気付かなければよかったのかな。
もしそうなら、こんな思いをすることも無かったのに。
ちっちゃくって可愛い子、というのが出会ったときの感想だった。
本当に可愛くって、ぎゅーっとしたいなーなんて思ったりして。
気が付けばそうすることが日課になったりしていた。
抱きしめると柔らかくて暖かくて、胸にすっぽり収まって。
しょうがないですね、なんて少し困ったような笑顔を向けてくれて。
長いティータイムにはときに不満げな顔を見せたりしていて。
ほいっとケーキをさしたフォークを差し出すとほわっと笑顔を見せてくれて。
真面目に練習すると、とても嬉しそうな顔をしてくれて。
ここ難しいなーって悩んでると、丁寧に教えてくれたりして。
弾けるようになると、まるで自分のことのように嬉しそうに笑ってくれて。
色んなキミが少しずつ私の中に積み重なってきて。
それは全て私の全部大好きなものだった。
そう、大好きになってた。
平沢唯は中野梓のことが大好き―なんて。
それが自分の中にあったのは、いつからだったんだろ。
それは初めてあの子を見たその瞬間かもしれないし。
もしくは初めてあの子に抱きついたそのときかもしれないし。
ひょっとしたら、初めてあの子の奏でる音を聞いたときかもしれない。
わからないけど、でも。
今それがここにあるということだけは、確か。
だって今も、こんなにも胸が苦しいから。
可愛いものが大好きで。
美味しいものが大好きで。
友達が大好きで。
妹が大好きで。
家族が大好きで―
私に触れるもの、みんな大好き。
そんな風にずっと大好きを振りまいてきて、ずっとそうして生きていくんだと思っていた。
一番なんてない。みんな大好き。どれかを選べなんていわれても、わかりません、なんて。
当たり前と気が付かないほどに、それが私だったはずなのに。
先輩―ってあの子は私を呼ぶ。
彼女の上の学年であるという条件、その数多の中の一人が私。
唯先輩―ってあの子は私を呼ぶ。
同じ部活の仲間という意味で、他の人よりも親しいとは思うけど。
そう言って、向けられる笑顔は私にそれを信じさせてくれるけど。
だけど、それは私が望むものと、望んでしまっているものとはきっととても遠いもの。
だから、それを向けられる度に、私の胸はきゅうって苦しくなる。
澪先輩―ってあの子は口にする。
篭められているのは、羨望。私には向けられることのないもの。
いつか憂が言ってた。お姉ちゃんにするなら澪先輩がいいって、そう話してくれたことを。
少しだけちくりと胸が痛んだけど、しょうがないことだって思う。
怖がりで恥ずかしがりやではあるけど、澪ちゃんはしっかりしてて、頼れる人だから。
あの子が慕うのも、無理がないことだと思う。
そう呼ぶと、あの子はくるりと振り向いて。
どうしたんですか、と優しい笑みを浮かべこちらに近付いて来てくれる。
ぎゅうっと抱きしめれば、きっと最初少しだけ驚いて、しょうがないなって笑顔をまた見せてくれるんだろう。
ねえ、もし私が―
そう、例えばきゅうっと抱きしめて捕まえてしまって、そのまま誰の手にも届かないところまで逃げてしまったら。
キミはどう思うのかな。
キミは私の一番で、キミの一番を私にして、なんて口にしたら、どういう顔を見せてくれるのかな。
―そんなこと、できるはずがないけど。
私は先輩。キミの先輩。そのうちの一人。
少しだらしなくて、抱きつき癖があって、頼りがいのない先輩。
きっとそれ以上にはなれない。私がどんなに想いを募らせても、胸の痛みが強くなっていくだけ。
何処まで強くなっても、私が私でいられなくなるほどになっても、きっとそれは変わらない。
やめてしまえばいいなんて思うこともあるけど。
でも、それもきっと無理。だって、どうすればいいかわかんないし、そもそもそんなつもりなんて欠片もない。
だって、私は何処まで言っても、キミを大好きな唯先輩ですから。うん、それだけは絶対に、変えたくない。
肩にかかる重み、それを確かめるようにピックを振り下ろす。
応えてくれるのは、いつもの音色。いつもの私の音。私の指が、私の音を奏でていく。
目の前のあの子は、少しだけ目を丸くして、でもやっぱり、優しく笑ってくれた。
音が重なる。キミの音と私の音、今この瞬間は一つの音になる。
それでいい。それだけでいい。それだから―
私は今こんなにも幸せだと思えるから。
だけどね、やっぱり思ってしまう。
この音のように、私の思いも、私たちの思いも一つになってしまえばいいのにって。
そんな奇跡が起きてくれればいいのにって。
なんて、無理だよね。あずにゃん?
最終更新:2009年11月14日 02:52