772 「笑顔でお見送り」① [sage] 2010/09/14(火) 18:58:27 ID:RyzwkXhk0 [3/11]
唯「これでよし…っと!」
それはお姉ちゃんが一人暮らしを始める日のこと。
憂「何か困ったことがあったら連絡してね。すぐ駆けつけるから」
唯「やだなぁうい~。私ももう大学生だよっ!これからは何でも自分でやってみせるから安心してて!」フンス
憂「う…うん」ズキッ
何でも自分で…かぁ。
私は複雑な気持ちだった。
お姉ちゃんが自立する為に一人暮らしという道を選んだのは立派なこと。
妹の私としては笑顔で送り出してあげるべきなのに…
憂「…」
唯「ん?…憂、なんか悲しい顔してる…?」
唯「もしかしてっ!お姉ちゃんと離れ離れになっちゃうのが寂しいのかい~?」ギュッ
憂「ひゃっ…///」
…その通りだよ、お姉ちゃん。
毎日お料理作ったりお掃除したりお洗濯したり、朝起こしに行ったり。
全て、お姉ちゃんの為にやってきたことだった。
お姉ちゃんに喜んでほしくて。
お姉ちゃんの笑顔が見たくて。
お姉ちゃんに「うい~」と呼んでほしくて。
それが、私。平沢憂という人間の生き甲斐でもあった。
私は「よくできた子」と言われることが多いけど、それはお姉ちゃんがいてくれるからこそで。
お姉ちゃんがいなくなってしまったら、私は私でいられるのだろうか?
そんな自信は全くなかった。
だって、ほら。
唯「よ~しよ~し♪しっかりお姉ちゃん分を補給しておくのだぞっ、妹よ~」ギューッ
憂「お姉ちゃん…///」
今こうしてお姉ちゃんに抱きつかれているだけで、私はとっても幸せ。この瞬間だけは他のことが頭から全部吹き飛んじゃう。
私はお姉ちゃんに依存しきっていた。
773 「笑顔でお見送り」② [sage] 2010/09/14(火) 18:59:10 ID:RyzwkXhk0 [4/11]
憂「………」
でも、お姉ちゃんは違ったんだ。
お姉ちゃんも、私という存在が与える生活環境には依存してくれていたと思う。
ところが私という存在そのものにはとっくの昔に自立していた。
お姉ちゃんが私と決定的に違っていたこと…
それは「軽音部」の存在だった。
律先輩、澪先輩、紬先輩、梓ちゃん。
部活でとっても素敵な仲間達に出会って、5人で「放課後ティータイム」というバンドを結成して。
お姉ちゃんはやりたい事を見つけて、精神的に大きく成長した。
お姉ちゃんが高校生になって軽音部に入ってから、お姉ちゃんは私にとってどこか遠い存在になりつつあった。
それでも私はお姉ちゃんを応援して、今まで通りの平沢憂であり続けた。
邪魔なんてできるはずがなかった。だって、それは私のわがまま。
今までよりずっと少なくはなったけど…お姉ちゃんと私が一緒にいる時間は、確かにあったから。
それに、お姉ちゃんが立派な人間へと成長していく姿を見るのは本当に嬉しかった。
憂「お姉ちゃんっ…そろそろ、時間じゃないの?」
唯「ん?」ギュゥゥ
唯「おぉ!ほんとだ、もうこんな時間!」パッ
だけど、今日。
お姉ちゃんはついに文字通り、遠い存在になってしまう。
実はお姉ちゃんが言い出す前に薄々気付いてはいた。大学生になったら、一人暮らしをするということに。
だから、驚きはしなかった。笑顔で「がんばって!」と答えた。それでも、内心で受け入れることはどうしてもできなかった。
別にどこか遠い世界に旅立つわけじゃない。引越し先は家からも近いし、電話だってある。
でも、それはどんなに長い距離よりも途方もないものだった。
私の日常から、「お姉ちゃん」が切り離される。
それが私にとって最も重大な事実。
お姉ちゃんが部活を始めた時の比じゃないくらいに、私は「独り」になってしまう。
774 「笑顔でお見送り」③ [sage] 2010/09/14(火) 19:00:00 ID:RyzwkXhk0 [5/11]
唯「ではっ!平沢唯、行って参ります!お国のために!」ザッ
憂「ば、ばんざーい!…ってそれじゃダメー!お姉ちゃん死んじゃ嫌だよ…!」
唯「えへへ~、じょーだんじょーだん。じゃー行ってくるよういっ!」
憂「…」
憂「うん…。元気でね、お姉ちゃん…っ」
唯「も~一生のお別れじゃないんだからぁ。毎日電話するからだいじょーぶだよ!じゃねっ!」
そう言ってお姉ちゃんは私と反対の方向を向いて歩き出した。
あの角を曲がると、そこから別々の生活が始まる…
お姉ちゃんとは別々の生活…そんなの全く想像できない。
だって、生まれた時から私はお姉ちゃんとずっと一緒だったから。
それはお姉ちゃんも同じ。でも、お姉ちゃんはきっと大丈夫なんだろう。
もうお姉ちゃんには、私だけじゃない。律先輩達が同じ大学にいてくれるから。
私にだって、梓ちゃんと純ちゃんという大切な親友はできた。
でも、私にとって一番大事なのはお姉ちゃんなんだよ。
…もうすぐお姉ちゃんがあの角を曲がる。
私は急に焦りを覚えた。
何か言わなくちゃ。
何か伝えなくちゃ。
こんな風に離れるのはダメだ。
775 「笑顔でお見送り」④ [sage] 2010/09/14(火) 19:00:37 ID:RyzwkXhk0 [6/11]
憂「………っっ!!」ダッ
そう思った途端私の体は勝手にお姉ちゃんへと向かって走り出していた。
足音に気付いてお姉ちゃんが振り向く。と同時に───
憂「おねえちゃぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」ガバッ
唯「?…わわっ!ど、どうしたのうい!?」
私は人目も憚らず大声で叫び、お姉ちゃんに抱きついた。
ただひたすら、そうしたくて。もう二度と今までのような幸せな日々は戻って来ない、そんな気がして。
不安で。怖くて。悲しくて。
憂「うっぅっ…ぉねえちゃぁん…ヒグッ…グスッ…」
唯「う…うい…」
私はお姉ちゃんの胸の中で泣きじゃくっていた。
何やってるんだろ、私。
さっきからずっと落ち込んだ顔をしちゃってたから、せめてもう一度笑顔を見せてお姉ちゃんを安心させたかったはずなのに。
お姉ちゃんが私から離れていくギリギリの時まで、「よくできた子」の平沢憂であろうとしたのに。
憂「やだよぉ……!はなれたくないよぉ………!!おねえちゃんとずっといっしょにいたいよぉ……………っ!!!」ポロポロ
唯「………」
もう気持ちが抑えられないよ…。
お姉ちゃん、ごめんね。最後の最後で、結局お姉ちゃんを困らせちゃう。やっぱり私、ダメな妹だよね…。
776 「笑顔でお見送り」⑤ [sage] 2010/09/14(火) 19:01:19 ID:RyzwkXhk0 [7/11]
唯「ういー………。」
ああ、お姉ちゃんやっぱり困ってる。早くどうにかしないと。
でも体が言うことを聞いてくれない…このままじゃ嫌われちゃうよぉ…
ギュッ
憂「!!」
唯「うい…ごめんね。本当は言わないでおこうと思ったんだけど…」
唯「でも…憂がこんなに苦しい思いをしてたなんて、知らなくて…」
憂「おねえ…ちゃん…?」
お姉ちゃんが私を抱きしめ返してくれる。
こんな時なのにやっぱりそれだけで少し安心して、心が落ち着く。
唯「いま抱きしめられて、全部伝わってきたよ。憂の気持ち」
憂「うん…」
唯「憂も…同じだったんだね」
憂「えっ…?」
唯「わたしもね、うい。いちばん大切なのは憂なんだよ」
唯「軽音部やクラスのみんなと過ごす時間はとっても楽しいよ。でも…」
唯「憂と二人でいる時間が、やっぱりいちばん安心できるんだぁ」
唯「いつもわたしを支えてくれて、優しくて、可愛くて、あったかい憂が大好き」
憂「お…お姉ちゃん…っ」ウルッ
777 「笑顔でお見送り」⑥ [sage] 2010/09/14(火) 19:02:07 ID:RyzwkXhk0 [8/11]
唯「でもね、わたし、だめなんだ」
唯「このままじゃ、ただギー太を弾けることの他に何もできないような人になっちゃいそうで…」
唯「ちゃんとわたし一人でも生きていかなきゃいけないと思って、一人暮らしを決めたんだ」
憂「うん、…うん」
唯「本当はわたしも、ずっと憂と一緒にいたかったんだよぉ」
唯「でも、しっかり自分の足で立てる人になって、憂を安心させてあげたくて」
唯「………」
憂「お姉ちゃん…?」
唯「なのに、わたしはやっぱりお姉ちゃん失格だよ…」
唯「憂がそんなにわたしのこと思ってくれてたことに、気付けなかったんだもんね」
憂「そんなことないよぉ…」
唯「憂はほら、なんでもできちゃうからさ。こんなわたしのことなんて迷惑かなって思ってたんだ」
憂「ち、違うよっ!!それは私がそうしたかったら…それに私が頑張れるのはお姉ちゃんが傍にいてくれるからで…」
唯「うん…。それもさっき、伝わってきたよ」ギュゥゥ
憂「///………うん」
唯「そう思っていてくれたことはほんとに嬉しいよ。でもね、うい」
憂「でも…?」
唯「一人暮らしはやっぱりするよ。わたしって、やると決めたら一直線な性格みたいで…」
憂「…うん。知ってるよ、お姉ちゃん」
778 「笑顔でお見送り」⑦ [sage] 2010/09/14(火) 19:02:49 ID:RyzwkXhk0 [9/11]
唯「ずっと離れ離れになるわけじゃないよ。…1年。1年だけ、待っててほしいんだ」
唯「来年は憂も同じ大学に来るよね?そしたら、また始めようよ。私と…憂の暮らしを」
唯「その時は今までの憂に頼りっきりなわたしじゃないから。わたしも、憂をいっぱい支えたいんだ」
憂「っ…ぅ…おねえちゃぁん…そこまでかんがえてくれてたのにぃ…わたしはこんなこと…っ」グスッ
唯「うい…泣かないで。」ナデナデ
唯「ういの気持ちは痛いくらいにわかるんだ…」
唯「でも、やっぱり今は憂の笑顔が見たいよぉ…」
憂「!」
お姉ちゃんが、今まで聞いたことのない消え入りそうな声でそう言った。
お姉ちゃんも…不安だったんだね
やっぱり私はお姉ちゃんのこと、何もわかってあげられてなかった。
私はお姉ちゃんに笑顔を見せる為にこうしたはずだった。それが結局、不安を煽るようなことに…
779 「笑顔でお見送り」⑧ [sage] 2010/09/14(火) 19:03:39 ID:RyzwkXhk0 [10/11]
憂「………お姉ちゃん」
唯「…?」
でも、まだ間に合う。
憂「私、実はお姉ちゃんに言い残したことがあってこうしたの」
お姉ちゃんはこんなにも私のことを思ってくれていたんだ。
それなら、妹の私にできることはただ一つ。
憂「私も、毎日電話するからっ!」ニコ
唯「!!」
笑顔で、送り出してあげること。
もっとも私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、どんな表情をしていたかなんてわからなかった。
お姉ちゃんは喜んでくれるだろうか。安心してくれるだろうか。
一瞬、そんな不安もよぎったけど。
それは、すぐに晴れた。
唯「…うんっ!ありがとう、うい!」
だって、お姉ちゃんがこんなにも素敵な笑顔を見せてくれたから。
私もお姉ちゃんも、内心はすごく不安なんだ。
でも、お互いが笑顔でいることで、頑張れる。
まるで、ふたりでひとつだね。
憂「お姉ちゃん…。私、待ってるからね」
長い1年間が、始まった。
おわり
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最終更新:2010年09月14日 20:53