暗い嵐の夜だった。
犬走椛は見張り小屋の屋根の上に座り込んでいた。
彼女の千里眼が映す光景は絶望。その絶望を撮していたカメラは今、遺品として彼女の手元にある。
「「「ゆっくりしていってね!!!」」」
小山ほどの大きさはある
ゆっくりの大群が、幻想郷を埋め尽くそうとしていた。
椛の目には人間達が必死の抵抗を試みる様子が、最期の足掻きをする様子がはっきりと見て取れた。
人間の里。
里の多くの人間が妖怪と戦う力を持っている。だが、大きさが違いすぎた。
最強の蟻が最弱の象には勝てないように、巨大なゆっくりには人間の火力では到底致命傷を与えることは出来なかった。
無力な人間は蹴散らされるのみ。無駄死にのみが繰り返される。
そう、人間では。
巨大なゆっくりの前に立ちはだかる一人の半獣。
天に向かうバッファローホーンには可愛いリボン、聖獣ハクタクの血を引く上白沢慧音の火力であれば規格外のゆっくりであっても対抗できうる。
初撃、無数のレーザーに貫かれたゆっくり霊夢が爆散する。
それを見て慌てて宙に逃げたゆっくりれみりゃの背後から同じく無数の小弾が迫り、ゆっくりれみりゃを再生不可能なレベルにまで破壊する。
空中で破壊した。それがいけなかった。
ゆっくりれみりゃを一言で言い表すと「動く肉まん」である。
中の餡は水分を含んで重く、しかもれみりゃ自身の体温で常にホカホカ。
冷まさないと口に入れることすらおぼつかない。
そんなものが空中で粉々になった。元の体積は人間の数千万倍以上。
破片の重さだけでも十分凶器になる。そんな規模の代物がホカホカで加速しながら降ってきたのだ。しかも、降りしきる雨の粒に勝るとも劣らない密度で。
よけられるはずがなかった。
1回のミスで戦列は崩壊。かろうじて生き残った者も行進するゆっくりの群れに潰されたり、最期の力を振り絞って立ち向かったりした。
戦力のほぼ全てを失った人間の里にもはや為す術はなく、黙って嵐が立ち去るのを待つしかなかった。
あとに残るのはホカホカの肉片と冷たくなりつつある肉片。
「「「さめてもおいしいよ!!!」」」
話を数日戻す。
悲劇の数日前から幻想郷は大雨に見舞われていた。発達した秋雨前線と大型台風により、地表をそのまま削りそうな嵐が吹き荒れていた。
八雲紫などは「オンダンカは嫌ねぇ」などと藍相手にグチっていた。
その頃はまだ彼女にもグチるだけの余裕があった。
ある家庭では雨漏りの対処に追われ、あるゆっくり加工工場では出荷が滞り、原料のゆっくりがダブついていた。
その加工工場では備蓄ゆっくりが過去最高レベルで寿司詰めになっていた。
「おしくらまんじゅうにもあきたよ!!!」
「つぶれまんじゅうになっちゃうよ!!!」
そんなゆっくり達の鳴き声に付き合う見張りの職員は、いい加減うんざりしながらペットのゆっくり霊夢に餌をやりに事務室に戻っていく。
「霊夢さんは俺の嫁、これジャスティス」
三十路童貞はそんなことを呟きながら、ゆっくり霊夢が焼き芋をパクつくのを眺める。眺めるだけならよかったが、
餌の形状から連想ゲームが始まり、ついつい股間がヒートアップしてしまった。
クールダウンに多大なエネルギーを消費した職員はそのまま昼寝を始める。
「きもいったらありゃしないよね!!!」
いびきを立てる職員が寝ている傍らでシエスタと決め込むゆっくり霊夢も物騒な寝言を吐く。
そのまま1人と1体は永遠の眠りを始めた。
だれのせいという訳ではなかった。
見張りをサボった職員にしても、彼1人でどうこうできた事ではないし、
今回の大雨を予見できなかった工場の設計者が悪いという事でもない。
ただ単純に運が悪かった。
数日間降り続いた雨によりダダ余り状態の水は各地で様々な許容値を突破し、下水を逆流し、とうとう工場内に流れ込んだ。
「ゆー!?」
「つめたいよ!」
「おぼれちゃうよ!ゆっくりたすけてね!」
だが悲しいかな。この世界に溺死する饅頭などありはしない。
水を吸い込んだ饅頭はどんどん膨張していく。饅頭の膨張率というものはあなどれない。
腹一杯饅頭を食した後に水を飲んだ人間の胃が破裂したこともあるのだ。
膨張するゆっくり達はただでさえすし詰め状態であった状態からさらにぎゅうぎゅう詰めになり、そしてついに臨界点を突破した。
のちに「ゆっくり融合現象」と名付けられるその現象は、
ゆっくりに強力な圧力を加えることでゆっくり同士が分子レベルでの融合現象を起こし、巨大な1体のゆっくりとなるというものだ。
結果、数百体のゆっくり同士が融合し、巨大なゆっくりが都合数百体出現した。
現象の命名者である東風谷早苗はこう語る。
「もう二度と奇跡を信じたりしないよ」
そして悲劇が起こった。
「ミッシングパー「いきなりおおきくならないでね!!」
「びっくりするよ!!!」
「夢想天生最後十びょ「ほんきにならないでね!!!」
「ゆっくりしていってね!!!」
巨大なゆっくり達は雨を吸収し、さらに巨大化していく。
だが、幻想郷は狭い。膨張していくゆっくりの一部はいつしか天界に到達し、水平方向のスペースはもはや限界だった。
そして圧力は再び臨界点を突破する。融合したゆっくりは幻想郷とほぼ同じ大きさ。
1体のナマモノとしては大きすぎた。自重で崩壊する超巨大ゆっくり。
残骸は地上に降り注ぎ、地盤をめくり上げ、成層圏にまで到達させた。
幻想郷滅亡の日であった。
最終更新:2008年09月14日 10:09