アリス×ゆっくり系7 ゆっくり養成所

 少し大きめの人形が背負っていた籠をひっくり返すと、中から小ぶりなゆっくりまりさがぼとぼとと落ちてきた。
 生まれたばかりの個体であるため、まだ全体の半分ほどがゆっくりゆっくり夢の中。

 そんなゆっくり達を覚醒させたのは、ぱんぱんという軽快な音。
 優しそうな女の人の声が、最後まで眠りこけていたゆっくりを引き上げる。

「ゆー?」
「ゆゆ!」
「ゆっくり!」
「ゆっくり!」
「「「ゆっくりしていってね!!!」」」

 目覚めたばかりだというのに、元気のいい大合唱。
 女の人はにこにこしながら、赤ちゃんゆっくり達の数を数えていた。

「さあみんな、おはよう。生まれたばかりでお腹も空いているでしょう」
「ゆ!おなかすいたよおねえさん!」
 百匹を越えるゆっくりたちの訴えに、女の人は笑顔で応えた。
「ほら、あそこを見て」
「ゆ!ごはん!ごはん!ゆっくりたべたい!」
 女の人が指差した先には、おいしそうな食べ物がおいてあった。
 さっそく走り出そうとしたゆっくりたちは、透明な壁に阻まれてそれ以上進む事ができない。
「焦らないの。そうね、ちょっとその前にゲームをしましょう?」
「げーむ?」
「そう。五匹ずつ、かけっこ。一番についた子はごはんをいっぱい食べさせてあげる」
「ゆゆ!たのしそう!やりたいやりたい!」
「そう?じゃあまずは、あなたと、あなたと、あなたたちね」
「ゆ!ゆっくりはしるよ!」
「ゆっくりいちばんとるよ!」
 選ばれなかったゆっくり達からは不平不満が出たが、女の人は気にするそぶりもなく五匹を壁の向こう側へつれていった。
「じゃあ、よーい、ドン!」

 ぴょんぴょんぴょん、いの一番にゴールしたゆっくりが嬉しそうに真っ赤なリンゴにかぶりつく。
 負けじと駆けつけた二番のゆっくりも、いい匂いのする桃をぺろり。
 少し遅れて三番のゆっくり。よく焼けたクッキーをばりばりと食べた。
 四番目のゆっくりは、ちょっと硬いにんじんをほおばった。
「ゆ!ごはんがないよ!おねえさんゆっくりもってきてね!」
 もたもたしていた五番目のゆっくりがゴールするころには、もともとそんなに多くなかった食べ物は四匹の腹に収められてしまっていた。
 五番目のゆっくりが不満げに振り返ると、
「ゆ゛う゛う゛う゛ぅぅぅ!!」
 目の前まで迫っていた人形の槍で、大きく開けた口をずぶり。
「な゛に゛ずる゛の゛お゛お゛おぉぉお!!!」
「ゆ゛っ゛ぐり゛や゛べでぇぇぇ!」
 泣き喚くゆっくり達に、女の人は思い出したように、
「そうそう、一番足の遅い子には罰ゲームね」
 楽しそうに言い放った。
「大丈夫よ。ドベにさえならなければいいんだから。簡単じゃない」


 しばらく時間が経って、20体分の餡子を踏みつけながら女の人が言った。
「ふう、みんな終わったかな?おつかれさま。家の中にあなたたちのお部屋を用意してあるから、
 そこでしばらくゆっくりするといいわ」
 死に物狂いで走り抜けたゆっくりたちは、荒い息を隠そうともせずにずるずると人形に案内されていった。
 涙と鼻水でべしゃべしゃになった顔を洗うことも許されず、80匹のゆっくりが四メートル四方の部屋に押し込まれる。
 窓のないその部屋で、ゆっくり達は三日を過ごすことになる。
 食事は一日一度、人形が溶けかけた野菜の切れ端や干からびて黒ずんだ肉を持ってくるだけ。
 水も一日に二回、バケツに汲んだ水をぶっかけられるだけ。
 ゆっくり達は何故自分たちがこんな仕打ちを受けなければならないのかわからなかった。

 生まれて四日目、女の人がドアを開けた時には、力尽きたもの、喧嘩で押しつぶされたものがいくつかいた。
 60匹に減ったゆっくりたちは、のそのそと人形に追い立てられるまま部屋の外へ。
「みんなおつかれさま。さあ、今日も楽しいゲームをしましょうね」
 その言葉を聞いて「や゛だあ゛あ゛あ゛ぁぁ!」泣き叫ぶものと、ほぼ無反応なもの。
 そして、ごく少数、澱んだ目を細めるものもいた。
「今日は、障害物競走で遊びましょう。ほら、ゴールにはおいしいごはんがあるから、がんばりましょう!」
 女の人が指差した先には、とてもとてもおいしそうな果物や、野菜がおいてあった。
 しかし、そこに至るまでのコースにはどうひいき目に見ても致命的なトラップが三つ、ゆっくりたちを待ち構えていた。

 一匹のゆっくりは最初の平均台で足を滑らせ、煮え立つ油の中に落ちた。
 また、狭い足場を踏み外して竹やりに串刺しにされたゆっくりもいた。
 十分に体を平べったく出来ず、回転するノコギリに額を削られた。
 それらを突破して、最後の直線にまでたどり着いて、ほっとした笑顔のまま落とし穴に落ちた。
 何とか落とし穴を回避してゴールしても、グループの中で最下位だったため罰ゲーム。
 中には小ずるいやつもいて、先をゆく仲間を踏み台にしてトラップを突破するものもいた。

 人形を傍らに控えさせた女の人は、ゆっくりたちの悲鳴を聞きながら紅茶を楽しんでいた。


 最後のグループは三匹のゆっくりがゴールした。
 顔を歪ませながら落とし穴を抜けた四番目のゆっくりまりさは、仲間がうまそうに餌をむさぼっているのを見ながら人形の槍に貫かれた。
「ゆ゛ぎゅ゛う゛う゛ぅううう!!!」
 先にゴールした20匹のゆっくりは、もはや興味がないとばかりに餌にがっついていた。
 ゆっくりが刺さったままの槍を高々と掲げた人形は、冷たい表情のまま槍を振ってまだ痙攣しているゆっくりを捨てた。

 ぱち、ぱち。女の人がにこにこ笑いながら、嬉しそうに拍手をしている。
 20匹のうち16匹はなんの反応も示さなかったが、4匹のゆっくりは歪んだ笑顔で、楽しそうに
「ゆっくりしていってね!!!」
 ぴょんと一度跳ねた。


 それからまた一週間、ゆっくりたちはもといた部屋に閉じ込められた。
 80匹ではかなり苦しかった室内も、20匹なら何とか生活スペースは確保できる。
 それでも、力のないものや比較的体の小さいものは隅に追いやられていった。
 弱いゆっくり達は一日に一度の腐りかけた食事さえ満足に口にできず、日に日に弱っていく。
 ある日、空腹で死に掛けていたぼろぼろのゆっくりまりさに、別のゆっくりまりさが噛み付いた。
「ゆ゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅぅ!!」
「ハァハァ……うめえ!めっちゃうんめえ!」
 これまでの縄張り争いからくる攻撃ではなかった。血走った目で、同種をがつがつと貪り始めた。
 狂気はあっという間に伝染し、部屋中を悲鳴と咀嚼音が満たした。

 女の人がドアを開けたとき、生き残っていたのは5匹だった。
 そのうち1匹は体中かじられて虫の息だったので、人形の槍で針鼠にされた。悲鳴はあがらなかった。

「さあ、最後のゲームをしましょう」
 十分な餌を食わせた後、女の人が口を開いた。
 四匹のゆっくりは、へらへらと笑っているものが二匹、濁った目で虚空を見つめるものが二匹。
「ゆっくりしていってねぇ」
 媚びるような口調で、へらへら笑っているゆっくりまりさがいった。他の三匹も視線だけは女の人へ向ける。
「最後は簡単、鬼ごっこよ。今からあなたたちを森の中へ放します。逃げ切れたら、あなたたちの勝ち。
 捕まったら罰ゲーム。今のあなたたちなら簡単よね?」

 ゆっくりと食休みの時間をとり、四匹のゆっくりたちは柵が開かれるのを待った。
「じゃあ、よーい……」
 へらへら笑う一匹が、無表情なまりさの前に体を寄せた。
「どん!」
 人形が柵を開くと、四匹のゆっくりが弾かれたように走り出した。ついさっきまで無表情だったゆっくりも、生存本能は誰にも負けていない。
 死に物狂いで走る無表情まりさ。しかし、5メートルほど走ったところで、前を走るへらへらまりさが急に反転した。
「ゆっくりしんでいってね!!!」
 不意の衝撃。視界が揺れ、森の切れ目から青い空がみえた。
 一度バウンドし、慌てて起き上がると、へらへらまりさが森の奥へ消えてゆくのが見えた。
 ほぼ同時に、
「ゆ゛ぐっ!!!」
 焼けた鉄を打ち込まれるような痛みが立て続けに走り、その意識はかき消えた。


 四匹のゆっくりまりさが走り出して一時間が経った。
 女の人、アリスは森の中を捜索する人形を呼び戻す。
「二匹、か」
 人形の槍にぶら下がる二つの塊を見下ろして呟いた。
 アリスは一度満足げに頷くと、人形を連れて家に帰っていった。
 アリスが森の中へ逃げた二匹のゆっくりを見ることは、それきりなかった。


 それから一ヶ月ほど経った。
 朝起きたアリスは烏天狗の新聞の一面を見て、嬉しそうに目を細めた。
『ゆっくり、里の倉庫を集団で襲撃!』
『群れを統括する、ずる賢く逃げ足の速いゆっくりの存在!』
『ゆっくり愛護会、脱退者続出で存続の危機!』

「がんばっているようね、あの子たち」
 ぽつりと呟いて、新聞を丸めた。
 今日は「鬼ごっこ」の日だ。さて、今回は何匹の悪意にまみれたゆっくりが逃げ切るだろうか。
 アリスは吊りあがる唇を一度なでて、ゆっくりの餌を作るため台所へと向かった。

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最終更新:2008年09月14日 10:53
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