その他 yukkuri_jaket

 幻想郷居住区、やや外れ。
 とある農家の末っ子の朝はタマゴと餡子を集めることから始まる。
 コケコケうるさい鶏をどけ、おんどれアタイの卵にあにすんじゃ、とばかりに突っかかってくる鶏をもう一度どけ、
卵を手持ちの器に入れる。
 それが終わると餡子の番。この農家で飼っているゆっくりはれいむ種が数匹。
鶏と色が似ているという理由で爺が知り合いから譲り受けてきた。
 まだ寝ているゆっくり半ダースを揺すり起こし、餡子を催促する。
 のそのそと起き出したゆっくりたちは教え込まれた通りに餡子を吐き出す

「ゆ……、ぺっ!」

 粒餡饅頭であるところのゆっくりが吐き出した餡子はなぜかこしあんだった。
 まるで餡子が濾過されたみたいに。
 老廃物か? 餡子じゃなくてウン○コなのか!? 脳裏をよぎる疑念を、彼は無視した。
 ゆっくり1匹が1日に吐き出す餡子は鶏卵1個分程度。
 売り物のゆっくり餡と比べると、甘すぎる上に風味にも劣るが、朝食に使う分には十分だった。
 トーストに塗ったり、ご飯に載せたり。
 飼いれいむを絞めて美味しい粒あんを頂くのは年数回のお祝いの席と決まっていた。
 だから、繁殖しすぎないように気を使うのもその末っ子の仕事であった。

 目的の餡子を取り終え、ゆっくり小屋から出ようとした末っ子にれいむが飛びつく。

「い゛や゛ああ゛ああ゛あ゛ああ!! や゛め゛て゛ええ゛え゛え゛ええええ゛!!! れ゛い゛むの゛あん゛こ゛おおお゛おお!!!」

 意味不明である。てめえが吐き出した餡子に何の未練があるというのか。
 はいはい、と野菜くずを与えて誤魔化す末っ子。途端に泣きやむれいむ。涙の跡さえ見あたらない。嘘泣きである。
 末っ子曰く「あれは鶏の『コケコッコー』みたいなもんだよ」。毎朝の定番のようだ。

「もっと……モグモグ……ゆっくりしたかったよ……ハグハグ」

 もしくは不幸欠乏症だろうか。ためしにれみりゃでもけしかけてみたい衝動に駆られる末っ子1名。
 タマゴと餡子を台所へ届ける末っ子の足下を、ゆっくりちぇんがすり抜ける。
 親ちぇんが1匹に、子ちぇんが3匹。ネズミやゆっくりリグルを捕まえて食べるので、飼っている家庭は多い。

「ごはんごはんごはーん」
「「「ごはんのじかんだねー、わかるよー!」」」

 末っ子の足にまとわりつくちぇん達。ちぇんに与える猫マンマを作るのも彼の仕事だった。
 味噌汁は出来ているだろうか。そんなことを考えながら、彼は台所へ歩みを進める。

 この時点ではまだ、日常であった。



 8時間ほど時を進める。夕飯の買い物客で混み合う商店街にちぇん親子はいた。
 親の耳にはドッグタグならぬゆっくりタグ。人間に踏みつぶされないように、人間の邪魔をしないように気をつけながら散歩を楽しんでいた。

「おう、■■■さんとこのちぇん達じゃねーか?」

 飼い主一家が野菜を卸している八百屋の店主が、店の前を横切るちぇん達を見つけた。
 何回も会っているちぇん達も、店主のことがわかるらしく

「こんにちはー!」
「もうかりまっかー!」
「ゆっくりわかってねー!」
「ぶんかしてるー!?」

 各々思い思いの挨拶をした。店主もニコニコと返事を返す。お互い仲はいいようだ。
 丁度売れ残りのリンゴがある、と店主がカゴに入ったリンゴを持ってきた。

「売り物にするにはちと古くなってな。ほれ、食べてやれ」

 店の前に出て、ちぇん達にリンゴを与える店主。子ちぇんは喜んで飛びつくが、親の様子がおかしい。
 周りをキョロキョロと伺い、ネコミミをピンと立て、何かを感じ取ろうとしている。
 親ちぇんの表情には明かな焦りが浮かんでいた。そして微かな絶望も。

「……ゆ、ゆっくりできなくなるよ!! わかるよねー!? みんな、かくれてー!」

 ゆ? 急に叫ばれてキョトンとする子ちぇん。それは人間も同じだった。
 人混みの中で突然騒ぎ出したゆっくりを、通行人は奇異の眼差しで見る。
 急にどうしたんだろ。ゆっくりれみりゃでも近くにいるのか? まだ日は高いぞ?
 逃げて、隠れて。親ちぇんの言うことを聞く存在はいなかった。
 皆忘れていた。いかに鈍いゆっくりといえど、野生を捨てた人間には分からないことが分かるのだということを。

 ――ゴウ。風の塊が人混みの中を通り過ぎた。巻き上がった砂埃に思わず顔を背ける人々。
 砂埃が収まった後に残ったのは、物言わぬ八百屋の店主の身体だった。
 店主だったものが地面に倒れる。ちょうどリンゴのカゴの上に。ちょうど子ちぇんを潰す軌道で。

「よけてー! よけてー!!」

 親ちぇんの叫び空しく、子ちぇん達は身がすくんで動けない。

「いや゛ああ゛あ゛あああ゛ぁ゛ああああ゛あぁ゛ぁぁ゛ああ!!!」

 ベシャ。店主だったものが地面に倒れて、湿った音が親ちぇんの叫びを遮る。
 後に残ったのは……、店主の胴体に空いた大穴から顔をのぞかせる子ちぇん達。
 その店主だったものは、胴体がガランドウになっていた。
 掘削機でも通過したかのような空洞には、心臓も肺も胃も腸も肝臓も、全て残っておらず
肉体が綺麗にくりぬかれていた。
 粘性の液体が放射状に広がる。
 それに気づいた人混みが悲鳴を上げながら店主の死体から離れようとして、この場を離れようとする人と現場を確認しようとする野次馬との間で押し合いが起こっていた。

 一方、『運良く』子供が助かった親ちぇんは、子ちぇん達を安全な場所に連れて行こうとしていた。
 そう、店主を殺したナニカから少しでも遠い所へ。店主は助けられなかったが、自分の子はなんとしても。
 親ちぇんの思考は親として正しかった。だが、大事な観点が抜けていた。
 そもそも親ちぇんが無事でなければ子ちぇんを助けることはかなわない。
 だから、親ちぇんはなんとしてもまず自分の身の安全を確保すべきだったのだ。

「ゆ?」

 子ちぇん達が中々近づかない。近づけない。前へ前へと跳ねているはずなのに、なぜか同じ所にしか着地できない。
 おかしいな、と振り向いたが、何もなかった。あれ、と思って前を向いたが、何かがおかしかった。
 ああ、そうだ、尻尾が無かったんだ。ゆっくりちぇん自慢の、二股の尻尾。
 な、なんだってー!!! 慌ててもう一度後ろを振り返った親ちぇんが見たものは、すこし欠けた自分のお尻だった。

「たたたた、たすけてー!!」

 訳も分からず助けを請う親ちぇん。店主の死体から飛び出して来た子ちぇん達が、一際大きい悲鳴を聞きつけた人達が見たのは、空間にパックリと開いたナニかに引きずり込まれる親ちぇんの姿だった。

「たすけてー! だれかー!!」

 怒号飛び交う商店街はいつの間にか静まりかえり、ドコカへ連れて行かれる親ちぇんに皆じっと注目していた。
 まるで、あのゆっくりの行く末が自分の行く末を占うとでも言うように、皆静かに凝視していた。
 親ちぇんから見えるのは、影絵のように無機質な視線、視線、視線。
 自分を助けるでもなく、責めるでもない。ただ経過だけを気にする観察者の視線。
 身を削って育ててきた子供達でさえ、例外ではなかった。

「あ……ああ……。もっとゆっくりしたかったよ……」

 とうとう全身が飲み込まれる親ちぇん。次の瞬間、空間に開いたナニかから聞こえてきたのは、親ちぇんの断末魔だった。

「――い゛やあ゛あ゛あ゛!! やめ゛て゛えええ゛え゛え゛え!!! こ゛わ゛いよお゛おお゛お゛お!!!」

 同時にチュポチュポという水音。処女を優しく濡らすような、卑猥な水音がナニかから聞こえてきた。

「や゛めて゛え゛ええ゛え゛ええ!! もと゛に゛もどし゛て゛ええ゛えええ゛え!!!」

 挽肉をこね回すのに似た、ニチャニチャという湿った音がし始める。

「なにごれぇぇぇえええん おかしぃっんぐっ なにこれぇ……ひゃん!」

 悲鳴は嬌声へと変わり、笑い声が続いた。

「あは、あははははははははははあっははははは!!! ははリュゴフ……――――」

 親ちぇんの声が途切れる。
 モゴモゴ。空間に開いたナニかが、食物を咀嚼する口のように動く。
 ペ、と空間に開いたナニかから吐き出されたのは、親ちぇんの帽子とゆっくりタグ。

 続いて空間に開いたナニかから這い出てきたのは、巨大な心太の塊だった。
 大きさにして、成体の牛数体から十数体分。
 中に拳大の球体があるので、まるで蛙の卵の群体に見える。
 否、それは心太であると同時に卵の群体そのものであった。

 モゾモゾと蠕動する心太。それから、すきま風の音に似た音が聞こえる。

「たしゅ……けて……。いたい……よう。かゆいよう……」

 それが言語だと気づいた人混みが一斉に後ずさる。言語を操るということは、あれは生物だ。
 魔法の森か紅魔館にでも生えてそうな絶叫人参でもないかぎり、あれは動物だ。
 つまり、『他者を捕食する可能性がある』。

「みんなぁ。ちぇんのあかちゃぁん……。おかあさんをたすけてよう……」

 それを聞いた人混みが、子ちぇん達が堰を切ったように逃げ始める。
 決まった。アレに捕まったら自分達もアアなる。
 逃げる男に蹴り上げられた子ちぇんが人間の子供の後頭部に当たる。
 転んだ子供が脚を踏み砕かれた悲鳴を、暢気な声が遮った。

「そこのとおりすがりのにんげんさん!! ちょいとおじかんいいかしら!!!」

 同時に溢れる異臭。思わず立ち止まる群衆。致命的な失策。
 空間に開いたナニか「しつれいね!! これはスキマよ! もっとよくかんさつして!!!」
 スキマからのそのそとみっともなく出てくるのは、1体の納豆大福。
 ゆっくりゆかりんであった。

「うつくしくうまれおちなさい!」

 かけ声を合図として、親ちぇんだった心太に産み付けられた卵が孵化する。

「あふ……とってもかゆいのにきもちいいよう」

 親ちぇんが快感に震える。その振動に助けられて、孵化はいっそう早く進んだ。
 孵化が進めば親ちぇんが感じる悦楽も増える。
 ねずみ算式に加速する孵化が臨界に達する。

「――――!!!」
「「「すっぱー!!」」」
「「「こわれちゃいなよー!!!」」」

 風船が割れるように、では生ぬるい。心太の塊が炸裂する不夜城レッドの如く爆発する。
 爆風は生まれ落ちたゆっくりゆかりんとゆっくりらんが形成した。丁度同数。双方無数。

「「「おなかがすいてね!! ごはんにしようね!!」」」

 宣言と同時にゆかりんとらんの子供が、群衆目指して移動を開始する。
 勿論、ゆっくりなどしない。逃げる人間より確実に早い。もちろん、普通のゆっくりなど逃げ切れるはずがない。

「お、お、お、おがああああしゃ――」
「たす、ぐぇ」
「」

 助けを請うことすら許されず、断末魔もそこそこに子ちぇん達が捕食される。
 だが、それを目撃した群衆には、ゆかりんとらんが子ちぇん達の上を通過したようにしか見えなかった。
 文字通り一瞬で、子ちぇん達は空腹の赤ん坊の糧となった。
 それは人間も同じ。数十秒の間に白骨標本が次々に増えていく。
 逃げまどう群衆。誰も彼も自力での生還を諦め、救世主を待ち望んだ。
 ここは幻想郷。その素質を持った存在は掃いて捨てるくらいいるかもしれなく、群衆の期待に違わず救世主は現れた。
 ただ彼らが不運だったことは、その救世主が慈悲深くもなんともなかったことだ。
 悲鳴すら飲み込む灼熱。天から降り注いだ光は、加害者も被害者も等しく灰にした。
 ただの一撃。ただの一撃で全ての子ゆっくりとその餌予定を消し去ったのは不死鳥の身震いにすぎなかった。

「やれやれ、なんだ一体?」

 まだ赤熱する地面に藤原妹紅が降り立つ。事態を説明する一切合切を吹き飛ばしたのはお前だろうと説明する存在はこの場にはいない。

「なんてことするの! これだからうつくしくないぐみんは!」

 いや、いた。唯一生き残ったゆかりんが抗議の声を上げる。

「お前か? この惨状を作ったのは」
「あんただよ! うつくしくないしょみんはこわれちゃいなよ!!!」

 ゆかりんに魔力とも霊力とも言えない何かが収束する。それは丁度スペルカード宣言時のよう。

「ら――――ん!!!」

 ポンと、気の抜けた音とともにスキマから丸っこい物が飛び出し、妹紅に衝突しそのまま通過する。

「ん? お?」

 あれ? ゆっくり相手だと思ってすっかり油断していた妹紅が面食らった顔をする。
 妹紅の細い身体に空いた空洞。内蔵がごっそり消滅した風洞を作ったのは……。

「ちぇぇえぇええええん!!」

 揚げ出し豆腐にいなり寿司。ゆっくりらんの成体であった。くちゃくちゃと咀嚼しているのは妹紅の肉と骨だろう。

「おおう?」

 コテンとひっくり返る妹紅。起き上がろうともがくが、かなわず妹紅は動かなくなる。
 訳が分からないという感じのデスマスクから煙が上がる。
 生命活動の停止と同時に炎上する妹紅の遺骸。

「やったねー!! じつにうつくしいいちげきだったよ!」
「わたしはにんげんとはかくがちがってよ。いろいろと!」

 ポコポコと跳ねあって喜びを表現する2体。そんならんを包んだ炎は丁度、妹紅の遺骸を燃やした炎と同じだった。
 ネズミ花火の真似をして暴れ回るらんと、事態が理解できないゆかりん。そして、再生する妹紅。
 消し炭になったらんから、明らかに無理なサイズの人間が出現する。勿論全裸。

「やれやれ。まさかゆっくり相手にリザレクションする日が来るなんて思わなかったな。輝夜に笑われそうだ」

 首をコキコキ鳴らしたり腕を回したりして、新しい身体の具合を確かめる。

 準備体操が終わり、ニンマリと笑って完全にフリーズしたゆかりんに一方的な死刑宣告をする。

「じゃあ反撃だ。閻魔様によろしくな」

 先に焼いた者達と同様に、全くの分け隔てなく、ゆかりんを一息に消し飛ばす。

「さて、一件落着かな」

 やれやれとため息をつく妹紅の足下で、蠢く気配が1つ。いつの間にか再生してゆっくり逃げようとしていたらんであった。

「おい、何逃げてるんだ」
「ひぃ! ゆ、ゆっくりみのがしてね!」
「急に普通のゆっくりみたいなこといいやがって。お前なんで再生してるんだ?」

 あれー? 妹紅は面倒くさそうに考え始める。再生したゆっくりはこいつだけでー。なんかそれっぽいことはー。

「あー。こいつが食べたのって」

 妹紅の内蔵。胃とか心臓とか腎臓とか。後、肝臓とか。蓬莱人の肝臓とか丸ごと1つ。

「ゆっくりも不死になるもんかな」

 踏みつぶしてみる。

「す゛ば!? ぐ……え……。り、りざれぶぶぶっぶぶぶ!!!」

 すぐに再生したので、次は軽く弾を当ててみる。
 豆腐の破片が妹紅の頬に張り付く。
「あ、少し楽しくなってきた」
「あ……う……。ゆ、ゆ゛るし゛てええ゛゛えええ゛えええ」

 今度はあぶり殺してみる。
 あ、すぐ再生して逃げ始めた。

「えいや、フェニックスの尾」
「ちぇ! ちぇええん! ぱたーんがつくれないよ! よけれらないよ!」
「作られてたまるか。つかお前もしかしてゆっくりの割に頭いい?」

 火の玉が連続して当たってるらんからの返事はない。ただ、命中する度に「ぶっ、ぶひゃっ、ひっ」とうめき声だけが聞こえる。

「ほれ答えろ。凱風快晴 ‐フジヤマヴォルケイノ‐!! たまやー!」

 結局、妹紅が飽きるまで嬲られ、人事不省に陥ったらんを拾い上げて妹紅が懲役判決。

「うし、お前のこと式神にしてみる。死なないから弄り放題だからな」
「おねがい……にがして」
「だーめ。貴重な被験者になってもらうから」

 焼け野原の中心で、この後数百年に渡るかもしれない懲役判決が降りた。
 もしくは妹紅の玩具決定。

 ちなみに、この間もこたんずっと全裸。


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 ところで。
 質量保存の法則、はご存じだろうか。
 簡単にいってしまえば、元素がそうそう増えたり減ったりはしないという自然界の法則だ。

 次に、親ゆっくりちぇんが成体の牛数体から十数体分の大きさの心太の塊になったことを思い出して欲しい。

 いかに成体のゆっくりであっても、成体の牛数体から十数体分の質量は持ち合わせていない。
 ではその分の質量はどこから来た?
 答えは1つしかない。余所から持ってきた。
 ではその余所とは?
 ゆっくりゆかりんのスキマの向こう側かもしれない?
 では、その向こう側を見てみよう。



 幻想郷のどこか。地の奥かもしれないし、神社の床下かもしれない。
 そこにゆっくりゆかりんとらんの巣があった。

「お゛うち゛に゛かえして゛ええ゛え!! おねがい゛ぃぃぃ゛ぃぃいいい!!!」
「ごめ゛んなさ゛いい゛いい゛い!!! ごめ゛ん゛なさ゛いいいい゛い!!!」
「ゅー! ゅー! お゛かー゛さーん!! おか゛ーさ゛ーん゛!!」

 今日も、幻想郷のどこかからスキマ経由で運ばれてきたゆっくり達がゆかりんに加工されていく。
 食べるときに暴れない子が美しいわよねー。
 出来るだけ甘い子がいいわよねー。
 綺麗な声で鳴いてくれると素敵ねー。



オワレ

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最終更新:2008年09月14日 09:28
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