先輩達が卒業し、軽音部は私1人だけになった。
先輩達と5人で楽しく過ごしていた部室も・・・今ではとても広く感じてしまう。
軽音部存続の為には、部員を少なくとも、あと3人獲得しなければならない。
でも、私には焦りは無かった。以前から、憂と純が軽音部に入ってくれると言ってくれていたから。
だから、あとは新歓ライブやビラ配りの勧誘で、何とかしようと考えていた。
部員の数は何とかなるだろう・・・だけど、どうしても埋める事ができない物がある・・・。
先輩達の存在が大きくて・・・いや、大きすぎたんだろうな。
先輩達の卒業後、私の心はポッカリと穴が開いてしまったような感じだった。
「梓ちゃん・・・大丈夫?」
1人になった私を気にかけてくれた憂は、先輩達が卒業後、毎日のように部室に来てくれるようになった。
憂は4月から軽音部に入部してくれる事になっていて、今はまだ正式な部員ではない。
「うん、何とか・・・」
気の抜けたような声しか出せない私・・・。そんな私に、憂は決まって『ある事』をするようになった。
「もう、しょうがないなぁ・・・」
そう言うと、憂は結っていた髪を解き、前髪にヘアピンを留め、私に抱きついてきた。
「あーずにゃーん♪」
「ゆ、唯先輩・・・!?」
- なわけないよね。憂が髪を解くと、唯先輩と見分けがつかない程そっくりだ。
憂だとわかっていても、その容姿を見るとドキッとしてしまう。
「・・・どう、元気出た?」
「う、うん・・・///」
「寂しかったら・・・私を、お姉ちゃんの代わりだと思って良いからね」
私が唯先輩を好きだという事を、憂は知っている。
私は卒業式の日、唯先輩に想いを伝えようとしたけれど、泣いてばかりで伝える事ができなかった。
唯先輩に会えなくなって寂しい・・・その気持ちを知ってか知らずか、憂は唯先輩の変装をするようになった。
もしかしたら、憂自身も唯先輩になりきる事を楽しんでいたのかもしれないけど・・・。
「唯先輩・・・寂しいです」
「あーずにゃーん♪」
「唯先輩!?・・・じゃなくて、憂・・・」
こんなやりとりを毎日のようにしていた。憂がノリノリだったから、私もそれに乗せられていたんだと思う。
憂は次第に、抱きつくだけではなく、唯先輩として話をするようにもなった。だけど・・・私は心が満たされなかった。
だって・・・見た目は唯先輩そっくりでも、憂=唯先輩ではないから。
抱きついてきた時のぬくもり、私の名前を呼ぶ声、息遣い、・・・全てにおいて唯先輩のものではないから。
その全てが当てはまって、初めて『唯先輩から抱きつかれてる』という感覚に陥れる事ができる。
だからね、憂・・・気持ちは嬉しいけど、憂を唯先輩の代わりだなんて思う事はできないんだ・・・。
3月も最終日を迎え、今日も私は1人で音楽室で練習をしている。
そこに、憂がやってきた。ここまではいつもと同じ光景だ。
「ヤッホー・・・あ、梓ちゃん・・・練習はかどってる?」
「うん。もう先輩達が居ないからって、クヨクヨしてられないからね。明日からは4月だし、私達も3年生になるんだから頑張らないと!」
「そ、そうだね・・・」
「だけど今日までは・・・いつものように、唯先輩の格好で抱きついてきてほしいな・・・」
「えっ・・・良いの?」
「今日までは一応2年生だし・・・3年生になったらこんな事お願いできないから・・・」
明日からは3年生・・・もう誰にも甘える事はできない。だから、今日が最後・・・というつもりだった。
憂に唯先輩のふりをして、とお願いするなんて・・・我ながら少し呆れてしまうな・・・。
憂は、いつものように結っていた髪を解き、前髪にヘアピンを留めた。
「あーずにゃん♪」
「・・・」
憂を唯先輩の代わりなんて思う事はできない・・・なんて偉そうな事を言っておきながらなんだけど・・・人間って不思議なものだな。
2週間も繰り返していると、だんだん感覚がマヒしてきちゃったみたい。
後ろから抱きつかれた時のぬくもり、私の事を呼ぶ声、耳元にかかる息遣い・・・全てが唯先輩そのもののようだった。
「私達が卒業して、寂しかった?」
「寂しかったです。何度も何度も泣いちゃいました」
「そっか・・・」
「でも、もう大丈夫です。寂しくても、いつまでも泣いていられません。私がこの軽音部を・・・先輩達の作り上げた、この大切な部活を守っていきます」
「
あずにゃんならできるよ・・・私達もあずにゃんの事を応援してるからね」
そう言うと、私の事を優しく撫でてくれた。頭の撫で方も唯先輩そのものだった。
凄いな憂・・・今日は言動全てが唯先輩そのものだよ・・・。私が唯先輩を求めすぎちゃって、錯覚を起こしてるんだろうな・・・。
「卒業式の時には言えなくて、凄い後悔しているんですけど・・・私、唯先輩の事が好きでした」
「え・・・わ、私も・・・あずにゃんの事好きだよ・・・!」
憂は私の気持ちをわかってくれている。だから、この返事は至極当然だった。・・・だけど、それでも凄く嬉しかった。
私はいつも以上にリアルなやりとりをできた事に満足していた。本物の唯先輩と話しているようで、ほんわか幸せな気分になれた。
「唯先輩の事、大好きだから・・・キス、して良いですか?」
「えっ・・・え・・・!?そんな・・・あずにゃん、急に・・・」
わかってる・・・相手は憂だ。さすがにそこまではできないよね。
でも・・・私も凄くドキドキした。・・・こうやって迫ってみたら、唯先輩もこんな感じでオドオドしちゃったりして。
「えへへ・・・冗談だよ。ありがとう、憂・・・唯先輩本人と話しているようで楽しかったよ」
「う、うん・・・最後、ドキドキしちゃったよ///」
「私も・・・ちょっとやりすぎちゃったかな。・・・まぁ、軽音部の部長としてはしっかりとみんなをリードしていくから、明日からも宜しくね!」
「う、うん・・・頑張ってね!」
「それと・・・私の気持ちも・・・いずれは唯先輩本人にも伝えるつもりだから!」
「ほぇ!?・・・う、うん・・・!」
憂は、唯先輩の変装を解く為に髪を結い始めた。だけど、いつもに比べてその手際が悪かった。
まるで、普段は髪を結っていないかのような・・・。
「私達、みんな同じ大学だから・・・もし良かったら遊びに来てね、あずにゃん!」
振り向きざまにそう告げると、憂は部室を出て行った。その時の横顔は、ちょっぴり頬を染めて・・・なんだか嬉しそうな感じだった。
最後に感じた憂への違和感・・・憂に戻ってからは『あずにゃん』って呼んだ事無かったのに・・・。
「梓ちゃん、こんにちはー!今日は遅くなってゴメンね!」
「あれっ、どうしたの?さっき帰ったと思ったのに・・・」
「えっ?・・・私、今来たところだよ?」
「ふぇ・・・!?」
「私の前に、誰か来てた?」
「えっ・・・えっ・・・あっ・・・!?」
「誰が来てたのかな~?私の前に誰が来てたのかな~♪」
「にゃ・・・にゃぁぁぁぁぁー!!!///」
END
- こういうのもいいね -- (名無しさん) 2010-09-02 18:31:14
- 唯・・・やればできる子・・・ -- (名無しさん) 2010-09-13 02:31:20
- ほうほうニヤニヤ -- (名無し) 2012-08-15 20:23:30
- 憂梓と見せかけた斬新な唯梓 -- (鯖猫) 2013-07-15 06:29:51
最終更新:2010年08月30日 20:00