その日は木枯らし一号が記録されるほど冷え込んだ日だった。
「ああ、もう寒ーい!」
唯先輩は何度も何度もこの寒さに愚痴をこぼしていた。
ちなみに今さっきのは今日会ってから数分しか経ってないのにすでに本日6回目の『寒ーい!』だ。
「そんなに着こんでもやっぱり寒いですか?」
この日の唯先輩は上からマフラー、コート、手袋とかなりの重装備。
ムギ先輩風に言うと『冬将軍、どんとこいです』な格好なんだけどそれでもかなり寒そうだった。
「寒いものは寒いよ。
あずにゃんは寒くないの?」
「そりゃあ寒いですけど」
逆に私は私で突然の寒波の襲来に対し防寒対策は万全と言える状態ではなかった。
「でしょ。あ、そうだ」
そう言うと、唯先輩はマフラーを首から外しだした。
一体何だろう。私にそんなことを考える間も与えることなく、唯先輩は外したマフラーの端っこをクルンと一回だけ自分の首に巻き、
「はい、あずにゃん」
と、マフラーの余らせた部分を差し出してきた。
唯先輩から提示されたヒントは少ないけど、この状況から推測できる唯先輩の考えはただひとつ。
おそらくマフラーを共有しようということだろう。
「あ、ありがとうございます」
私は何の疑問も持たずに、差し出されたマフラーを手に取りいそいそと首に巻く。
そんな私を唯先輩は何ともいえない表情で見つめていた。
「どうしたんですか?」
「いやー、あずにゃんも変わったなあ、と思って。出会ったころのあずにゃんなら『そんな恥ずかしいことできません』って断っただろうなあって」
「え、あ、こ、これはですね、唯先輩のご厚意を無駄にしたら悪いなあと思ったから……」
「フフ、そういうことにしといてあげる」
唯先輩はいつもとは違う、小悪魔のような微笑を見せてきた。
「……んもう、意地悪です」
すっかり見透かされていた私は反論にもならないつぶやきをこぼすことしかできなかった。
「巻けた? じゃあ行こっか」
「ハイ」
唯先輩の号令で足を運ぼうとした、その時、
「お二人さん、お熱いねえ」
私たちの背中越しに聞こえてきた冷やかしの声。
振り返るとさっきの唯先輩とは違うイタズラな笑顔を見せる律先輩がいた。
あまりにも良すぎるタイミング、それにあの顔。恐らく一部始終を見ていたのだろう。
「そ、そんなんじゃないです」
なんだか急に恥ずかしくなったために急いで唯先輩から身を離そうとした。
……そのとき私はすっかり忘れてしまっていた。首に巻かれていたマフラーという存在を。
――さて、冷静になって考えてみましょう。
まず私は唯先輩から距離をとろうと任意の直線方向へ力を働かせた。
しかしマフラーによってその動きは止められてしまった。
私が任意の直線方向へ力を働かせたため、マフラーで繋がっていた唯先輩は私が力を働かせた方向へ引っ張られる形となった。
そして唯先輩が引っ張られる方向には動きを止められた私がいる。
このことから導かれる結果は何でしょう?
答えはこの後すぐ――
「お~い、大丈夫か?」
一連の流れを終えた私たちに律先輩が心配そうに声をかけてくる。
その目の前には頭を抱えてうずくまる私と唯先輩。
――正解は『お互いの頭をぶつけてしまう』でした。
痛みに耐えながら隣に目をやると唯先輩は同じようにうずくまっている。
怒らせちゃったかな、一抹の不安を抱きながら様子を伺っていると唯先輩はこちらに視線を向けてきた。
突然目が合いドキリとした私に、唯先輩は人差し指を突き立てながら、
「んもう、あずにゃん。突然動いちゃダメだよ、私たちは今、運命共同体なんだからさ」
と、たしなめるような注意をしてきた。
「突然動いたバツとして……、こうだ!」
そう言うと唯先輩は私の後ろに回り込んで覆いかぶさるように抱きついてきた。
いつもなら存在しないコートに包まれたために、二人羽織のような格好になっている。
「えーと……、これは?」
「もうさっきみたいな痛い思いは嫌だからね。あずにゃんが突然離れないようにこうやって押さえておくの」
「え、それはさすがに恥ず……」
「ダーメ、これはバツなんだから」
全てを言い終わる前に遮られた。どうやら今回は自己弁護の機会を与えてはくれないようだ。
仕方なく二人羽織状態のまま足を進める。だけどこの格好、想像に難くなく歩きにくい。
「すみません、歩きづらいんで止めてもらっても……」
「ダーメ」
「……ハイ」
唯先輩は意外と頑固なところがある。今の唯先輩は私の意見を聞いてはくれないだろう。
もう私には『あきらめる』という選択肢しか残されていなかった。
横から絶え間なく冷やかしてくる律先輩の言葉を受け流しつつ唯先輩を背負った状態で学校へ向け足を進める。
ただ律先輩が横にいてくれて助かった部分もあったり。
数人でいたから学生同士のふざけ合いだって見て分かるけど、二人きりで、しかも道端でこんなことやってたら、それこそただの変質者だと思われかねなかったから。
それでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。恥ずかしさやら何やらで結果的に私の体はかなりの熱を帯びていた。
学校に着くころには唯先輩に『あずにゃん、暖かーい。まるでカイロみたいだね。ホカにゃんだ、ホカにゃん』なんて言われる始末。
そのために寒い日にはより唯先輩が抱きついてくるようになったのは言うまでもありません。
……ただ唯先輩、抱きついてくるのはいいですけど、『ホカにゃん』ってあだ名はどうかと思います。
『中野梓』っていう原形がほとんど残ってないですよ。
- 中野の「か」?一文字被りだ一応 -- (名無しさん) 2013-11-01 02:51:59
- ホカにゃんwwww -- (名無しさん) 2018-06-11 01:16:39
最終更新:2009年11月23日 03:59