「あら、一緒になるなんて奇遇ね」
「そう言えば珍しいですね。帰る方向は同じだから可能性はあったんですけど」
「実際に一緒になるのは初めてよね」
昇降口で恋人を待っていた私に、その恋人の親友であり幼馴染みでもある和先輩が声をかけてきた。
この学校の生徒会長さん。そのことが私の恋人には大変な自慢らしくて、
まるで自分が選挙に当選したみたいに胸を張っていたっけ。
和先輩もどうやら人待ちみたい。お揃いだねって珍しいこと続きを二人して笑い合った。
「今日はそっちも部活休みなのかしら?」
「ということは生徒会のお仕事も?」
「そう言うこと。今日は特に難しい案件もなかったし」
「こっちは律先輩と澪先輩が用事があるとかで…
ムギ先輩も職員室に行ったきり帰ってこなくて、仕方なくお休みになりました」
「唯、大喜びだったんじゃない?」
「…和先輩からも言って下さいよ。ギター好きなのにどうしてすぐサボろうとするのかって。
好きなら真面目にやって欲しいです」
「後輩を困らせるなんていけない子ねぇ…それとなく言っておくわ」
他愛もない世間話が続く。
初めて恋人に和先輩を紹介されたときは、生徒会に入ってるくらいだし堅苦しい人なのかなって誤解しちゃったけど、
全然そんなことはなくて、今では私にとって頼りになる先輩の一人だ。
完ぺきそうに見えて隙のある澪先輩から弱点を全部なくした感じって言えばいいのかな?
そう言えば前に軽音部と一緒にカラオケ行ったんだけど、私たちより歌が上手だったんだよね。
みんな和先輩の歌声に聞き惚れてたっけ。
『さっすが持ち歌ある人は違いますね!CDデビューした余裕がにじみ出てますよッ!』
純だけなんかすごい不機嫌で、メス豚行進曲とか毒殺テロリストとかそっち系のばっか入れてたけど、あれはなんだったのかな。
「…唯、迷惑かけてない?あの子、相変わらずみんなの前でも抱き付いてくるんでしょう?」
「この前なんかホームセンターで、しかも他にお客さんがいる前でやられちゃって…あのときはさすがに困りました」
「そのこともそれとなくお説教しておくわね」
「お店で抱き付くのは、私の心臓に悪いって強調して下さい」
私や憂には甘えてる唯先輩も和先輩のお説教なら聞いてくれる…よね?
う、うーん…ちょっと自信ないけど…。
「憂や私が言っても聞かないから和先輩だけが頼みの綱です」
「ええ、任されたわ。…憂って言えば、最近また料理のレパートリーが増えたのよ、あの子」
「そうなんです。昨日だったかな、私も味見させて貰いましたけど、ホントに美味しくてびっくりしましたっ。さすが憂です」
「ふふっ…梓ちゃんたら、自分のことみたいに喜んでくれるのね」
「それは、だって…」
だって憂は私にとっても大切な人なんだもん。誉められて嬉しくないわけがないよ。
「おーい、和ちゃーん」
「ごめんごめん、すっかり待たせちゃった」
ウワサをすれば何とやら。
お互いの待ち人が…平沢姉妹が仲良く一緒にやって来た。
憂も唯先輩も職員室に呼ばれていたみたい。
憂の場合は明日の授業で使う教材とか教科担任の先生と打ち合わせ。みんなから頼りにされる憂らしいな。
唯先輩は、まぁ、言うまでもなく成績のことだ。
そう言えば、職員室にいる筈のムギ先輩と、それからさわ子先生が見当たらなかったって…憂は…うん、憂はしきりに首を傾げてる。
あのふたりはきっと…うん…きっと別の教室で特別講習の最中なんじゃないかな…。
ムギ先輩たちのことは放っておきましょうって話す私の隣では、和先輩が唯先輩と憂とを交互に見比べていた。
それから呆れたように眉毛をハの字にして、やれやれ…と大きなため息。
…今さらだけど、和先輩は平沢姉妹の保護者っていうか、気苦労が絶えない人だなぁ…。
「じゃあ、私たちは夕飯の買い物があるからここで失礼するわね」
「はい。私たちもこれで帰ります」
そう挨拶を交わして、私たちはそれぞれ待ち人の…恋人の手を握る。
私は憂の、和先輩も迷うことなく唯…先輩の手を握り締める。
驚いて顔を見合わせる平沢姉妹を引き剥がすように私と和先輩は反対方向へと歩き出す。
「も、もう。あず…さちゃんたら私を引っ張ってどこに行くつもりなの?梓ちゃんはお姉ちゃんのことを待ってたんでしょ?」
「えぇ、そうですよ?私に何か間違いがありました?」
「じ、じゃあなんで私の手を握ってるのかなーって」
そう言って困ったように笑う憂に対して呆れのため息を一つ吐く。
きっと和先輩もおんなじようなやり取りをしてるんだろうな、今頃。
「どうしてって言われても困りますよ。私は恋人の手を取っただけですから」
憂のポニーテールを解き、髪を下ろしてあげると、果たしてそこには私の大好きな顔があった。
…ヘアピンは、後で和先輩から受け取るとしよう。きっと私と同じようなことをしてるはずだから。
「…もしかして最初からバレてた?」
「て言うか、バレないと思ってたんですか。一目でわかりましたよ。それでなくても和先輩のあの反応見れば誰だって察するでしょう?」
「えへへ~、そっかやっぱり一発で見破られちゃったか~」
「なんで嬉しそうなんですか…もぅっ」
そう、私が手を取った相手は憂じゃなくて、正確には憂に変装していた唯先輩。
私も和先輩も、いたずらに惑わされることなく自分の恋人を正確に選べたわけだ。
当たり前だよ。唯先輩も憂も、そっくりなようでやっぱり違うもん。
他の誰がわからなくたって、私はもう唯先輩と憂を見間違えることはないよ。
…一応言っておきますけど、前にさわ子先生は胸の大きさで見分けてたけど、
私の場合はそんなんじゃないですよ、唯先輩。
「どうせ唯先輩が考えたんでしょ、こんないたずら」
「
あずにゃんと和ちゃんが一緒にいるなんて滅多にないことでしょ?今しかできないかなーって」
「確かに今しかできないことでしょうけど、あえてそれをやる必要もないと思いますよ」
「あずにゃんと和ちゃんの愛を試したかったのさー♪」
私が一目で変装を見破ったのが嬉しかったらしく、唯先輩はとってもご機嫌。いつにも増して笑顔が輝いている。
いけない恋人ですよ、もう。こんなことで試さなくたって私の気持ちはあなたが一番よく知ってるでしょ?
それでも無邪気に喜ぶこの人が、私だけの恋人が無性に愛しくなって、
反省して下さいってささやきながら私は爪先立ちをした。