紅魔館の動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジは夕日を背に意気揚々として
帰路についていた。
実験材料である、霊夢のリボンと髪の毛、魔理沙の帽子と髪の毛、アリスの人形と髪の毛、
そしてアズキの種(つまりは小豆)を農家のおじさんから分けてもらってきたのだ。
私はこの一日紅魔館で最も動いていたし、農家のおじさんにも最初はどっかの白黒と
違ってお金を払おうとしたしと突っ込まれそうだが、それはさておき。
さすがに長旅で疲れた。実験は一休みしてからにしよう。
咲夜に夕飯は司書室に持ってきておいてと伝えるとベッドに体を投げ出し、
泥のように眠りに付いた。
「咲夜~?パチェはどこ行ったの?」紅魔館の主、レミリアが尋ねた。
「今朝から博霊神社や人里に行ってらっしゃって、先ほど帰って来ましたが
疲れたご様子で部屋で休んでいますわ。」
「あら・・。パチェにしては珍しいわね。」
亥の刻、辺りが完全に闇に沈んだ頃、パチュリーは目を覚ますや否や、
用意された食事を平らげながらも書物を読みふけっていた。
メイド長に見つかったら間違いなく叱られることだろう。
と、そういえば餡子と小麦粉の準備忘れてたなと思ったら、トレーの下にメモが挟まっていた。
「餡子は地下室の樽の中、小麦粉は10kgを一袋地下室に運んでおきました。
樽の中身はラベルに記してあります。もし足りないものがあれば私にお申し付け下さい。
もし見当たらない場合は倉庫の鍵を台所に置いておきますのでご自由にお使い下さい。
加えて食品の保存のため地下室Aの時間は止まっています。時間経過が必要な
実験は地下室Bをご使用下さい。 咲夜」
なんて瀟洒なメイドなの・・?ぜひとも実験助手に欲しいところでもあるが、
それではレミィやフランの不平が止まらないだろうと我慢することにする。
実験内容がアレでもあるし・・。
ここに来てようやく、パチュリーの作戦の全貌を記すことにする。
大まかな内容としては、髪の毛を使って持ち主とそっくりなゴーレムを作り、
図書館を警備させることである。
だがそれだけでは彼女としては物足りなく、生殖機能や思考力を持つ
魔法生物を作ってしまうのが狙いである。
第一に生物としての土台。通常のゴーレムは泥や岩石、鉱物からできているのが主流
であるが、そんなものが図書館で暴れまわったら書物にまで被害が及ぶ。
そこで本体には餡子を使うのだ。小麦粉で包めばそれなりの強度、かつ本を傷めない程度
の硬さを維持することができる。ぶちまけても・・泥よりは掃除楽か。ここに持ち主の
髪の毛を加えることで、能力や外見の特徴をある程度反映させることができる。
いきなり高度なゴーレムを作るのは困難なので、まずは頭だけの生物を作ってみること
にする。
第二に生物としての代謝、遺伝、生殖機能。代謝に関しては、餡子から作っている故に
糖が豊富でありエネルギー源には困らない。材料である小麦と小豆の遺伝子を改良し、
導入することで食物から餡子と皮を作らせることができる。さすがに熱など賄えない部分も
あるので魔法の力に頼ることになる。遺伝子は小豆をベースにしている。
ここに餡子と皮を作る遺伝子を設計し、持ち主から取って来た遺伝子を加えて髪や
目、耳、鼻、口など作らせることにする。
さすがに餡子ブレインやボディで完全に再現することは不可能なので、見た目や性格を
かなりデフォルメしたもの、ということになる。
代謝経路は、場所が光合成がほとんどできない図書館であるため動物的なものを
採用する必要がある。生殖は本体から小豆のような蔓を生やし、そこに実を成らせる
ようにしよう。但し図書館で花粉なんか撒き散らされたら困るから、これも動物的な
生殖機構が必要となる。動物的な遺伝子の特徴は、本人の髪の毛、毛根から抽出するしか
無さそうだ。生活環に関しては色々考えた挙句、nの遺伝子を持つ本体から
生殖細胞を作らせ、2nの蔓を頭から生やさせ、花に当たる部分から減数分裂を行わせ、
子供を生まれさせる機構を思いついた。これなら外見としては異種で交じり合うことがない。遺伝的に弱い部分は魔法と繁殖力で補うことにしよう。
第三に足りないものを魔法で補う。意思疎通ができないと不便だが、餡子脳では言語を
扱うまで発達しないことだろう。そこで髪の毛の持ち主達が大切に持っていたものを
借りて来たのだった。大切に使い込んだ物は魂が宿るので、それを拝借しようという
作戦だ。これで髪の毛の持ち主に性格を大きく近づけることができる。
餡子のコアとなる部分に魔力を仕込むことで、食物や外界から知らず知らずのうちに
魔力を吸収することができ、子孫に伝えていくことができる。また魂も絶えることなく
残すことができる。といっても餡子ブレインなので限界はあるが。
説明がものすごく長くなったが、実際に製作に取り掛かることにする。
まずは遺伝子の作成。これは同じ説明になりそうなので割愛する。
代謝や、生殖のために必要な酵素の遺伝子を加えていく。
出来上がったら隣の部屋にある、河童印のにとり製作所製のPCR装置で遺伝子を
増幅しておく。次が意外と骨が折れる作業であり、エネルギーを作り出すミトコンドリア、
構造上排泄器官が作れないため、植物の液胞に相当する細胞小器官を作らなくてはならない。
遺伝子、細胞小器官ができたら餡子に練りこむ。
霊夢や魔理沙は和風志向を凝らして、普通の粒餡がふさわしいね。
アリスは都会派と言い張るから、カスタードクリームにしよう。
私の分身も作ってみるわ。うぐいす餡なんて色がきれいだから使ってみようかしら。
と、あり合わせの材料でいくつかのバリエーションを作ることができた。
生殖の実験のため、各種2体ずつ作っておくことにする。
更に魔法を込める。無意識に行うと自分(パチュリー)
の性格が色濃く出てしまったり、宿主とクラッシュする可能性があるため
火の属性に近い魔法を込める。まさに命の灯火を点火する作業。
餡子の仕込みが終わったら小麦粉で包む。まだ髪も目も鼻も耳も口も無い状態。
まずは口。ごく簡単な消化器官で、食物の大半は餡子の中に送られて酵素の分解を受けること
になる。異物は液胞にまとめて定期的に皮膚から排泄する。
続いて鼻。餡子の中に酸素を送り込む。拡散させるのが難しいので魔法で何とかしよう。
目。少し厄介だが。小麦粉の表面に掘り込み、寒天を流し込むことにする。いくら魔法を
使っても、透明なままでは光を吸収せず何も見えないので、動物の目を参考に
しながら作りこんでいく。
「ふふっ。これくらい生意気でむかつくぐらいの目が面白いわね。霊夢も魔理沙も
いい顔してるよ。」
調理用の小手を繰りながら満面の笑みを浮かべるパチュリー。まさにノリノリである。
饅頭を上に向けて目の部分に寒天を流し込み、丁寧に整えていく。ここで作った形状が
代々受け継がれていくので、慎重を要する作業だ。
続いて髪だ。が
「さすがに咲夜の力が必要ね。探して来ないと。」
とシャーレ片手に地下室を後にした。
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このままではわかりにくいので、本シリーズの設定一覧。
○ゆっくりは、餡子と小麦粉の皮が主成分の魔法生物の一種である。
○大半はアズキの遺伝子、一部はコムギ、その英雄の遺伝子を持つ。
○生殖形態は植物だが光合成は蔓部分以外では行わず、
動物と同様の代謝を行い成長する。
○コアに封じ込められた魔力によって、
遺伝子だけでは伝えきれない情報を子孫に伝えていく。
○英雄達の魂は代々引き継がれる。コアの魔力により
衰えることはないが、往々にして英雄の悪いところばかり引き継いでいる。
最終更新:2008年09月14日 11:08