休日に平沢家にお呼ばれして、先輩の部屋でギターの練習を2時間程してから一息ついていた時。
不意に「ジャジャーン」と言いながら先輩が取り出したのは、
まだ残っていたの?という感じの『なかの
あずにゃん』と書かれた黒猫シールが台紙に2枚。
それをどうするつもりですか?と私が問い掛ける前に先輩はそれを机の上に置いていた私の携帯の裏に勝手に貼ってしまった。
なっ!?と私が呆気に取られている間に先輩は自分の携帯にもなかのシールを貼りつけると、
「よしっ!お揃いっ!えへへ、これで私、あずにゃんのモノだね~」
なんて素敵な笑顔を向けてくださった。
「な、な、何してるんですかっ!!」
私は自分の携帯を慌てて掴み取り、お揃い?私のモノ?!何言っちゃってんのこの人、と嬉しさより照れ臭いという感情が先に立ってしまう性格を少し恨みながらシールを剥がしにかかった。
「ええ~、お揃い剥がしちゃうの~」
と先輩が哀しそうな声で言うのを聞きながし、
とりあえず剥がしてから携帯の電池パックの蓋の裏にでも貼り直せば納得して貰えるかな、
あ、先輩のシールはどうしよう、律先輩が見たら絶対からかわれちゃうよ、なんて考えながらシールに爪をかけた瞬間、
『ビリリッ!』
急いだせいか、思いの外粘着力の強かったシールを真ん中辺りから破いてしまった。
あ、嘘…と思いながら先輩を見れば、豆鉄砲を喰らった様な顔をしていた。
どうしよう、と思いながらも勝手に貼るのがいけないんだ、なんて可愛くない考えも浮かび、
焦った私は半分だけ剥がして手にしていたシールをあろう事か握り潰してしまった。
そして、それを見ていた先輩は更に信じられないという表情になって。
私は先輩をそんな状態にさせてしまった罪悪感から顔を伏せた。
いつもなら謝ればすぐ終わるような口論になった時、先輩は素直に謝れない私のために場を和ませて謝りやすくしてくれたり、先に謝ってきて事を収めてくれる。
しかし今回はそんな事してくれるつもりは無いらしい。
机ひとつ分しか離れていない距離が酷く遠くに感じる。
気まずい、それ以外に相応しい言葉は無いといった雰囲気が部屋に充満していて押し潰されてしまいそうになる。
あの先輩が30分以上も押し黙っているなんて。
出会ってから初めての事ではないだろうか。というか聴いた事も無い。
あれ?それって。相当怒ってるって事?私に。
…私が、怒らせてしまったんだ、先輩を。
さっきまで二人でギターを練習して、時折じゃれあって、楽しい時間を過ごしていたのに。
今はこんなにも胸が苦しい。
時間だけが経つ。
二人の間の不穏な空気だけが濃くなっていく。
どうしていいか判らないまま、どんどん気持ちは下降の一途をたどって。
このまま元に戻れないのでは、なんて最悪のシナリオが頭に浮かび、目頭が熱くなる。
…そんなのイヤ!
怖い考えを打ち消すように首を左右に激しく振って、自分が悪いのに涙を流すのはおかしい、と泣きそうになるのを堪えるために頬を両手でバチバチッと叩いた。
…うん、ちょっと強すぎた。頬っぺた痛い…。
イヤイヤそんな事よりと、先輩の方に顔を向ける。
すると先輩も私の突然の行動に驚いたようで、こちらを見ていた。
しばらくぶりに目が合った。
先輩の目尻は少し赤くなっていて、きっと私の目も同じ様になってるんだろうな、なんて、どこか冷静に思う自分がいた。
ほんの何秒かの見つめ合いに何となく気恥ずかしくなって視線を一旦外す。
さあ今だ!早く謝れ!謝るんだ私!
一回深呼吸してから、顔を上げて口を開けた。
「ゆ、唯先輩!すいm「あああずにゃん!ど、どうしたの?大丈夫?!」
気付けば、先輩がすぐ目の前にまで寄って来ていて、私の頬に優しく手を添えていた。
…え?どういう事?ついさっきまであんなに、あれ?怒ってたんだよね?
謝るんだと意気込んで発した言葉を遮られた私は、先輩の優しい手つきに混乱させられていた。
「…唯、先輩?」
「あずにゃん、頬っぺた赤くなっちゃってるよ。何で叩いたのかわかんないけど、もしシールのせいだったら、ゴメンね。」
…一体この人はどうして。傷付いたのは貴女の方なのに。なんで私の事を心配するんですか。怒ってたんじゃないんですか。先に謝らないで下さいよ。
ぐるぐると頭の中で渦巻いた言葉を伝えようとしたら、先輩を心配させてまで止めた涙が先に溢れ出した。
「ち、違います。ゆい、先、輩は悪くない、です。ほんと、は、シール、綺麗に、は、剥がして、おお、揃い、嫌じゃ、ない、けど、恥ず、かしくて。」
「うん、でも私も勝手に貼っちゃったからね」
「で、も、破い、ちゃって。びっくり、して、すぐ、謝れ、なぐで。ゆ、唯ぜ、んばい、おごっでる、どう、じようって」
涙と鼻水でもう目茶苦茶だ。
そんな私に先輩は
「ううん、あずにゃんだけのせいじゃないから。ゆっくりでいいよ」
と抱きしめてくれていた。
しばらくして落ち着いた私は
「さっきは本当にごめんなさい」
ようやく謝る事が出来た。
先輩はうんうんと、私の頭を撫でながら話し出した。
「私もね、勝手にシール貼ってあずにゃん怒らせちゃったのかなって一生懸命考えてたんだよ」
「私は唯先輩を怒らせてしまったと思ってましたよ」
「ふふふ、お互い怒らせたと思ってあんな風になってたんだ」
「な、笑い事じゃないですよ!あんな唯先輩見たことないから心配したんですよ!」
「ああ、それでかわいいほっぺがこんな事に」
と頬に軽くキスされる。
「…もうこれは忘れて下さい。」
「んー、じゃあとりあえず仲直りのちゅーしよっか」
「とりあえずってー」
私が最後まで言う前に口を塞がれた。
そんなこんなで一騒動終えて、私はある事を思いついた。
「唯先輩、他に猫のシールってありませんか?」
「ほぇ?う~んと、黒ちゃんは無くなったけど、これならあるよ~」
と黒猫の色違いの茶トラシールを差し出した。
私はそれを「ありがとうございます」と受け取ると、ペンで『ひらさわゆい』と描いた。
私の手元を覗き込んでいた先輩が「うん?」と不思議そうな顔をするのを見ながら、私はそれを自分の携帯の裏に貼り付けた。
「んなっ?!」驚きの声をあげる先輩に、
「唯先輩の携帯に私の名前が貼ってあるので、お返しに私の携帯には唯先輩の名前を貼らせていただきます」と告げる。
「…それに色違いですけどお揃いですし、私も唯先輩のモノという事で…」
と小さな声で付け加えた。私の顔は相当赤くなっているだろう。なんか凄く熱いし。
でも先輩を見たら先輩も真っ赤になっていて
「…えへへ、あずにゃん大胆~」
「やっぱり剥がします」
「のぉーー、それだけは勘弁してくだせい!」
「仕方ないですね」
そんなくだらないやり取りにホッとする。
「おっそろーい、おっそろーい、うっれしいっな~」
と満面の笑みを浮かべている先輩に、
「変な歌を歌わないで下さい」
なんて言いながら、この笑顔が戻ってきて、ああ良かったと私は携帯の裏の茶トラを撫でながら心の中で呟いた。
後日、学校にて、先輩が忘れた携帯を私に届けられて恥ずかしい思いをするのはまた別のお話。
おしまい
- ずっとナチュラルな唯が可愛すぎて泣きそう -- (名無しさん) 2012-01-10 12:51:12
- シールが破れた時、世界の終焉かと思った。でも仲直りできて良かった -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 01:39:57
最終更新:2010年10月12日 03:59