霊夢×ゆっくり系9 巫女さんの結界栽培

博麗神社の巫女は別に貧乏ではなかった。金と信仰が集まらないこの賽銭箱に多少うんざりはしていたが。

金に困らないのだから食うものにも困らない。だから先月から始めた野菜栽培も日頃の妖怪との付き合いの合間、
その一時の暇を埋めるための様なものだった。
とはいえ自分が育てた野菜の収穫に期待をしないというわけでも無い。
彼女は神社の脇にある小さな畑と小屋に向かって軽い足取りで歩いていった。

畑は無惨にも荒らされていた。育てた大根は全部引っこ抜かれた上にあちらこちらかじられていたのだ。
ぐちゃぐちゃになった畑の土は糸を引くように小屋の中へと続いている。座布団一枚程の幅のその跡は
人によってはゴキブリ並みの嫌い方をしている生き物であることを示していた。

勢いよく開ける扉の音にびくっと体を震わせるその生き物、やはり正体はゆっくりであった。

「ゆっ!?おねーさんだれ?」
「おしょくじちゅうだよ!しずかにしてね!」
「これだからいなかものはこまるよ!」

深いため息を一つして改めてゆっくりと向き直す巫女さん
「あなたたち・・一体何故ここにいるの」

「なぜ?だってここは私たちのおうちだよ!」
「おねーさんはじゅうきょふほうしんにゅうだよ!うったえるよ!」
「そーだ!ゆっくりしないででてていってね!」

そのゆっくり達の様子に頭を抱えながら質問を変える巫女さん
「じゃあ外の野菜はどうしたの?」

「自分の家のたべものを食べてなにがわるいの?」
「久しぶりのだいこんぱーちーはもりあがったね!」
「ちょっと土がつきすぎててじゃりじゃりしたげどね!」
「あれおねーさんがつくったの?こんどはそこらへんにきをつけてね!」

巫女さんは静かに小屋をでた。後ろの方で帰って帰ってという声がけたたましく聞こえる。
ふと目を前に向けると小屋にいたゆっくりたちよりも一回り大きなゆっくりれいむが。
彼女たちのリーダーであろう母ゆっくりであった。
経験の差か、母ゆっくりは人間である巫女さんをみるとすぐに警戒態勢をとった。

「ゆっゆっゆっ!!」
異常な程に体が膨らむゆっくりを嫌悪感満載の目つきで見つめる巫女さん。
だが次に巫女さんからでてきた言葉は予想外のものだった。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっ!?」

笑顔で母ゆっくりを素通りし神社へと歩みを進めていく巫女さん。
その様子に、しまった!というような顔つきですぐさま小屋の中に入った母ゆっくりは
口を泥で汚したまま遊んでいる子ゆっくり達を見てほっと一安心した。

「おかーさんおかえりなさい!」
「あのね、へんなおねーさんがきたんだよ!みなかった?」
「むねもかおもひんそーなおねーさんだったけどね!」
「どうせゆっくりもできないおねーさんなんだよ。お家をとろうとしにきたんじゃない?」
「でもだいじょうぶだよおかーさん!まりさたちがおいはらったからね!つよい!わたしたち!」

何事も無く笑い合う娘たちの顔の泥を静かになめとる母ゆっくり。
人間に見つかったこの場所でここでいつまでゆっくり出来るだろうか、
そんな不安を抱えたまま15匹はいるであろうゆっくりれいむ、まりさと一緒に部屋の隅に固まって寝にはいった。

次の日小屋からでたゆっくりたちは近くの野原に皆で遊びにいくことにした。軽い朝ご飯探しも兼ねている。
「だれが一番さいしょにのはらにいけるかきょうそうだ!」
「ゆっくりしてたらまけちゃうよ!」
「まってよおねーちゃん!」
「まりさがいちばんのりだよー!うげぶぅ!」

突然何もないはずの場所で壁にぶつかった様なリアクションをするゆっくりまりさ。彼女の目には薄く涙があふれている。
「いたい・・!いたいよぉ!なんなのこれぇ!」
その異変に迅速に対応する母ゆっくり。その透明な壁に沿って歩いてみると、どうやら壁は小屋と畑をぐるりと取り囲んでいるらしい。
何者か、何の為かは分からないが彼女たちは閉じ込められたのだ。

「おかーさん!おかーさん!どうなってるの!」
「のはらにいけないよ!どーして!」
子供たちをなんとかあやそうとする母ゆっくり。
「ゆっ!おちついて!当分ここの周りでゆっくるするだけだよ!それに壁があるってことは周りから誰もはいって来れないってことだよ!
ゆっくりし放題だね!」

 ゆっくりし放題。その言葉にゆっくり達は目を輝かせた。
「ほんとだ!ゆっくりしほうだいだ!おかーさんすごーい!」
「これで食べられちゃうことも無いね!やったね!」

しかし母ゆっくりは最も気にすべきことは外敵のことではなく水と食料であることを理解していた。
食べ盛りの子供達15匹の腹をいかにして満たそうか。
小屋の横には井戸があるので水に関しては全く問題のない状況だったが食料についてはまるで用意が無い。
周りの雑草を食べてもそれは急場しのぎでしかないだろう。

「おかーさん!これなに?」
食料について考えていると一匹の子ゆっくりが小屋の奥にある小さな桶を押しながらもってきた。
中には大量の粒、そして一枚の紙が桶に貼ってあった。
この中で字が読めるのは母ゆっくりだけだ。それもひらがなしか読めないがそれを理解してのことだろう、
貼ってある紙もひらがなで書かれていた。

[だいこんのつくりかた]
1、つちをほる
2、たねを15こまく
3、5にちまつ
4、できあがり

本来説明書としてはあまりにも不親切な内容であったがゆっくりたちにとってはこれほど丁寧な説明書は無かった。
そう、その粒は大根の種だったのだ。
うまくいけばずっとおいしいものが食べれる。そう考えた母ゆっくりはすぐに子供達を呼び集めた。

「ゆっ!みんなで大根を作るよ!」
そう言って子供たちを集めるゆっくり。しかし全員、全くやる気がない。
「そんなことよりゆっくりしようよ!」
「おかーさんおなかすいた!」
「てきがこない~♪ゆっくりできる~♪」
「だいこんづくりなんてあのおネーサンにやってもらえばいいんだよ!」

やはり今の状況を理解してない子供たちに軽く苛立つ母ゆっくり。
「このままだとずっと雑草だけしか食べれないよ!」
いつもとは違う真剣な母親の強い口調に戸惑う子供達。

「なんで・・・?おはなやちょうちょは?」
「今は閉じ込められてるんだよ!大根を作らなきゃ死・・ゆっくりできなくなるんだよ!」
とっさに死ぬという単語は伏せる母ゆっくり。それでも子供達にとってはゆっくり出来なくなるということは
彼らにとっての死の概念みたいなものだったのかもしれない。

「いやだぁ!ゆっくりしたいよぅ!」
「とじこめられてるってどういうこと!?」
「おなかへったよ!ちょうちょがたべたい!」

騒ぐ子供達をなだめる母ゆっくり。それでもなんとか子供達に食べ物を与えたい彼女はいいことを思いついた。
「ゆっ!じゃあみんな自分で大根を作ろう!出来た大根は自分で食べていいよ!」

人間ではないとはいえやはり姉妹だからか姉妹同士の競争が好きなゆっくりたちはこの「大根競争」に
一様に興味を引かれたようだった。

「れーむがいちばんおおきなのをそだてるよ!」
「まりさがいちばんはやくだいこんをたべるんだから!」
各々で意気込みをぶつけ合う子ゆっくり達が微笑ましいのか笑顔で眺める母ゆっくり。

こうしてゆっくり達のゆっくり栽培が始まった。

朝起きて畑を耕して種を埋め、井戸からくんできた水を撒く。
ゆっくりにあるまじきその規則正しい生活に子ゆっくり達は静かにストレスをためていった。

加えて大根が出来るまでの食事が雑草であったこともあり幼い子ゆっくり達は毎日毎日文句を言った。
「いや!ゆっくりする!ちょうちょがたべたい!」
「雑草はおいしくないよ!ゆっくりできない!」
その叶えがたい注文に必死になだめる母ゆっくりもその毎日の応答のため余計に苛立を感じていた。

小屋の周りという限られた場所の雑草の量が限られていることも致命的だった。
食べ盛りの子供達が15匹もいればどれだけ生えていたとしてもその量が五日分もあるわけが無かった。
3日の夜には小屋周辺はダスキンもびっくりする程綺麗に雑草が消えていた。

四日目に作業をしていたのは母ゆっくり一匹のみ。他の子ゆっくり達はお腹がへって遊ぶことすらできない程
衰弱していたため小屋の中でゆっくりと寝ていた。

五日目に完成するはずの大根畑を眺めて母ゆっくりは少しの不安を感じた。なぜなら未だにその芽すら
畑にはでていなかったからだ。
だからといってその恐ろしい現実を子供たちに知らせてどうなるだろうか。
母ゆっくりはその思いを必死にこらえて自分だけで背負うことに決めた。

その夜、朝昼とゆっくりしていた子供たちは多少元気があるのか小屋の隅で全員そろってひたすら蠢いていた。
一体何をしているのか、気になった母ゆっくりはその子供たちの中心を覗きにいった。

「あ!おかーさん!」
「みて!これ!がんばってかいたんだよ!」
そこには15匹が思い思いに描いた母ゆっくりと思われるつぶれた饅頭の絵が所狭しと地面にならんでいた。
小石をくわえて描いたのであろう子ゆっくり達の顔は泥だらけだったが皆一様に顔をきらめかせていた。
「ゆっ・・・!ありがとうねみんな!」
母ゆっくりの顔はその日の疲れがいっぺんに吹き飛んだ様な笑顔であふれていた。

五日目
「ゆっくりしていってね!」
一番幼い子ゆっくりが元気な声で家族を起こした。
時刻は朝五時、いつも六時ぐらいに起きているゆっくり達にとっては考えられない程の早起きだった。

全員が眼を覚まし終わり小屋の扉の前に整列をした。
「ゆっゆっ!」
興奮が覚めない子供たちと不安を抱える母ゆっくり。一番幼い子ゆっくりが小屋の扉を体を使って思いっきり開けた。

「ゆっ!?」
そこにははっきりとした人影が。
そう、初日に顔を合わせたあの巫女さんが畑の中心に大きなかごを背負ってそこに立っていたのだ。
「あらおはよう、朝早いのね」

予期せぬ来訪者に驚きを隠せないゆっくり達。一番幼い子ゆっくりが声を張り上げた。
「おねーさんそんなところでなにしてるの!」
「いやね、久しぶりに早起きが出来たんで朝一番の散歩をゆっくりとしていたらいいものを見つけたんでよろこんでいたのよ。
やっぱりゆっくりはするものよね」
「ゆっ!そーだよ!ゆっくりはいいものだよ!ゆっくりしていってね!」
「それでおねーさん。いいものって何を見つけたの?」

巫女さんはゆっくりと背負っているかごの中身を見せた。
「大根よ!」

そこには自分たちが育てたであろう大量の大根が土がついたままかごの中に収まっていた。
「何を言ってるの!それはれーむたちがゆっくりつくったものだよ!」
「おねーさんのものじゃないよ!はやくかえしてね!」

「そっちこそ何言ってるの?これは私が最初に見つけたのよ。私のに決まってるじゃない。
これだから田舎者は・・・」

「れーむたちはいなかものじゃないよ!いけいけのとかいはだよ!いなかものはそっちでしょ!」
「そーだよ!早くでてってね!」

そう言っている幼いゆっくりは巫女さんに体当たりをしようとぽよんぽよんと巫女さんに向かって飛び跳ねていく。
「ゆっくりしね!」

その体当たりをゆっくりとかわした巫女はそのゆっくりの額に鋭いデコピンを放った。
「ゆっ!?ゆあああ!」
コロコロと転がって家族達のもとに帰るゆっくり。
「だ、大丈夫?」
「ゆっくり痛みをこらえてね!」

大したダメージでもないが初めての痛みに泣き叫ぶ幼いゆっくりに母ゆっくりは泣き止んでもらおうと必死だ。
「いだいいい!おがおがいだいよおおお!」
「大丈夫だよ!すぐに痛みはひくからね!」
そういって幼ゆっくりの顔をなめてあげた母ゆっくりはさっきまで自分たちの前にいた巫女さんが今は消えていることに気づいた。

「とりあえずお家でゆっくりするよ!みんなお家へ!」
ぽんぽんと急いで小屋へとはねていく子ゆっくり達。しかし扉の開いた小屋の中には予想もできなかった人物がいた。

「ゆっ!?おねーさんなにしてるの!」
「そこはれーむ達のおうちだよ!」

そこにはさっきの巫女さんが籠をおいてゆっくりとくつろいでいた。

「あら、こんどはなに?ここがあんた達の家?」
「そーだよ!もう何日もここに住んでるんだよ!」
「知らないわよ。あたしが今ここを見つけて住んでるんだからここは私の家でしょ。あんたばかじゃないの?」
「ゆっ!れーむ達はばかじゃないよ!ぷんぷん!」

顔を膨らませて主張するゆっくりだが巫女さんは相変わらず涼しい顔だ。

「しったこっちゃないわ。うるさいからとっととどっかいってよ。」
「もう怒ったからね!ただじゃおかないびゅ!」
小屋の中に入ろうとしたゆっくりは以前も聞いた様な声を出した。

そうこの周辺に閉じ込められたあの日と同じ声だ。
「あの壁だ!あの壁がここにもあるよ!」
「おねーさんが私たちを閉じ込めたの!?」
「どーしてこんなことするのぉ!?」
口々に声を荒げて質問をするゆっくり。

そんなゆっくり達をちらとみて何を考えたのか小屋の入り口方向へ巫女さんは歩いて
「どーぞ」
大根を五本、結界をするりと通してゆっくり達に投げ渡した。

「おねーさんくれるの!?」
「ありがとう!おねーさん!」
元々は自分たちの育てた物だと忘れているのか、ゆっくり達は心から巫女さんにお礼を言った後三本の大根にむしゃぶりついた。
さっきデコピンを食らった幼ゆっくりは未だに泣きわめいていてその大根に気づいていない。
それに付き添っている母ゆっくりも

しかし丸一日食事を抜いたゆっくりの食欲は半端なものではなかった。みるみると葉っぱだけになっていく三本の大根。
そこまできて姉達が食事をしていることにようやっと母ゆっくりと幼ゆっくりは気づいた。
「れーむ!れーむのごはんは!?」

地面に落ちた葉っぱ、それにめがけて幼ゆっくりは突進したがすんでの所で姉のゆっくりまりさに食べられてしまった。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!」
「しあわせじゃないよぉ!れーむのごはんわぁ!?」
お腹のすいた幼ゆっくりは姉達の批判に必死だ。
それに対してお腹のふくれた姉ゆっくり達はニヤニヤしながら幼ゆっくりを見つめている。
「ゆっくりした結果がこれだよ!」

その日、幼ゆっくりを除いた子供達は夜まで遊びほうけた。
その間母ゆっくりはそれまで同様、一匹で大根畑で働いていた。
子供達はお腹がいっぱいになったことがうれしいせいか母ゆっくりの手伝ってという言葉に耳をかさなかったからだ。

「おなか・・・すいたよ・・・」

結界にくわえて扉が閉められた小屋には巫女さんがいるかどうかも分からない。
夕御飯の無い今、余計なことで力を使いたくはないゆっくり達は巫女さんに抗議することも無く小屋の裏で固まって寝た。

六日目、
「・見・・!」
その不思議な大声に気づいた幼ゆっくりは眠たい眼をこすってゆっくりと声のした小屋の表へ向かった。
「ゆっ・・・!大根だ!大根がたくさん生えてるよ!」
その興奮を抑えきれないまま幼ゆっくりはこの喜びを分かち合うため小屋の裏にいる家族のところへと急いだ。
「おきて皆!大根だよ!大根が生えてるよ!」
「本当!?」
「今日こそ大根パーティー!?」

皆そろって目を覚ますのに多少の時間はかかったが幼ゆっくりは未だに顔を赤らめていた。
「おかーさん、今日はおなかいっぱいになれるね!」

だが畑に戻ったゆっくり達の顔は微塵も赤くはならなかった。昨日同様そこには大根等一本も生えてなかったからだ。
「どういうこと!?」
「うそつきはきらいだよ!」
「ほんとだもん!生えていたんだもん!」
姉ゆっくり達は幼ゆっくりに嘘をつかれたと思い様々な言葉で罵倒した。

「ちょっと家の周りでうるさくしないでよね!」

そう言った巫女は今日もまた大根を放り投げてくれた。腹が減ってるからいらついてるとでも思っているのだろう。
しかし、今日もらった大根は三本のみ。昨日より二本も少ない。
それでもお腹のへったゆっくり達はその大根に我先にとかぶりついた。
今日こそはと幼ゆっくりも大根に向かって勢いよく走った。
「食べる!今日はれーむもたべるよ!」

「嘘つきにあげる大根は無いよ!」
「私たちが食べるまでゆっくりしててね!」
しかしさっきのぬか喜びさせた妹の声に余程腹が立ったのか姉ゆっくりは妹に大根を食べさせるのをゆるさなかった。
「いやだよ!たべたい!大根食べ・・あああああ!」
なんとか姉の体をくぐってその中心へと辿り着いた幼ゆっくりがみたものは大根の汁でびちゃびちゃになった茶色い土だけだった。
「なんでぇ!なんでええええ!」
「大丈夫だよ!ここに少し残ってるよ!」

そんな幼ゆっくりに母ゆっくりは自分の食べ残しを口から出して食べさせた。それは本当に少しだけだったが
幼ゆっくりにとっては久しぶりの食事、幼ゆっくりの顔に喜びの色があふれた。
「おかーさん!ありがとう!ゆっくりたべるね!」
そう言ってほんのわずかな大根を食べる自分の子供に母ゆっくりは静かに微笑みながらその様子を見守った。

昨日と同じように一匹で空腹なまま作業を続ける母ゆっくり。少しでもお腹がいっぱいになる可能性があるなら
そう思って彼女は作業をやめなかった。
「おかーさん、私も手伝うよ!」
そういって母を思いやったのは幼ゆっくり一匹、それでも母ゆっくりはその思いやりに心を打たれたのだった。
「じゃあいっしょに水を汲もうね!」
「いっしょに種をまこうね!」
「いっしょに大根をそだてようね!」

幼ゆっくりの手伝えることはほんの少ししかない。だがまだお腹がすいているであろうその小さな体を一生懸命動かす幼ゆっくりを
見ているだけで母ゆっくりは自分の空腹を満たすことが出来た。

閉じ込められてから七日が経った。
ものを食べているとはいえ一日に大根三本。14匹のゆっくりが早起きできる程の体力は残っていなかった。
ましてやほとんど食事をしていない幼ゆっくりと母ゆっくりが彼女達より早起きが出来るわけがなかった。

当然その日も食事は巫女さんからのお恵みしか期待できない。しかし今日巫女さんから投げ渡されたのは
「いっぽん!?たったいっぽん!?」
「こんなんでゆっくりしろっていうのぉ!?」
「もっとちょうだい!もっとだいこん!」

必死に巫女さんに異議を申し立てるゆっくり達の中に幼ゆっくりと母ゆっくりはいない。
後ろの木にべちょんと寄りかかってうつろな目をしている。
燃費の悪いゆっくりにとって三日間まともな食事をしないことは、特に食べ盛りの幼ゆっくりにとっては命に関わることだった。

「うっさいわね、この大根今日も土ついてるじゃない。管理を怠った罰よ。ゆっくり反省しなさい」

「それはれーむたちが作ったものだよ!かえしてよ!」
「そーだよ!おねーさんのじゃないよ!まりさたちのだよ!」

確かにその日に生えている大根は彼女達が植えたものだが現在畑を耕しているのは母ゆっくりと幼ゆっくりの二匹だけだ。
空腹が進んでいるせいか母ゆっくりは子供達の言い草に初めて苛立を感じたがその空腹のせいでまた怒りきれないことも事実だった。
何とももどかしい気持ちがうつろな頭の中を駆け巡っていた。

結局その日のお恵みは大根一本に終わった。その一本も姉ゆっくり達によって母や妹に何の慈悲も無く食されていく。
それでも母ゆっくりは大根作りに動き出す。もう既にそれが体にしみ込んでしまっているのだ。単純故のゆっくりの性なのかもしれない。
そしてその母親を手伝おうとする幼ゆっくり。彼女はただ実直に母を思いやるその心で自分の体を動かしていた。

「み・・水をくもうね・・・!」
その母の言葉に息も絶え絶えにゆぅゆぅと返事をする幼ゆっくり。その様に涙が流れるもその気持ちが嬉しくてしょうがない母ゆっくりは
笑顔を抑えられない。今母ゆっくりは幼ゆっくりの思いやりのみで動いていたのだ。

「さあこのひもをくわえて、頑張って・・・引くよ!」
「ゆっ・・!頑張るよ・・・!」
井戸の中へと滑車を通じて続く縄を口をくわえて二匹一緒にひっぱる。前に幼ゆっくり、後ろに母ゆっくり。率先して縄を引こうとした
幼ゆっくりの健気な思いがその順番をつくった。

「ゆっ・・・ゆっ・・・うぅ・・」
今までの慣れない疲れが母ゆっくりを眠りへと誘う。
「う・・・うぅ・・あ・・・」
とうとう眠気に勝てずよだれを垂らしながら口を開けて眠りにはいる母ゆっくり。

「ゆっ!ゆうううううう!!」
途端、幼ゆっくりがさっきまでたぐりたぐり引っ張っていた縄と一緒に猛烈な勢いで宙にあがった。
その方向には激しく回転する滑車がガラガラと音を立てている。
あまりの急な出来事に幼ゆっくりは縄を離すどころか逆に力一杯に縄を噛み締めてしまっている。

「うっうっ!!うあ゛ぎゅうう!!!・・・」
久しぶりに聞く同族の断末魔。
一気に覚醒した母ゆっくりはさっきまで近くにあった縄、自分の子供がいないことに気づいた。
静かに井戸の方向を向く母ゆっくりに汗が吹き出る。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛わだじのお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」

井戸の滑車には少量の餡子とさっきまでさっきまでいっしょに大根畑を成功させようとしていた自分の子供の皮と思われるぼろぞうきんが
べちゃりと絡まっていた。

「お腹がへってたのに゛い゛!頑張ってたのに゛い゛!!なんでえ゛!!なんでえ゛え゛え゛え゛!!!」
「ゆっ!どうしたのおかーさん!」
「だいじょうぶ!?ゆっくりできる!」

さっきまで木のそばでごろごろと転がって遊んでいた子供達が母親の異変に気づいてやってきた。
だが当の母親は幼ゆっくりの死しか見えていない。

「ゆっ!なんかいいにおいがするよ!」
「ほんとだ!あまいかおりだ!どこからかな!」
「あれだ!あの糸からあまいにおいがするよ!」
「やったねひさしぶりのでざーとだ!」

その餡子が自分たちの妹であると全く気づかない姉達は餡子を食べようと全員で縄を引きはじめた。

母ゆっくりが静かに動いた。

「おーえす!おーえす!」
「おーえす!おーえす!」
「おーえす!おーお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!」

突然の後方からの悲鳴に全員が後ろを振り向く。
そこには自分たちの母親と思われるゆっくりが鬼の形相をしてまりさの頭に食らいついていた。
「いだい!いだいよ!おがーざん!はなじて!」
「・・いこん」
「ゆっ?なに?」
「だいこんを作ってね!」
不気味な程に笑顔で喋る母ゆっくり。
「そ、それはおかーさんのしご・・いだあ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
母ゆっくりのあごがまりさの顔の中心へと近づく。
「つぐる!つぐるがらはなじでえ゛え゛え゛え゛!!!」

ようやくまりさの頭から母ゆっくりの口が外れた。
まりさの額には痛々しく大きな歯形が残っている。

今までに見たことが無い異様な母ゆっくりを見た他の子供達がそのまま井戸の周辺でゆっくりしているわけが無かった。
急いで縄をたぐり寄せ水を用意して三日まで続けていた農作業に性を出し始めた。
しかし母ゆっくりは仕事をしない。井戸に寄りかかってゆっくりと子供達の農作業を見ているだけである。
度々上を見て切なさそうにする母ゆっくり。

しかしそのゆっくりする母に対して先ほど頭を噛み付かれたまりさの息はじょじょに速まっていく。
「ゆっ・・!ゆっ!ゆっ!」
それでも先ほどの恐怖が最も残っているまりさはなかなか倒れない。顔面を使って畑を耕す彼女の頭からは餡子がこぼれ土と混ざり
最早まりさ自身が肥料と化している。

「ゆっくりし・・・ゆっくりし・・ゆっくり・・」
ついに畑に顔面から突っ伏してしまうまりさ。だが、まだ息が残っているのかこふーこふーとかすかな息づかいが聞こえる。
「だいじょうぶ!?今助けにいくからね!」
そのまりさといつもゆっくりしていたれいむがぽんぽんと姉妹であり親友であるまりさのもとへとかけよる。
だがそこにそれ以上の速度でどすんどすんと近寄ってくる巨体がれいむの視界へ入りまりさのもとへとたどりついた。

「おかーさんだ!よかったこれでまりさもたすかる!」
まりさが瀕死になっている理由がなんだったのか、れいむの頭からはもうそのことは掻き消えている。

「おかーさん・・た、たすけて・・・」
「だいこんをつくってね!」
「つくれないよ・・・ゆっくりしたいよ・・・」
「あのこはゆっくりできなかったよ!」
そういって母ゆっくりはまりさの傷口に口をつけた。
「ありがとうおかーさん・・!なめてくれるんだね・・・!」
まりさが力無い笑顔を作る。

母ゆっくりは口をあてたまま勢いよくまりさの餡子を吸い出し始めた。
「ゆぎゅう゛う゛う゛!!!やめでえ!!すわないでえ゛!!!なめでよお!!きずをなめてよお゛!!!」
今度の声は間違いなく母ゆっくりには聞こえていなかった。今は餡子を吸うという仕事に農作業以上にいそしんでいるのだから。
「やだあ゛!!あんごがんぐなるう゛!!あんごがあ゛!!!わだじのあんごがあ゛!!!あんご!!あんご!あんごぉ・・」

ついにせんべいのように平らになったまりさは声を上げることができなくなったのか、紙のように薄くなるまで痙攣するだけだった。
「まりざあ゛あ゛あ゛あ゛!!!どお゛じで!!どお゛じでこんなことするのおがーざん!!!」
大切な姉妹が神、もとい紙になってしまい声を荒げるれいむ。母ゆっくりはそのれいむに向かって笑顔で喋り出した。
「だいこんをつくってね!おかーさんはおなかすいたよ!でも・・・」
次の言葉に子供達は驚愕した
「大根もいいけどあんこもね!」

それからさらに五日間、子供達は黙々と大根作りをこなしていた。
巫女さんから渡される大根はあの日以降一本のままだった。

しかしあの母ゆっくりの台詞が頭を離れない子供達は涙をのんでそのなけなしの一本を毎日母親に献上した。
「うんめ!めっちゃうっめこれ!」
いかにもな顔でこちら見ながら大根にむしゃぶりつく母親に子供達は反逆したかった。
だがそれはもう遅かった。初日の万全な体力だったらどうにかなったろうが空腹状態の今となっては大根で腹を満たした母ゆっくりに
勝てるわけが無かったのだ。

五日間の間、倒れたゆっくりは9匹。慣れない労働と育ち盛りの絶食のせいでその弱り方は母ゆっくり以上に速かった。
倒れた子供達を遊ぶように様々な方法で食べる母ゆっくり。

頬を食いちぎりそこから餡を吸う。
「いやだあ゛!おせんべはいやだあ!!おねーちゃんたちだずげでよぉ!!!おねえ゛ぢゃん!!おねえ゛え゛ぢゃあ゛あ゛あ゛あ゛・・・」
助けは来なかった。幼ゆっくりと母ゆっくりに誰一人手を貸さなかったように。

頬を食いちぎった後、吸わずに空気を目一杯吹き込む。
「うぐぅ!!ふぐれる!からだがふうぜんみたいにい゛!ぶ!!おがーざん!やめで!いますぐやめで!ぶ・・!ぶぶぶぶぶぶぶっ!」
破裂し飛び散った餡を綺麗になめとる母ゆっくり。子供達もそれにありつきたいがまき散らす餡が次は自分のものになるのではと思うと近寄れない。

自分の口に入れた大量の水を食いちぎった頬から流し込む。
「あがあ゛!やめ・・びゅ!おびずぎゃ!にゃがれてぐじゅお!!いじゃい!みじゅがいじゃい!あじゅげでぇ!おがががが!!!」
傷口から流れる水と餡が混じったものが口の中に広がっていく。子供が絶命後母ゆっくりはそれを冷製しることしてたいらげた。

一度倒れればすぐさま母親の口の中へと凄惨なカタチで運ばれていく。
それを思えば思う程ゆっくり達は自分の体を無食で酷使し寿命を早めていった。

初日から二十日が経った。
残っている子供はとうとう二匹になった。
まりさとれいむがそれぞれ一体ずつ、どちらも家族の年長者の上から一番目と二番目だった。

その日の朝、二匹は早朝5時に既に起きていた。というより日頃の過剰なストレスと空腹でついに眠れなくなったのだ。
白んできた空に新鮮な印象を受けるゆっくり達。こんな修羅場でも感動はするのだということが少しおかしかった。

そんなさわやかな朝に場違いな紅白衣装がいつもより濃い朝もやの中を歩いている。
あれは巫女さんだ。一体こんな朝に何をしているのか。
そう思いながら二匹が見つめていると巫女さんはまだ何も生えていない大根畑の中心に立って叫んだ。
「風見幽香!」

その途端畑からぼこぼことあっという間に大根が生え出した。
その突飛な光景にあっけにとられる二匹。

「しっかし何回見てもきもいわねこの現象。最近幽香が麦わらかぶって野菜作ってるからダメ元で特殊な種を頼んでみたけどここまでのものとは」
そう言って巫女さんはかついでいる籠に大根を抜いて放り投げ始めた。

「かえして!それは私たちが育てた大根だよ!かえして!」
「ゆっくりしないでかえしてね!5本、いや全部返してね!」
とうとう大根畑の謎を理解したゆっくり達は強気だ。

あちゃーといって手を額に当てる巫女さん
「ばれちゃったかー。まあいいわ。どっちにしても先に大根を見つけたのはあたしよ。それに変わりはないわ。
あんたらの意見だと衣食住は早い者勝ち、当然この大根もね。そうでしょ?」
「わけ分からないこといわないでね!とっととかえしてね!それともけんか売ってるの!?」
「そーだ!ひりょうにするぞおねーさん!」

ここ最近体を動かして働いていたゆっくり達は自分たちの力を過信していた。しかしそれはゆっくりの中での話。
人間でいえばその力はせいぜい5歳児程でしかない。ましてや気合いで啖呵を切ってはいるもののもう十日以上食事をとっていないのだ。
いざ戦えばその結果は歴然だった。

しかし、巫女さんはその安い挑発に乗らずに笑顔で対応した。
「ごめんなさい、じゃあいますぐかえすからっ!」
そういて巫女さんは大根一本を朝もやのより濃い方に向かって放り投げた。
「まって大根さん!まって!」
「ゆっ!まってよまりさ!」

二匹はその大根に向かって出来る限りの速さで走った。
もはや霧に近い朝もやの中心に大根は落ちていた。
「ゆっ!久しぶりの大根だよ!」
先に辿り着いたまりさはれいむを待たずにその大根にかぶりついた。
「むーしゃ♪むーしゃ♪しあわせ~!」
口の中に広がる大根の甘さに幸せを感じるまりさ。

「ゆっ!ずるいよまりさ!私のも残しておいてね!」
声に反応してかまりさが食事を楽しんでいることに気づくれいむ。今日こそは大根パーティーだ。

「むーしゃ♪むーしゃ♪しぎい!?」
二度目のまりさの台詞が何かで遮られる。
急いで食べたんで舌でも噛んだな、いやシンボめ!
そう思いながらもやの中心へと辿り着いたれいむは今までで最も異様な光景を目にした。

ゆっくりの中にゆっくりがいる・・・?
あれが世に聞くにんっしんっというものなんだろうか。それにしてもまりさはどこだまりさは・・・
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛れいむう゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!」

大きなゆっくりの中に埋まっているゆっくりまりさがこっちに向かって叫んでいる。
そう、れいむが探しているまりさはあの・・・母ゆっくりの口の中にいるまりさだ。
「まりざあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!おがーざんだしてあげて!まりさをだして!だしてよお゛お゛お゛お゛お゛」

「まりふぁ?ちあうふぉ!ふぉれはふぁいふぉん(大根)ふぁふぉ!いいひほい(匂い)ふぁふるふぉん!」
「違うよ!まりさは大根じゃないもん!出してよ!口から出して!」
「ゆっ!この大根喋るよ!不思議大根むーしゃ♪むーしゃ♪」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛いだい゛い゛い゛い゛い゛い゛いやだあ゛あ゛あ゛あ゛」
「おねがい゛!おがーざん!まりさを離してあげて!おねがい゛だからあ゛あ゛!!」

二匹の絶叫が森の中でこだまする。その二匹の絶叫が母ゆっくりの一言で止まった。
「じゃあふぁいふぉんづくりふぁ?」
ところどころ齧られ隙間が空いたまりさの端からさっきより聞きやすい声が聞こえる。

「そーだよ!おかーさん!じつはあのおねーさんが私たちの大根をとってたんだよ!声を出すとでてくる不思議な大根だったんだよ!」
「ゆっ!やっふぁり不思議ふぁいふぉん!ガシュッ!」
「うっぎゅう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛まりざあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

不思議大根。そのフレーズがまさかまりさを殺す引き金となるなんて。
言いようの無い罪悪感に苛まれるれーむ。
「いやあ゛あ゛あ゛!!れーむはまりさをころしてない゛!ごろじでない゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」
「おなかへったよ!まだたべるよ!」
突如腹ぺこ宣言をする母ゆっくり。
その目線が自分を見つめている。ゆっくりしている場合ではなかった

「う゛あ゛・・・う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「まって!不思議大根!」
自分の子供を最早大根と見なし追ってくる母ゆっくり。
れーむはどこへ逃げているのかも分からない勢いでひたすら走った。

もやを抜けるとそこは小屋の後ろ側。
そしてその先には籠を背負ったあの巫女さんが。
「まって!おねーさん!大根かえして!ゆべっ!」
巫女さんは外にいるにもかかわらずあの透明な壁は未だに畑を取り囲んでいた。

大根も無い。逃げれない。食われる。ゆっくりにとって最も分かりやすい絶望がそこにはあった。
「いやだあ゛!!ゆっぐりじだい゛よ゛お゛!!!おねーざんだいごんがえじで!ごごがらだじで!おがーざんだずげで!
おうぢがえるよ゛!!じにだくない!!ゆっぐりじだい!!いやだあ゛!!い゛い゛やあ゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」



「全く・・・そもそもなんなのあいつら。れーむれーむって人名前を勝手に使うんじゃないわよ。小屋の中の気持ち悪い絵だって
私を描いてるわけじゃないんでしょうけどリボン一個でも似ていると気持ち悪くてしょうがないわ。
まあ、またこんな機会があったら次は人参でも作ろうかしら。ゆっくりどころかあのウサギ連中も釣れそうだけど。」



巫女さんが結界を張ってから一ヶ月後
小屋の中は空だった。似顔絵は砂に変わっていた。滑車の餡子は鳥が啄みきれいに消えていた。
子ゆっくりはいなかった。母ゆっくりは土と同じ色をしていた。

十日ぶりにやってきた巫女さんは大きな声で叫んだ。
「風見幽香!」

巫女さんの名前は博麗霊夢。楽園のすてきな巫女さんだ。

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最終更新:2008年11月18日 12:51
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