日曜日の午後。
一人暇を持て余していた私は、近くの公園に散歩に出掛けた。
季節は初夏。梅雨があけて、空はようやく青さを取り戻していた。
浮かぶ雲は梅雨と違い、キレイな白色で空を彩っている。
少しだけ湿り気を残した風も心地よくて、
予定のない休日も悪くないかな、なんて思いながら歩いていると、

あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」

……唯先輩の声が聞こえてきた。
声が聞こえてきた方に顔を向けると、
ベンチに座った唯先輩の姿が見えた。
何をするでもなく、ただぼんやりと空を見上げていて、

「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」

変わった調子で、
まるで歌を口ずさむように同じ言葉を繰り返していた。
憂鬱な季節が終わり、過ごしやすい気持ちの良いお天気に、
唯先輩も散歩に来たのだろう。
のんびりベンチに座って小休止というのは、悪くない過ごし方だと思う。
ただ……

「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」

「………………」

唯先輩の言葉の中身が問題だった。
あまりの内容に、思わずその場に立ち尽くしてしまう。
唯先輩はまだ私に気づいていないのか、空を見つめたまま、

「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」

同じ言葉を口にし続けていた。
その声が耳に届き、私は一度目を閉じて、

「唯先輩っ!」

目を開いてそう叫び、唯先輩に駆け寄った。


「あっ、あずにゃ~ん!」

私に気づいた唯先輩がこちらを向き、
ほにゃっとした笑顔を浮かべて両手を振った。
でも私は、手を振り返す余裕なんてなくて……
顔を強張らせたまま、返事の代わりに怒声を上げた。

「何なんですか! あ、あんな大きな声で!
す、す……き……だなんて!」

恥ずかしさに言いよどみながら、それでもしっかり文句を言う。
幸い、公園には他に人影はなかったけれど……
だからといって、外であんなことを言うなんて……
あまりに恥ずかしすぎる。
私は怒って文句を言うけれど、
でも唯先輩は何を言われたのかわからないとばかりに、

「え? あずにゃん、どうしたの?」

首を傾げて、そう言うだけだった。

「どうしたの、じゃないです! 
さっき大きな声で言っていたじゃないですか!
わ、私のことが……そ、その……す、す……き……とかっ
……ぁ……してる……とか!」

私の言葉に、唯先輩は「ん~」と言いながら空を見上げて、

「……あ、さっきの歌のこと?」

「……う、歌、なんですか?」

「うん、歌だよ。私の作った、あずにゃんに捧げるラブソング!
お天気で気持ちよくて、つい口ずさんじゃったんだよぉ」

笑顔でそう言われ、私は脱力してその場にしゃがみこんでしまった。
確かに声の調子は歌のようだったけれど……
まさか本当に歌だったとは思わなかった。
あの言葉はどう聞いても歌詞とは思えない。

「……あれが、歌なんですか」

「そうだよ。澪ちゃんにアドバイス受けて、頑張って作ったんだよ!」

「……どんなアドバイスを受けたんですか」

「澪ちゃんがね、『自分の中にある素直な気持ちを、
まず言葉にすることが大事なんだ』って言ったからね、
自分の素直な気持ちを言葉にしてみたの……
あずにゃん、嫌だった……?」

笑顔で言葉を続け……最後に曇り顔でそう聞かれては、
嫌なんて強く言うことはできなくて……

「……せめてサビ以外の箇所を歌うようにしてくれませんか」

「サビ以外も同じだよ?」

「……全部あれなんですか」

「あ、曲名は『あずにゃん好き好き大好き、愛してる』、だよ!」

「……曲名もですか」

あまりのことに何も言えず、私はもう力なく笑うことしかできなかった。


唯先輩に好きと言われるのが嫌なわけじゃない。
誰だって好意を寄せられて不快になるはずがなかった。
ましてやそれが、自分にとって大切な人からの好意ならば、
嬉しく思うのが当たり前だろう。
でも、いくらなんでも……
やっぱりあの歌は、さすがにきついと思った。
せめて人には聞かせないで欲しいと思ってしまう。
恥ずかしいなんてものじゃなかった。

(よし……やっぱり歌うの、やめてもらおう)

決意をもって、いつの間にか俯けていた顔を上げると、

「ん? あずにゃん、どうしたの?」

唯先輩の笑顔が目の前にあった。
混じり気のない、純粋な笑顔。
私を見つめるその笑顔には、悪意なんて一欠けらも存在していなくて……
さっきの歌も、本当に、
ただ純粋に自分の気持ちを歌にしたということが伝わってきてしまった。

「……唯先輩はズルイです」

「え? えっと……なにが?」

「……なんでもないです」

仏頂面で答えて、私は唯先輩の隣に座った。
ため息をついて、

「……歌」

「え?」

「……さっきの歌……恥ずかしいですから、
もう少し小声で歌って下さい……」

私がそう言うと、一瞬唯先輩はきょとんとした表情を浮かべて……
その表情は、またすぐに笑顔に変わっていた。

「あずにゃんは恥ずかしがり屋さんだねぇ」

「……あんな歌詞じゃ、誰だって恥ずかしがりますっ」

私の文句に、唯先輩は「エヘヘ」と笑い、
そしてまたあの歌を口ずさみ始めた。
さっきよりも、ちょっとだけ小さな声で。


「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」

歌詞の恥ずかしさに、私の頬は熱くなってしまうけれど……
楽しそうに歌っている唯先輩の笑顔を見ていると、
もう止めようなんて思えなかった。

(まったく……いっつも唯先輩は……)

いつもこうだった。唯先輩の笑顔を見ていると、
いつも本気で怒ることはできなくて、
結局最後は許してしまう。
あずにゃんと呼ばれることも、
ところ構わず抱きつかれることも、
最初は困っていたはずなのに……
笑顔と一緒に向けられる好意に、
本気で怒ることはできず、抵抗もできなくて……
そして気がつけば、いつの間にか受け入れてしまっていた。
受け入れ、喜んでしまっていたのだ。

(……ほんとに、ズルイですよ)

あんな笑顔を向けられたたら……
そんな楽しそうに「好き」って歌われたら……
喜ばずにはいられないじゃないですか。

「あずにゃん好き好き大好き、愛してる~」

唯先輩の声が私の耳をくすぐる。
恥ずかしい歌詞に、頬は熱くなるばかりだ。
きっと今、私の眉は困ったように斜めになっていて……
でも口元は、きっとまた、ほころんでしまっているんだろうなって、
そう思った。


END


おまけ


翌日月曜日。

「~~♪ あ、純、おはよう。今日も良いお天気で気持ちいいね」

「……あ~、まぁ……ねぇ……」

「……? なに、その微妙な表情?」

「まぁ、お天気で気持ちがいいのはわかるけれど……
登校中にあんな歌を口ずさむのはどうかと……」

「……え? 私、なんか歌っちゃってた?」

「うん……『ゆいにゃん好き好き大好き、愛してる~』って……」

「…………え?」


  • ありゃま…感染したな。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 12:16:42
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最終更新:2010年06月09日 20:31