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昔々のことでした。
唯という若い女の子が、山の中で独りで住んでいた。
唯は稗や粟を食べて、薪などを売って暮らしていました。
ある日、唯が薪を売りに出かけた時のことでした。
「あっ……」
道を歩いていると、白くて綺麗な羽が地面近くで悲しく揺れていました。
それは、一羽の鶴でした。
「罠にかかっちゃったんだね……」
足には痛々しく獣用の罠が噛みついていました。
唯は優しく罠を解いて、鶴を放してあげました。
「痛かったでしょう。もう捕まっちゃだめだよ?」
鶴は、唯を見つめてから空へ飛び立っていきました。

「ふぅ、これだけ売れれば冬は越せそうだな」
唯は薪を売って得たお金で、干物などを買いこんで帰ってきました。
「今夜は吹雪になりそうだな……」
暗くなる空を見つめて、食べ物のことを心配しつつ唯は夕飯の支度を始めました。
その間に空はもくもくと雲が覆い、重い雪が風に乗って家を揺らすようになりました。
ひゅう……。ひゅう……。
とんとん……。
「……?」
風の音にまぎれて、誰かが戸を叩く音がしました。
しかし、このような吹雪の夜です。外に人がいるとは思えません。
気のせいかと思いましたが、またもや戸を叩く音がしました。
とんとん……。
「誰だろう……」
戸を開けてみると、雪と一緒に可愛い女の子がふらふらと入ってきました。
「だ、大丈夫ですか!?」
「す、すみません……。旅の者ですが、吹雪が止むまで泊めさせてもらえないでしょうか」
「いいですよ。ささ、寒かったでしょう。火にあたってください」
唯は外の吹雪を見て、すぐにその女の子を泊めてあげることにしました。
「私は唯。あなたは?」
「梓と言います。今日はよろしくお願いします」

次の日。
吹雪はまだ強く、出かけられる状況ではありませんでした。
「うーん、これはしばらくは無理かな」
「すみません。こんなに厄介になるとは……」
「いいんだよ。困った時はお互い様でしょ?」
梓はただ泊まるだけでは申し訳ないと、家事などを手伝うようになりました。
しばらく独りで暮らしていた唯にとって、2人での家事はとても楽しいものでした。
ただの料理だって、洗濯だって、梓がいてくれるだけで劇的に変わってしまいました。
唯は、いつしか吹雪が止まないでほしいと思うようになっていました。
しかし、吹雪は止んでしまうものです。
5日も経てば雪も治まり始めて、外に出られるようになりました。
そんな時、梓が話があると言いました。
「唯さん、実はお願いがあるのです」
「何?」
「せめてもの恩返しに機織りをしたいと思うのです。糸を貰えないでしょうか」
「そんな恩返しだなんて……。私は気にしてないよ」
「ですが……」
梓がどうしてもと言うので、唯は町で綺麗な糸を何個か買いそろえて機織りの道具を貸してあげました。

「はい、糸はこんなものでいいかな?」
唯の手には白や青、赤、黄などの色とりどりな糸が抱えられていました。
「ありがとうございます。それと、機織りをしているところは絶対覗かないで下さい」
「何で?」
「何でもです。いいですね?」
梓はそう言い残すと、糸を持って機織りの為に部屋に閉じこもってしまいました。
「梓ちゃんは何であんなことを言うのだろう……」
覗いてはいけないと言われると覗きたくなるものです。
しかし、唯は我慢して、きっとんきっとんという機織りの音を聞きながら梓が出てくるのを待ちました。

しばらくすると、梓がそれはそれは綺麗な織物を持って部屋から出てきました。
「おぉ……、すごいね!」
それを眺めて、唯はため息を漏らして見惚れてしまいました。
「これを売りに行けば、多少のお金になるでしょう」
「そんな、せっかく梓ちゃんが織ってくれたのに売っちゃうの?」
気が進まない唯ですが、梓がまた織ればいいのですと言うので町で売ることにしました。

「うーん、これはなかなかいいものだなぁ」
梓の織物は町の質屋にとても気に入られて、とても高い値段で売れました。
「こ、こんなにお金が手に入っちゃった……」
初めて手に入れた大金に目がくらみそうになりましたが、真っ先に思ったのは梓のことでした。
「そうだ、お礼に何かおいしいものを食べさせてあげよう」
そう思い、唯は奮発して鯛を買って帰りました。
「梓ちゃん! あの織物高く売れたよ!」
「そうですか、よかった……」
「だから、梓ちゃんに御馳走を振る舞おうと鯛を買ってきました!」
「えぇ!?」
唯が嬉しそうに鯛を出すと、梓は驚いて声をあげてしまいました。
「えっ……? 嫌だった?」
「そうじゃなくて、そのお金で唯が好きなものを買えればと思ったのですけど……」
「じゃあ問題ないよ」
「鯛、好きなんですか?」
「そうじゃないよ」
にこにこと笑いながら、唯は梓を見て言いました。
「私、この鯛を食べる梓ちゃんの笑顔が欲しいな」
それを聞いて顔を真っ赤にして照れる梓でしたが、唯の優しさに嬉しくなってしばらく2人で笑いあいました。

「……こんな鯛まで御馳走になってしまって、本当にありがとうございました」
「……行っちゃうの?」
梓はその問いに答えず、気まずそうに黙るだけでした。
「あ、あのさ、ずっとうちにいてもいいんだよ?」
「でも……、私は……」
「……梓ちゃん!」
そういうと、唯は梓のことを抱きしめました。
「あ、あの……!」
「ごめん、いてもいいんじゃない。私と一緒にいてください。ずっと一緒にいてください……」
その言葉を聞いて、梓は頬を赤く染めて小さく「はい」と言いました。

その日から、2人は婦妻になりました。

「あ、また機織りするの?」
「はい。2人で暮らしていくのですから少しでもお金の足しになればと思って」
そういうと、梓はまた糸を抱えて部屋に置いて行きました。
「うーん、私はあんまり売りたくないんだけどな」
「何でですか?」
「だって、せっかく梓が織ってくれたのに他人にあげるなんていやなの」
「……じゃあ、唯の為に特別なのを織ってあげますね」
「本当?」
「はい、だからちょっと待っていてくださいね」
そう言うと、また覗いてはいけませんよとくぎを刺してから梓は部屋にこもってしまいました。
唯はまた、きっとんきっとんと言う機織りの音を聞きながら、覗きたい心を抑えて梓が出てくるのを待ちました。

しばらくすると、梓は鶴と亀をあしらった綺麗な織物を持って部屋から出てきました。
「すっごーい……!」
「えへへ……、がんばっちゃいました」
唯はその織物を遠くから眺めてみたり、梓にはおらせて見たりしてさらに嬉しくなりました。
「……って、何で私にはおらせるんですか」
「だって、可愛いし」
綺麗な織物は梓の体によく映えて、唯は堪らなくなってしまいました。
「ちょ、ちょっと……!」
「……ごめん、我慢できなくなっちゃった」
「ま、待ってください。織物がしわになっちゃう」
「じゃあ、早く脱がさないとね……」
「いや、だから……、あっ……!」
「だめ?」
甘い声で囁かれてゆっくりと口づけをされて押し倒されてしまえば、梓はただ流れに身を任せることしかできませんでした。

───その夜、唯と梓は愛の契りを結びました。

それから程なくして、梓は唯の子どもを身ごもり元気な双子の女の子を産みました。
2人はその子を柚子と愛と名付けて大層かわいがりました。
唯は少しでも栄養があるものを食べさせてあげようと農業に打ち込み、梓は織物を売ってお金に換えるようになりました。
しかし、梓はこの時になっても機織りをしているところは覗いてはいけないと唯に言い続けていました。
「ねぇ、なんでではたおりしているところをみちゃいけないの?」
柚子と愛は梓の機織りに興味津々で、何度か覗こうとしましたが唯がいつも止めるのでした。
「梓がだめって言うからだよ」
「でも、みてみたいよ~!」
「……確かに見てみたいけど、梓がそういうのなら守らなくちゃね。柚子も愛も我慢しようね~」
「「……はぁ~い」」
2人はそれから機織りを覗きたいと駄々をこねることをやめました。
それから柚子と愛が大きくなって、お嫁に行くような歳になっても唯は決して梓の機織りを覗きませんでした。
2人の嫁入りの着物を織る時も、お金が必要になって売るための織物を織る時も、どんなときも……。

それから何十年も経って、唯は病気になってしまいました。
お医者様に診てもらいましたが、手の打ちようがありませんでした。
「はぁ……、梓、私はもうダメみたいだ」
「何言っているの……」
「いいんだ、もう。梓と出会えていい人生だったからね」
それを聞いて、梓は泣きながら唯の手を握り話したいことがあると言いました。
「話したいこと……?」
「実は……、私……!」
それから先を言おうとした梓でしたが、唯はそれを止めました。
「言わなくていいよ」
「で、でも……!」
「……人間じゃないって、何となく気づいていたから。梓……」
「えっ……?」
唯は優しく微笑むと、梓の手を優しく撫でました。
「機織りとかできて器用なくせに、こういうところは不器用なんだから……」
「気づいていたのに、何で……」
「……人間じゃないって知って、嫌いになるとでも思った?」
優しく微笑む唯を見て、梓はぽろぽろと涙を流して抱きしめました。
「ごめんなさい……。ずっと騙していて……」
「そんなことないよ……。私は幸せだったよ……」
梓はそっと唯から離れると、煌びやかな光を纏って本当の姿に戻りました。
「唯だから、今まで約束を守ってくれたから、見せてあげます。私の本当の姿を……」
光の中から現れたのは、一羽の鶴でした。
「……そうか、君はあの時助けた……」
「はい……。恩返しにやってきたのです」
唯はその姿を見て、とても美しいと思いました。
「いい人生にしてもらって、こっちが恩返ししたくなるよ……」
「私も、あなたのような人に助けられて、一生を添い遂げられて嬉しかったです……」

───次の日、医者がその家に訪れた時には綺麗な白い羽根が落ちており、2人の姿はありませんでした。


  • なにこの妖怪話。鶴人間が世を跋扈するのか… -- (名無しさん) 2011-04-19 21:04:52
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最終更新:2011年04月15日 22:21