「みーんみーん」
蝉の声が響き渡る。夏、真っ盛り。
ここ、幻想郷にも夏が来た。氷精がどっかで溶けてたりしそうなくらい熱い夏。
タライに水張って足を突っ込みながら将棋、としゃれ込みたいほどうだる暑さの中、門番は立っていた。
「暑い…」
流れる汗を手で拭う、人民服に紅い髪のスリットグラマー、その名はちゅうg「紅 美鈴!!!」
もとい。華人小娘、紅 美鈴である。紅魔館の門番にして武術の達人。
その名は、強さと親しみやすさから幻想郷の人間と妖怪に知れ渡っていた。中国として。
「なんだか失礼なことを言われたような気が…」
呟きながら、もう一度汗を拭う。ただいま時刻は午後二時。最も暑い時間帯である。
そんな時間に日影はないわ湖の照り返しがきっついわ館の紅が目に悪いわするところにいたら汗もかく。
「暑い暑い暑い暑い……」
武術の達人は汗を流れる量をコントロールできると言う。暑さ寒さもへっちゃらだともいう。
しかし、美鈴は武術の達人ではあっても、今はむっちゃだれていた。
ぶっちゃけていうとやる気があんまりなかった。
理由は二つ。暑くてシエスタもできないから。お腹すいたから。
普段住み暮らしているめーりんハウス(真紅のテント)は、この時間だと中は地獄のような暑さになっているだろう。
昼寝なんてしたらメイド長に刺し殺されるか、妖怪に寝首を掻かれる前に干からびる。
そこいらで寝るのもダメだった。一度夏に横になって寝たら、身体の右側だけに日焼けの後がばっちりついて恥ずかしい思いをしたからだ。
日焼け跡は、秋になるまで消えなかった。
そして、もう二時を回ろうか、と言うのに、お昼ごはんを食べていない。
普段はメイド長がじきじきに持ってきてくださる。シエスタしていないかの監視の意味も含めて。
しかし、今日はメイド長はいない。ここ紅魔館の主、レミリアのお供をして博麗神社に行っているのだ。
そういうことはよくある。そして、メイド長がいない時は妖精メイドが美鈴の食事の用意をしてくれるはずなのだが…。
気まぐれで、美鈴以上にやる気のない妖精メイドにそんなもの期待しても無駄、というものだ。
咲夜がいないときは、美鈴は常にすきっ腹を抱えることになる。
「おなかすいたー…」
何度目かの虚しい呟きを繰り返す。気を紛らわそうにも、一人○×も一人しりとりも、もう飽き飽きしていた。
暇つぶしに大図書館の本を借り出そうとしたこともあったが
「夏は本が日焼けするからダメ」
という、図書館の主の一言によってあっさり拒絶された。
太極拳もお腹がすいた時にはやりたくない。
そう、美鈴は暇だった。
「だれか襲撃でもこないかなー…黒いのでもいいから…」
しかし、美鈴の物騒な希望はかなえられない。黒いのこと普通の魔法使いは客として既に図書館にいりびたっているからだ。
風もまったく吹かない、じめっとした幻想郷の夏の午後。
暇なときは、門番はひたすら暇だった。
見飽きた光景をなんか面白いものないかな、と半ば諦めの境地で見やったとき、珍しいものを見かけた。
「ゆっ!ゆっ!」
ゆっくり霊夢の家族だ。
ここ紅魔館の周りにはゆっくりれみりゃやゆっくりフランなど、ゆっくりの捕食者たちが数多く生息している。
普通の、よわっちいゆっくりはとっくに食い尽くされたものだと思っていたのだが…
「珍しいこともあったもんだ」
と、ぼそりと呟くと、先頭のゆっくり霊夢がその声を聞きつけたらしい。
「ゆっくりしていってね!!」
お決まりの台詞を叫ぶ。
「はいはい、ゆっくりしてますよー」
よい暇つぶしが出来た、と笑顔で近づく美鈴。その答えを聞いて、ゆっくり霊夢たちが嬉しそうに叫び返す。
「「「おねえさん、ゆっくりしてるひと?!」」」
「そうだよ、ゆっくりしてるよ。」
こいつら、もっと静かにしゃべれないのかなー、とか考えながら答えてやる。
「じゃあ、いっしょにゆっくりしよう!」「あのおうちはれいむたちのおうちなの!」「ゆっくりできるよ!!」
超☆喜んでいる。単純なもんだ。ぴょんぴょん飛び跳ねている…ん?おのおうち?
「ねえ、あなたたち。お家ってどこにあるの?」
「そこだよ!」
と一番ちいさなゆっくりが紅魔館を見ながら飛び跳ねる。
ああ、やっぱり。
こんなのが襲撃者か…と内心ため息を吐きながら説得を試みる。
「あのね、あなたたち…」
「おねえさんはゆっくりできるひと!!」「いっしょにゆっくりさせてあげるよ!!」「れいむたちのおうちでゆっくりしよう!!」
「だから、あそこはレミリアさm」
「きっとたくさんおいしいものがあるよ!!」「ゆっくりできるよ!!」「ゆっくりさてやるからありがたくおもってね!!」
「あそこはあなたたちのいえじゃないと…」
「「「ゆっくりできるよーーーー!!!」」」
美鈴の言葉はゆっくりたちの叫びの前に完全にかき消された。
「ゆっくり!!」「ゆっくりぽいんとだー!!」「れいむがいちばんゆっくりできんだーーー!!」
などと口々に勝手なことをほざきながら紅魔館に向かって行進し始める。
その瞬間、美鈴の怒りは簡単に有頂天に達した。暑くて空腹で堪忍袋の緒はゆるゆるだったのだ。
丹田に気を込め、一気に発声!!
「やかましいっっっっっっ!!!!!」
この一声でゆくっりたちはすべて目を回した。夜雀を声だけで叩き落した美鈴の複式発声法、伊達ではない。
「はあ、結局暇つぶしにもならなかった…」
スカートの前側を持ち上げて、そこにゆっくりを乗せていく。素晴らしき哉、脚線美。
「大声だしたから余計お腹が…」
そこではたと気付く。こいつら食えるじゃん、と。美鈴は、さっきと打って変わった軽い足取りでめーりんハウスへと向かった。
「フンフン♪」
地獄のように熱く真紅に染まっためーりんハウスの中で、なにやらごそごそ探している。
「どこかの巫女じゃないけど、やっぱり饅頭にはお茶がないと…」
どうやらここでお茶を入れたりもしているようだ。不憫。
外に出て、お茶が沸くまで正座で待つことしばし。
ちょっと補強したみかん箱の上にゆっくりをならべ、いただきます。
ゆっくりどもはまだ気絶している。気絶したまま食われたほうが幸せなのかも知れないが。
美鈴は行儀悪く、どれから食べようか迷ったあと、一番小さなゆっくりを掴んで、一口で食べた。
口の中でかすかな悲鳴が聞こえたような気もする。
「うーん、甘くておいしい…」
あまり甘いものが好きではないが、空腹は最高のスパイスだ。そして久々の甘味。おいしくないほうがどうかしている。
次のちびドマンジュウも一口。口の中に広がる甘さ、出涸らしの番茶とあいまって、美鈴を至福の時への誘った。
そしてもう一つ。一口で食べるには大きかったので、かじる。
「ゆ゛っ?!」
あ、起きた。寝てたほうが幸せなのに、と思ったが、構わず食べ続ける。
「いだいいいいいい?!!」
「あ、こら、手の中であばれるんじゃない…あ。」
ぽとり。あんまり暴れるので手からこぼれて地面に落ちる食いかけのゆっくり。
露出していた餡子が衝撃ですべて飛び出る。それがトドメになったらしく「ぎっ?!」と叫んで動きが止まる。
「あーあ、もったいない…」
さすがに落ちたものを食べる気にはなれない。蟻に寄付しようと思い直して次に取り掛かる。
どいつもこいつも、一口食われた瞬間に目覚めていきなり叫びだす。
「妹様なら断末魔もお喜びになるんだろけど、私にはそんな趣味はなー…」
ぼやきながらも次々に平らげていく。同族が食われて悲鳴を上げているというのに、他のゆっくりどもは目を回したままだ。
薄情なのか美鈴の声がそれほどすごかったのか、どちらなのか。
そしてちびゆっくりをすべて食べ終えたとき、美鈴はぽつりと呟いた。
「…飽きた…」
いくら久しぶりの甘味とはいえ、饅頭を腹いっぱい食べれるものではない。基本的に美鈴は辛党なのだ。
しかし空腹はまだ収まらない。さりとてこれ以上ドマンジュウを食べる気にはならない。
のこったれいむをどうしたものか、と思案していると、
「うー!うー!」
よたよたとこちらに寄ってくる影が一つ。
紅魔館の主、レミリア…にそっくりなゆっくりだ。
顔だけのときは日光で死んでしまうが、胴体が生えると日光の中でも活動できるようになる。
というより胴体の生える種類はゆっくりれみりゃとゆっくりフランしかいない。生命の神秘である。
だが美鈴の頭の中にあったのは、生命の神秘への遥かなる探究心ではなかった。
「こいち、確か中身肉まんだったよね?」
という食欲100パーセントな考えだった。
甘ったるいドマンジュウの口直しにはちょうど良い。確か家の中に醤があったはずだ。それで味付けして食べてしまおう。
そう考えるとよだれが出そうだった。
「うー!うー!」
どうやら美鈴が捕まえたゆっくりれいむ目当てに出てきたらしい。
調理道具を持ち出す時間稼ぎのため、母ゆっくりれいむを投げつけてやる。
「ゆ?」
その衝撃で意識を取り戻すれいむ。目の前にはれみりゃがいた。
「ゆぎゃあああああああ?!」
目を血走らせ歯茎をむき出しにした顔で叫ぶれいむ。必死で命乞いをする。
「れいむをたべてもおいしくないよ!!ゆっくりできなくなるよ!!」
捕食主のれみりゃがそんなもの聞くわけがない。
「うー!うー!」
右手で髪を掴み持ち上げ、空いた左手で頬を思いっきり引っ張る。
「ゆーーー?!い゛や゛だぁぁぁぁぁぁ!?いだいいいいいい?!」
痛みに泣き叫ぶれいむと、その反応を楽しむように徐々に力を込めるれみりゃ。
ぶち。
「ゆ゛ーーーー?!」
引きちぎった皮を食べ、露出した餡子に喰らいつき、餡子をゆっくりと吸い出していく。
「うま^^!うま^^!」
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っ!?」
餡子を吸い出され、痙攣する。生きながら脳を吸い取られるようなものだ。
れいむの目がぐりんと白目を向く。
餡子を2割程―れいむが死なないギリギリのラインだ―吸い取ったところで、今度は一気にかぶりつく。
「ゆぐぎゃああああっ?!」
痛みに意識を無理やり引き戻される。
「うー!うー!」
れみりゃはれいむの反応を楽しんでいるようだ。なるべく残酷に、なるべく苦しむように捕食している。
「うはー、レミリアさまと同じでどSなんだな、ゆっくりも…」
中華鍋を火にかけ、準備完了した美鈴があきれたように呟く。ちなみに火は気を掌に集中、発熱させて木を燃やして起こした。
「ゆ゛………っぐ…り゛……」
れいむはからだの半分ほどを食べられたところで息絶えた。
「うーーー!!」
死んだことに気がついたれみりゃは、子供が飽きたおもちゃを捨てるように投げ捨て、
「ぎゃおーーーー!たべちゃうぞーーー!!」
残ったゆっくりれいむのほうによたよた歩み寄ってきた。
「食べ残すなんてゆっくりの分際でぜいたくな…」
自分がれいむを食べ残したことを棚に上げて憤る、が気を取り直して、
「れみりゃー?れいむりおいしくてゆっくり出来る食べ物があるんだけど?」
慣れない猫なで声で呼び寄せる。
「うーー?おかし?くっきーー?!」
妖精メイドたちが甘やかしてお菓子で餌付けしたりするもんだから、口が肥えている。生意気、と美鈴はさらに苛立つ。
「もっとおいしいものよ?」
私にとってはね、と口の中で付け足す。美鈴が手に持っているものは醤。豆板醤の瓶だ。
「おかしーーーーー!うー!うー!」
みょうちきりんな踊りを踊りながらもたもた近づいてくる。
残っていた何匹かのゆっくりれいむは既に逃げ出していたが、美鈴もれみりゃも気にしていなかった。もっとおいしそうなものが目の前にあるのだから。
「おかしーーーー…?」
美鈴の持った瓶を見たれみりゃの顔が曇る。当然ながらクッキーやケーキには見えない。
「うーーー!!」
美鈴の手から瓶を叩き落とす。
「やだやだやだやだ!!!くっきーじゃなきゃだめーーー!!くっきーたべうーー!うー!」
地面に寝そべって駄々をこね始める。この甘えた根性は妖精メイドたちが甘やかしたせいらしい。
美鈴は慌てず騒がず瓶を拾い上げ、れみりゃの顎を掴み、瓶の中身を口の中に流し込んだ。
「う゛ゆ゛ーーーーー?!」
れみりゃは顔を真っ赤にして暴れる…暴れようとするが美鈴ががっちり顎と間接をホールドしているので、身動きすらも出来ない。
「うー?!う゛ーーーー?!」
「はいはい、おとなしくしてねー」
抑えるのも面倒になったので、浸透剄を叩き込んで無理やり黙らせる。
もう一発。さらにもう一発。とどめにもう一発。これで醤と肉まんがうまく混ざり合ったはず。
「さ、本日のメインディッシュと参りましょうか!!」
中華鍋が充分熱されているのを確認する。それから、逃げられないように羽、手足を引きちぎる。
気絶したれみりゃの身体が痛みに反応して痙攣するが目は覚まさない。
ちぎった羽と手足はもちろん捨てたりはしない。これは後から素材そのままの味でいただくのだ。
「えいっ!」
手足と羽をもがれて達磨みたくなったれみりゃを鍋に放り込む。油がはねる。熱さに起きた達磨がのた打ち回る。
「うーーー!!ううーーーー!!あづーーーい!!」
「まずは表皮をこんがりと…!!」
悲鳴を無視して料理に集中する。半年振りの肉なのだ。気合が入るのも当然と言えよう。
れみりゃは必死で身体を動かして鍋から逃げ出そうとする。しかし油ですべってうまく動けないうえに、端に来たと思ったら鍋を振られて中央に戻されてしまう。
さっきまでおいしいれいむを食べていたのに、何故こんな目に遭うのか分からなかった。
身体の外が熱い。身体の中が熱い。身体の中をかき回されたように痛い、生えてくるはずの手足が生えてこない。
「うーーー!!うーーーー!!ゆ゛っぐり゛じだいいいいいいい!!」
もう、ゆっくりできないのだろう。何が起こったかはわからなかったが、それだけは分かった。
れみりゃは、絶望のなかで焼け死んだ。
そんなれみりゃの絶望なんか知ったこっちゃない美鈴は、久々の中華の火力にハイになっていた。
「料理は愛情、中華は火力!!まだまだ火力がたりなぁい!!」
手に気を集中、鍋にダイレクトに熱を伝える。一気に火力が上がる。肉がはぜる音が激しくなっていく。
「燃えてる燃えてるハラショーー!!アイヤーー!!」
テンションが上がりすぎてお国言葉が出だした。
吹き出る汗、張り付くチャイナ。大変艶かしい。
最後の仕上げとばかりにもう一振り醤を加え、馴染ませるために鍋を思いっきり振る。
「あれ?」
突然手が軽くなる。赤熱して引きちぎれた鍋の取っ手しか手元にはない。
何が起こったか瞬時に理解する。が、どうしようもない。
「あ、ああああ?!」
美鈴のくびきから逃れた鍋は慣性の法則に則り、放物線を描いて…紅魔館の少ない窓の一つにジャストミートした。
その日の夜。もちろん美鈴は晩ご飯抜きだった。れみりゃの残りすらも取り上げられ、すきっ腹で門番を続けている。
ゆっくりを食べようとした結果がこれだよ!!
最終更新:2008年09月14日 11:14