人里から少し離れた山の奥にある廃屋。その中にはゆっくり霊夢の一家が住んでいた。母ゆっくり霊夢と子ゆっくり霊夢5匹の6匹家族である。
小屋の中は走り回って遊べるほど広く、食料もたくさん溜め込んでおける。正に理想の住処であった。
一家の朝は遅い。お昼近くになってからもぞもぞと動き出すのが通例である。
しかし、この日は違った。早朝だというのに急に床がぎしぎしと音を立てたかと思うと騒々しい音が鳴り始めたのだ。
音に驚いた
ゆっくりたちが目を覚ますと小屋の中で一人の男が音に合わせて体を動かしている。
「お、おじさんだれ?」
母ゆっくりが尋ねるが返事は返ってこない。ただただ男の横に置かれた機械が騒音を流すだけである。
「ここはれいむたちのおうちだよ!!!」「ゆっくりできないならでていってね!!!」
子ゆっくりたちも口々に非難の声を上げるが、この騒音の中では男に聞こえているのか疑わしい。
騒音はしばらく鳴り続けた。自分たちの住処が奪われることを恐れた母ゆっくり霊夢は小屋を離れようとはしない。
子ゆっくりも母の元からは離れなかった。何匹かは騒音と恐怖に耐え切れず泣き始めてしまっている。
音が静まったのを受けて再び母ゆっくり霊夢が文句を言い始めた。
「おじさん、音がうるさくて寝れなかったよ!!!謝って早く出ていってね!!!」
男は涼しい顔をして言った。
「いや~、ラジオ体操をしていたんだよ 音は大きかったかもしれないけど大丈夫、この辺は誰も住んでないから」
「れいむたちが住んでるの~!!!」
「あぁ~気持ちのいい朝だぁ~ よっこいっしょっと!」
男に詰め寄り抗議する母ゆっくりだったが、まるで相手にされず椅子代わりに腰掛けられてしまった。
「おぉ、こりゃあ座り心地抜群だなぁ!」
「おも゛い゛ぃ゛ぃぃ~!!!ずわらな゛い゛でぇぇ~!!!」
「おかあさんからはなれてね!!!」「おじさんはやくでてってね!!!」
ゆっくりたちを完全無視した男が次に目をつけたのは、小屋のあちこちに置かれた食べ物である。
色々な果物や野菜はゆっくりたちが野山を駆け回り、時には人里へ降りて調達してきた大切な食料だ。
「どれ小腹がすいたし、一つもらおうかね」
ちょうど手に届く場所にあったりんごを手に取った。途端にまた騒ぎ出すゆっくりたち。
「それはれいむたちが集めたごはんなのぉ~!!!」「がっでに食べな゛い゛でぇぇ~!!!」「も゛う゛ででっでぇぇ~!!!」
「まぁまぁ、たくさんあるんだからいいじゃない。それじゃあゆっくりいただきま~す」
泣きじゃくるものもいれば体当たりを仕掛けるゆっくりもいた。しかし、当然男はびくともしない。
「う~ん、いまいちだな」
一口かじったりんごを投げ捨てると男はポケットからガムを取り出して食べた。
りんごを粗末に扱われて喚くゆっくりたちだったが、男がくちゃくちゃと音を立てて食べているガムが次第に気になり始めた様子。
「おじさん、それおいしいの?」 「れいむたちにもちょ~だい!!!」 「りんご食べたんだからちょ~だい!!!」
「・・・ん~、しょうがないなぁ。もうちょっと待ってな、ちゃんとあげるから」
はじめてまともな返事がもらえたことに喜ぶ子ゆっくりたち。ちなみに母ゆっくりは先ほどから一言も話さずに涙を浮かべて男の重みに耐えている。
しかし、子ゆっくりたちからは母ゆっくりの背面しか見えていない。
ガムがもらえるとはしゃぐ子ゆっくりは、わざわざ母ゆっくりの苦渋に満ちた表情を見るために正面に回ろうなどとは考えなかった。
「ほ~ら、口開けて一列に並べ~」
子ゆっくりは言われるままに男の前に横一列に並ぶと口を開けてガムを催促する。男は口からガムを吐き出すとそれを細長く伸ばして5匹の上に乗せた。
それも口ではなく、髪の上に垂らされたのでゆっくりたちもたまらない。
「剥がれないよぉぉ~!!!」 「いやだぁ~きもちわるいよ~!!!」
お互いに髪についたガムを舐め取ろうとするのだが、そう簡単には剥がれない。
男はそ知らぬ顔で今度は煙草を吹かしていた。吹いた煙は容赦なくゆっくりたちに降りかかる。
「おじさんやめて!すっごく煙いよ!!!」 「げほっげほっ!ゆ゛っぐりでぎな゛い゛よ゛ぉぉ~」
と、そのとき「ぶぅ~」と、間抜けな音が響いた。騒いでいた子ゆっくりたちも何事かと静まり返る。
「いやぁ~、ごめんごめん」
男が照れくさそうに謝ると下にいる母ゆっくりが震える声で喚いた。
「く、臭い゛よ゛ぉぉぉ~!!!はやぐどい゛でぇぇ~!!!」
「おならしちゃったよ~」
特に悪びれる様子もなくへらへらする男と泣き叫ぶ母ゆっくりを見て、子ゆっくりの不満が爆発した。
「おかあさんからはなれてね!!!」 「はやくでていってね!!!」 「おじさんとはゆっくりできないよっ!!!」
鬼気迫る表情で男に詰め寄る子ゆっくりたちだったが、おならの匂いを嗅ぐとあっさり勢いが衰えてしまった。
「く、くさいよ!はやくどっかいってね!!!」
匂いから逃げるように小屋の隅に固まって抗議を続ける子ゆっくりたち。
しばらくして男はやっと腰を上げた。母ゆっくりはのそのそと這いずると小屋の奥で呻き声を上げてぐたっりとしている。
「おかーさんだいじょうぶ?」 「おじさんはやくでていってね!!!」
「まぁまぁ、そう邪険にしないでよ。僕は君たちとゆっくりしたいんだよ」
相変わらずの穏やかな口調だが、それが逆にゆっくりたちを苛立たせた。
子ゆっくりたちは男を取り囲んで決死の覚悟で体当たりを浴びせる。勿論効果はない。
「ダメじゃないか君たち、さっきから全然ゆっくりできてないよ。どうしちゃったのかなぁ?」
「おじさんのせいだよ!!!」 「おじさんがいるからゆっくりできないの!!!」 「ゆっくりしね!!!」
聞く耳持たずなのは承知の上だが、それでも子ゆっくりの罵詈雑言は止まらない。
「仕方がないなぁ、おじさんが手本を見せてあげるよ」
「ゆっ?」
男は子ゆっくりたちを見回すと大きく飛び跳ねた。
「ゆっくりしていってね!!!」
大声でゆっくりのお決まりの台詞を叫びながら跳ね回る様は気が狂っているのかと疑いたくなるが、この男、大真面目である。
着地の度に小屋全体がガタガタと音を立てて振動する。母ゆっくりは小屋の隅で涙ながらに訴えた。
「おねがい゛だがら゛も゛う゛や゛め゛でぇぇ~!!! 」
「ほら、どうだい楽しくなってきただろう?」
小屋の中をあちこち飛び跳ねてまわる男から必死に逃げ回る子ゆっくりたち。もし踏み潰されれば間違いなく即死だろう。
「も゛う゛い゛や゛だぁぁ~!!!」
逃げ回る力もなくなり、荒い息をして動かなくなったゆっくりたちを見ると男は満足げに小屋から出て行った。
「よーし、これで僕達は友達だね!また遊びに来るよ!!!」
その日、このゆっくり霊夢一家が涙ながらに引越しをしたのは言うまでもない。
おわり
最終更新:2008年09月14日 05:01