「やっぱり、そっちの方がよかったかなぁ」
そんな台詞を吐きながら分け合って座る公園のベンチの隣から、もの欲しさを隠そうともしない眼差しを向けてくる唯先輩。
移動型の某有名チェーンの出張店、色とりどりのショーケースの前で散々悩みぬいた挙句、痺れを切らした私にせっつかれてようやく注文を決めた経緯から簡単に予想できたシチュエーションではあったから。 私はそ知らぬ顔で今掬い取ったばかりのダブルベリーアイスを、パクリという擬音をほっぺの横辺りに浮かべつつスプーンごとくわえ込んで見せた。
「ああーっ!」
そして私の鼓膜から30センチ辺りの距離で上げられる大げさな悲鳴。
「うるさいです。というか、なんですか」
「
あずにゃん、わかってないよぅ……私がそういったらね、あずにゃんは『じゃあ先輩、一口どうですか』って愛情たっぷりの笑顔でね、あーんってしてくれないと!」
「そんな私がもしいたら、それは間違いなく偽者ですね」
「ふおっ!?あずにゃんの偽者登場!?大丈夫だよ、あずにゃん!私の目にかかれば本物のあずにゃんを見抜くなんて夕飯前だからね!」
「ざっと半日かかってますよね、それ」
呆れた顔を浮かべる私に、唯先輩はそうだっけ?と指折り数え始めて、ほんとだぁと目を丸くして見せる。 どこまで本気なんだろって疑問に思ったりもするけれど、きっと、全部そうなんだろうって思う。 この人はいつだって全力で、そのまぶしいばかりの笑顔を浮かべながら、瞬き禁止だよと言わんばかりに、私にその全てを見せてくれるんだから。
それが私にとってどういう意味を持つかということも、きっと、そう――分かっていて。
「じゃあ、はい!」
「……はいって、なんですか」
「とうかこうかんだよ、あずにゃん!」
「等価交換ですか、唯先輩にしては難しい単語口にしましたね」
「むむっ、あずにゃん、なんかそれひどい……」
なるほど、確かにそういうことで、そのつもりなんだろう。
私の鼻先に突き出されたのは、先輩が今まで食べていたチョコチップバナナアイススプーン盛り。
「ほらぁ、あずにゃん。あーんだよ、あーん」
私にしてあげれば、私からもしてもらえるって、本当に本当に単純な思考。
それは思わず笑みを浮かべてしまいそうなほどに、唯先輩らしい思考で。
それをこらえるほんの僅かな隙に、私はまるで脊髄反射じみた自然さと俊敏さを持って唯先輩のスプーンをくわえ込んでいた。
「えへへ~あずにゃん、かわいい」
一度だけ私の頭を撫でて、ちゅぽっと小さな音を私の口元で立てながらスプーンを引き抜くと、唯先輩は心底そう思っているよって様相で本当に嬉しそうに笑ってみせる。
まるで餌付けされた子猫のような自らの動作にその迂闊さを嘆くべきか、口腔に広がる大好物のバナナ風味チョコレートの味に浸るか、素敵という単語を私の脳髄辺りから搾り出そうとするその笑顔を記憶のフィルムに焼き付ける行為に専念すべきか。
その三択に軽く逡巡する私の鼓膜に、先輩はかまうことなく次の台詞を響かせる。
「じゃあ、私のばん!」
そう言って、小さく口を開けて私のほうに顔を突き出してくる先輩のその姿に、私は全てのプロセスを止められてしまう。
既に十分すぎるほど近かった距離を更に縮めて、無防備に、無垢なまま、この人はいつもいつも本当に何も難しいことなんて無いよなんて顔で私に踏み込んでくる。
踏み込まれて、見せ付けられて、感じさせられて。
私はいつもいつも、先輩がそうしてくれるように、きっと私の全てもこの人には筒抜けなんだろうなと半ば心地よさすら感じさせられる敗北感のようなものに陥る羽目になる。
それはちょっと悔しいなって思うから。だから――私はそんな先輩の事を無視するような素振りで、ぱくりと自らのスプーンに掬い取ったアイスを自分の口へと放り込んだ。
「ああーっ……んむっ!?」
これ位してあげれば、さすがのこの人も動揺して、頬を赤く染めたりして、はにかんで見せたりして、少しはすっとさせてくれるかなと思ったけれど。
私に口を塞がれながらもえへへって器用に笑って見せて、私がこの距離から逃げられないようにとでもするように首の後ろに手を回してぎゅうっと抱きしめて。
結局私はつまり、この人が私の大好物のアイスをセレクトした辺りから、ひょっとしたらアイス食べようって言われたあの時から私はこの人の手のひらの上で。
ううん、きっと、あの時あのステージの上のこの人に魅せられたあの瞬間から、かもしれない。
私はつまり、そう、端的に言えば結局は「あずにゃん」であり。この人の可愛い可愛い猫なんだと改めて思い知らされることになった。
それならそれで、目一杯甘えてやりますから――いいんですけどね。
最終更新:2011年09月27日 21:59