翌朝。昨日の疲れはすっきり取れて、パチュリー・ノーレッジは
久々に清々しい目覚めを迎えていた。
博霊の巫女に会いに行くのにはまだ早いだろうか。白黒も来るだろうな。
と考えながら、旅支度を整えていた。
長旅になることを考えて、咲夜が動きやすいメイド服を貸してくれた。
「似合ってるかしら・・?」
「ええ、とても。」
咲夜も滅多にお目にかかれないパチュリーの姿に少し興奮気味のようだ。
更に、中ぐらいのサイズのカバンを肩にかけた。
その中には乾燥剤の入った、フタ付のごく小さなビンと発泡スチロール製の
箱が入っている。咲夜がちょっとした遠出用に、保温目的で
香霖堂で仕入れてきたらしい。
「今からだったら湖の裏から歩いていっても昼過ぎには博例神社につきそうね。」
地図を片手につぶやいた。
「では、お気をつけていってらっしゃませ!」
咲夜の声を後にし、人形の森を横目に真新しい橋を渡り、
さすがにジメジメした森には足を踏み入れずに迂回し、博例神社へと一路進む。
途中で「あたいは最強よ~、無視するなぁ~」って声も聞こえた気がするが、
危険な妖怪や鬼意燦に出くわすこともなく順調な足取りであった。
草原を抜け、博麗神社を目の前にしたところでアクシデント発生。
「お、パチュリーじゃないか。どうしたんだこんなところまで。」
振り向くと、帚を片手に白黒のローブともエプロンとも言えない衣装、
大きな三角帽をかぶり金色の髪をさらさらなびかせた少女が立っていた。
彼女が憎き白黒の魔法使い、霧雨魔理沙だ。
予期せぬ遭遇に、さすがの『歩く図書館』も一瞬まごついた。
「え、ええ。天気がいいからたまには散歩しようと思ってね。」
「たまには散歩しないと紫もやしが紫カイワレになっちまうからな!」
魔理沙はいたずらっぽく笑う。こいつは一言多い。
が、それは現在比較的どうでもいい。
「それよりあなた、いい加減本返してよね!」
無理とわかっているので、思い切って言ってみることにした。
実験が無意味になることはない。
「あ~。あの魔法もまだ、その魔法まだ、成功してなくて」
言うや否や、パチュリーが風に遊ばれている金髪につかみ掛かる。
「い゛ででででで!!何すんだよぉ!」
おーこわいこわい。そのまま少し握る力を弱めて、手を引き抜く。
「あなた返す気あるの?同じ魔法使いとして恥ずかしいわ・・」
「ま、まぁ・・・。これから霊夢と約束があるから・・。じゃぁな!」
「ちょっと待ってよ!」
魔理沙は帚にまたがり空高く飛び上がった。
「そうカッカすんなって。怒りすぎると紫もやしが赤もやしになっちまうぜ。」
まったくもってこいつはすごい頭の構造をしている。
とりあえず、第一目的は達成したのでよしとしよう。
パチュリーが先ほどつかみかかった右手を開くと、さらさらの長い金髪が7本、
指の間に引っかかっていた。
「これだけあれば『実験』材料としては充分すぎるほどね。」
そうつぶやくと、持ってきた小ビンに収穫物を詰め、念のため氷の魔法で
封印を施し、発泡スチロールの箱に入れた。
次に向かうは博霊神社。ここの巫女に特に恨みがあるわけではないが、
実験材料としては申し分ないだろう。
程なくして博霊神社に到着。
「出たーーもやしのお化けだぜ!逃げろ逃げろー!」
そういうと数刻前別れたばかりの金髪の魔法使いは、再び帚にまたがると
深い森めがけてすっとんで行った。
どこまで人の神経を逆撫でする奴なんだ・・。
なんて考えていると、大きな紅いリボンを戴く少女、博麗霊夢が神社の
縁側に腰掛けていた。
「あら・・。珍しいお客さんね。
えっとエプロンをつけてたのが咲夜で、紫の髪がパチュリーで・・」
「ごほん・・。私は紛れも無くパチュリーよ。咲夜からメイド服を借りてきたのよ。」
「せっかくいらっしゃったんだから、おやつをご馳走するわ。」
「本当は魔理沙と食べるつもりだったんだけど。」
そう言うと、麦茶と紅白の饅頭2つずつが載ったお盆を縁側に置いた。
饅頭か・・。なぜか白黒の魔法使いを連想してしまうのよね。そしてこの色・・。
「遠慮はいらないのよ。長旅大変だったんでしょ?」
「え、ええ・・。」
いや、そんな身体の疲れ以上にずっと悩んでいることがあるのだ。
ここは思い切って・・。
「ね、ねぇ霊夢?」「ん?」
「ま、魔理沙のことなんだけど・・。霊夢って魔理沙と仲がいいのね。」
「え?ま、まぁ。あなたから見たらそうかもね。」
「霊夢って、魔理沙のことどう思ってるの?」
「んー、強引で自分勝手だし、気に障ることも言われるけど、
好奇心が旺盛なとこもあるわね。でも困った時には一目散に駆けつけるわ。
本人は人助けしたいのか、ただの好奇心か
怪しいけど、いざとなったら頼りになる奴よ。」
「ふ、ふーん・・・」
気にしない素振りで麦茶をすする。
「どーしたの?もしかして、パチェは魔理沙のことが・・?」
「な、何言ってるのよ!そんなわけないでしょ!だいたいアイツは、
私の本何冊、いや何十冊も借りていってまだ3冊しか返しにきたことないのよ!」
「だーからアイツ逃げてったのか・・。わかったわ。せっかくここまで来たんだから
後で私と一緒に魔理沙の家に行かない?ね?」
「う、うん・・。」
少し気まずそうに返事をする。
「ここ留守にしていいのかしら?」
「仕方が無いからアイツに頼むわ。」
霊夢の視線の先には、足元がおぼつかない仔鬼、伊吹萃香の姿が。
「巫女巫女れーむ!みこみこれーむ!み・こ・み・こ・れーむ!ハーイッ!」
長いオレンジ色の髪の束を振り回し、顔を赤くし、笑顔でふらついている。
どうやら昼間から酔っ払っているようだ。
「ちょっとすいか!後で私パチェと出かけるから酔い醒ましなさいよ!」
「ぺったんぺったん・・つ、つるぺたっていうなぁああああ!」
「だ、大丈夫なの・・?」
何に対して怒っているのかパチュリーにはわからない。
そういうや否や、霊夢は4枚のお札を萃香の周りに飛ばして拘束した。
緋想天に出てくる警醒陣にはさまれたものと想像願いたい。
更に十数枚の小さなお札が飛んで行き、額と後頭部に突き刺さる。
「い゛っ、い゛でええええ!? 何するんだよれいむー!?」
「もう一度言うわ。パチュリーと魔理沙の家に行ってくるから。留守番お願いね。
私が帰ってきて賽銭箱空だったら、1ヶ月間おやつ抜きよ!」
「えー・・。お賽銭入らないことで有名な博霊神社・・」
「口答えするな!まだお札が欲しいか!?」
「ひ、ひぃいいいい!」
「すごいスパルタ教育ね・・。咲夜とちゅ、じゃなかった美鈴もびっくりよ・・。」
レミリアの友人であることに感謝して止まないパチュリーであった。
「さて、支度してくるから待っててね。」
パチュリーは相変わらず縁側に腰掛け、どことなく空を眺めている。
なんか色々と疲れて、実験のことまで頭が回らない。
しばらくすると霊夢が戻ってきた。その手にはトレードマークのリボンがもう一つ。
「昔使ってたんだけど、もう小さくなっちゃってつけられないのよね。せっかくだから、
あなたかレミリアに使ってもらったほうがいいかなって思って。」
「あ、ありがとうね。」
予期せぬ好展開だ。こうやすやすとリボンが手に入ってしまうなんて・・。
実験のことを思い返してみる。あと必要なのは、魔理沙の帽子と霊夢の髪の毛だ。
髪の毛は隙を見て手に入れるとしても、帽子は難しい。
ここは思い切って行動してみようか、と思索していた。
「んじゃいってくるね。お留守番よろしくね、すいか。」
「えー、すいかもいくぅー」
「だーめっ!でもお賽銭いっぱい入ってたら何かお土産買ってきちゃおうかしら。」
そのセリフを聞いて、買う意思はないなと酔っ払いの頭でも
ゆっくり理解できた。
お札が怖いのでしぶしぶと境内に戻っていく。
「いいのかしら、あの子・・?」
パチュリーが尋ねる。
「いいのいいの、魔理沙やアイツのお陰でおやつ代がすごいのよね。ちょっとぐらい
働かせてもバチはないって。」
潜在意識ではこれでも巫女か、と思ったパチュリーだったが、お札地獄は
ご勘弁なのでこれ以上の追及は賢くないと判断した。
しかし実験材料として躊躇う要素が減ったのも確かだ。
程なくして霧雨魔法店に到着する。
「魔法店って名ばかりで、最近店やってるところ見たこと無いのよねー。」
霊夢がつぶやく。
「ちょっとー?魔理沙いるー?」
家の隅々まで聞こえんばかりの大声で呼びつける。
静かに扉が開く。やや短い金髪をなびかせ、人形遣いのアリス・マーガトロイドが現れる。
「いらっしゃい霊夢、それにパチュリーじゃない。」
「あらアリスじゃないの、やっぱあなたたちそんな関係・・・」
「な、何言ってるのよ!魔理沙が魔法の実験うまくいかないって言ってるから、
し、『仕方が無く』手伝ってあげているだけなんだからね!」
仕方が無くのところとか裏返っている。やはりタダ者ではないな。
しかしなぜだろう。あんなに憎んでいたはずの魔理沙なのに、なぜかアリスを
見ていると落ち着かない気がする。パチュリーは思った。
アリスに招かれて居間に通される。ソファーの横に本が山積みになっている。
(魔理沙ったら私の本を持ってって、アリスといちゃいちゃしてたのね・・。
いいわアリス。あなたも「実験」の対象にしてあげるわ・・。)
「ねえアリス?あなたの上海人形1体借りていっていいかしら・・?
新しい魔法の実験に使いたいのよ・・。」
「乱暴にしないって約束してくれるなら・・。」
「わかったわ」
そう言うとアリスは棚に向かった。
「プツッ!プツッ!」パチュリーは撥ねている髪の毛に狙いを定めると、
力を入れすぎずかつ素早く2本引き抜いてビンに封じた。
あら、虫かしらとアリスは後頭部をさする。その後、比較的新しい人形を1体渡してくれた。
「古い人形は大切だから貸せないわ。何するつもりかはわからないけれど、
単純な魔力ならそんなに引けを取ってないから問題ないはずよ。」
「なんだ霊夢かよ。って なんで紫もやしまで・・・!」
テーブルの向こう側では、魔理沙が踏ん反りかえっており、霊夢がたしなめている。
「ちょっと魔理沙、いい加減パチェに本返してあげなさいよ。
それに本貸してくれる人に向かって、なんなのその言い草は・・!」
(まためんどくさい説教が始まるぜ。)魔理沙は思った。
「プチッ!」パチュリーはさりげなく霊夢の背後に近づき、髪の毛を1本引き抜いた。
説教に熱中して気づかなかったので、更に4本ほど引き抜きビンに収める。
(魔理沙もちょっと意地張りすぎなのよね。でもそんなところがまた・・
あら、いけないわ。)
アリスは頬を赤らめることが無いよう、霊夢と魔理沙を交互に見つめており、
パチュリーの行動には気づかない。
「いいのよ、霊夢。」パチュリーは霊夢の座る隣の背もたれに肘を付き答える。
「え・・でもあなた困ってるんじゃない?」
少し予定は増えてしまったが、霊夢のリボンと髪の毛、アリスの人形と髪の毛、
魔理沙の髪の毛は首尾よく手に入れた。あとは・・。
「でも必ず返しに来てくれると約束してね。それまでは・・!」
そういうとパチュリは素早く腕を伸ばし、魔理沙から自慢の大きな魔術帽を奪い取った。
「あー私の帽子!それが無かったら魔法使いに見えないじゃないか!返してくれよー!」
「あなたが本を返しに来てくれたら返すつもりよ。」
そういうとパチュリーは素早く身を翻し、霧雨邸を後にしようとする。
「ま、まちやが・・・れっ!」アリスは魔理沙の手首を掴んで離さない。
「だーめよ魔理沙!(あ・・私ったら・・。) 魔法を自分のものにして本を返すのが先よ!」
アリスは、自分の思い切りすぎた行動に自分の顔が赤らんで無いか気が気ではなかった
のだが、もしこのまま魔理沙が紅魔館に突入するようなものなら、いつも寝ている門番
(名前なんだっけ)はともかく、メイド長や小悪魔に捕まったらいつ帰ってこれるか
気が気ではない。
「ん、んじゃ私はこの辺で・・。」
「あらいいのよ霊夢?遠慮なさらずゆっくりしていってね。」
「でもここって魔理沙の家でしょ、邪魔したら悪いから・・またねっ」
そういうと霊夢は足早に霧雨邸を去っていった。
「さて魔理沙!勉強再開よ。第三巻の109ページ開いて」
「わかったぜ・・」
魔理沙はトレードマークの帽子をとられたショックから立ち直れずにいた。
アリスはというとやたら浮き浮きしている。
魔理沙の家で泊り込みで魔法の勉強ができるなんて・・!
「今日は博麗神社に行ったんでしょ?だからこれから一週間みっちり勉強するわよ!」
「か、勘弁してくれよ・・・。私はお前みたいに引きこもり仕様じゃ・・」
「あら、明後日あたり茸狩り行かないと材料が足りないみたいね。」
それにしてもこのアリス、ノリノリである。
「まぁいっか・・。」魔理沙は溜め息をつくばかり。
一方博麗神社では・・。
「わぁ~、かわいい鬼さんだぁ!」
通りがかった子供連れや若い女性がすいかの姿を見て次々と立ち止まる。
あと怪しい目つきの御新賛も。
カランコロン・・ チャリン・・ パンパン!
今日はいつになく繁盛している。少しぐらいくすねてもバレないだろうが、
誠実さがウリの鬼である以上はそんなことは思いつかないのだ。
「ただいまー!」
人だかりも少なくなってきたところ、霊夢が帰ってきた。
「お・さ・い・せ・ん・おさ・い・せ・ん♪」
口ずさみながら賽銭箱を覗くとそこには・・
無数の五円玉、十円玉。時折100円玉も見られ、更に1万円札が数枚。
「ちょっと!あんたどっから盗ってきたのよ!」霊夢はすいかの髪を強く引っ張った。
「い゛ででででで!鬼はそんなことしないってばぁ!」
そんなことはわかっているのだが、霊夢は悔しかった。
すいかに巫女をやらせたほうが儲かる、自分は結界を守り、妖怪退治を行う
重大な役目があるのに(普段は饅頭食べてお茶を飲むのが仕事)、
酒を飲むのが仕事の鬼に金額がかなわないとは・・。(実際は人を萃めている)
横道に逸れた上、収拾つかなくなりそうなのでこの辺で。
最終更新:2008年09月14日 11:08