唯先輩は先輩らしくない。
だって私よりギターが下手なんだもん。
部活時間中は中々練習してくれないし、授業中も寝てばかりらしいし、家でもダラダラしてるらしいし、いいとこなしだ。
そんな唯先輩だが、悔しいことに私も唯先輩にはどうしても敵わないものがある。
それは……歌だ。

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「梓も歌ってみないか?」
澪先輩にそう言われたのは新歓ライブが近い頃のことだ。
来年は私がバンドの中心になるであろうことを考えると、新入生へのアピールとしてボーカルをやってみるのもいいのでは、ということだそうだ。
「いえ……私は遠慮しておきます」
「そうか?梓は歌うまそうだけどな」
「私もあずにゃんの歌聴きたーい!」 
「みお~。お前自分が歌いたくないからって梓に押し付けるなよ~」
「なっ!そんなつもりはない!」
「まあまあ。とりあえずお茶にしましょ」
恒例のティータイムが始まって結局この話はお流れになったけど、私としては軽く流してはいけない問題かもしれない。
そっか。来年は私がボーカルになるかもしれないんだ。仮に歌を歌える新入部員がいなかったら。
でも私の歌は……澪先輩のようにかっこよくはない。唯先輩のようなかわいらしさもない。
私には人を惹きつけるような歌を歌える自信はない……。
憂と純とカラオケに行った時の純の同情に満ちた目と憂のいつもの3割増しの笑顔が忘れられない。

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「あずにゃん、歌ってみない?」
季節変わって初夏のある日。忘れようと思っていた話題をぶり返したのは唯先輩だ。
私達は週末の演芸大会のために川原で練習していた。
「いえ、結構です」
「えぇ~。一緒に歌おうよ、あずにゃ~ん」
唯先輩がすり寄ってきたので押し返す。
「どうして駄目なの?新歓の時もそうだったよね」
どうしてそんなどうでもいいことは覚えてるんだろう、この人は。
「どうでもよくないよ!あずにゃんのことだもん!」
人の心をよm(ry。あぁ声に出してたか。
「もう時間ないですから、私はギター、唯先輩は歌に専念しましょうよ」
「そんなこと言わないでさ。一緒に歌お。ふでペン~ボールペン~ゆいあずバージョン!」
「だから嫌ですって」
「もしかしてあずにゃん音痴?」
「ち、違いますよ!」
「ほんとに?」
「ほんとです!」
「う~ん。あずにゃんってわかりやすいよね」
「どういうことですか」
「可愛いってことだよ」
「からかわないでください」
「でもね、あずにゃん。下手でもいいんだよ」
「だから下手じゃありません」
唯先輩は私の肩に両手を置いていつもの笑顔で話す。
「歌うってことは上手とか下手とか関係ないんだよ。問題は楽しめるかどうかだよ。ギターだってそうでしょ」
「それは……唯先輩が上手いからそんなこと言えるんです!私は……私は下手なんです!音痴なんです!」

あ、言っちゃった。唯先輩は目を丸くして私の顔をじっと見た。かと思うとまた笑顔を取り戻して。
「ふでぺ~んふっふ~ふるえ~るふっふ~♪」
突然歌い出した。唯先輩命名の「ふでペン~ボールペン~ゆいあずバージョン」。
唯先輩は何かを期待してそうな表情で私の目を覗き込んでいる。
「……」
私はギターを弾き始めた。しかし唯先輩の目はまだ不満そう。
ああもう。わかりましたよ!
「「あいを、こめて、すらす~らとね、さあかきだそお~♪」」
ようやく満面の笑みを見せてくれた。
「ふでぺ~んふっふ~むりか~もふっふ~♪」
あれ?唯先輩が歌ってない?あれ?なに一人で歌ってんだ私?
ああもうどうにでもなれ。
「「はしゃぐ、もじは、ぴかぴ~かにね、ほらみ~がきかけ~♪」」
唯先輩は言った。「問題は楽しめるかどうか」と。
「「かなりほんきよ~お~♪」」
ちょっと……わかった気がする。
「……えへへ」
「……ふふ」
「私達、CDも出せちゃうかも!」
「調子に乗らないでください」


おしまい


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最終更新:2010年10月10日 17:41