「……あずにゃぁぁん」
「ゆ、唯先輩!? どうしたんですか!?」

マラソン大会が終わった後の放課後
いつも通り部室のドアを開けた私は、
長いすに力なく横たわる唯先輩の姿を見つけていた。
慌てて私は唯先輩に駆け寄った。

「あ、あずにゃぁぁん……」

側に寄った私を呼ぶ唯先輩の声は、本当に力の無いもので……
その弱々しさに、自然と涙が浮かんでしまった。

「ぐ、具合悪いんですか!? 先生呼びましょうか!? 
そ、そうだ保健室! 保健室に……!」
「あ、あずにゃん……た、足りないの……助けて……」
「え!? な、なんですか先輩!? なにが足りないんですか!?」
「……あずにゃん分」

唯先輩がそう言うのと、伸びてきた手が私を抱きしめるのは同時だった。
突然体を引っ張られ、抵抗する暇もなく唯先輩の上に倒れこんでしまう。
抱えていたカバンが床に落ちて、大きな音を立てた。
ギターは朝のうちに部室に置いておいて良かったなぁと、
頭の片隅で考えながら……私は唯先輩に文句を言った。

「もうっ、心配させないで下さい!」
「だってぇ……今日は一日マラソンで、
あずにゃんと全然お話もしてないんだもん……
あずにゃん分足りなすぎて、もう限界だよぉ……」
「……お汁粉たっぷり食べられたんですから、
私はいらないんじゃないんですか?」
「甘いものは別腹!」
「……言葉の使い方間違ってます」

そう言って私があきれて見せても、もちろん唯先輩の腕が緩むわけもない。
むしろ抱きしめる力は強くなり、さらには頬ずりまで始まってしまった。

「あずにゃんあずにゃんあずにゃん……」
「もうっ……ほんとしょうがないんですから、唯先輩は……」
「あずにゃんあずにゃんあず……」
「……唯先輩?」

突然頬ずりが止まり、唯先輩の言葉も途切れ……私は疑問の声を出した。
唯先輩に呼びかけるけど返事はなく、代わりに聞こえてきたのは、

「スー……」

静かな寝息だった。
疲れが限界にきたのか、たっぷり食べたお汁粉のせいか……
それともひょっとしたら、私を抱きしめられて安心したせいなのか……
理由はともかく、唯先輩は私を抱きしめたまま、
長いすの上で眠りに落ちてしまっていた。

「まったく……ほんとに唯先輩は……」

あきれて呟き、唯先輩の腕から抜け出そうとする。でも、

「……抜けない」

唯先輩の腕はしっかりと私を抱きしめたままで、
ちょっとやそっとでは外れそうになかった。
聞こえてくる寝息から、起こすのも難しいことを悟り、

「ほんとに、もうっ……」

苦笑を浮かべて、私は長いすの上に体を完全に横たえた。
足で上履きを脱がして床に落とし、
ほとんど唯先輩の体の上に乗っかるような感じで、身を横にする。
こうなってはもう仕方ない。
唯先輩が起きてくれるまで、私も一緒に寝るしかなさそうだった。

「どうせ、今日は練習できそうにないですし」

他の先輩方も、マラソン大会できっとひどく疲れているはずだ。
部室に集まっても、今日はいつも以上にだらけるばかりで、
まともな練習はきっとできないだろう。
そしてそれは、私も同じだった。
この疲れた体では、ちょっとギターをひこうとはさすがに思えない。
だから今日ぐらいは、先輩方と一緒に存分にだらけてしまおうと思った。

「……唯先輩分補給……なんちゃって……」

寝ている唯先輩に、一度だけ頬ずりをして……
あとはそのまま、私も眠気に身を委ねることにした……。


END


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最終更新:2010年07月29日 20:34