それは放課後の部室での事。
携帯電話を一心に見つめている軽音部員が一人。

「・・・」
「唯?何してるんだ?」
「ああ、りっちゃん・・・」

「どうした?ぼんやりして。顔赤いぞ?熱でもあるのか?」
「え?ううん。大丈夫。」

隣りに腰掛け、額に手を当ててみる。
うん。やっぱり少し熱っぽいかも。

「ただちょっと考えてて・・・」
「何をだよ。ほんとに大丈夫か?」
「ねぇりっちゃん・・・」

あずにゃんて、どうしてこんなに可愛いんだろう。」

「えっ」

「見てこれ。昨日家で撮った写真の数々。
 真剣にギターの練習をしてるあずにゃん。
 憂にお料理を教わってるエプロン姿のあずにゃん。
 ドラマを見て泣いてるあずにゃん。
 私に後ろから抱きしめられて恥ずかしそうに笑ってるあずにゃん。
 どれもこれも可愛いよね?」
「えっ・・・いやまぁ。そ、そうだな・・・」
「だよね?やっぱりそう思うよね?天使だよね?」

言って、ほぅと熱っぽい吐息を吐く。
どうしよう。来たばかりなのに早くも帰りたい。

「こんな可愛い天使が私の彼女で将来の伴侶だなんて、信じられないよ。
 ギターもうまいし、真面目でしっかり者だし、猫耳も似合うし、優しいし、可愛いし。
 理想のお嫁さんだよね?」
「そ、そうだな・・・。
 あ、悪い、唯。そういえば私ちょっと用事が・・・」
「でもね、ちょっと泣き虫な所もあって、そこがまた可愛いんだ。」
「い、痛い。手首痛い。もげるもげるもげる。」

がっちりと手首を掴まれた。
どうやら逃げられないらしい。

「昨日の夜私の家から帰る時も、もうちょっと一緒に居たいって泣きそうになっちゃって
 なかなか離してくれなかったんだ。
 手を繋いで送っていったんだけどね?
 いつもバイバイする所に結局1時間くらいはいたかな。」
「風邪引くぞ。」
「私の服を掴んで離そうとしなくてさ。
 ちょっと拗ねたような、でも寂しそうな顔がまた可愛いの。
 だから私は何回もちゅーして、私も離れたくないよ。大好きだよって言ったんだ。
 そしたらあずにゃん、どうしたと思う?」
「さぁ・・・?」

「私も大好きですって言って、ぎゅ~って抱きついてきたの。
 可愛いよね?可愛いよねぇ??」
「あ、ああ・・・」

「泣く泣くバイバイしてからも、すぐ電話しちゃったよ。
 だって心配だし、可愛いし。」

もう一緒に暮らせばいいと思う。

「皆の前で抱きついたりすると、止めて下さい!なんて言うけど、
 2人きりの時は甘えてくれるんだ。
 そのギャップもまた魅力のひとつだよね?」
「最近は結構堂々といちゃいちゃしてないか?」

「怒った顔も可愛いんだよ。
 昨日の夕飯はあずにゃんも憂の手伝いしてくれてさ。ハンバーグだったんだけど、
 お料理中に私が後ろから抱きついたら、もうっ危ないですよ!なんて言って、
 頬っぺたぷくーっとしてさ。
 あまりにも可愛いから、ほっぺにちゅーしちゃった。
 そしたらあずにゃん耳まで真っ赤になっちゃって。
 しかもね?仕返しですってあずにゃんもほっぺにちゅーしてくれたのっ。」
「憂ちゃんが可哀想だろ・・・。そんな空間に居る人の身にもなれよ・・・」

「でね。それから皆でご飯食べたんだけど。
 あずにゃん、私が一口食べたら、どうですか?って不安そうな顔して。
 美味しいよって言ったら、もうすごく嬉しそうに笑ってくれたんだ。
 あの笑顔はやばいよ。ずきゅんてきたよ。
 ただでさえ可愛いのに、あんな笑顔見たら皆あずにゃんの事好きになっちゃうよ。
 う~んと、ほらこれ。こんな感じ。
 ね?反則的な可愛さだよね?」

携帯のフォトフォルダには梓の画像がずらりと並んでいる。
どんだけ撮ってるんだ。お前は。

「はぁ不安だよ。こんなに可愛いんだもん、きっとモテモテだよ。
 でもね、あずにゃんは言ってくれたんだ。
 ね、なんて言ったと思う?なんて言ったと思う?」
「さぁ・・・?」

「私は唯先輩一筋ですって。きゃはっ。」
「・・・・・・」

「だから、私も言ったんだ。
 私もあずにゃん一筋だよって。結婚しようって。」

え?プロポーズ?

「あずにゃん、泣きながら頷いてくれたんだ。
 嬉しかったな。」
「そうか。結婚式には呼んでくれ。」

「婚約指輪はやっぱりお給料3カ月分?お給料もらってないけど。
 子供は2人か3人かなぁ。あずにゃん似の可愛い女の子がいいなぁ。
 あ、名前考えておかなきゃ。」

気が早えな。

「というかあずにゃんまだかな?早く会いたいよ。
 今日はお掃除当番だって言ってたけど、ちょっと遅いよね?」
「・・・そうだな。」

嫌だよ。こんなのがもう1人増えるなんて嫌だよ。

「どうしよう。私ちょっと心配だから、迎えに行ってくるね。」
「ああ、そうしろ。」

校内で一体どんな心配があるというのだ。
ただいちゃいちゃしたくなっただけだろ。
しかし、ふらふらと部室を出て行く彼女を止めるなんて愚行はするはずもない。

ああ、やっと解放され―――

「あっあずにゃーん!遅かったねっ、待ってたんだよ!」
「すいません。皆さんもうお揃いですか?」

なかった。

扉の向こうから聞こえるバカップルの声に、私はただただ溜息を零す事しかできない。
え?何これ。まだ続くの?

誰か助けてっ!!


おわり
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【中野梓さんの場合】


それは昼休みの教室での事。
携帯電話を一心に見つめるクラスメイトが一人。

「・・・」
「あーずさ。何してんの?」
「ああ、純・・・」

彼女が頬を紅潮させ、ぼんやりと振り返る。
何事だろう。いつもの梓ではない。
ふと、携帯電話を後ろから覗き込んでみると。

「うわ・・・」

梓と唯先輩。2人のツーショット画像が。

「丁度良かった。ちょっと訊きたいことがあるんだけどさ・・・」
「ご、ごめん梓。そういえば私用事が・・・」

「唯先輩って、どうしてこんなに可愛いんだろう。」
「・・・」

「ううん、可愛いだけじゃない。
 普段はぽやーんとしてるけど、ライブの時とかすごくカッコいいし。
 ギターの練習中もね、集中してる時なんか、すごくカッコいいの。
 ああ見えて、いざという時は頼りになるし。」
「ス、スカート。スカート引っ張るのはやめて。パンツ見えるパンツ見えるからぁ!」

「でもでも、いつものほわーんとしてる唯先輩もすごくいいんだ。
 なんて言うか、癒される、みたいな?
 普段はのほほんとしてるけど、やる時はやる。そのギャップが堪らないよね。
 見てこれ。昨日携帯で撮った写真なんだけど。私を後ろから抱きしめてる唯先輩。
 素敵だよね?可愛いよね?カッコいいよね?」
「えっ・・・あ、うん。そ、そうだね・・・」
「でしょ?やっぱりそう思うよね?」

彼女は、至極満足そうに微笑んだ。
スカートを掴む手を緩める様子はない。

「こんなに素敵な人が私の恋人で未来の伴侶だなんて、ほんと信じられないよ。」
「え?決定事項?」

結婚するんだおめでとう。それよりスカートを・・・

「昨日部活中もね、ケーキを食べてる時なんてすごく可愛いの。」
「それ毎日じゃん。てかいいの?」
「唯先輩ったら、そっちも食べたいなんて可愛いわがまま言い出して、
 あーんって、私に食べさせて欲しいって口開けて待ってるの。
 そんな事されたら、私だってしないわけにはいかないじゃない?
 でね、しょうがないから食べさせてあげたんだけど、その後、唯先輩なんて言ったと思う?」
「さぁ・・・?」

「あずにゃんに食べさせてもらうと、いつもの何倍も美味しくなるよって・・・。
 もうっ唯先輩ったら・・・」
「・・・」

ツンデレどこ行った。

「それからね、ちょっと見たら、唯先輩の口元にクリーム付いてるのに私気付いたの。
 だから、唯先輩にクリーム付いてますよってハンカチを渡そうとしたんだけど。
 唯先輩ったらね、あのね、その、あずにゃんお口で取ってぇ~っなんて・・・」
「・・・・・・したの?」
「え?・・・だってほら、あんな可愛い顔でそんな事言われたら、するしかないじゃん・・・?」

したんかい。
そんな空間に居させられる他の先輩方が哀れでならない。

「でねでね、その後2人でギターの練習してたんだけど、その時もね、
 隙を見ては頬っぺにちゅうとかされてね?
 人前では止めて下さいって言ってるのに、唯先輩全然聞いてくれないんだよ?」
「いや、そんな嬉しそうに言われても・・・」

部活中に何やってんだ。

「ほかの先輩達に見つからないかヒヤヒヤしちゃったよ。
 しかもね、唯先輩ったらエスカレートしちゃって、
 とうとう口にキスを・・・って何言わせんの純ったら!恥ずかしいじゃん!」
「~~~っいぃっだぁ!!い、痛い!今の本気で痛い!なんで叩いた!?
 なんで今私叩かれたぁ!!?」
「えぇ~・・・?だって純が変な事訊くから・・・」
「訊いてないからぁ!!梓が勝手にしゃべってただけじゃん!!
 馬鹿じゃないの!?あんた馬鹿じゃないの!!?下手したら肩脱臼してたよっ!!」
「う~ん・・・それはごめん。でも大袈裟だよ、純は~。」
「うるさいよ!」

「でさでさ、聞いて純。」
「え?まだ続くの?」
「その、キスした後ね、私が何するんですかってちょっと怒ったの。
 部室だし、みんなも居るのにって。」
「続くんだ・・・」
「そしたら唯先輩、何て言ったと思う?」
「さぁ・・・?」

「ごめんねって。あずにゃんが可愛過ぎるから我慢できなかったよってきゃーーーっ!」
「・・・」

身悶えする彼女を、最早見ていられない。
しかし。
掴まれたスカートに視線を落とす。逃げ出す事は叶わない。

「・・・で?」
「え?」
「梓はこんな所で何やってんの?昼休みなのに。唯先輩に会いに行かないの?」
「う~ん・・・純は分かってないなー。」
「何がよ?」
「友達との時間も大切でしょ?だから昼休みは、そっちを優先しようって話し合ったの。
 交友関係は大事にしたいし、大事にしてほしいもん。
 やっぱりたくさんの人との繋がりって大切だと思うんだよね。あー会いたいなー唯先輩。」
「・・・いや、本音出てる。」

「・・・会いに行ってきたら?」
「え~?でも、私から言い出したことだし・・・」
「会いたいんでしょ?」
「それは・・・そうだけど。
 あの綺麗で可愛くてカッコいい顔立ちと、ほんわかな笑顔。柔らかい声。
 ぎゅって抱きしめられると温かくて甘い匂いがして、それでいて凄く安心しちゃう。
 優しくてあったかくて実は頑張り屋でやる時はやる唯先輩にそりゃあ会いたいけど。
 うん、会いに行って来る。」
「・・・行ってきなさい。」

それで皆が幸せになれる。
恋人達は甘い時間を過ごせるし、私は解放されるのだ。

「よし、じゃあちょっとだけ・・・ってあれ?唯先輩?」
「・・・え?」
「あっ!み、見つかった!」

え?

「どうしたんですか?唯先輩。」
「い、いやー、やっぱりどうしても会いたくなっちゃって~。えへへ~。」
「もぉ~ダメだって言ったじゃないですかぁ~。」
「え?え?」

目の前でイチャつきはじめるバカップル。
何故そこであなたの方が来るのか。そして何故ここに留まり話し込む態勢なのか。
せめて教室の外でやってくれればいいものを・・・

「でさ、純。昨日唯先輩ったらねぇ―――」
「いやいや、あずにゃんがさ―――」
「・・・」

解放されると思った矢先の事態に、愕然とする。
私に話を振らないでほしい。
というか誰か助けt・・・

と、廊下に見知った顔を見つけた。
ん?あれはもしや憂?
私の胸に、希望の光が差し込む。
バカップルの片割れの妹であり、もう片割れの親友でもある彼女なら、救いの女神となり得るかもしれない。

「あれ?教室にお姉ちゃんが・・・。
 う~ん・・・梓ちゃんと一緒だし、もう少ししてから教室に戻った方がいいかな・・・」

しかし、その希望は脆くも崩れ去った。

(え?あれ?行っちゃうの!?ちょっ、待っ・・・。憂っ!?ういーーーーーっ!!!)

残されたのは、今も尚握られているくしゃくしゃになったスカートと、理不尽な肩の痛みと、バカップル。

「あーずにゃん♪」
「唯先輩♪」

昼休みの悪夢は終わらない。


おわり


  • むしろ続けてくれ -- (名無しさん) 2011-02-03 03:33:27
  • よっしゃ!俺とムギ師匠が今すぐ代わろうぞ!! -- (通りすがりの百合スキー) 2011-02-03 19:20:17
  • 梓編追加してみました -- (名無しさん) 2011-02-20 22:29:12
  • 梓の方だと純が犠牲になっていたのかw てか憂www 見捨てるのかよwww -- (名無しさん) 2011-02-20 23:06:03
  • バカップル最高だなw いいぞもっとやれ! -- (名無しさん) 2011-02-21 05:59:28
  • ををっ!デレにゃん編が追加されてる!素晴らしすぎる! -- (通りすがりの百合スキー) 2011-02-21 21:24:30
  • 憂ww慣れてるなww -- (柚愛) 2011-03-03 13:38:51
  • 憂www -- (名無しさん) 2013-11-11 22:38:49
名前:
感想/コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年02月20日 22:27