「ふわぁぁぁ……」
「エヘ……
あずにゃん、大きなあくびだねっ」
「じ、じろじろ見ないで下さい!」
夏休みのある日の午後。あの演芸大会の練習をした川べりで。
久しぶりに唯先輩と一緒にギターの練習をしていた私は、
寝不足から大きなあくびをしてしまった。
昨夜遅くまでテレビを見てしまったのが寝不足の原因で……
「ふわぁぁぁ……」
「あ、またあくびだぁ♪」
「うぅ……み、見ないで下さい……っ」
堪えきれずあくびをしてしまう恥ずかしさに、頬が熱くなってしまった。
大して面白くもない恋愛ドラマだったのだから、
さっさと消して寝てしまえばよかったのに……と、今更ながら後悔する。
「あずにゃん眠たそうだし、ちょっと休憩しよっか」
「だ、大丈夫です! 練習してれば目、覚めま……ふわぁぁぁ……」
「ほらぁ、無理しないの。あずにゃん、休憩も大事だよ?」
「もうっ……そうやってすぐ休もうとするんですから……」
そう言いながらも眠気には逆らえず……
私はギターを一旦ケースに入れて地面に置き、
それから唯先輩と並んで川べりにすわった。
ペットボトルのスポーツ飲料を一口飲むけれど、
生ぬるい液体は眠気をはらう役には立ってくれなかった。
ペットボトル片手に、あくびを堪えようと頑張っていると、
「エヘヘ……あ~ずにゃん♪」
隣に座った唯先輩に名前を呼ばれ、私は顔を先輩の方に向けた。
見ると、唯先輩はいつになくきちんとした姿勢で土手の階段に腰を下ろし、
そして両膝をぽんぽんと手で叩いていた。
顔には満面の笑み。私を見ながら「エヘヘ」と声に出して笑って、
「……遠慮します」
その意を悟った私は、視線を川に戻してそう言った。
「え~、なんでぇ……?」
「なんでもなにも……誰が通るかわからないのに、
そんな恥ずかしいことできるわけないじゃないですか」
「ぶー」
「口尖らせてもダメですっ」
未練がましく両膝を叩く音が聞こえてきたけど、
私は努めてその音を無視しようとした。
私に膝枕をしたがっている唯先輩。
正直、今の私にとってそれは魅力的なお誘いだったけれど……
いくらなんでもそんな恥ずかしいことができるわけがなかった。
でも、唯先輩の側で、私のそんな抵抗が成功するわけもなく……
「えい!」
「にゃっ!」
突然唯先輩に体を引っ張られ……
次の瞬間、私の頭は唯先輩の太ももの上にあった。
「ゆ、唯先輩!」
「まぁまぁ、あずにゃん。おねむなんだから、素直になりんさい」
「で、でも……」
「それに、無理して起きてるより、
ちょっと寝ちゃってから練習した方が、ずっと集中できるよ?」
「それは、そうですけど……」
唯先輩の言葉に、口ではなんとか抵抗を続けようとするけれど……
でも体のほうは、もう完全に屈してしまっていた。
柔らかい太ももの感触が頬に心地いい。
伝わってくるほどよい温もりが、
川から吹く風に冷えた体を少しだけ温めてくれる。
春先のお布団を思い出させる膝枕に、
堪える余裕もなくあくびをしてしまい、
「お休み、あずにゃん……」
その優しい声と、そっと私の頭を撫でる手が、
私を眠りの中に落としていった……。
「ん……」
目を開けると、日の光で輝く川面が見えた。
夏の太陽は高く明るいままで、
どれぐらい自分が寝てしまっていたのか、まるでわからなかった。
「あ、起きたの、あずにゃん?」
「え……はい……」
「もっと寝ててもいいんだよ?」
「いえ……もう大丈夫です……」
そう言って身を起こそうとするけれど……
唯先輩に頭をまた撫でられて……
途端、起きようとする意思はなくなってしまった。
薄く目蓋を開けて、川面を見つめたまま……
少し寝惚けた声音で、私は言葉を紡いだ。
「……すみません、なんか、私ばっかり……」
「謝らなくていいよぉ、私が膝枕をしたかったんだもん」
「……足、大丈夫ですか……」
「うん、大丈夫だよ」
「……退屈じゃ、ないですか……」
「大丈夫だよ……あずにゃんの寝顔、かわいいもん……」
「……鼻にピーナッツ……」
「え? あっ……エヘ、そうだね、入れたいぐらいかわいいよ♪」
「……入れないで下さいよ……」
喋っている間も、唯先輩の手の動きは止まらなかった。
ゆっくりと、優しく、私の頭を撫で続けてくれる。
「ん……」
「わっ……」
気がつくと、私は頬を唯先輩の太ももにこすりつけてしまっていた。
まるで猫が人に甘えるときのような仕種。
そんなことをしてしまったのは、きっと……
「エヘヘ……あずにゃん、甘えん坊さんになっちゃってるね……」
「きっと……寝惚けてるんです……」
「そっか、寝惚けてるんだね……」
「はい……寝惚けてるんです……」
……寝惚けて、
昨夜見た恋愛ドラマと現実がごっちゃになってしまっているのだろう。
そうでなければ、こんな甘えた仕種を、
私が唯先輩に対してできるわけがなかった。
「じゃ、仕方ないね……」
「はい……仕方ないんです……」
言って、また頬を唯先輩の肌に擦り付ける。
唯先輩はくすぐったそうに笑いながら、頭を撫で続けてくれた。
「ふわぁ……」
小さなあくびが口から漏れる。
半開きになった口が閉じるのにあわせるように、
目蓋がまたゆっくりと落ち始めた。
そんな私の気配を察したのか、
「お休み、あずにゃん……」
唯先輩が、小さな声でそう呟いた。
二度目のお休みの言葉に、
やっぱり私は抵抗なんてできなくて……
唯先輩の膝の上で、猫のように丸くなって、
また私は眠りの中に落ちていった……。
END
- 鼻にピーナッツとかトンちゃんかwww -- (名無しさん) 2012-09-03 01:30:03
最終更新:2010年07月31日 15:09