「あれ、これって……」

部室の物置に落ちていた小さなベルト。
なんだろうと思って拾ってみて、
それが子供向けの変身ヒーロー番組のおもちゃであることに気がついた。
日曜の朝にやっている番組に出てくるものだろう。
私も小さなころ、何度か見たことがあった。
ベルトを腰に巻きつけて、
他の道具をベルトにつけたりすると声がしたり音が鳴ったりして、
そして主人公がヒーローに変身するのだ。
もちろんこれはおもちゃだから、
あくまで音がするだけで変身はできないけれど……
子供はその音に主人公の変身姿を想像して、自分もヒーローになりきるのだ。
昔と雰囲気の変わらないおもちゃを懐かしい気持ちで眺めて、

「でも、どうしてこんなところに……?」

私は首を傾げていた。小さな子供向けのおもちゃ。
最近は大人のファン用のものも売っているらしいけれど、
どちらにしろ男の人が対象であって、
私たちが買うようなものではないだろう。
そのおもちゃがなんで軽音部の部室に落ちていたのか……それが疑問だった。

「ひょっとして、律先輩のかな?」

律先輩に弟さんがいたことを思い出して、私はそう呟いていた。
でも律先輩の弟さんも、
もうこういったおもちゃで遊ぶ歳ではなかったはずだし……
疑問に「う~ん……」と声を漏らしながら、
ベルトの接続部分をつけたりはずしたりしてみた。
そのたびに、カチャッ、カチャッと、小気味良い音があたりに響いた。

「……これ、つけたらどんな感じがするんだろ?」

その音に誘われたかのように、ふとした興味がわいてきた。
小さなころ、こういったおもちゃで遊んだことはもちろんあったけれど、
でも私が遊んでいたのは女の子向けのもので、
変身ヒーローのおもちゃなどは使ったことがない。
男の子がこれをつけ、格好よくポーズを決めたりするのを、
少し羨ましく見ていた記憶があった。
女の子だって、格好いいヒーローには少し憧れたりするのだ。

「誰もいない、よね……?」

キョロキョロと物置の中を見回して、人の姿が見えないのを確認する。
それから、そっとベルトを腰につけてみて、

「……って、もうなにやってんだろ、私」

自分にあきれ、接続部分を繋げる直前で手を止めていた。
おもちゃを使ってごっこ遊びをするような歳ではないのに、
いったい何をしようとしているのか。私は苦笑を浮かべて、
つけかけたベルトをはずそうとした……そのときだった。

「あ~ずにゃん!」
「にゃっ!」

唯先輩の声が響き、同時に私は後ろから抱きつかれていた。
突然のことに私は驚きの声を上げて、その拍子に腕が動いてしまって……

「あ……」

カチャッという音が、私の耳朶を打っていた。


「もうっ、唯先輩がいきなり抱きついたりするからですよ!」

私は八つ当たり気味に唯先輩を怒りながら、
腰につけたベルトをはずそうとしていた。
さっきまでは簡単に接続部分をはずすことができたのに、
今はどういうわけか、いくら引っ張ってもベルトははずれてくれなかった。
強めに押し込んでしまったのが悪いのか、
それともなにかが引っかかっているのか……
腕に力を入れても、チャッチャッという軽い音が聞こえてくるばかりだった。
子供向けのベルトだけど、小柄な私にはそれほど窮屈ではなく、
苦しい思いをしなくて済んでいるのが不幸中の幸いだった。

「ごめんね、あずにゃん……でも似合ってるよ、格好いい!」

ちょっと困ったような口調で謝って、
それから一転笑顔を浮かべて、唯先輩がそう言った。

「そんなこと言われても嬉しくないです」

唯先輩の言葉に、私はちょっと頬を膨らませた。
子供のころならともかく、
この歳になって変身ヒーローのベルトが似合うと言われても困ってしまう。
女の子なのだし、褒められたって複雑な気分になってしまうだけだった。

でも……いつまでも膨れているのも大人げない。
ベルトをつけようとしていたのは自分なのだし、
唯先輩に驚かされたとはいえ、
音楽準備室の方をちゃんと確認しなかった私も悪いのだし……
そう思い、私はため息を一つついて、気持ちを切り替えた。
それよりも、早くベルトをとらなくてはいけなかった。
唯先輩だけならいいけど、律先輩に見られたりしたら、
なんてからかわれるかわかったものではなかった。

「あの、唯先輩……ちょっとお願いしてもいいですか……」

自分では何度引っ張っても取れず、
接続部分は後ろなので見ることもできない。
それで唯先輩に頼もうと声をかけると、

「うん! わかってるよ、あずにゃん!」

ふんすと息を吐いて、唯先輩はドヤ顔で何かを私に差し出してきた。
反射的に受け取ってしまったそれは、
ゲームセンターで使うメダルを大きくしたようなものが三枚と、
大きな丸い道具だった。

「はい、これで変身できるよ! そのメダルを三枚、
ベルトのスロットに入れて、
あとはこっちの大きい丸いのをメダルに沿って動かせばいいんだって!」

いつの間にか説明書を手にした唯先輩が、笑顔でそう言った。
このメダルと丸いのは、このベルトとセットのおもちゃで、
これで要するに変身ごっこをするのだろう……って、

「もうっ、違います! 変身なんてしません!」
「ええ~」

私が怒ってそう言うと、唯先輩が残念そうな声を出した。

「せっかくなんだし、変身してみようよ、あずにゃ~ん」
「しないですよ。もうっ、いいからベルト、はずすの手伝ってくださいっ」
「え~、そう言わずに……一回だけ! 一回だけ変身しよ!」

身をくねらすような動きをして、そう言ってくる唯先輩。
子供がおねだりをするときのような振る舞いに、私はあきれ、
自然とため息が漏れていた。いつもこうやってすぐふざけたりする唯先輩。
ほんとに困ったものだと思い、

「……もう、しょうがないんですから、唯先輩は。一回だけですからね」

でも結局、いつも唯先輩を甘やかしてしまう私。
言い終えると同時にまたため息が漏れてしまう。
でも今度のそれは、どちらかといえば私自身に向けたものだった。
ほんとに、私もしょうがないんだから……
私の言葉に両手を上げて喜ぶ唯先輩を見つめながら、私はそう思っていた。


さて……変身すると決めた以上は、もうさっさとやってしまおう。
他の先輩方が来る前に終わらせてしまうべきだ。
今の私の姿を見たら、きっと律先輩は笑い、
澪先輩は呆れたり同情したりして、そしてムギ先輩は目を輝かせながら
「私も遊ぶ!」なんて言ったりすることだろう。
先生に見つかったら興奮して変身スーツを作ってきてしまうかもしれない。
そんな騒ぎになるのはやっぱり避けたかった。

「えっと……でも、変身のポーズ、どうしましょう?」

唯先輩から渡されたメダル等を握り、でもそこで私は困ってしまった。
このベルトは、多分今放送中の番組のものなのだろう。
ヒーローが変身するときは決めポーズや台詞があるはずだけど……
今の番組を見ていない私は、当然そのポーズも台詞も知らないのだ。
かといって、小さなころ見ていた番組のものは忘れてしまっているし……。

「ん~……普通に、変身! でいいんじゃないかな?」

小首を傾げながら、唯先輩はそう言った。
まぁ確かに、唯先輩のリクエストで一回遊ぶだけなのだから、
そんな真面目に考える必要もないだろう。

「そうですね、それじゃ……へ、変身!」

私はそう言って、メダルを三枚、
順番にベルトのスロットの中に入れていった。
シャキンシャキンシャキンッと小気味の良い音が響いて聞こえた。
それから説明書通りベルトの一部を動かし、
丸い道具をベルトのメダルを入れた部分に沿うように動かすと、

「おぉ!」
「にゃっ!」

音声が鳴り響き、更にはなにやら歌まで流れていた。
予想外の派手な仕掛けにちょっとびっくりしてしまい……
よくできたおもちゃに、ちょっとワクワクしてしまっていた。

「な、なんかすごいね」
「ほんとですね……」

効果音や光が消えたベルトを見つめながら、唯先輩が言い、私も頷く。
最近のおもちゃはよくできているなぁと感心もしてしまっていた。
これなら、大人のファンがいるのもちょっとわかるような気がする。

「ねーあずにゃん、これ、なんか他のメダルと入れ替えると、
また違う音が出たりするみたいだよ?」
「そ、そうなんですか……」

説明書と、それからどこからか拾ってきたメダルを見ながら、
唯先輩がそう言った。その説明に、私はちょっと心惹かれてしまう。
他のメダルを入れると、どんな風に仕掛けが動くのだろう……
いやでも、さすがに続けて遊ぶことには抵抗があった。
もう子供ではないのだし、それに一回だけと言ったのは私なのだ。
それなのに、まさか自分からもっと遊んでみたいです、
なんて言うわけには……。

「はい! あずにゃん!」

……なんていう私の逡巡にはまるで気づかず、
唯先輩は当たり前のように他のメダルを差し出してきた。
さっきの言葉なんか忘れて、さも当然のように。
その顔には、「もっと遊ぼっ」と言っているかのような笑みが浮かんでいた。

「も、もう……唯先輩、一回だけって言ったじゃないですか」
「えぇ、いいじゃん、もう少しだけ!
せっかくなんだし、他のもやってみようよ、あずにゃん!」
「……もうっ、しょうがないですねぇ、唯先輩は」

そんな風に言いながらも、私も笑みを浮かべてメダルを受け取っていた。
まぁせっかくだし、唯先輩のお願いだし、
なんて心の中で言い訳をしたりしながら。
でも同時に、こんな風に子供みたいに遊ぶのも悪くないな、
なんて思ってしまってもいて……
子供向けのおもちゃで遊ぶ私と唯先輩、
ほんとに二人そろってしょうがないんだからと、私は思っていた。

「じゃあ、いきますね……変身!」
「おぉ、あずにゃんかっこいい!」

私の動きにあわせて、効果音と歌が響く。
それを聞きながら唯先輩が手を叩いて喜んで……
私も笑って、何度も変身を繰り返していた。


……さて、それからのこと。
ベルトがはずれてくれないことを忘れて遊んでしまっていた私は、
当然部室に来た皆さんに遊んでいるところを見られてしまって……

「梓ぁ、これはまた随分お楽しみのようで」
「梓……」
「梓ちゃん、楽しそう! 次私も変身したい!」
「任せて、最高のスーツ、作ってきてあげるわ!」

想像通りの反応に部室は大騒ぎで、
結局今日も練習には集中できなかったのでした……。
ちなみにベルトは、律先輩が夏休み中にお祭りでゲットした景品だそうです。
もう部室に持ってこないでください……。

END


  • ナレーション:佐藤聡美(律)『仮面ライダーあーず、これまでのあらすじ!一つ、メイドカフェでバイトしてる中野梓はニートな唯に出会った!二つ、唯より貰ったアーズドライバーで梓は仮面ライダーあーずになった!三つ、敵は凸が眩しいリツヴァ、縞パン収集家のミオール、百合好きのムギィである!梓と唯は憂ちゃん家で居候しながらさわ子が生み出すグリニートと戦うのだ!!』 和「ハッピーバースデー!仮面ライダーあーず!」 -- (名無し) 2011-10-07 15:48:27
  • タ、ト、バ!タトバタ、ト、バ! -- (名無しさん) 2012-01-30 08:29:16
  • けいおん版スーパーヒーロー大戦だと、唯→タトバ、律→ガタギリバ、梓→ラトラータ−、澪→ザコーゾ、紬→タジャドル、和→シャウタ、憂→プトティラ かな? -- (名無し) 2012-05-12 14:27:00
  • ウルトラマンや仮面ライダー(昭和&平成問わず)スーパー戦隊、マイナーヒーローなどいろいろなバリエーション作って欲しいな(^^) -- (名無し) 2012-10-26 17:23:44
  • いいぞ〜!あずにゃん!! -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 13:04:23
  • ウィザードの2号ライダー、ビーストは実はあずにゃんがモチーフだったりしてWWW -- (名無しさん) 2013-02-15 08:33:08
  • 別のSSではプリキュアになってたなwww -- (名無し) 2013-03-10 07:05:55
  • よく冒頭を読んだら梓は自分からつけようとしてるよな?(笑) -- (名無し) 2013-04-18 16:25:41
  • 律「唯の罪を数えろ!」 澪「アンク、このメダルでいいんだな。シマシマ!?」 紬「ゆいあずキターッ!!」 さわ子「さあゆいあずのショータイムよ!」 movie大戦してくれ!ゆいあずムービー大戦(笑) -- (名無し) 2013-06-18 06:56:19
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最終更新:2011年08月26日 23:25