紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
彼女が、ある日突然、幼女のような物体に変わってしまった。
新月の夜の幼女化などではない。
以前のような知性も無く、「うー」やら「うあうあ」と言っているだけの状態が幾日も続いていた。
何かの異変かと思い神社を訪ねたが、巫女はうるさい奴が来なくなってよかったわ、と言って関り合いになろうとしなかった。
そして、お嬢様付きのメイドである咲夜は、これからどうしたら良いかと散々迷った末、この状態のレミリアも甲斐甲斐しくお世話しようと試みた。
しかし、素の状態のレミリアの世話をする事とはずいぶん勝手が違った。
曰く
「お嬢様、おはようございます」
「……すぅー、すぅー」
「起きて下さい、お嬢様」
「う~? ま~だねる~」
と言って寝続ける。
咲夜が起こす前に起きている時といえば、ベッドから落ちてそのまま泣いていた時だけである。
曰く
「お嬢様、食事の用意が出来ました」
「うっ♪ う~、あうあう♪」
「お嬢様、食事の時間です」
食事に連れて行こうと、遊んでいるレミリアを抱きかかえるとまた泣き出す。
「
ゆっくり遊ぼうね。グスッ。ゆっくり遊ぶのー!」
泣いているレミリアに、何とか食事をさせようとするがまったく食べない。
好物だった肉を口に運ぶと、好き嫌いする子供のように必死で口を結ぶ。
それならばと、デザートにと作っておいたケーキを出したところ、ピタリと泣き止み笑顔のまま完食した。
咲夜がこの数日お世話をして分かったことといえば、見た目通り中身も幼くなった事と、以前の記憶はまったく無くなっていた事くらいだろう。
その後、図書館へ来ていたアリスの人形達に目を輝かせていたのを見た咲夜が、パーティー用のきぐるみを着てみたところ何とか簡単な言うことは聞いてくれるようになった。
タンバリンやカスタネットを使えば更に効果が上がる、と咲夜は付け加えた。
その時パチェリーに、アリスの家はゆっくり達が集まってきて住んでいるから、根城が変わるまで暫くは図書館に住まわせる、と聞かされた。
二つ返事で了解し、椅子に突っ伏して眠っているアリスの為に、急いで小悪魔と一緒に残っていた司書室の掃除を始める咲夜。
紅魔館の中といっても、既にここはパチェリーの領域とかしている。
しかも当の主がこの状態では許可を求めてもどうしようもないだろう。
After half a year
レミリアが変わってから半年ほどが経った。
以前はきちんととれていた統率が、半年の間に綻び始めていた。
原因は、今のレミリアにはまったく統率力が無い事、加えて今の彼女の言動が屋敷の庭でよく見かける二匹のそれにそっくりだという事。
この話題が咲夜の耳に入ると、直ぐに庭に居た二匹を捕獲した。
「「う~。 うっ~。お菓子うま~」」
もともと紅魔館の従者達には懐いていた二匹は、お菓子を持っていくと警戒することもなく近寄ってきた。
直ぐにでも殺してしまいたかったが、高く買い取ってくれますよ、と美鈴が話したことで、どうせならゆっくりと恐怖を味あわせてやった方がコイツららしいと思い、業者に売り飛ばす事にした。
二匹に後を着いてこさせ加工場まで連れてきた。
「れみりゃ種は十分成熟してますから、直ぐに発送用に加工できますよ」
と聞いた咲夜はその様子を見学させてもらった。
好奇心旺盛なれみりゃは、知らない職員に抱きかかえられていてもご機嫌だった。
「う~、う~。さんぽっ あうあう」
以前、従者が散歩に連れて行ったのだろう、今回も散歩だと思っているようだ。
「う~?」
今まで見たことの無い一室に連れてこられたれみりゃ、瞳はキラキラと輝いている。
「ご存知の通り、れみりゃ種は他と違ってそのまま食すことの出来る種類です。しかし、食べることのできない部分も有りますのでここで出荷前にその部分を処理しているんです」
咲夜への説明が終わると、職員達は備え付けの台の上にゆっくりを固定していく。
「う~♪ う~? うーーー!!!」
懸命に、固定を外そうとするゆっくりれみりゃ。
元々わがままなゆっくりの、他の種類よりわがままな性格の上、紅魔館の庭で何一つ苦労せずにもてはやされていたのだ、突然拘束されるなどとは思わなかったのだろう。
「まずは帽子をとります」
おそらく加工担当のものだろう全身を真っ白な白衣で覆った職員が帽子を取る。
「うー! れみりゃのぼうし!! かえして!!! かえして!!!」
「この帽子は、現在飼育中のゆっくり達の予備の他に、ペットとして飼われているゆっくり達用に、加工して販売もされています」
そう言って、男はアレンジされた帽子を咲夜に見せた。
確かに可愛らしい帽子だと、咲夜は思った。
「次は、羽です」
羽、と聞いてそれまで強気だったれみりゃの体がビクっと震えた。
更に激しく暴れるが、拘束が解ける様子はまったくない。
「ざくや!!! わるいひどがらだずげでよー。これをはずじでよー」
根元から羽が切り落とされると、まるでそこにスタミナが有ったかのようにぐったりとするれみりゃ。
「最後は歯です。目も食べることは出来ませんが、長年の研究で目を落とすと鮮度と味が格段に落ちるんですよ」
ぐったりとしているれみりゃ、すでに抵抗する気も無いのだろう。
なすがままに、職員達が慣れた手つきで歯を抜いていく。
その後、表面の皮を汚れをゆっくりお湯で体を洗われ、最後に別のお湯につけてかすを流して木箱に詰められる。
内側に特殊な加工がしてあり、中でれみりゃが動けないようになっているらしい。
「あとはこのまま商店に発送されます。手間がかかりますので一週間に十五匹程度になってしまいますが」
味は最高です。と自信を豪語する男に相槌を打ちながら木箱をみる。
ある程度回復したらしく、出して、としきりに騒いでいるようだ。
「あの声が大きいかどうかで値段が変わるんですよ、この大きさですと結構な高値がつきますよ」
もとからそんな事に興味が無い咲夜は適当に相槌をうち、代金を貰って帰路を急いだ。
ちなみに、ゆっくりフランも、既に出荷できる状態だった。
咲夜と一緒に、最初はげらげらと、れみりゃの様子を笑いながら見ていたが、自分が拘束されると、同じように泣き始めていた。
紅魔館に戻ってきた咲夜は、珍しくきちんと門番をしていた美鈴に、紅魔館からすれば二束三文しかない代金を渡して中に入る。
出て行くときよりも晴れやかな顔つきだ。
少なくとも、これでゆっくりと同一視されることはない、確かな確証がその顔から見て取れた。
そんな気持ちで玄関をくぐった咲夜が見たのは、壁一面に施された落書きだった。
ホール全体を、赤や黄色ので埋め尽くした落書き、どうやらクレヨンで描かれたようだ。
おそらくは今朝、家を出る前に遊んでもらいたそうにじゃれ付いてきたレミリアに、与えたクレヨンだろう。
ちょうど近くを通りかかったメイドに聞くと、予想通りの返答が返ってきた。
「だったら、なんで直ぐ消さないの」
「そ、それが、消そうとするとアイt、いっ、いえレミリア様が怒り出して……」
とりあえず掃除用具を持ってこさせ、後は私が消すからと言ってメイドと別れる。
最初は廊下からと、いざ落書きを消そうとモップに力を込めた時。
「ぎゃお~、たべちゃうぞ~♪」
パーティー用のきぐるみを着たレミリアだった。
最近は帽子だけでも言うことは聞くようになったのだが、本人はいたくあのきぐるみを気に入ったらしい。
ことあるごとに、着ているのをよく見かける。
もっとも、それを脱がすのは咲夜の仕事なのだが。
「お嬢様。申し訳ありませんが、お遊びは掃除が終わるまで待ってもらえませんか?」
そう言って、再度モップに力を込める。
「うー!!! 消しちゃダメ~」
そう言って咲夜の足にしがみ付くが、力が弱いの上に、きぐるみを着ている所為で、簡単に振りほどかれてしまう。
「だめです。いいですかお嬢様、クレヨンで描いていいのは紙の上だけですよ、壁や廊下に描いてはいけません」
「だめーー!!! たべちゃうぞ!!!」
なんども足にしがみ付いてくる。
どうやらお説教を聞く気はまったく無いらしい。
「お嬢様、ですからクレヨンは、……」
「だーめー!!!」
体重をかけてのタックル、不意をつかれてバランスを崩した咲夜は、そのまま前方に倒れてしまう。
目の前には水がたっぷりと入ったバケツが有った……。
バッシャーン
「……」
「うっう~♪」
全身水だらけで、頭にバケツの帽子をかぶる咲夜。
そして、その姿が面白いのか、楽しそうに笑うレミリア。
「っ」
服が濡れた事など気にせず、どこかに走り去ってしまう咲夜。
「う~♪ う~。がぁお~、た~べちゃうぞ~!!」
残されたレミリアは、自分の描いた落書きを守れて嬉しいのか、たどたどしいながらも、一人で踊り始めた。
「うっ、う~♪ うあうあ」
「う~、あうあう♪ う~う~」
「あうあう♪ う~♪ う~♪」
本人的に、その踊りが一段と盛り上がってきたの時、突然、轟音とともに扉が砕け散った。
勢いで尻餅をつくレミリア。
「ごきげんよう。お・ね・え・さ・ま! ……どうしたの、びっくりした顔しちゃって?」
唖然とレミリアの顔に微笑を向けながら、彼女の妹、フランドール・スカーレットが尋ねる。
「う~? がぁお~! た~べちゃ! う~!?」
他の従者と同じように、驚かそうと両手をあげたレミリア。
だが、気が付いた時には襟元を掴まれ、空中に浮かび上がっていた。
今の状態になってから、レミリアは、せいぜい2m程度しか飛べなくなっていた。
それも、二秒ほどで力尽きる。
「まさか、半年も屋敷内にさえ出られないと思ってたら、お姉様がこんな事になっているなんて思わなかったわ。でも、ダメじゃないお姉様、こんなに悪戯したら」
フランが余っている左手でレミリアの頬を軽く叩く。
その瞳は、どこか狂気じみていた。
一方、何が起こったのか、分からなかったレミリアだが、一呼吸の間を置いてようやく泣き始めた。
「う~、う~」
殆ど痛みは無かったが、今までは、泣けば咲夜が助けに来てくれた。
ためか、涙は流していても、どうにもワザとらしい、大げさな泣き方だ。
「お嬢様、どうかなさいましたか」
「ぶ~!ぶ~」
予想通りに来た咲夜を見て、フランドールを指差すレミリア。
既に涙は止まっていた。
口を窄めて、フランを非難するような顔を、咲夜に向けている。
「咲夜? お姉さまが悪戯してたからしかっただけだよ。……コレ、うるさいから部屋に連れてって頂戴」
「畏まりました」
「さぁ、お部屋にお連れいたします。レミリア様」
咲夜に抱きかかえられたレミリアは、しきりに声を上げてフランを指差すが、その訴えは聞き届けられずに部屋まで連れて行かれた。
「では、私はお嬢様の所に戻りますので、着替えは自分でなさって下さい」
お休みなさいませ、といいながら扉に鍵を閉める。
彼女のベッドに彼女のタンス、彼女の部屋のもの全てが有る。
無いものは壁だった。
時間を止めたのであろう咲夜は、短時間でレミリアの部屋とフランドールの部屋を入れ替えてしまったようだ。
こんな重労働を意とも簡単にこなすあたり、さすがは紅魔館のメイド長という所だろうか。
もっとも、今回ばかりは彼女でも根を上げた。
というよりもレミリアが変わった日から、彼女は殆ど惰性で世話をし続けていただけである。
それも、先ほどの出来事で終わりを告げた、それだけの事だ。
さて、部屋に取り残されたレミリア。
以前でさえ、自分で着替えなど殆どしたことが無いのだ。
まして、今の状態では、当然着替えは無理だろう。
「うー! ぇぐ。 うー!」
やはり、着替えるどころか、泣きながらドアを叩きまくるレミリア。
その顔は先ほどまでの余裕のある泣き顔ではなく、まさに必死の形相だった。
どの位そうしていたのだろうか。そのまま、レミリアは泣きつかれて眠ってしまった。
舞台を、元レミリアの部屋に移す。
「ここが私の新しい部屋ね。……でも、本当に良かったの咲夜? 私はまだ感情が上手くコントロールできないかもしれないし、世間の事も余り知らないのに……」
「いいえそれは違います、フランドールお嬢様。今、レミリアさまのままでは、紅魔館全体が危機に瀕する事は明確でした。それに、最近のお嬢様は以前とは比べても、随分と落ち着いていらっしゃいます。その証拠に、メイドの間では、今は自ら進んでお食事を運びたいと言うものも多いんですよ。もし、暴れたら私とパチュリーさまが止めればいいだけですから」
「……そっか。うん、ありがとう咲夜。そしてこれからもよろしくね」
そして、紅魔館は劇的に変わった。
主が変わっただけであるが。
それでも、それは、紅魔館の雰囲気を変えるのには十分だった。
今の紅魔館は、以前よりも穏やかだった。
フランは、主となってからは、従者に無理難題を吹っかけるような事はしなかった。
最近は、勉強がてら、図書館でよく小悪魔と楽しく話している。
周りから見れば歳の離れた姉妹のようだ。
地下での、監禁生活が長かったフランだ、自然と本を読む事が多かったのだろう。
来てはお茶を飲むばかりのレミリアと違って、図書館というものをよく利用している。
おかげで図書館の予算も随分増えたらしい。
一方のレミリアは、主の座から外れたばかりか、今や紅魔館での地位も最底辺に位置し、今話題に出る時の呼ばれ方といえば、『ゆっくり』か『れみりゃ』のどちらかだった。
初めは、紅魔館の恥だから監禁しろ、という激しい意見もあったが、パチュリーと小悪魔が自分達がきちんと面倒をみると名乗り出てそれは回避された。
何よりも、フラン自身がその辛さを判っていたためだ。
地下に移ってから二日後、二人が初めてゆっくりれみりの部屋を訪れた時のことだ。
さんざん暴れたのか、モノが散乱する部屋のベッドで、れみりゃはきぐるみを着たまま泣いていた。
汗を吸って、着心地が悪くなった服とシャツを乱雑に脱ぎ捨て、ドロワーズだけでも蒸れるきぐるみを着ていた。
ほぼ、裸に直接気ぐるみを着ていたため、肌は擦り剥いた様に赤く傷つき、所々汗疹が出来ていた。
こういう事になれていないパチュリーは、荒れたままだと衛生的ではないと思い、まずは暖かいお風呂に入れてやった。
「うぎゃー! いだいー!! でるー! だじでー」
絶叫しながら風呂から出ようとするれみりゃを、魔法で拘束してじっくりと湯に浸からせる。
「い゛だい゛ー!!! い゛だい゛よ゛ーざぐや゛ー!! だずげて゛ざく゛や゛ー!!!」
一人でいたのが余程寂しかった様で、しきりに(皆と)居たいと叫んでいるれみりゃに、パチェリーは涙を浮かべる。
近くで石鹸などを準備していた小悪魔は、パチェリーの行動におかしなところがあるのか、はたまたその勘違いに気付いているのか、ニコニコと微笑んでいた。
いったん浴槽から出して、小悪魔がゴッシゴッシと力をいっぱいに込めてれみりゃを洗い、またお湯に浸からせる。
今度は、湯冷めしないように暖かくしてたっぷり浸からせた。
れみりゃは、嗚咽混じりになってなお、絶叫し続けていた。
「これは、肌を清潔にしていないと聞かないの。だからさっきはちょっとだけ痛くしちゃったの」
ごめんね。
とうそか本当か知らない理由をれみりゃに聞かせ、回復魔法をかける。
ちなみに、れみりゃは肌が回復すると、あっさり信じた。
服を着せ、食事を与えた。
もちろん食事はお菓子の類だが。
着たがっていたので代えのきぐるみを着せ、外はまだ日が照っているので図書館に連れてきた。
「はい、お菓子ですよー。それじゃあ、今からこのご本を読みますね」
れみりゃの世話をする小悪魔。
こういうことが苦手なパチュリーには、汚れた服を洗濯室に持っていって貰っている
図書館に入ると、すぐ本に興味心身で悪戯しようとしていたが、すかさず出されたお菓子と絵本で、すっかりその気もなくした様であった。
「あっ、お帰りなさい。パチュリーさm」
小悪魔が持っていた絵本が床に落ちる。
れみりゃは自分で拾い上げて、絵だけを追っていた。
「パチュリーさま、それ……」
「……気にしないで、ちょっとふらふらしてメイドとぶつかっただけよ」
「だって……」
「大丈夫だから」
ちょっと着替えてくるわ、レミィをお願いね。
と言い残して自分の部屋の方へ消えていった、後には、どう考えてもカップ一杯の紅茶をかぶったとは思えないほど、濡れている床が残っていた。
「う~!!! 読みおわった~!!!」
笑顔で小悪魔に話しかけるれみりゃ。
「……ぁ、はい。ぇと、それじゃあ、こっちの絵本はどうですか?」
ちょうど、休憩にでてきたアリスとかち合ったらしく、なにやら騒ぐ声が聞こえる、暫くすると、着替えを手伝うといって部屋に入っていった。
小悪魔に、心当たりが無いわけではない。
元々、レミリアの無理難題にメイド達は困っていた、だからこそ監禁しろ等という意見が大っぴらに出てきたのだ。
それが叶わなかった事が、特に反抗心の強いメイド達には気に入らなかったのだろう。
せっかく監禁されると思っていたれみりゃがまだ館内を自由に歩いているのだから。
先ほど、地下から図書館に来る際にもそうだった。
「がぁお~♪た~べちゃうぞ~♪」
以前の調子に戻って、メイドたちに悪戯をしていた。
フランに叩かれたことに懲りていないのか、、メイドにだったら良いとまだ思っているのか。
その中でも、タックルの拍子に運んでいた紅茶をこぼしてしまったメイドがいた。
その、反抗心が強いメイドが、休憩がてら仲間と愚痴ろうと思って運んでいた紅茶だった。
パチェリーと小悪魔は直ぐに謝ったが、れみりゃは笑ったままだった。
すぐに、騒ぎを聞きつけたフランに叩かれて、泣きながら謝った。
ついでに、今は紅魔館で一番下の身分にいることも教えてみたが、どうやらそれはいまいち理解できなかったようだ。
小悪魔に用意させた紅茶を、受け取って仲間のもとへ急いだ彼女は、直ぐに仲間と相談した。
そこで出された結論は、
あの二人さえ諦めれば監禁されるのではないか?
二人が辛い目にあえば見かねたフランドール様が監禁してくれるのではないか?
というものだった。
それが先ほどのパチュリーである。
ちなみに、ぶつかったのではなく、上からかけられたが正解である。
いくら力の有る魔女でも、魔力のまったく出ない方法では、避けることはできないらしい。
次の日の標的は、小悪魔だった。
図書館の給湯室に有る茶葉が無くなったので、厨房に貰いに行った帰り、中から不審な音がする缶を開けてみたら、大量のコックローチが入っていた。
思わず缶を落としてしまった拍子に、それが床にわらわらと這い出てきた。
「害虫は退治しないとね」
たまたま居合わせたメイドが、そう言いながら、小悪魔もろとも消毒液をかけてきた。
「小悪魔さん、害虫のお掃除はお願いしますね」
びしょびしょになりながら呆然とする小悪魔に向かって、そう言うと笑いながら行ってしまった。
大量のコックローチの死骸を、事務的に片付ける小悪魔の顔は、泣いてはいなかった。
それはもう、楽しそうに笑っていた。
日に日に、二人へのイジメは激しさを増していった。
食事の中に大量の虫が入っていたり、服が絵の具でべったりになっていたりもした。
それでも、二人は甲斐甲斐しく、れみりゃの世話を続けた。
「レミィは友達だもの、だから、あたしが面倒をみるわ。それと、フランや咲夜にも知らせないでいいわ、余計な心配をかけさせたくないから」
メイド達が心配になって声をかけても、そう言って世話を止めようとはしなかった。
しかし、それから数ヵ月後。
ちょうどアリスが来て一年ほどたったある日、とうとう二人に対してのイジメのことがフランの耳に入った。
直ぐに、フランはイジメの主犯格のメイドを捕まえこの場で消滅させようとした。
しかし、泣きながらパチュリーに止められた。
「……もう、レミィの記憶は無いのかも知れない、私の事も覚えていないのかもしれない。でも、それでもレミィの事は放っておけないの。」
小悪魔の胸に顔を埋めて泣きじゃくるパチェリー。
「……ねぇ、パチェリー。お姉さま……、ううん、これがゆっくりれみりゃと同じ様な生き物なら、自然に帰してあげない。勿論、すぐ適応するのは無理だろうけど、最初のうちは食事を持っていっても良いし、森にはゆっくり達も大勢いるし、……ふっ、服が汚れたらもって言っても……」
重苦しい空気の中、フランが口を開く。
次第に涙で、その声が擦れていく。
「だって、パチェリーや小悪魔がこんな事になってるなんて。お姉さまが私を閉じ込めてた時も、気が触れているって言われてた時も、二人は優しく接してくれたのに、何で……」
再び訪れた無言の時。
そのまま時間が、とまった様に過ぎていく。
「……そうね、フラン。私も、吸血鬼としてのレミィとしか考えて無かったわ。思えば、ゆっくりになったのなら、それに合った生活をさせてあげるべきよね」
「じゃ、じゃあ」
「ただし、最初は本当に仲が合うかどうか、確かめてからにして。レミィが一人ぼっちになるのは見ていて辛いから……」
「う、うん。わかったパチェリー。咲夜、何か良い方法はない?」
「それでしたら、以前訪ねたゆっくり加工場で、ゆっくりペットの預かりサービスを始めたそうです。そこへ数日預けてみてはどうですか?」
主の問いに直ぐに答える、まさに完璧な従者である。
「さすが、咲夜ね。……でパチェリー達もこれで同かしら?」
「ええ、判ったわ。レミィは私達が連れて行くから。それでいいかしら? 」
誰も異論はなかった。
今、紅魔館でれみりゃが一番懐いているのはこの二人だ。他の者にも人懐っこくじゃれつくが、いざ一緒に行くとなると言うことはきかないだろう。
「じゃあ明日、連れて行ってみるわ。そのついでにアリスの家の様子も見てくるから。彼女、人形の修理大体終わったから。それと……」
彼女達に、厳しい罰は与えないで、と言い残して扉の奥に消えていった二人。明日の準備をするのだろう。
「……さてと、ああ言ってたしね。とりあえず、あなた達は全員クビよ、それ以外の懲罰はしない。少ないけど退職金も払ってあげる」
咲夜、後はよろしく。と言い残して部屋を去るフラン。
この数ヶ月で随分と主らしくなってきたようだ。
翌日はどんよりとした曇り空だった。
どうやら近いうちに嵐が来るようだ。
お気に入りのきぐるみを、背負っているリュックに入れたおかげで、よたよたしているれみりゃ。
その手を引いたパチェリーは、一応日傘をもった、小悪魔にそんな事を呟きながら屋敷を出た。
やはり、以前は天敵だった日光の中でも平気なれみりゃは、もう吸血鬼ではないのだろう。
ゆっくりれみりゃ種も、日光には耐性が合った。
しかし、長時間当たると酷い日焼けが起こる、とも聞く。
外に出たれみりゃは、辺りを駆け回ろうとしたが、直ぐにパチェリーに手を引かれ戻された。
れみりゃを小悪魔に抱えさせて空を飛んでいく。
当の本人は、空を飛んでいるのが嬉しいようで、ずいぶんご機嫌だった。
加工場に着くと、連絡してあった通りすぐに職員の年配の男に会えた。
「こちらの空き部屋を準備いたしました。片側に檻が四つ、利用は二つとの事でしたが生憎二つの部屋は今、繁殖に使って空きがないんですよ」
「それなら仕方がないですね、パチュリーさま」
抱きかかえていたれみりゃを、檻の中にを入れながらパチュリーに訪ねる小悪魔。
ついでに、一人で取れないようだったリュックも外してやる。
れみりゃは始めてみる場所に興奮していた。
中でも、二メートル程の高さにあるはめ込み式の採光窓に興味深々のようだ。
少しくらいなら飛べる彼女は、外枠まで飛んでそこを手で掴んで外を見ていた。
「そうね」
ガチャン。遅れてきた別の職員がと鍵をかける音にかぶって聞こえるパチュリーの声。
音に気が着いて首を捻る。
何の音なのか分からない、れみりゃだったが、さらに一人、知らない人がいるのを見つけると、床に戻ってリュックを開け始めた。
中から出した気ぐるみを、四苦八苦しながらなんとか着て。
「ぎゃお~、た~べちゃうぞ~!!!」
お決まりの文句を、叫ぶれみりゃ。
「でも、ここでいいんですか? わが社の系列のペットホテルなら、村をはさんで反対側に有りますが」
「いいえ、ここで大丈夫です。それより以前の契約のことでお話が……」
「あぁ、それでしたらこちらの部屋で」
何の反応も示さない職員とパチェリー達。
れみりゃを残し、部屋を去ろうとしている。
「う~♪ ぅう? う~?」
後を着いて行こうと、檻を開けようとしたが開かない。
既にパチュリー達は、出口にまでさしかかっていた。
「うー。 まっで~!まっで~!!!」
必死に泣き叫んだのが効いたのか、小悪魔が小走りでこちらに向かってくる。
「ごめんなさい、レミリア様。すっかり忘れてました」
てへっ、と小悪魔っぽく笑う。
つられて、れみりゃも涙顔で笑う。
「ぶ~。わすれると、た~べちゃうぞ~!!!」
そう言って、抱っこをねだる様に両手を差し出す。
「はい。どーぞ」
笑顔の小悪魔から渡されたのは、大きなペロペロキャンディー。
お菓子を渡されみりゃは、嬉しそうに両手で掴んで舐め始める。
「う~♪ キャンデ~おいちぃ」
「それじゃあレミリア様、また後日お会いしましょう」
手を振って、小走りで駆けて行く小悪魔、他の人は既に部屋からでていた。
バタン。
小悪魔が部屋から出ると同時に扉が閉められた。
部屋の廊下の電気も消された。
「う~? !!!」
檻を激しく揺らす。
それでも、お菓子が大事なのか。片方の手でお菓子、もう片方の手で檻を揺らす、という格好だ。
もちろん、見た目相応の力しかないれみりゃでは、檻はビクともしない。
そのうち、キャンディーを放り投げ両手で試すが、結果は同じだった。
「うー。も゛どっでぎでー。う゛ー、う゛ー」
激しい泣き声、だがこの工場では、日ごろからよく耳にする声だった。
その頃、アリス宅を訪れたパチェリー達は、寝ている三人を起こさないように魔法をかけ、家の中に入っていった。
予定通り、入るのは自由だが出ることは出来ない、簡単な捕獲魔法をかけた。
その後、眠っている三匹を加工場まで運び、れみりゃがいる部屋の一番奥の檻に入れ、その日は仮眠室で睡眠をとった。
ちなみに、れみりゃは既に泣きつかれて眠っていた。
泣きながら、きぐるみを抱きしめてそのまま眠ったらしい。
まるで、以前までその気ぐるみを着ている人に抱きつくように。
翌日、小悪魔は別な仕事があると言って出かけてしまった。
なので、今朝はパチェリー一人で、仕事に取り掛かった。
ゆっくり魔理沙の友達に、明日から嵐だから皆を誘って、ゆっくり魔理沙達の家の避難したほうがいい、と言って回った。
アリスの家に着き、姿を消して様子を見ると、ゆっくり魔理沙に味方をした様々なゆっくり達が、食べ物や酒や氷、時には薬を持ち寄ってアリスの家に入っていった。
入る前から、何かを食べているようなゆっくりも何匹かいた。
それを暫く眺めた後、その場所を後にしたパチュリーは、紅魔館に戻る前もう一度れみりゃの元を訪れた。
パチェリーを見たれみりゃは、泣き顔を無理やり笑顔にして、帰る帰ると喜んでいた。
いそいで、きぐるみを着始めるみりゃ。
「いい子にしてたら迎えに来るわ、それと食べ物はちゃんと食べること」
それだけ言って、その場を後にした。
きぐるみを着終えて、必死にリュックを背負おうとしていたれみりゃの顔は、また泣き顔になった。
紅魔館に戻り、一緒に紅茶を飲んでいたフランとアリスに、れみりゃを預けてきた事を伝え、ついでに、ゆっくり達も殆どいなくなってた、と伝えると。
「そう、人形も直ったしちょうどいいわ」
今までありがとう、と咲夜に言ってから図書館へ戻った。
蓬莱と、修復された上海人形が付いて行く。
小悪魔が、それじゃあ明後日お別れパーティーをしましょうと提案すると、フランも咲夜も二つ返事で賛成した。
原因には、ここ一年間、パーティーらしいパーティーをしていなかったことも有るだろう。
図書館に戻る際、小悪魔は思い出したように、フランにお金の入った袋を渡した。
お金の料は先日クビにした分全員の退職金と同額。
「最近、蟲に襲われたモノがいるらしいですよ」
と咲夜。
「熱湯を被って、死んだモノもいたわ」
去り際に、パチュリーが呟いた。
所変わって加工場。
「う~~♪」
着ぐるみ正面に付けられた大きなポケットから、紅魔館特製のパイ、丸ごと一個を取り出すれみりゃ。
出かける前、咲夜が渡してくれたパイだ。
「う~、しゃくやのぱ~い」
少しつぶれてはいるが、つぶれていてもおいしそうなパイ。
パチュリーが出て行ってずっと、泣いていてから、お腹が減ったれみりゃ。
まわりに、散らばっているお菓子はここで与えられた食事だが、どれも一口食べて投げ捨ててしまった。
つまり、昨日から殆ど何も食べてない。
自分の顔ほどもある大きなパイを両手で持って一かじりしようとした時。
「おや、お嬢ちゃんおいしそうなの食べているね」
朝食にキャンディーを持ってきた若い男だった。
「う~う~!!!」
手を後ろに回し、パイを隠す。
「大丈夫、とらないよ。そんなに美味しいのかいそれ?」
「う~♪ う~♪ しゃくやのぱい、おいし~」
勢いよく首を縦に振る、首を倒すたびに、ぶかぶかのきぐるみにの頭部が顔まですっぽりかぶさるのも気にしないで。
「そうかい。……その前、ちょっと一緒においで。預けられた時に、他のゆっくりを紹介して欲しいって、頼まれてたの忘れてたよ」
鍵を開けて、きぐるみを脱がせてから抱きかかえる。
「う~。 おでかけおでかけ~」
トイレ以外で、出されるのが初めてなれみりゃは、空腹を一時忘れて、始終はしゃいでいた。
到着した扉の先には、たくさんのゆっくりたちが檻に入っていた。
「お友達?お友達?ゆっくりしていってね!!!」
ここで繁殖したものなのだろう、檻に閉じ込められていても殆ど気にしていない。
「う~?」
「君と同じゆっくりだよ。お前さんもこいつらと同じ仲間だ。」
「う~!ゆっくり、ゆっくり♪」
檻の前まで行って、一緒にゆっくりと叫びながら踊るれみりゃ。
張り切りすぎて何度か顔から転んだが、ゆっくり達に励まされて泣きもせずに踊っていた。
自分と同じ仲間と話せたのが、よほど嬉しかったのだろう。
「そろそろ戻ろうか」
「また、ゆっくりしようね!!!」
「う~♪ ゆっくりするする!!!」
元気よく挨拶して部屋をでる。
自分の檻に着いた時。
きぐるみの上に置いてあったパイを見て、食べる直前に連れて行かれたことを思い出した。
「しゃくやのぱ~い、はやくあけて、あけて」
急かされながら檻を空ける職員。
そして、中に入ってれみりゃを降ろすと、彼女より先にパイをとって帰っていこうとした。
しかし、返して、お腹減ったと、れみりゃが必死にしがみ付いてきたので、イチゴしか食べていないショートケーキを放り込んで。
「ここでは、勝手に自分の物を食べちゃダメだよ」
そう言って、頬を動かし水飲ませて、れみりゃに無理やり食べさせて、帰っていった。
咲夜のパイを取られたれみりゃは、また大声で泣いた。
となりから、ゆっくり、と楽しそうな声が聞こえて、さびしくなって更に泣いた。
しかし、今度はお腹が膨れた事も手伝って、割と早く寝てしまった。
また、きぐるみを抱いて。
翌日は、トイレに連れて行かれる以外何も無かった。
お気に入りのきぐるみを着ても、元気が出なかった。
夕方になって、お腹がすいたので、散らばっている中から、小悪魔からもらった、ペロペロキャンディーを見つけてなめる。
お腹は殆ど膨れなかった気を、紛らわせるように、今日はきぐるみを着て眠った。
翌日、れみりゃより早く起きたパチュリー達は、アリス家の補修を手伝うついでに泊まってくる、と言って、三人で紅魔館を出発した。
「そういえば、フランも言っていたけど、昨日のパーティーで出たお肉、すごく美味しかったわ。小悪魔が、準備して調理したって聞いたんだけど?」
「はい、色々をお世話になったので、美味しく調理して差し上げようと思いまして。特に下ごしらえが大変でした」
ニコリと笑う小悪魔。
よほど、褒められたのが嬉しかったのだろう。パチュリーに対しての悪戯が、成功した時のような満面の笑みを浮かべていた。
アリスの家に行く前に、加工場に立ち寄る。
手筈通り、一旦小悪魔に屋敷に戻らせる。
「う! う~!う~!」
パチュリーを見つけたれみりゃが、必死で声をかける。
しかし、それを素通りして、すぐアリスと見に行ったのは、奥の檻だった。
「そうね」
とだけ口にして、パチュリーと小悪魔は直ぐに別の檻、れみりゃが入っている檻の前に立つ。
「う~♪ う~♪」
迎えに来た、と思ったれみりゃは急いで、きぐるみを着て檻の前に近づく。
リュックを片手で持ち、もう片方の手で勢いよく檻をゆらす。
希望通り、直ぐに鍵が開いた。
勢いよく、パチェリーに抱きついた。
「れみ☆りゃ☆う~♪」
そして、あのふてぶてしい笑顔で喋るれみりゃ。
「だめじゃないレミィ、食べ物をこんなに散らかして。それにこんなに残して」
悪い子ね、と耳元で呟くパチュリー。
ふと、隣を見ると、アリスがゆっくり達の卸し価格を話していた、どうやらかなり高額で取引されたようだ。
「あぅ、あぅ。……れみりゃゆっくりじでだよ! いいごにじでだよ!!!」
また檻に入れられる。
そう思ったのか、目に大量の涙を浮かべながら、必死に説明するれみりゃ。
「大丈夫よ、またここに入れたりはしないわ」
優しく、パチュリーは言う。
れみりゃ、もこれで安堵したようだ。
「まぁ、今まで屋敷で食べていたお菓子に比べたら味は落ちるでしょうけど、これからはこれで我慢しなくちゃいけないのよ。……レミィ」
ぽつりと独り言の様に言うパチェリー、それに反論するアリス、言われた意味が分かっていないれみりゃ、がそこに居た。
一方、紅魔館。
「フランドール様」
「あっ、小悪魔。加工場から戻ってきたの?」
「はい」
「それで、あのゆっくりれみりゃはどうだった?」
「はい♪ 他のゆっくりたちと仲良く遊んでおりました。ですので、寂しくて辛いですが、森に放す事にしました♪」
今回の一番の張本人がそこにいた。
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最終更新:2008年09月14日 10:09