「それじゃ28456番薬棚の整理、お願いね。これがリストで、これが鍵。終わったら私の机の上に置いておいて」
「分かりましたししょー!
ゆっくり頑張ってきます!」
竹林の奥深くに存在する永遠亭に、かつて月の頭脳とまで呼ばれた、八意永琳という女性が住んでいる。
主である蓬莱山輝夜に仕え、薬師としての仕事や様々な研究等を並行して行っている。
最近、永琳に新たな助手ができた。
幻想郷に突如として出現したゆっくり。
現存するどの生物とも異なる身体構造をしており、妖怪や妖精とも違う異質な存在。
そんな生物かどうかすらもあやふやなゆっくりが、永琳の最近の研究対象だった。
その研究過程で生まれたのが、この新しい助手―――ゆっくりうどんげαだった。
αは、ゆっくりの知能向上実験の唯一の成功例で、その機能のテストを兼ねて簡単な作業を手伝わされていた。
永琳のおかげで台詞に漢字が使われる程高い知能を得られたαは永琳の事が好きだった。
時々永琳や姉弟子である鈴仙に身体を撫で回されたり、身体を撫で回させられたりしたが、それも我慢できる範囲だった。
そんな訳で、今日は薬棚の整理を命じられたのだ。
「え~っと、これがテトロドトキシンだから……こっちだね。この
バイアグラは古いから処分っと。え~っとこっちは……」
薬棚に保管してある薬品を、リストに従い整理するα。
外見上他のゆっくりと大差ないゆっくりフェイスからも、その真剣な様子が伝わってくる。
一つ一つの薬瓶を丁寧に扱うその手付きは、とてもゆっくりとは思えない位の気配りが見て取れる。
作業を始めて小一時間が経っただろうか、αは、リストに無い薬瓶を発見した。
「んんん?やっぱりリストに載ってないなぁ……何だろう。ししょーでも記入もれなんてするのかな」
その薬瓶は一際古く、ラベルも貼られていなかった。
中には透明な液体が入っており、見る者にどことなく生々しい印象を与える。
「ううん……これは後でししょーに教えてもらおうっと。えーと次は……アポトキシン4869…バーロー乙っと……」
薬瓶をポケットに仕舞い、作業を再開するα。日が沈む頃に漸く整理が終わった。
言われた通り永琳の部屋の机の上に鍵を置き、部屋に戻る。
「ゆゆ!あるふぁおねえちゃんがかえってきたよ!!!」
「おかえりなしゃい!!!」
「おかえりなちゃいおねえちゃん!!!」
「ゆっくいおかえいなちゃい!!!」
「ごはんにする!!?おふろにする!!?それともた・わ・し!!?」
「ただいま皆。今日もゆっくりできた?」
「「「「「ゆっくりできたよ!!!」」」」」
ここには実験用のゆっくり達が住まわされていた。
以前はこのゆっくり達の世話は鈴仙が担当していたのだが、餅は餅屋、ゆっくりはゆっくりという事で、
今ではαがこのゆっくり達の世話をしている。同時にここがαの寝室でもあった。
「それじゃご飯にしましょう。今日はヨジデーよ」
「よじでー!!よじでーりょうりだよ!!!」
「うっめ!!めっちゃうっめ!!!」
「ざいりょうは!!?」
「よじでー」
「はむ!はふはふ、はふ!!」
「もっとゆっくり食べないと駄目だよー。後で掃除するのあたしなんだからね」
凄まじい勢いで貪り食うゆっくり達に注意するα。
無論、食事中のゆっくりがそんな注意に耳を傾けるはずが無い。そもそも耳が無いので正に聞く耳持たない。
ゆっくり達が食事を終え、部屋を片付けてゆっくり達の観察日記を書いていると、永琳がやって来た。
「あ、ししょー!おつかれさまです!!」
「ゆゆ!えーりんだよ!!」
「えーりんがきたよ!!!」
「きた!えーりんきた!!これでかつる!!!」
「えーりん!えーりん!」
「ゆっくりしていってね!!!」
「はいお疲れ。棚、ご苦労様」
騒ぐゆっくり達を完全に無視してαの所に向かう永琳。
「ありがとうございます!!……あ、そうだししょー。棚にこんな薬があったんです。リストには載ってなかったんですけど」
「ん?あぁ……これは蓬莱の薬ね、懐かしいわ」
「ほうらいの……薬ですか。一体どんな薬なんですか?」
「これを飲むとね、不老不死になるのよ。貴方達ゆっくり風に言うならそう……永遠にゆっくりできてしまう薬、かしら」
「それは凄いですね……でも、どうしてそういう言い方になるんですか?凄く素敵じゃないですか、不老不死なんて」
「貴方には分からないわ。いえ、実際になってみないと誰にも分からないわ。不老不死なんて、下らないわ」
「そんなもんですかねぇ……あ、そうだ。もし良かったらこの薬……私が持っててもいいですか?」
「んー……いいわ、貴方にあげる。もう私達には必要無いし」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございま……あ、でも、これ貴重な物なんですよね……やっぱり棚に戻した方が」
「そうでもないわ。材料だってそこまで入手困難って訳でもない。第一私達にはもう不要な物だし。欲しい人が持てばいいわ」
「そうなんですか……ありがとうございます。大事にします」
「って、薬を大事にするってのもねぇ。というか、どうするのそんな物?不老不死になりたいのかしら?」
「そういう訳ではありませんけど……その、ちょっと考えてみたいんです。ししょーが不老不死を下らないって言う訳を」
「ふぅん……良いわね。ゆっくりが知的好奇心なんて、やっぱり私ったら天才ね!」
「似てませんよ」
「似ても困るけれどね。ああそうそう、明日の晩は私の部屋に来なさい」
「わっ分かりました。じ、時間はいつも通りでいいですか?」
「ええ。それじゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい」
首まで真赤に染めるαを微笑ましげに見つめて部屋を出る永琳。
翌日、永琳の手伝いを終え、夕食を済ませてゆっくり達に食事を与えてから部屋を出て、永琳の寝室に向かったα。
嬉しさと恥ずかしさで顔を赤らめて部屋を出て行ったαを見送ってから、ゆっくり達の内一匹のれいむが皆に向けて言った。
「みんな!!ゆっくりきいてね!!!」
「ゆっ?」
「なあに!!?」
「ゆぅぅ?」
「なにかあったの!!?おいしいもの!!?」
「そんなことよりやきゅうしようぜ!!!」
思い思いに過ごしていたゆっくり達が一斉に叫んだれいむに注目する。
れいむは、αの机によじ登って言った。
「このおくすりをのんだらみんなでずっとゆっくりできるよ!!!」
「いまでもゆっくりできてるよ!!!」
「れいむだってゆっくりできてるでしょ!!!」
「わけわかんないこといわないでね!!!」
「やきゅうすればゆっくりできるよ!!!」
「どまらちんこたつとめられそうにないよ!!!」
一斉にブーイングを投げつけるゆっくり達。れいむは顔を赤くして身体を膨らませ、
「ほんとうだもん!!きのうあるふぁおねーちゃんがいってたもん!!このおくすりをのんだらずっとゆっくりできるんだもん!!!」
「ゆゆ!!あるふぁおねーたんがいってたの!!?」
「あるふぁおねーちゃんならまちがいないね!!!」
「あるふぁおねーたんかわいいよあるふぁおねーたん」
「ちょっとといれいってくるね!!!」
「それじゃゆっくりみんなでのもうね!!!」
さっきとは打って変わって盛り上がり、αの机の上に上り始める。
そして瓶を開けようとするが、当然口しかないゆっくり達に空けられる筈も無い。
「あかないよ!!!ゆっくりあけてね!!!」
「ゆっくりあいてね!!!」
「どうしてあかないの!!!とっととあけてね!!!」
「それでもせんどうなら……せんどうならきっとあけてくれる!!!」
「じめんにおとせばきっとあくよ!!!」
「そうか!!あたまいいね!!!」
「それじゃゆっくりおとすよ!!!」
「みんなでおとそうね!!!」
「「「「「そーれ!!!」」」」」
皆で瓶に体当たりして床に叩き落す。特に頑丈でも何でもない普通のガラスでできた瓶は、ゆっくり達の予想通りあっさりと割れた。
「やった!!あいたよ!!!」
「さすがまりさ!!!あったまいい!!!」
「これでずっとゆっくりできるね!!!」
「やったね!!!ゆっくりゆっくり~!!!」
「じゅうりょくかそくどたんかわいいよじゅうりょくかそくどたん!!!」
「さっそくのもうね!!!」
砂糖の山にたかる蟻の如く、次々と机から飛び降りて零れた薬に群がり、一心不乱に舐め取っていくゆっくり達。
やがて床はゆっくりの涎塗れになり、気が済んだゆっくり達は満足げに寝床に向かった。
明日からずっとゆっくりできるね、と皆で笑いあいながら……
翌日のまだ太陽が昇り切る前、永琳の部屋で一晩過ごしたαが部屋に帰ってきた。
未だ全身に残る倦怠感を少しでも癒す為に、汚れ乱れた衣服を着替えて再び眠ろうとする。
が、床に落ちているガラスの破片に気付いて眠気は吹き飛んだ。
「ペロッ……これはゆっくり達の唾液!そして落ちている破片は紛れも無く蓬莱の薬の瓶ッ!!これらが指し示す事実は一つ……!」
血相を変えてゆっくり達の寝床へ直行するα。大きく息を吸い込み、
「早く起きろ!!ゆっくりできなくなっても知らんぞー!!!」
「ゆゆっ!!?」
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりさせてね!!!」
「むにゃむにゃもうたべられないよもっともってきてね……」
「Good morning Ms.Alpha.」
「こんなじかんにたたきおこされたわたしのいかりがうちょうてんになったっくりしていってね!!!」
寝ぼけつつも一斉に飛び起きるゆっくり達。『ゆっくり欲』は三大欲求全てよりも優先するのだった。
「貴方達、私の机の上に置いてあった薬はどうしたの?」
答えは分かりきっているが、あえて尋ねるα。笑顔を維持する辺りゆっくり離れした理性である。
「あれなられいむたちがのんであげたよ!!!」
「これでれいむたちはずっとゆっくりできるよ!!!」
「あるふぁおねーちゃんありがとうね!!!」
「まりさたちのためにわざわざよういしてくれたんだよね!!!」
「みんなでずっとゆっくりしてあげられるよ!!!ゆっくりかんしゃしてね!!!」
「「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」」
寝起きだというのにかなりのハイテンションで答えるゆっくり達。
悪いことをしたとかそういった意識は一切無かった。
同じゆっくりなのにこの違い。αは、生まれて初めて普通のゆっくり達を嫌悪した。
「そう……飲んだんだね、あの薬を。不老不死になれる、ししょーからいただいた大事な大事な薬を」
「そうだよ!!」
「ずっとゆっくりできるんだよ!!!」
「ゆっくりよろこんでね!!!」
「でもちょっとまずかったよ!!!」
「こんどはもっとおいしいのをもってきてね!!!」
「えーりんがつくったのはまずいからあるふぁおねーちゃんがびゅぶぽっ!!!」
大声で騒ぎ立てるゆっくり達の内一匹を踏み潰すα。その顔には悲しみと憤りが綯交ぜになって表れている。
水を打った様に静まり返る部屋。餡子の甘い香りが部屋を包んで数分後、潰されなかった一匹のゆっくりが言った。
「ね、ねえ……ゆっくり、できてないよ……?」
「そ、そういえばできてない……」
「どうして?」
「ずっとゆっくりできるようになったんじゃないの?」
「ひょっとしてれいむにだまされたんじゃないの!?」
「ち、ちがうよ!!たしかにきいたもん!!ほんとうにゆっくりできるようになるんだよ!!!」
「でもつぶされたこはゆっくりできてないよ!!!」
「おかしいよ!!ゆっくりできるはずなのに!!!」
「れいむがだましたせいだ!!!」
「ゆっ!!?」
雲行きが怪しくなって来て焦る扇動者のれいむ。αは、いつの間にか持ってきたノートに何やらメモをしている。
その表情は先程とは違い、何かが欠け落ちたような無表情だ。
「だいたいくすりをのませたのだってれいむだよ!!!」
「つまりあのこがつぶされたのはれいむのせいだよ!!!」
「そうだそうだ!!!」
「れーむおねえちゃんがへんなこといわなかったらゆっくりできてたんだよ!!!」
「れいむなんてゆっくりじゃないよ!!!」
「ゆ、ゆゆゆっ!!!???ちっちがうよ!!れいむはゆっくりできるこだよ!!!」
「うそつきれいむ!!!」
「うそつきのれいむとはゆっくりできないよ!!!」
「このいなかもの!!!」
「れいむうそつきだね!!きたないなさすがれいむきたない!!!」
「つぶされたこになんともおもわないの!?はやくあやまっテ!!」
「れいむなんてやきゅうのぼーるになっちゃえばいいんだ!!!」
「ちんぽひねりつぶしてころすぞちーんぽ!!!」
どんどんヒートアップしてれいむににじり寄り、罵声を浴びせるゆっくり達。
壁際に追い詰められてパニックに陥ったれいむは、
「あ……あるふぁおねえちゃん!!!かわいいれいむがあぶないよ!!!みてないでさっさとたすけてね!!!」
「……………………」
助けを求める声に対するαの返答は、無言。
唯一の頼みの綱すら断ち切られたれいむは絶望した。
こうなったゆっくり達がどういった行動に出るのか、
実験体になって割と長いれいむは、過去行われた永琳の実験で何度も身をもって体験していた。
ゆっくり独特の理論と群集心理で過熱した敵意は、遂に危険な領域へと突入した。
その日の夜
「そう、そんな事が」
「すみませんししょー。私がもっときちんと管理してれば……」
「いいのよ別に。貴方ならともかく、普通のゆっくりなんていくらでも産ませれば済むのだから」
「はい……ところでししょー。一つ気になる事が」
「何?」
「どうしてゆっくりには蓬莱の薬が効かなかったんですか?」
「ああその事。簡単な事よ。でも、貴方には少々辛い事実かもしれないわ」
「私には辛い……ですか?」
「ええ、ゆっくりであり高い知能を持つ貴方にだけは辛い事実。……それでも聞きたい?」
「…………教えて下さい」
「蓬莱の薬を飲んだ生物が、どうして不老不死になるのか分かる?」
「え?うーん……傷を治す力が強くなるから、ですか?」
「違うわ」
「病気に対する抵抗力が強くなるから?」
「そうでもない」
「あ、ひょっとして若返りの薬みたいな物なんですか?」
「いいえ。蓬莱の薬を飲むとね、魂にある機能が付随されるのよ」
「魂、ですか?」
「そう。全ての生物に宿る魂。この魂というものは、本来それ単体で存在する事は出来ないの」
「はあ……」
「だから通常肉体が滅びれば、魂はその存在を維持できずに霊という形に変質する。
よく誤解されているけど、魂と霊というのは厳密には同じではないのよ。
肉体は死後死体となり、魂は死後霊となる。肉体は魂が無ければ機能しないし、魂は肉体が無ければ存在できない。
これは全ての生物に共通している事なの。トンボだってオケラだってアメンボだって、勿論人間だって例外は無い」
「そうなんですか。てっきり同じものなのかと思ってました」
「実は違うの。大体、魂には霊と違って感情も記憶も一切無いの。そういった物は脳が生み出すものだから」
「へぇ~そうなんですか。勉強になります」
「話を戻すわ。蓬莱の薬を飲むと、この魂が肉体のカタチを記憶するの」
「え?でも記憶は脳がやるんじゃ……」
「記憶する、というのはあまり正確な表現ではなかったかもしれないわ。
そう……刻みつける、という方がしっくりくるかしら。
とにかく、蓬莱の薬を飲むとその時点での肉体のカタチが魂に記録される。
そして、常にその状態を維持するようになる。形状記憶合金って知ってるかしら?あれと似たようなものね」
「そうすると……どうなるんですか?」
「魂は肉体に入っていなければ存在できないけど、肉体に入ってさえいれば不滅。
その肉体を魂が生かし続ける。傷を負っても即座に復元し、病気に罹る事も無く、老化も止まる」
「体と魂がお互いに生かし続ける……って事ですか?」
「まあ、その理解で大体間違いないわ。そしてね、ゆっくりに薬が効かなかった理由だけど」
「あ!も、もしかして……」
「そうよ。ゆっくりにはね、どんな生物にも必ずある筈の魂が無いのよ」
「…………」
「明確な自意識を持ち、他の生物と同じく繁殖し、育ち、死んでいくゆっくりにも、魂だけは無いの」
「そ、そんな…………じゃあ、私にも……?」
「ええ。恐らく」
「そう……………ですか…………………」
ショックを受けた様子で呟くα。その顔は能面の様に真っ白に染まっている。
「でも、だからと言って悲観する必要は無いわよ。魂なんてあっても無くても、生前なら大して違い無いのだから」
「ししょー……」
「それに貴方はここでこうして生きてる。ならそれでいいじゃない。何も気にする必要は無いわ」
「そう……ですね……」
幾分か表情が和らぎ、部屋を出ようとするα。永琳は、その背中に声をかける。
「今夜は冷えるわねぇ。今晩も私の部屋に来なさいα」
「はい…ありがとうございます…」
儚げに微笑み、礼をして部屋を出るα。
永琳は、いつもよりも丁寧に閉められた扉を眺め、
「そう、何も悲観する事なんて無いのよα……道具に魂なんて、宿る筈がないのだから。貴方は壊れるまで、ただ私に愛されればいいの」
どこか歪な、けれど心からの笑みを浮かべていた。
ULTRA END
作:ミコスリ=ハン
最終更新:2008年09月14日 11:02