霊夢×ゆっくり系3 ありふれた喜劇

ゆっくり霊夢と、ゆっくり魔理沙
仲良しの二匹は、いつでも一緒だ


その日、二匹は森の外れで狩りをしていた
ターゲットは、花畑にやってくる蝶の群れ

まりさは狩りが得意だった
「ゆっくりしていってね!」とお決まりのセリフを口にしながら、伸ばした舌で次々に蝶を絡めとる

れいむは狩りが下手だった
何度舌を伸ばしても、つかまるのは空気ばかり
ゆっくりしていってよー!」
弱々しく声を上げ、涙を流すれいむ

友達の苦境を目にし、まりさはいつもの行動に出た
口の中に残っていたものを、吐き出したのだ
それは、溶けかけた蝶の体
未熟なゆっくりでも食べやすいように、羽はもぎ取ってあった

「ゆっくりくれるの?」
ぴくぴくと痙攣しているものを見て、れいむは目を輝かせた

「ゆっくりたべてね!」
「ゆっくりありがとう!」

むしゃむしゃと食事を始めるれいむ
まりさは、そんな友達のために次々と新しいエサを捕らえていく

腹ごしらえを終えると、ゆっくりたちは仲良く並んで空を見上げた
頭上には雲ひとつ無く、暖かな日差しが花々の間に降り注いでいる

「おひさま、あったかいね!」
「ゆっくりできるね!」

そのまま、日向ぼっこを楽しむ二匹
太陽と友達の温もりに包まれて、うとうと眠り込んでしまう


目を覚ますと、太陽が沈みかけていた
「ゆっくりまずいよ!」
まりさはぴょんぴょん飛び跳ねて、よくないことが起こりつつあることをアピールした
だが、ゆっくりれいむは眠っている

まりさとれいむは、まだまだ子供だった
小さな体では十分な栄養を蓄えられないので、食事サイクルは短い
二匹の一日は、食べては眠り、起きては食事を探すという単純な繰り返しで作られていた

そして、今は食べ物を探す時だった
真っ暗になる前に食事を済ませなければ、たちまち飢えてしまうだろう

それに、一夜を過ごせる寝床も探さなければならない
特定の『おうち』を持っていないからだ
成体のゆっくりと縄張りを争えるほど、まりさたちは強くなかった

「ゆっくりおきてね!」
まだ眠っているれいむを、まりさは優しく揺すり起こす

「ゆー?」
「ゆっくりゆうがた! ごはんさがそう!」

「ゆゆ?」
体全体を傾かせ、疑問の意思を伝えるれいむ
起き抜けの餡子では思考がまとまらない

「たべないと、ゆっくりできないよ?」
「ゆっくりできないの? ゆっくりしたいよ!」
「じゃあ、ごはんをさがそうね!」
「うん! ゆっくりさがそう!」

ゆっくりたちは、花畑を探し回った

「あっ! おにぎりだよ!」
花畑の真ん中に、食べかけのおにぎりが転がっている
れいむはそれを目ざとく見つけ、咥え上げた

「それなに? ゆっくりたべられるの?」
「ゆっくりおいしいよ!」

一つのおにぎりを分けあって食べる、ゆっくりたち
それで少しは腹が膨れたが、まだ十分ではない
れいむとまりさは、新たな食事を求めて花畑を歩き始める

だが、昼間は沢山見かけた蝶たちの姿は、どこにも見当たらなかった

「ゆっくりいないね! おはなたべる?」

れいむの提案に、まりさは全身をぷるぷる振って否定の意思を示した
「おはなはだめだよ。ちょうちょがいなくなっちゃう」
「でも、おなかすいたよ! なにかたべたい!」
「ゆっくりかんがえる! ゆっくりまってね!」

まりさはあずき色の餡子をフル回転させる
だが、白黒の帽子から良いアイデアは生まれてこなかった
「ゆっくりどうしよう……」
「しっかりしてね!」
れいむが叱咤激励するが、やはり何も思い浮かばない

日が沈みかけていなければ、遠出をしても良かったのだが――幼いゆっくりだけで、今から出かけるのは無謀の極みだ
帰り道で野良猫や野犬にでも出くわせば、まず助からない

まりさは、食事を諦めることにした
半日ぐらいなら、食べなくても何とかなるだろう
少々厳しいが、死ぬよりはマシなはずだ

「よるはゆっくりして、またひるにたべよう?」
「やだ! おなかすいたよ! ごはんたべたい!」
提案は却下された

暴れ始めた友達を見て、まりさは深くため息をつく
れいむには、少し我慢の足りないところがあった
大好きな友達の、小さな汚点だ

「ねえ、れいむはどう? なにかしってる?」
「ゆー?」

考えるのをれいむに任せる、まりさ
無謀な挑戦だと自分でも思ったが、れいむはそう考えなかったらしい
「ゆっくりかんがえるよ! ゆっくりかんがえるよ!」と叫びながら、ごろごろと転がり始める
餡子の回転力から、何かを生み出そうとしているのだ

そして、転がった甲斐はあったらしい
れいむの餡子は、解決策らしきものを導き出していた

「れいむ! れいむならきっとゆっくりしてくれるよ!」

「れ、れいむ? れいむって、れいむ?」
「れいむはね! あかくてしろいひとだよ! きっと、ゆっくりしてくれるよ!」
「ひと? ひとはだめだよ! ゆっくりできないよ!」

まりさは、幼い頃から人間の恐ろしさを言い聞かされて育ってきた野生的なゆっくりだ
だから、森の中から出たことはない

一方、れいむには霊夢という巫女と一緒に多くの時間を過ごした過去があったのだが――
それは、まりさのあずかり知らぬことだった

「れいむはゆっくりしてくれるよ! ゆっくりついてきて!」
べしょっべしょっと音を立てながら、赤く染まった花畑を進み始めるれいむ

まりさも、後を追って飛び出した
森から出るのは嫌だったが、自分だけで花畑に留まるのはもっと嫌だった

「れいむ! ゆっくりまってね!」

二匹の行く先は、紅白の巫女が住まう神社
幻想郷で最も危険な場所である



「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってね!」

比較的ゆっくりと、ゆっくりたちは駆け続ける
そうやって、花畑から十分ほども進んだだろうか?
分厚いヤブを抜けると、そこは鳥居の前だった

「ゆ! じんじゃ!」
得意げに息を弾ませる、れいむ
道案内を出来たことが嬉しいのだ

「れいむ。ゆっくりやめよう?」
まりさは気が乗らないようだった
視線は地面に向けられて、帽子も萎れかけている

「なんで!? ゆっくりしようよ!」
「ひとはこわいよ。ゆっくりできないよ」

「まっ!」
れいむは大きく息を吸い込んで、体をぷっくり膨らませた
不快感をあらわにしているのだ

「まりさのよわむし! そこであせっていればいいよ!」
言い捨てて、ゆっくりらしからぬ速さ――ほとんど、歩いている人間に匹敵する――で鳥居をくぐる、れいむ


人間の住処へ向かう友達を、まりさは黙って見送った
ここまでは何とか来られたが、これ以上は一歩も先へ進めそうにない

まりさの瞳に、神社の鳥居は立ち上る炎のように映る
餡子の奥底から湧き上がる根源的な恐怖によって体は凍りついていた
後を追おうにも飛び跳ねることができない
制止の声すら、最早出てこない

まりさは、暗く染まった空を見上げて、上り始めた星々へと祈りを捧げた
どうか、友達が無事に帰ってきてくれますようにと


れいむは人間が好きだった
正確には、霊夢という巫女が好きだった

彼女は大抵ゆっくりしていたし、遊び相手にもなってくれた
お菓子を食べさせてくれたこともあるし、膝の上でお茶を飲ませてくれたことすらある
人間の食べ物や飲み物は、バッタや蝶よりずっとおいしかった
その味は今でも忘れられないし、霊夢のことも忘れられそうにない

だから、まりさにも人間を好きになって欲しかった
怖くない人間がいることも、知って欲しかった


神社へ向かった、れいむ
紅白の巫女を探し、境内をうろうろと動き回る
「れいむ! れいむぅ!」

必死に呼びかけるが、巫女の出てくる気配は無かった
その代わり、霧雨魔理沙――まりさに良く似た人間が、姿を現す

「ゆっくりじゃないか。神社なんかに何のようだ?」

少女の問いに、れいむは精一杯の愛想を振りまいてみせた
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」

ぽすんぽすんと飛び跳ねる不器用な生き物に、魔理沙はにっこり笑いかけた
「そうだな。たまにはゆっくりするか」
「うん! いっしょにゆっくりしようね!」

「それじゃあ、もっとゆっくりできる場所へ行こうな」
言いながら、魔理沙はれいむを抱え上げた

「ゆ?」
不思議そうな顔をして、少女を見上げるゆっくり

「おいしいものが一杯ある場所だぜ」
「おいしいものはすきだよ! もっとゆっくりしようね!」
「ああ、もっとゆっくりしよう」

一人と一匹は仲睦まじく語らいながら、建物に入った
向かった先は台所――確かに、おいしいものがある場所だ

「しってる! ここ、だいどころ! なにをくれるの!? ゆっくりたべたいね!」
「そうだな。私としては、エサをやることにやぶさかではないんだが」
魔理沙は、ゆっくりを強く握りしめた

「ゆっ!?」
身じろぎするれいむだが、手の中から逃げることはできない

「生憎と、この家にはお菓子がなくてな……だから、お前の出番になる」

魔理沙が何を言っているのか、れいむには分からない
だが、真っ白な板に押し付けられたところで『何かが起ころうとしている』ことだけは理解できた
「ゆっくりやめてっ! ゆっくりたすけてっ!」

「これも運命と思って諦めろ、ゆっくり」

まな板に押し付けたゆっくりを左腕一本で支え、余った手で包丁を抜き出す魔理沙
随分と手馴れた様子だ
捌いたゆっくりの数は、一匹や二匹ではないだろう

眼前に突き付けられる、鈍い輝き
れいむにも、それが危険なものであることは分かる

「ゆっくりやめてよ! れいむにいいつけてやる!」
「おお、こわいこわい」
「れいむ! れいむぅ! どこ!? たすけて! たすけてよ! れいむぅ!」

泣きじゃくるゆっくりを見て、魔理沙は肩を落とした
「霊夢。そろそろ出てきたらどうだ?」

「さっきから、いるわよ」

霊夢は、魔理沙のすぐ脇に立っていた
いつ現れたのかは、その場の誰にも分からない
何にせよ、れいむはすがる相手を見つけることができた

「れいむ! ゆっくりたすけてっ! ゆっくりできないひとがいるよっ! やっつけてよ!」
ここぞとばかりに助けを求めるが、儚い願いはたちまち一蹴された

「うるさい!」

「ゆっ!?」
味方だと思ってい相手に一喝されて、れいむは体をすくませる

「れいむ。あなたはお饅頭なのよ。それが分かっているの?」
「れいむはゆっくりだよ! おまんじゅうじゃないよ!」
「私はね。悪かったと思っていたの。お饅頭であるあなたを、少しでも可愛がってしまったことを」

霊夢は、魔理沙の手から包丁を抜き取った

「人は、お菓子を食べる。それが世の道理。それに気がついたから、私はあなたを料理することにした
覚えているかしら? ほんの一ヵ月前。あなたは、そこの窓から逃げたのよ。揚げ饅頭にされかけて
捕まえるのは、簡単だった。それでも追わなかったのは、あなたに借りがあったから。単に可愛かったから」

巫女の手中で、包丁がくるくると回る
まるで、回すためのものであるかのように、自然な動きだった

「なのに、あなたは戻ってきてしまった」
「しらないっ! そんなのしらないよっ! れいむ、たすけて! たすけてよ!」
「間違った道は正さなければならない。妖怪に説教されたのは癪だけど――理には、適っているわね」

霊夢の手元で、白刃が煌いた
横薙ぎに振るわれた包丁が、れいむを襲う

鉄の牙は、ゆっくりから多くのものを奪い取った
髪の毛と髪飾り
眉毛より上の皮
少しの餡子
そして、優しかった霊夢の思い出

だが、命まで奪いはしなかった
傷口から餡子を覗かせながら、れいむはまだ生きている
「いだい! いだいよぉぉぉ! ゆぅぅぅぅ!」

痛みにもだえるゆっくりを、博麗の巫女は荒々しく抱え上げた
「魔理沙、お茶の用意をお願い」


二人と一匹は、居間へと移動した
ちゃぶ台を中心に向かい合う、霊夢と魔理沙

彼女らの前で、れいむは皿に乗せられている
痛みのせいで動くことはできないが、泣き声だけは今でも漏れ続けていた

「ゆぅぅぅぅ! ゆぅぅぅ! いだいぃ! ゆっくりできないよ! ゆっく、ゆぐぅぅあおああああ!」

「まずは、私からね」
手にしたへらで、ゆっくりの餡子を掻き出す霊夢
その顔に、人間らしい表情は無い

「やべでっ! ゆっぐりやべでぇぇぇぇ!」

体の中で、得体の知れないものが動き回る――その感触が、ゆっくりの心を激しくゆさぶった

「じにだくない! もっどゆっぐりじだいよぉぉぉぉ! むふぉぉぉぉぉ! まあぁぁぁぁぁぁ!」

れいむは息を吸い込んで、体を大きく膨らませる
だが、決死の抵抗にも意味はなかった
上から押さえつけられて、あっさりと空気を吐き出してしまう
体はしぼみ、死の恐怖はどんどんふくらんでいく

「ゆ゛っぎゅりぃやめぇぇぇ! れれれれいむぅ! ごめっめえ! あやまどぅがらゆるじでぇぇぇぇぇぇ!」

叫ぶ饅頭、動くへら
ゆっくりの体から、一割ほどの餡子が失われた
だが、命はまだ残されているし、意識も健在だった

「次は私か……今回は、正直なところ気が進まないんだが」
ゆっくりの中にへらを差し込み、餡子をかき混ぜる魔理沙

「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛」


れいむの中で、色々なものが壊れていく
かすかに残っていた、母の記憶
大きな体で、みんなのことを守ってくれた
姉妹と過ごした、短い夏
ゆっくりレミリアが、家族の絆をズタズタに引き裂いた

自分はどうして助かったのだろう?
誰かが助けてくれた気がする
赤くて、白くて、母よりも大きかった誰か


「うっめ! なんだこれ! めちゃくちゃうっめ!」
「あんた、ゆっくりみたいになってるわよ?」
「……ちょっと真似をしてみただけだ。しかし、ゆっくりがこんなにおいしいものだとは知らなかったぜ」
「そうね。食わず嫌いは良くないわ」
「じゃあ、もうちょっといただくかな」

耳障りな声が響く中、無慈悲な木の塊はゆっくりの体で暴れ続けた
広がっていくヒビが、友達の記憶を侵食する
白くて、黒くて、少しだけ金色だった友達
あれは、一体誰だっただろう?

「まりざぁぁぁぁぁ! だずげでぇぇぇぇぇぇぇぇっ! まりざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


絶叫は、鳥居の下まで届いた
友達の帰りを待つ、まりさの元まで届いた

叫びが何を意味するのか、まりさは知っていた
れいむが殺されようとしているのだ
『だから、とめたのに!』
そんな思いも、一瞬で消えた
れいむは、自分が助けなければならない

まりさの魂に、星が宿った
見上げる鳥居が、随分と小さく見える――今なら、踏み潰せるような気さえした
まりさは突撃を開始する
作戦目標は、れいむの奪取

「ゆっくりいくよ! ゆっくりまっていてね!」



開いた扉の間から、ゆっくりが飛び込んでくる――滅多には見られない光景だった

「なんだ、こいつは!?」
「まさか、ゆっくりの知り合い!?」

「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
盛んに飛び跳ねながら、ゆっくりは霊夢と魔理沙をけん制する

二人は顔を見合わせた
「興が覚めたぜ」
「ゆっくりを食べるという雰囲気ではないわね」
うなだれて、ゆっくりと居間を出ていく

残されたのは、死にかけのゆっくりと、元気なゆっくりだけだった


まりさには分からなかった
なぜ、人間たちは他所へ行ってしまったのだろう?
少なくとも、ゆっくりである自分に恐れをなしたわけではないだろう

だが、考えるのは後回しだ
今は急ぐべき時、ゆっくりといえどもゆっくりしている時間は無い
れいむを助けて、ここから逃げなければ

「れいむ! ゆっくりしっかりしてね!」
友達に声をかけたが、反応はない
ただ、「ゆーゆーゆーゆーゆー」と明後日の方向へ歌いかけるだけだ

「れいむっ! れいむぅ!」
何度呼んでも、駄目なものは駄目だった

まりさはれいむの体をくわえ、出口へ向かってずるずると引きずっていく


それから、どれだけ時間が経ったのか?
救出作戦は成功していた

途中、餡子のかけらが口に入り『うっめ! めっちゃうっめ!』などと思ってしまったし
れいむの意識は今でもはっきりしないし、まりさ自身も力を使い果たしてクタクタだし
お腹はぎゅるぎゅると鳴っているしで、色々困った状況ではあるが――とにかく、やり遂げたのだ

「れいむ! れいむ!」
もう一度、友達の名前を呼んでみる

「ゆーゆーゆー」
やはり駄目だった

それでも、しばらくゆっくりしていれば何とかなるかもしれない
そのためには、ゆっくり出来る場所――おうちが必要だ

だが、もう周囲は真っ暗である
ゆっくりと動くのも難しいれいむと一緒では、何をすることもできそうにない

まりさは、己の餡子を切る思いで決断を下した
手近な茂みにれいむを隠し、失った皮の代わりに自分の帽子をかぶせてやったのだ

「ゆーゆーゆーゆゆー」
歌い続ける友達に、短い別れを告げる
「ゆっくりしていてね! ゆっくりもどるよ!」


言葉とは裏腹に、まりさは素早く動き始めた
兎のようなスピードでぴょんぴょん跳ねて、夜の森を疾駆する

「ゆっゆっゆっ!」

その胸には、今でも星が宿っている

だが、夜の森は危険なのだ
まりさはそれを知っていたのに、友達の窮地を救うことだけを考えていた

ゆっくりは、脆弱な生き物だ――小さな失敗が、死に直結する

まりさの頭上から、何かが降ってきた
つるべのように、するすると

それは、発情したゆっくりアリス
己の唾液をロープ代わりに、木の上から降りてきた
まりさのような間抜けが、何も考えずにべしょべしょ走ってくるのを――今か今かと待っていたのだ

「まりざ! まりざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ゆべばらっ!?」

成長しきったゆっくりの体当たりを受けて、弾き飛ばされるまりさ
ごろごろと転がって、足元をふらつかせる
そこへ、巨大な体がのしかかってきた

「まりざぁぁぁぁぁ! ぼうしがなくてもがわいい! ぎゃわいいよぉぉぉぉぉ!」
「やっやべでぇぇぇぇぇぇ!」

圧倒的な質量を前にして、胸に宿った使命感は何の役にも立たなかった

「ハァハァ! まりざあぁぁぁぁぁぁぁ! まりざぁぁぁぁぁぁぁ!」
「やだぁぁぁぁぁ!」
ありすの伸ばす細長い舌
チロチロと蛇のように動くそれに、まりさは思い切り噛みついた

「ちょばぁぁぁ! いだいっ! あいがいだいよぉぉぉ! どうじでごんなごどずるのよぉぉぉぉ!」

体を傷つけられた痛みが、ありすの心の火をつける
加速する振動は、ゆっくりの域を大きく超えてエンジンと化した
情熱という名の炎が高く高く噴き上がる

「ままっままままっままっまままっまままっままままままっまぁぁぁあああああああああ!」
「ゆぎゃぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

そこにあるのは、交尾という名の地獄だった


「まりざぁぁぁあ!」
絶え間なく響く、ありすの絶叫
それは、ゆっくりしていたれいむの元へも届いた

「ま、まーまーまー……まー……ま、まり。……ま、まりさ?」
餡子の底で、ひびの入ったパズルピースがかっちりとはまる
カッと目を見開く、れいむ

そこへ、まりさの声が届いた
「ゆっぎゅりぃぃぃぃ! もっどゆっぎゅりじでぇえれらぁぁあ! れれえれいむぅぅぅぅ!」

一体、何がどうなっているのか?
何一つ理解しないまま、れいむは走った

向かった先で見つけたのは、超振動に耐えられなかった友達の姿
まるで何年も前に干からびた草のようだったが、れいむには一目で分かった
あれは、まりさだ
まりさだったものの、成れの果てだ

なぜ? どうしてこんなことに?

疑問を抱くれいむの目に、すっきりとした肉の塊が映る
ゆっくりアリス――あれが、まりさを殺したのだ

「よくもまりざぉぉぉぉぉ! ゆっぐりじねぇぇぇぇぇぇぇ!」

凶器の弾丸と化し、突撃するれいむ


だが、ゆっくりは脆弱な生き物だ
敵を攻撃する暇があるなら、逃げなければならない
そうでなければ、生き残れないのだ

ゆっくりするためのルールを破った、れいむ
待っていたのは、無慈悲な結末だった


成体ゆっくりの分厚い皮は、子供の突進などものともしない

だが、蚊に刺される程度の衝撃はあったのだろう
ありすは、ゆっくりと振り返り――まりさの帽子を目にする

「まっ! まりざっ! またあえてうれじぃ!」

ゆっくりアリスの跳躍は、全然ゆっくりしていなかった
大砲のような体当たりを受け、下敷きにされるれいむ

「ぼうじをかぶっでもずできぃぃぃぃ! あいじでるのぉぉぉぉぉぉぉ!」

べろべろと舐めまわされて、霊夢型ゆっくりの乏しい闘争心は木っ端微塵に打ち砕かれた
「ゆ、ゆっぐりやべでぇぇぇぇぇぇぇ! れいむはまりざじゃないよぉぉぉ!」

「どこからみでもまりざよぉぉぉ! どうじでわがっでぐれないのぉぉぉ!」
無理解な相手への、湧き上がる怒り
それが、ありすの情熱を吹き荒れさせる一滴の起爆剤となった

回り始めた歯車は全てを二つに分かつ車輪と化して、れいむの体へ襲いかかる
「あいじでるぅぅぅぅぅぅうううううううううう! ううあぁあああああああいいいいいいじぃいいいいいいい!」

殺ゆっくり的な振動を受け、れいむの頭から帽子が飛んだ
転がっていく、友達の形見
開いた傷口から、餡子が噴き出していく

「ゆぶっ!ゆぶぅぅぅぅ! ゆっぐりざぜでぇぁあえだだだあだぁああああああああ!」

交尾の途中で、れいむは絶命した



悪夢のような夜が明けた

惨劇の現場では、ゆっくりの赤ん坊が朽ちたまりさの体から実ろうとしている
母の体にぶら下がるのは、3つの魔理沙型ゆっくりと2つのアリス型ゆっくりだ
互いに「ゆっくりしていってね!」と声をかけあっている――ように見えたが、その目は別の相手に向けられていた

二股のしっぽを持つ黒猫が、ゆっくりたちの様子をうかがっているのだ

「んにゃ」
気の抜けた声を上げ、伸ばした手で魔理沙型ゆっくりを叩く猫

「ゆべし!」
小さな魔理沙は、その一撃でぺしゃんこになった

「ゆっくりやめてね!」「ゆっくりしようね!」「ゆっくりたすけてね!」

次々に声をあげるゆっくり
順番に叩く猫

「ゆべし!」「ゆべし!」「ゆべし!」

しゃべらなかったアリス型一体だけが、生き残った
だが、このままでは肉級の一撃で一反木綿のように潰されるのも時間の問題だろう

ゆっくりチャイルドは、己の親へと目を向けた
母の一人は、すぐそこにいるのだ

どうして助けてくれないのだろう?

キラキラ輝く爪が、顔の前まで迫ってくる
耐え切れず、助けを求めるチャイルドありす

「おかーざん! だずげでぇぇぇぇ!」

その言葉に、黒猫が振り返った
視線の先には、よく肥えたゆっくりアリスが一匹
「どうじで! どうじでなのぉぉぉぉ! すっきりできない! ずっきりできないよぉぉぉぉぉ!」
何やら叫びながら、ぶるぶると震えている
その下には、ぺちゃんこになったれいむの姿

交尾の途中で相手に死なれた、ゆっくりアリス
すっきりできないまま、一夜を明かしたのだった

「おがーざん! おがーざぁぁぁぁぁぁん!」
泣きわめく子供に、よく伸びた爪が突き刺さる

「ゆぁあ! ゆぁぁ!」
泣き叫ぶチャイルドありす

「ずっっぎりじだいぃぃぃぃぃ!」
震え続けるお母さん

引き抜かれる爪、こぼれる餡子
「ゆっぐりだずげでぇえ!」
死に掛けたチャイルドありすに、キャットパンチが止めを刺した
「ゆべしっ!」


子供を殲滅した黒猫は、ゆっくりと母親ありすに近づいていく

がぶり

丸々とした後頭部にかぶりつき、むしゃむしゃと食べ始める

「いだいぃぃぃぃ! すっきりできないぃぃぃぃぃ!」

ゆっくりアリスは、すっかり食べられてしまうまで交尾をし続けた



一部始終を見届けた、うどんげ

彼女は、森に住むゆっくりたちの生態を調査していた
徹夜で働いたせいで、すっかり充血した眼をこすりながら――永遠亭へと帰還する
出迎えたのは、てゐだった

「れーせん、今日はつらそうだね?」
「何だか嫌なもの見ちゃった。ご飯もこぼしちゃったし、散々よ」

簡単に挨拶をして、自分の部屋に戻る
今はもう、ただひたすらに眠りたかった

けれど、その前に報告書を仕上げなければならない


――数分後
うどんげの居室を覗き込んだてゐは、涎を垂らして眠りこける部屋の主と一通の書類を目にした


観察対象の死亡と、子孫の全滅を確認
報告に値する事実なし


  • 完-

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最終更新:2008年09月14日 10:19
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