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「唯先輩! そこに正座して下さい!」

ジュースとお菓子を持って部屋に戻ってきた唯先輩に、
私は思い切り怒鳴っていた。
自ら手本を見せるように正座をして、目の前の床を指で指す。
容赦なく唯先輩を睨み、そして怒った声を出した。

「唯先輩!」

「え……えっと、あずにゃん?」

なんで怒られているのかわからないのか、
唯先輩は部屋の入り口でただ身を震わしていた。
ちょっと涙目になっているのがかわいそうで……
でもここで情けをかけてはいけないと思い、
私は心を鬼にして、再度自分の前の床を指差した。
強い瞳で見つめ、早く座りなさいと唯先輩に言う。
唯先輩は恐る恐る部屋に入ってくると、
ジュースとお菓子をテーブルの上に置いて、私の前に座った。
怯える唯先輩の前の床に、私は一冊の本を置いた。
さっき唯先輩のベッドの下から引っ張り出した本。
ちょっと寝転んだとき、偶然見つけてしまった本だった。
薄く、でも紙は硬く、表紙には肌色率の高い女性が映っている……
エッチな、本だった。

(唯先輩がこんな本を隠しているなんて!)

年頃なのだから、エッチなことに興味を持つのは仕方ないと思う。
でも私たちはまだ18歳未満の女子校生だ。
エッチな本を手にするなんて早すぎる……というか、
女の子なんだからそもそもこんな本を手にすること自体が間違っていた。

(私がちゃんとお説教しないと!)

使命感に駆られ、私は唯先輩を責めるように見つめた。
唯先輩は床の本に視線を落とし、大きく目を見開いて……
ポッと頬を染めると、両手を顔にあて、ふにゃっとした笑みを浮かべた。

「も、もう……あずにゃんったらぁ、おませさんなんだからぁ!」

「……へ?」

体をくねくねと動かし、照れたような声を出す唯先輩。
そんな唯先輩の態度に驚いて、
私は間の抜けた声を出すことしか出来なかった。

「でもあずにゃん、私たちまだ高校生なんだから、
こういう本を読んじゃダメなんだよ! メッ!」

「な、なんで私が怒られてるんですか!」

唯先輩に怒られて、私は思わずそう言い返していた。

「だって、あずにゃんが持ってきたんでしょ、これ?」

「わ、私のじゃないです! これはさっき、
偶然唯先輩のベッドの下で見つけた本で……
唯先輩の本じゃないんですか!?」

「わ、私知らないよ、こんな本……」

私の剣幕に身を仰け反らせて唯先輩が言う。
その顔は嘘をついているようには見えなかった。
もともと、唯先輩は嘘や誤魔化しが得意な人ではない。
私に対してこんなことで嘘をつけるわけがなかった。
この本が唯先輩のものではないことを悟り、
半ば暴走気味だった私の頭が冷静さを取り戻した。
一気にクールダウンして、同時に申し訳ない気持ちになる。
このエッチな本を唯先輩のものだと思い込み、
一方的に怒ってしまったのだ。

「ご、ごめんなさい、唯先輩……私、てっきり……」

「ううん、いいよ、気にしないで。ベッドの下から出てきたんだもん、
私のだと思っちゃってもしょうがないよ」

「す、すみません……」

「でもこれ……じゃ、誰のなんだろ? 
あずにゃんが持ってきたんじゃないんだよね?」

「はい、こんな本、私知りません」

唯先輩の言葉に頷き、床に置かれた本を見る。
唯先輩のものではなく、もちろん私のものでもない。

(だとすると……考えられるのは……)

1、律先輩が唯先輩をからかうために置いていった。
2、律先輩が澪先輩をからかおうと持ってきて、そのまま忘れてしまった。
3、律先輩が誰か(たとえば弟さんとか)をからかうために用意して、
うっかり唯先輩の家に置き忘れてしまった。
いくつかの可能性が思い浮かび……まぁ結局、
きっと律先輩の仕業なんだろうなぁという結論に達する。

(もうっ、律先輩は……)

心の中で、私は律先輩に文句を言った。
せっかく唯先輩の家にお呼ばれして、
日曜日の午後をゆっくり過ごそうと思ったのに……
エッチな本のせいで、なんとも落ち着かない気分にさせられてしまった。

(もうこんな本、捨てちゃおう)

どうせ誰かをからかうための本なのだから。捨てちゃってもいいだろう。
そう思って、知らず逸らしていた視線を本に戻すと……
唯先輩の手が、その表紙をめくろうとしていた。

「ゆ、唯先輩!」

「うわっ!」

私が怒鳴ると、唯先輩は慌てて手を引っ込めた。

「な、なにしてるんですか!」

「え、あ、その……ちょっとだけ、中見てみようかな、
なんて思っちゃったりして……」

「ダメです! なに考えてるんですか!
もう捨てちゃいますよ、こんな本!」

「えぇ~、でもぉ……」

私が言うと、唯先輩は不満の声を上げ、そしてチラチラと本を見た。

「……あずにゃんは、中身、ちょっと興味ない?」

「ないです!」

「……ほんとに?」

「……ほ、ほんとです!」

「……ほんとに、ほんのちょっとも?」

「…………ちょ、ちょっとだけなら……その……
なくはないです……けど……」

頬を染め、そっぽを向きながら私はそう言ってしまった。
私だって年頃の女の子なわけで、
エッチなことにまるで興味がないと言えば、
それはやっぱり嘘になってしまうわけで……。

「じゃ、さ……ちょっとだけ、中、見てみない?」

「ダ、ダメです! 私たちは……っ」

「ほんのちょっとだけ。チラッと、ね?」

「……で、でも……」

「ね?」

「…………チラッと……だけですよ?」

ジュースとお菓子を退かし、テーブルの上にエッチな本を置いて……
私と唯先輩は、並んで座った。なぜだか二人とも正座だった。
ごくりと、唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
唯先輩か、それとも私か、
ひょっとしたら二人同時に唾を飲んだ音だったのか。

「じゃ……じゃぁ、め、めくるよ……」

「は、はい……」

唯先輩が言って、表紙に手を伸ばす。私の心臓が早鐘を打つ。
表紙が、めくられた。

「わっ!」

「にゃっ!」

表紙の裏は、エッチな広告だった。女の人二人が、
なんだか細長い変なものを二人で持っていて、
なんか詳しく描写したくないポーズをとっている。
「あなたの大切なパートナーのために」という広告文句が、
変に場違いだった。
隣の中表紙では、表紙の女性が表紙とは別のポーズをとって映っていた。
一応水着姿だけど、「それは水着ですか? それとも紐ですか?」
と聞きたくなってしまう。

「チ、チラッと見ましたよ……」

「チ、チラッと見たね……」

「ど、どうするんですか……」

「あ、あと、もうちょっとだけ、チラッと……」

「も、もうちょっとだけですからね……」

二人でモゴモゴと言い合い……唯先輩がまた手を伸ばす。
私の心臓の音がうるさいぐらい響いて聞こえる。
中表紙が、めくられた。

「うわっ!」

「にゃぁっ!」

一枚めくると、白いビキニを着た女性二人が、
ベッドに寝そべって抱き合っていた。
唯先輩が私に抱きついてくるときはまるで違う、
なんというか、絡み合うような感じの抱き合い方で……
見ているだけで、顔がどんどん熱くなってきてしまう。

「うわ、うわ、うわぁ……」

唯先輩の、驚いているような、変に焦っているような声が、
私のすぐ耳元で聞こえる。その声を聞いているうちに、
つい私は、本の中の二人の女性みたいに、
唯先輩と私が抱き合っていたらと想像してしまって……

「あ、あずにゃん……?」

「……! なんにも想像なんてしてないです!」

急にかけられた声にびっくりして、思わずそう言ってしまっていた。

「……なんか、想像しちゃったの?」

「…………してないです」

照れたような声で唯先輩に聞かれ、
真っ赤になって私は俯いてしまった。
居心地の悪い沈黙が部屋を満たし、そんな私たちを無視して、
本の中では女性二人が抱き合ったまま笑っている。
女性二人の格好は、まさに人に見せつける姿だった。

「……も、もう十分ですよね!? 十分、チラッと見ましたよね!? 
もう閉じていいですよね!?」

恥ずかしさのあまり、私は顔を上げると、
怒ったような口調でそう言った。
唯先輩が頷くのを待たず、私は本に手を伸ばして……
だけどあろうことか、閉じるのとは逆の方向にめくってしまっていた。

「うわわっ!」

「にゃにゃぁっ!」

本の中ほどで、裸の女性二人がすごい勢いでくっついていた。
「二人でいれば、他にはなにもいらない」という見出しに、
「ああ、この二人って恋人設定だったんだぁ」
と頭の冷静な部分が冷めた突っ込みをして……
でも表の私は、大慌てだった。

「な、なんでめくるの、あずにゃん!」

「ち、違うんです! 違うんです!」

両手をバタバタと振って唯先輩が叫び、
首をブルブルと振って私が言い、
本の中の女性二人が変わらず艶やかな笑みを見せつけ、

「お姉ちゃん、梓ちゃん、ただいまぁ。そこで純ちゃんと……」

「どうもぉ~、唯先輩、梓、お邪魔しちゃいまぁ……」

突然部屋に入ってきた憂と純に、

「うわわわぁっ!!」

「にゃにゃぁぁっ!!」

私と唯先輩は二人抱き合って、大きな声で悲鳴を上げた。

「お姉ちゃん、梓ちゃん……メッ」

「「ごめんなさい……」」

正座をした憂に怒られ、私と唯先輩は揃って土下座をした。
真ん中の床にはエッチな本が置かれ、
構図は私が唯先輩を怒ろうとしたときとほとんど同じだった。
ただ違うのは、
私と唯先輩がしっかりエッチな本を見てしまっていたことで……
言い訳はまるでできなかった。
ちなみに純もこの場にいるけれど……
正座をして、エッチな本とは逆の方を向いていた。
その表情はこちらからは見えず、ただ、

「私はなにも見てない……なにも見てない……」

という呟きだけが聞こえてきていた。

「でもこの本……どうしようか?」

ちょっと頬を赤くして、本を見ながら憂が言った。

「……捨てちゃおうよ、こんな本」

体を起こして私はそう言ったけれど、

「そういうわけにはいかないよぉ。
他の人の本なら、勝手に捨てちゃ悪いもの」

憂は困ったような笑みを浮かべた。
確かに、誰かの本を勝手に捨てるのは悪いことだけど……

「でもこれ……エッチな本だよ……」

「うん、そうなんだけどね……」

私はぼやき、憂が困り、純が明後日の方向を向いて、

「でもこれ、ほんと誰の本なんだろうね?」

体を起こした唯先輩が、無造作に本を持ち上げた。
どうせ律先輩のですよ、と私が言うよりも早く、
その裏表紙が目に映り、

「「あ……」」

黒のサインペンで書かれた名前に気づいて、
私と唯先輩は同時に声を漏らしていた。
カタカナで、「ムギ」と、書かれていた。


END


  • おお!ムギのか! -- (524) 2010-07-04 19:06:41
  • 名前書くとかすごい勇気いるんじゃない? -- (ぴー) 2010-07-07 23:10:34
  • まさかのムギwww恐らく裏で唯梓が慌てているのを楽しんで見ていただろうな… -- (CTU) 2010-07-30 11:05:27
  • ウブな二人かわええのうかわええのうwww -- (名無しさん) 2010-08-08 17:17:36
  • やっぱしムギのかww -- (名無しさん) 2010-08-09 02:05:44
  • か、かわいい…! -- (名無しさん) 2010-10-14 22:00:51
  • w -- (名無しさん) 2011-09-18 20:55:53
  • 律が不憫過ぎるwww -- (名無しさん) 2011-09-28 21:33:42
  • ムwギwww -- (名無しさん) 2012-12-31 03:41:05
  • やっぱりムギ先輩が犯人か、どっか監視カメラであの瞬間を見ていたりして…。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-18 16:52:16
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最終更新:2010年06月09日 20:31