「似合ってない……」

鏡に映った自分の水着姿を見て、私は絶望のあまりそう呟いてしまっていた。
明らかに私の体には合っていない黒のビキニ。
澪先輩が着たら、きっと誰もが振り向かずにはいられないような
水着姿になっていたことだろう。
唯先輩が着たってそこまで悪いものにはならず、
憂ならいっそ似合ってしまっていたかもしれない。
でも私はダメだった。あまりに不似合い。
背伸びどころの話ではなく、
思わず「夢見すぎましたごめんなさい」と
鏡に向かって頭を下げたくなってしまうほどだ。

「梓、もう高二なんだからさぁ、いくらなんでもその水着はないだろ?」
「律、押し付けはよくないぞっ……でも、
たまには違う水着を着てみるのもいいんじゃないか?」
「梓ちゃん、ここ水着のレンタルあるみたいよ?」

夏休みのある日。勉強の息抜きにと先輩方に誘われて、
遊びに来たプールで……先輩方にそう言われて、
気がつけば水着のレンタルコーナーに押し込められていた私。
仕方なく、でもちょっとワクワクしながら水着を探し始めたものの……
どれも大人っぽいものばかりに見えてしまって、
私に似合うものがあるとは思えなかった。
思い切って着てみた黒ビキニの結果は惨憺たるもの。
他の水着はそれよりはましかもしれないけれど……
でもやっぱり、自分に似合うようなものがあるとは思えなかった。

「……もう、自分の水着着て戻ればいいや……」

ため息をついて諦めて、
いつものピンクの水着に着替えようとしたところで、

「あっずにゃんの水着! まっだかなぁ~♪」

唯先輩の能天気な歌声が聞こえてきた。
レンタルコーナーにまでついてきた唯先輩は、
すぐ外で私が出てくるのを待っていた。
人の気も知らないでとちょっとムッとして、
でも楽しげな歌声に自然と笑みが浮かんでしまって……
やっぱりもう少し探してみようと、私は水着の群れと格闘を始めた。
そして……

「おおぉ! あずにゃんかわいいよぉ!」
「ど、どうも……」

私が選んだのは、スカート付の水玉ビキニだった。
レンタルコーナーにあったものの中では、かなり大人しめのデザイン。
でもいつも着ているピンクの水着と比べると、
やっぱり肌が露出してしまっていて……
お腹が見えてしまっていることが恥ずかしくて、
私はもじもじと体を動かしていた。

あずにゃん、かっわいい!!」
「にゃっ……抱きつかないで下さい!」

はしゃぐ唯先輩に抱きしめられると、
自然と周りの視線を集めてしまって……
人に見られていることがまた恥ずかしくて、
私は文句を言ってしまっていた。もちろんそれで、
唯先輩が抱きしめる腕を緩めてくれることはないのだけれど。

「じゃ、みんなのところ行こ!」
「は、はい……」

唯先輩と並んで、プールサイドを歩いていく。
馴れないビキニが恥ずかしくて、気分は落ち着かなかった。
みんなが自分を見ているような気がしてしまう。
自分でも自意識過剰だとは思うけれど、それでも、
いやらしい目で見られているんじゃないか、
似合っていないと嗤われているんじゃないか……
そんな考えが頭から離れてくれなかった。
自然と、手で体を隠すようにしてしまっていた。

「ん? あずにゃん、どしたの?」
「い、いえ……その……恥ずかしくて……」
「なんで? すっごく似合ってるのに」
「だって……その、やっぱり……」

唯先輩に聞かれ、モゴモゴと口を動かす私。
はっきりしない私の答えに、唯先輩は首を傾げていた。
私が何を恥ずかしがっているのか、本気でわかっていないみたいだった。

(私が変に恥ずかしがってるだけなのかな……)

考えてみれば、私の周りは、
みんなビキニタイプの水着を着ている人ばかりだった。
純や憂だってそうで……
よく平気でお腹を出せるなぁと、私は思っていたのだけれど……
私が極端に恥ずかしがっているだけなのかもしれない。
でもそう思ったところで、今感じている恥ずかしさを消せるわけがなくて、

「うぅ……」

私はもじもじと体を動かすばかりで、
そこから歩けなくなってしまっていた。

「……あずにゃん……戻ろっか?」

そんな私を気遣って、唯先輩が優しくそう言ってくれた。

「で、でも……」
「無理することないよ、あずにゃん。いつもの水着だってかわいいんだし!」

そう言って、唯先輩が手を差し出してくれる。
私は頷いて、その手を取ろうとして、

「きゃっ……!」
「あっ……!」

近くを歩いていた人にぶつかられて……
そのまま私は、プールに落ちていた。
一瞬の浮遊感の後、全身を衝撃が襲った。
体が水の中に沈み、息が出来なくなる。
慌てて私は水をかいて、
半ば飛び出るように、水面に上半身を出して、

「あ、あずにゃん!」

そう叫んでプールに飛び込んできた唯先輩に、私は抱きしめられていた。

「ゆ、唯先輩!? どうしたんで……」

言葉の途中で、私は胸に感じる違和感に気づいた。
胸元の窮屈さがいつのまにかなくなっている。
布の感触も消えていた。
そして、胸もお腹も、同じようにプールの水に撫でられていて……

「……っ!」

水着の上が取れてしまったことに気づき、私は真っ赤になった。
恥ずかしさのあまり、全身を硬直させる私を、

「大丈夫……あずにゃん、大丈夫だからね……っ」

唯先輩がぎゅっと強く抱きしめてくれた。
私を守ろうとするように、全身で私を包み込んでくれる。
水の中でも温かい唯先輩の手が、私の裸の背中を優しく撫でてくれた。
唯先輩に抱きしめられ、落ち着きを取り戻した私は、
唯先輩の背中に腕を回し、自分からぎゅっと抱きついた。
胸を唯先輩の体に押し付け、周りの目から隠そうとした。

「ごめんね、あずにゃん……すぐ水着、見つけてあげるからねっ」
「は、はい……」

私を抱きしめたまま、唯先輩がプールの中を歩き出した。
唯先輩に抱きしめられ、加えて肩まで水に浸かっているため、
幸いまだ周りの人には気づかれていないみたいだった。
それでも、いつか誰かに気づかれてしまうかもしれないし、
いやらしい目を向けてくる人が出てくるかもしれない。
そう思っても……でもなぜか、不安はあまり感じなかった。
唯先輩に抱きしめられ、唯先輩の温もりに包まれているからだろうか。
恥ずかしいと思う気持ちはあっても、
不安も恐怖もほとんと感じなくて……

「ごめんね、あずにゃん……もうちょっとだけ我慢してね……っ」
「……はい」

ただ唯先輩の温もりをもっと感じたくて、
私は抱きつく腕の力を強めていた……。

「すいません、唯先輩……迷惑かけてしまって……」
「ううん、そんなことないよぉ。
私たちが無理に水着を勧めたのが悪かったんだもん」

唯先輩が水着を見つけてくれて、それをプールの中でつけて……
プールサイドに腰掛けた私たちは、足を水に浸して、体を休めていた。
澪先輩たちのところに戻るのは、
もう少し気分を落ち着けてからにしようということになったのだ。

「ほんとにごめんね、あずにゃん……」
「もうっ、謝らないで下さい、唯先輩。
先輩が悪いわけじゃないんですから」
「でも……」
「それに……普段と違う水着を着てみるのも悪くないかなって、
今は思えますから……」

言って、私は笑みを浮かべた。
水着の上が取れてしまうなんていうハプニングがあったせいだろうか、
今では私はすごく落ち着いていて、
ビキニの水着も恥ずかしいとは思わなくなっていた。
すぐに日焼けしてしまう私は、
むしろビキニの方がむらなく焼けていいかもしれない、
そう思えるようにもなっていた。

「……無理、してない?」
「はい、してません」

少し不安げに聞いてくる唯先輩に、笑顔で私は答えた。
それでようやく安心してくれたのか、唯先輩も笑顔を浮かべてくれた。

「でも……また取れちゃったらどうしようって……
そこは少し不安ですね、ビキニって……」

私はそう言って、苦笑を浮かべながら……唯先輩を見つめた。
私に見られて、唯先輩は満面の笑みを浮かべて……そして、私に言ってくれた。

「大丈夫! そしたらまた、私が守ってあげるから!」


END


  • かっこ唯 これは惚れる -- (名無しさん) 2011-01-31 23:25:26
  • 唯先輩はあずにゃんの守護神。って感じかな? -- (あずにゃんラブ) 2013-01-17 17:53:12
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最終更新:2010年08月12日 20:12