいだよ!」

ふんすと息を吐いて言う唯先輩を、私はじと目で睨んだ。
でも唯先輩は、忙しなく視線を動かしながらも、
自分のいたずらを認めようとはしない。
私はため息を吐いて、

「はぁ……じゃあいいですよ……」

と私が言い終えると同時に、また膝を突っつかれた。

「もうっ、唯先輩!」

怒って言うと、今度は唯先輩は明後日の方を向いて、
調子のずれた口笛を吹き始めた。
どうあっても、自分のいたずらを認めるつもりはないようだった。

(……いいでしょう……なら、受けてたちます!)

心中で気合をいれて、私もこたつの中で足を伸ばした。
前屈運動のような姿勢はちょっと苦しいけど、
そこは我慢して、対面の唯先輩の足を突っつこうとする。
と、

「にゃっ……!」

突然ふくらはぎの側面を、何かに……唯先輩の足に撫でられた。
迎撃しようと足をそちらに振るけれど、
私の足は唯先輩の足にはぶつからず、空しく空振りをしてしまった。
私が足を振るよりも先に、足を引っ込めたか、天板の方に浮かしたのだろう。

「どしたの、あずにゃん?」
「むっ……」

悪戯っ子の笑みを浮かべる唯先輩に、私はまた頬を膨らませ、
ちょっと乱暴に両足をこたつの中で動かす。
でも唯先輩の足はどこにもない。
空振りばかりすることを不思議に思い、
唯先輩をよく見ると、

「ふっふ~ん……」

唯先輩は腰を少し引くような姿勢をしていた。
私の足が届かないよう、
こたつテーブルの下から両足を退避させているのだろう。
この姿勢では、どうやっても私の足は唯先輩に届かない。

(なら……)
「えいっ……!」
「わっ!」

私は両手でこたつテーブルの縁を掴み、一気にこたつの中に体を滑らせた。
仰向けの姿勢で、こたつの中に全身を入れれば、
いくら小さい私でも足を反対側に届かせることができる。
驚く唯先輩の声に、私は不敵な笑みを浮かべ、

「覚悟です、唯先輩!」

勝利の声を上げるけれど、

「なんの!」

だけど唯先輩は怯まずに……私の両足を、その手で掴んだ。

「ふっふ……あずにゃん捕まえた!」
「な!? ず、ずるいです!」
「手を使っちゃダメ、なんて言ってないも~ん……
さぁ、あずにゃんのかわいいあんよ、どうしちゃおうかな……」
「くっ……」

私は唯先輩の手からなんとか逃れようと足を動かすけれど、
狭いこたつの中では思うように力をいれられず、
両足はしっかり捕まれたままで……

「では……もにゅもにゅもにゅ!」
「や、やめて下さい、唯先輩!」
「こちょこちょこちょー!」
「ぷっ……あは……く、くすぐったいですっ……ゆ、唯先輩!」
「そして……むちゅー!」
「それはほんとにやめて下さい!」

……両足をたっぷり唯先輩に弄ばれてしまった。


「……」
「あ、あの……あずにゃん?」
「……」
「ご、ごめんね、あずにゃん……」
「…………」
「ちょ、調子にのりましたっ、ごめんなさい!」
「……知らないです」

ふざけすぎたことに気づいたのか、謝ってくる唯先輩に……
私は素っ気無くそう返事をした。
こたつの中に寝そべってクッションを枕にし、
唯先輩の顔を見ようともしない。

「あ、あのね、あずにゃん……」
「聞こえないです」

不機嫌です、という気持ちを込めて私は言う。
本気で怒っているわけではないけれど……
私の足をあれだけ弄んだのだから、
ちょっとぐらい仕返しをしないと気が治まらなかった。

「うぅ……」

私の不機嫌さに、唯先輩が落ち込んだのが気配で伝わってくる。
ちょっとかわいそうな気もしたけれど、

(だ、だめだめ! ちゃんと仕返しをしないと!)

私は自分にそう言い聞かせた。
と、

「ふんす!」

唯先輩に気合を入れる声が聞こえ、

「えいや!」
「にゃっ!」

次の瞬間、こたつの中を通ってきた唯先輩が、私のすぐ横から体を出した。
そんなに大きくないこたつの一カ所に二人ではやはり窮屈で、
自然と体は密着してしまう。
顔もほんとにすぐ間近で、私は慌てて唯先輩とは反対の方に体を向けた。
赤くなった頬を見られては、怒っている態度に説得力がなくなってしまう。

「ねぇ、あずにゃ~ん……」
「知りま……」

私の名前を呼ぶ唯先輩に、冷たくそう言おうとしたけれど……
突然目の前に現れたみかんを見て、
私の言葉は中途半端なところで途切れてしまっていた。
背中には唯先輩の温もり……
私にぴとっとくっついた唯先輩が、腕を回し、
その手のみかんを私に見せていた。

「……」
「どうかここは、こいつで一つご勘弁を……っ」
「……」
「……あずにゃん?」

唯先輩の必死な感じの声音に、私は嘆息し……
同時に苦笑を浮かべていた。

「はぁ……皮……」
「え……」
「皮むいてくれないと、食べられないじゃないですか?」

唯先輩の方に顔を向けてそう言うと……
一瞬で笑顔に変わった唯先輩の顔が見えた。

「うん! すぐむいてあげるからね!」

俯せになり、肘で上体を支えながらみかんの皮をむく唯先輩。
私は仰向けの姿勢で、そんな唯先輩を見つめ……
また嘆息していた。あきれのため息。
落ち込んだかと思ったらもう笑っている唯先輩と……
結局仕返しなんかできない私、二人に対してのあきれだった。

(ほんとにもう……)

あきれながらも、私の頬は同時に緩んでしまっていた。
こんな私たちを悪くないと思ってしまっているのだから……
心地いいと思ってしまっているのだから、
ほんとに自分にあきれてしまう。
あきれてしまうけれど……でもやっぱり、悪くない。

「はいっ、あずにゃん、むけたよぉ!」

私のため息なんか気にもせずに、
皮を(あの周りの白いのも)きれいにむいたみかんを手に、
唯先輩がにこにこ顔を私に向けた。
一つを指でつまんで、私の口元に運んでくる。

「はい、あ~ん」
「……あむ」

顔を浮かして、唯先輩の指に挟まれたみかんを唇で受け取る。
口の中に入れて一回噛むと、甘い果汁が口内いっぱいに広がった。

「エヘヘ……美味しいでしょ、あずにゃん?」
「……まぁまぁです」
「もうっ、素直じゃないんだからぁっ」

笑って言う唯先輩に、私は苦笑を返した。
もう一つみかんが口元に運ばれてきて、
それを食べようとしたところで、

「お姉ちゃ~ん! 梓ちゃ~ん! ただいまぁ!」
「あ、憂だぁ」
「え!?」

聞こえてきた憂の声に、私は慌てていた。
唯先輩と二人、別に変なことをしていたわけではないけれど……
こんな風にくっついて寝そべっているのを見られるのは、
さすがに恥ずかしかった。

「ゆ、唯先輩! 早く、早くこたつから出て下さいっ」
「ほえ? なんで、あずにゃ……」
「いいです、私が出ますから!」
「ちょっ……あ、あずにゃんどうしたのっ?」

憂に見られる前にこたつから出ようとしたけれど、
唯先輩と一カ所でくっついていたために、
お互いの体やこたつの天板が邪魔をして、
思うように体が動いてくれなかった。
慌てれば慌てるほど、却って足は滑るばかりで……

「お姉ちゃん? 梓ちゃん?」 
「「痛っ!」」

私と唯先輩、二人で一緒に、こたつの縁に足をぶつけていた。


END


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最終更新:2010年12月10日 20:09