『ピンポーン』
「……うん?」
 今日は部活が休みなので久しぶりの休日を満喫しようと朝から読書に勤しんでいたのだけれど、予期せぬ客人の来訪を告げるチャイムの音によってそれを中断せざるを得なかった。
 はたして今日は誰かが来る予定でもあったのだろうか否それは無いはずだならば両親の仕事関係だろうかいやそれもしばらくは落ち着くという話だった。
 ならどうしてだろうと考えながら手近なところに置いてあった上着を羽織り、靴を履いて玄関の扉を開けた。
「やっほ~」
 唯先輩がいた。
「……」
 見なかったことにして扉を閉めた。
 今のはきっと何かの見間違いだろうそうに違いないだってあの人がウチの住所を知っているはずが無いんだからそもそも別人なのかもしれないしうんそうだそうだ。
『あ、ちょっと! 勝手に閉めないでよっ! あずにゃ~ん!』
 ……現実はそこまで優しくなかったようです。
 仕方ないので入れてあげることにする。このままじゃずっとドアをバンバン叩かれっぱなしだし。というか鍵はかけなかったんだから普通に開けて入ればいいのにと思わないでもない。
「冗談ですよ、何しに来たんですか?」
「用が無くちゃ来ちゃいけないの?」
「いえ別にそういう訳ではないですけど」
 特に何かを持っている様子でも無いし本当に用は無いみたい。
「それじゃ、特に何も用意できませんが」
「そんなの気にしなくてもいいよ。お邪魔しま~す」
 そんな訳で。
 ゆっくり読書するという当初の計画はおじゃんになり、代わりに唯先輩と二人でのんびり過ごすこととなった。
 ん、まあ、たまにはこんな日があってもいいかな。
あずにゃん早く~」
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
 うっかり考え事も出来ない。楽しいからいいですけどね。
 どこに行けばいいのか解ってない風な唯先輩を私の部屋に案内してから、お茶を取りに行こうとすると、
「ああ、別にそういうのはいいよ。いらない」
 だそうで。
 動く手間が省けるのはこちらとしても願ったりだったのでその意見は謙虚に受け止めておいた。
「それで、何をするんですか?」
「うん? なにが?」
「わざわざ私の家に来たんですから、何かしたいことがあったんじゃないんですか?」
「んー、そういうのは特に無いかなあ」
「無いんですか」
「うん。そうだね、それでも理由を言おうとすればあずにゃんと一緒に過ごしたかったから、かな」
「私と一緒に過ごしたかった、ですか。ん、それなら、まあそういうことで。適当に何かしときましょう」
 わざわざ私の家に来たのにも驚いたけど、その理由にも拍子抜けさせられた。まあ、先輩らしいと言えば先輩らしいかな。
 あ、そうだ。
「唯先輩、そういえばどうして私の家の場所が解ったんですか?」
「憂に教えてもらったんだよ」
 納得したところで、今度こそ『適当に何か』を始める。それはもういろいろと。
 CDを二人で聴いたり、ゲームで対戦したり協力プレイをしたり、一緒にパズルを解いたり、料理を教えてあげたり、抱き枕にされたり――最後のほうは同じベッドで横になりながらお喋りしかしてなかった気がする。
 そんな訳で、私は久しぶりに友達と休日を過ごす感覚を味うことができた。先輩は私のことを友達だとは思わずにただの後輩だとしか思ってないだろうけど、それでも私は楽しかった。
 勿論楽しい時間は過ぎるのが早くて。
「それじゃ、そろそろかえろっかな」
 そろそろ空が暗くなり始める頃に、唯先輩が言った。
「うん。今日は楽しかったよ、来てよかった」
「それはよかったです。私も楽しかったですよ」
 その言葉に、唯先輩は笑顔になる。
「当たり前だよ。友達といて楽しくないなんてこと、あり得ないもん」
「そう、ですね」
 それじゃね~、と別れの挨拶をして唯先輩は私に背を向けて自分の家へと歩いていく。
「友達……か」
 小さくなる唯先輩の背中を見送りながら、呟いた。
 それなら、そう遠くないうちに今度は私から遊びに行きます。
 ――そのときは、ちゃんと友達らしくもてなしてくださいよ?
Fin


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最終更新:2009年11月15日 03:03