「おっはーあずにゃん♪」
「お、おっはー…ってなに言わせてんですか!古いですそれっ」
「えへへ、スルーできないあずにゃんかわいい♪」
「もう……唯先輩だけですからね……こんなことするの……」

今日は日曜日。
唯先輩は受験勉強の息抜きにと、私の家に足を運んでくれた。
といっても、だいたい休日は特別な用事がない限りこうして二人で過ごすようにしている。
あと少しで唯先輩は卒業して、どんなに足掻いても今より逢える機会が少なくなってしまうだろうから。

「唯先輩、受験勉強の方は大丈夫なんですか…?」

でも聞かずにはいられなかった。
もしかしたら、唯先輩は私に気を遣って貴重な時間を割いてわざわざ逢いにきているのかもしれない、
そう思ったらいてもたってもいられなくなる。

「大丈夫だよぉ、そのためになるべくスピードは速めてるし、アイスの力は偉大だよ!」
「でも……」

甘えたい……でも、唯先輩に気を遣わせるのは嫌だ。
私のせいで負担をかけてしまうのは、もっと嫌だ…。
だけど、本当はわかっていた。唯先輩がそのていどで逢わなくなるような人じゃないということぐらい。

「あずにゃんに逢えないと一日分のやる気ゲージが溜まんないんだよぉ」
「ほんとうにそれだけですか?もしかして、私に気を遣ったりとか…」
「ふーん、あずにゃんはそう思っちゃうの?」
「え?」

え?じゃないでしょうに…。
本当はわかっているくせに……ほんと卑怯だよ。
生憎、私は鈍感という部類の人種ではない。
だから、ムフフとどこかの探偵よろしく目を細めるこの人の心情なんて軽く手の平の上だ。
期待させてスミマセンネ唯先輩。

「あずにゃんもまだまだ私の気持ちには鈍いとこあるんだねー、そうでなきゃおもしろくないよ♪」
「悪かったですね……鈍感で」

エッヘンとそれなりの胸を張る唯先輩。
ああ言いたい!あなたの心は全部お見通しだって言ってやりたい!
いやあとで絶対言ってやるうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!

そんな私の心の葛藤なんぞどこ吹く風。
唯先輩はコホンと咳払いすると、スっと私に視線を向けて、


「私があずにゃんに逢うのは、あずにゃんに逢いたい以外に理由なんかないよ?」


唯先輩は優しく微笑みかけると、安心させるように頭を撫でてくれた。
ドクンっと心臓が高鳴るのを感じる。
わかっていたくせに、思わぬ不意打ちを受けたように体温は急上昇を始める。その顔はみるみるうちに染め上がっていることだろう。
頭を撫でる唯先輩の掌は相変わらず優しくて、まるでお母さんのような手つきで、いつまでもそうしていてもらいたい気分になってしまう。
その度に、もう唯先輩にならなんだって許せてしまいそうな自分がときどき怖くなるんだ。(性的な意味で)

ええ、わかってました…。
わかってましたよ、唯先輩がそう言うことぐらい。
でも、それを直接聞かせてもらわないと気が済まない困った子なんです。
どんなに強がったって、あなたの前では弱くてちっぽけで、臆病な子猫になっちゃうんです。
そう教えてくれたのは、唯先輩……あなたですよ?

「これじゃあ、私だけが余計な心配してるみたいじゃないですか…」
「事実そうだしね♪」
「んもぅ…えへへ」

私はおかえし!と言わんばかりに唯先輩の腰に腕をまわして抱きついてやった。
どう足掻いたって唯先輩がニコニコしたままなのがなんとなく悔しいけど、あったかいからよしとする。
よしとするけど、

とりあえず、玄関でいつまでもハグしあってるのは流石にどうかと思った。
これじゃあまるで……

いつからか唯先輩の前では、ぎゅっと抱きしめられた時にふやけてしまう情けない表情を隠さなくなっていた。というか、隠せなくなってた…。
タイ焼きを差し出された時なんか思わず「くれるんですか!?」と、見えないネコミミをピンと立てて、犬のように尻尾をフリフリさせながら唯先輩に縋りつく。
その時の私を律先輩は『あずバウ』と命名し、私は要望に応えて律先輩自慢のデコったまにかぶり付いたのは記憶に新しい。
ちなみに澪先輩は、まるで本物の狂犬に出くわしたかのようにブルブル震えながら、律先輩からのヘルプを丁重にお断りしていた。ざまーみろです。
まあ律先輩がそう言う気持ちもわかる気がする。確かに、飼いならされたのは私の方ですから…。
きっと「あずにゃんあ~ん」なんてされた時には、他の先輩達が見ていようが、グランドのど真ん中だろうが、本能的に「あ~ん」してしまうんだろうな私は…。
ああ、入部したての時の私のイメージが今となっては懐かしい。

思えば、唯先輩は初めて会った時から誰よりも私の扱いに慣れていた気がする。

…………ああ、そっか。
私にはきっと、唯先輩に敵う要素なんてなにひとつなかったんだ……うん、そうに違いないっ
それなら、唯先輩に飛びつかれても、目を逸らしつつ渋々許してしまう自分にも頷ける。
誰かが唯先輩と親しくしているのを見ると、どうしようもなく胸の内がもやもやしてドス黒い感情が芽生えてしまうのだって納得がいく。
唯先輩と会えない時間は、たとえ授業中でもノートの片隅に『唯先輩』と無意識にペンを走らせてしまうほど、私は唯先輩に依存しているんだ。
だって……

唯先輩が好きで好きで仕方ないから…。


「あずにゃん、ぼーっとしてるよ?だいじょぶ?」
「唯先輩、好きです…」

今日、唯先輩に逢って、ものの数分で溢れだした感情が口を伝い漏れ出す。
突然の告白に、唯先輩は少し驚いたみたいだったけど、すぐにいつもの調子に戻って、

「私も好きだよ、梓」

そう言ってふわっと優しく包み込んでくれた。
もう、こういう時だけ名前で呼ぶのはずるいと思う…。
とはいっても、最初にそう言うように仕向けたのは私だっけ…ああっ、恥ずかしいからヤメヤメ!
今は少しでも唯先輩と触れ合うことに全神経を集中するんだからっ!


それから唯先輩と私は、ギターの手入れをしてから数回軽く合わせた後に、午前の練習はとりあえず終わり。
午後からもう一度合わせることにして、一階へと降りて行く。
扉を閉める時にチラッと立てかけてあるギターを見ると、そこには仲良く寄り添ったギー太とムッタンが微笑ましく映っていた。

それからしばらく経って…。
私と唯先輩は一階のリビングで、やることもなくただソファに座ってくつろいでいた。
甘ったるいココアを飲みながら、テレビの音声をBGMに、他愛のないお喋りをして過ごす穏やかな休日。
自然とこぼれる笑みも、全部唯先輩だけに向けられるもの。
唯先輩もその度に笑い返してくれて、そのひとつひとつがこんなにも愛おしくて、大切な宝物になっていくんだと思うと、嬉しくて仕方なくなって。
気付けば唯先輩にすり寄って喉をゴロゴロ鳴らしちゃったりして……
こんなふうに素直に甘えられるのも、もしかしたら唯先輩が名付けた『あずにゃん』のおかげかもしれない。
だって、その名前のおかげで、私は唯先輩専用の飼い猫でいられるんだから……ううん、愛猫(あいねこ)かな……なんちゃって。


「あずにゃん、このままじゃ寝ちゃうんじゃないかなー…」

やんわりフカフカな膝枕で、こっくりこっくり船を漕ぎだした私を見かねた唯先輩は、そんな懸念を口にする。

「寝ちゃいやですか?」
「いやだよぉ…だってあずにゃんにまだ一度も構ってもらってないもんっ」
「あとでたくさんかわいがってあげますよぉ……うぅん」

そう言いながらより寝心地のいいほうへ首を傾け、出航の最終準備に入る。
唯先輩の不満は最もだろうけど、私はもうこの心地よさに抗う術などない。寝るったら寝る!
まだ時間もお昼まで十分あるし、少しぐらい寝たって損はないだろう。
しかし忘れてはならないのが唯先輩の頑固さである。

「おいこらっ、寝ちゃダメ」
「あうぅ…揺すらないでぇぇ」

やっぱこうなりますか……こうなりますよねわかってます……。
しかし忘れてはならないのが私が唯先輩の恋人だということ。
関係ねえじゃん?こらこら、"あの"唯先輩の恋人を務める人間ですよ?まあ見ててくださいよ。

「じゃあ、唯先輩も一緒におねむしましょうか?」
「眠くないもん…」
「じゃあ薬をあげます」
「え……んむっ」

私は唯先輩の顔を強引に引き寄せるとその唇に自分のそれを重ねた。
唯先輩は抵抗しない、まあ慣れたもんですよ。そこを逆手に取るのが私なんですけどね♪

「ん、あずにゃん……腰痛い…」

そりゃ当たり前だ、膝枕をしたままこんなことをしていたら誰だってそうなる。

「じゃあ、一緒にゴロンしてもっとキスしましょうか?」
「うん、したい…」

はい、落ちました。
私にかかればざっとこんなもんです。
叶うことなら他の先輩にも自慢したくなるほどの功績ではありませんか?
まあ誰にも見せるつもりはないですけどね♪

「あずにゃぁん……はやくぅ」
「ふふ、なんだか眠くなくなってきちゃった…」


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最終更新:2010年06月02日 20:19