こんばんは。中野梓です。
今夜は平沢家にお邪魔しています。
両親が今夜仕事のため不在であることを唯先輩に話したら「じゃあうちに来なよ~」といつもの気の抜けた声で誘われました。
明日学校はお休みだし、憂も歓迎してくれるということでお誘いを受けることにしました。
今は夕食を食べ終えてリビングに唯先輩と私の二人きり。憂はお皿洗い中です。

「アイス食べたい……」
「今夕飯食べたばっかりじゃないですか」
「アイスは別腹だよ~」

唯先輩は緩んだ表情で寝そべっています。そのあまりの無防備さを見ると私は不安になってしまいます。この人は一人きりになったら生活できるのか、と。

「ダラダラしてないで勉強したらどうですか。仮にも受験生でしょ」
「えぇ~、食後の休憩は必要だよ~」

と言って唯先輩はゴロゴロ転がり始めました。食後にそんな風にしていたら牛になっちゃいますよ、と言いかけて唯先輩が太りにくい体質であることを思い出します。羨ましい。
でもそのまま眠りに落ちてもおかしくない様子だったので私は何か唯先輩の気を引くものはないかと考えました。
しかしテレビは大して面白くない番組ばかりだし、ギターの練習をしようにも唯先輩は少々エネルギー不足のようです。
あ、そういえば今夜は……

「あずにゃ~ん。あれ? あずにゃん、どこ行くの?」

私が縁側の方へ歩き出すと唯先輩も後を付いて来ました。

「なになに? あ、綺麗なお月様だねぇ」

私達は縁側に並んで腰掛けました。唯先輩は先程の緩み切った表情を一変させ目を輝かせて綺麗な月を眺めています。

今夜は中秋の名月。つまりお月見の日です。

「綺麗ですね」
「うん」

雲一つない空。星星の海の中でほのかに輝く月。隣の唯先輩をちらっと見ると月明かりを受けた横顔が輝いています。……綺麗ですね。
ふと右手に柔らかい感触を覚えました。唯先輩の手です。

「唯先輩?」
「ん~?」

唯先輩は相変わらずお月様に夢中です。だからこの行動にどんな意味があるのかはわかりません。……ムード、って奴でしょうか。
唯先輩の手、温かい。唯先輩の体温が手から伝わって全身を駆け廻ります。私は熱さと恥ずかしさのあまり顔を伏せてしまいました。
が、突然右手のぬくもりが消えてしまいました。顔を上げてみると目の前には唯先輩の柔らかい笑顔。そして彼女は私の束ねた髪を徐に頭の上に持ち上げます。

「えへへ~。うさぎ!」
「何やってるんですか」
「うさぎだから、あずぴょん?あずうさ?」
「どっちも嫌です」
「うん。やっぱりあずにゃんが一番だね」

唯先輩は、綺麗なお月さまを横目に楽しそうに私の髪をいじっています。

「じゃあ、これは?」

そう言うと、唯先輩は私の髪のゴムをゆっくりはずしました。
まとまりを失った髪が夜風に揺らされます。

「なんか、かぐや姫みたいだね」
「……ごめんなさい、お婆さん。私月に帰らなければならないんです」
「おお、あずにゃ姫や。行かないでおくれぇ」
「ふふ。なんですか、あずにゃ姫って」

私達は笑い合い、触れ合いながらお月見を楽しみました。
唯先輩が再び視線を月に戻すと、私もそれにならいます。

「きれいだねぇ」
「そうですね」

響くのは虫の声だけ。私は不意に横目で唯先輩の横顔を窺いました。
まっすぐ月を見据える目。決して鋭くはなく、むしろ何でも受け入れてしまいそうな優しい輝きを放っています。
肩まで伸びたふわふわした髪。触ってみたら気持ちよさそうです。できれば今度……。
いつもは緩み切っている口も今は上品に結ばれています。
こうして見ると、私よりも唯先輩の方がかぐや姫っぽいんじゃないかと思えてきます。
……。

「あずにゃん?」

そう思った途端私は唯先輩の左手を握っていました。唯先輩は一瞬不思議そうな顔をしましたがすぐに微笑み、月へと視線を戻しました。
さっき握られた時の恥じらいも今はありません。油断してたら離れていっちゃいますから。
私はどうしても離したくはなかったんです。
できることならいつまでもこのぬくもりを……。

「お団子できたよ~」

はっと我に返ると憂がお皿いっぱいのお団子を持って微笑んでいました。お皿洗いに随分時間かかってるなぁとは思っていましたがこれを作ってたんですね。おいしそうです。

「わ~い。お団子だぁ!」

唯先輩は即座に立ち上がりテーブルの方へ移動しようとします。
手、離されちゃいました。

「ほら。あずにゃんも早く!」

嬉しそうに笑う唯先輩は私の手を引っ張ります。あぁ。結局私は引っ張られる側なんですね。
頼りない私じゃ常に前を見てる唯先輩を繋ぎとめることなんてできないのかもしれませんね。でもいつかきっと―――。
せめて今はこれだけでも。
私は唯先輩に握られた手をぎゅっと握り返しました。


終わり


  • あずぴょん、あずにゃ姫公認 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-12 11:28:43
名前:
感想/コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年10月10日 17:38