「ししょ・・・うっ!!」
部屋に入ってくるなり鈴仙は酷く顔をゆがめる。
傍にいた兎がマスクを渡す。それをすると、顔を歪めた原因である臭いは幾分かマシになった。
鈴仙はそのまま進み、奥にいる自分の師匠の元へ向かう。
「師匠?」
八意永琳は奥で
ゆっくりれいむの世話をしている。
そして、そのゆっくりれいむがこの臭いの原因だった。
人間達がゴミ捨て場にしている森で、ゴミを食べて生きていたゆっくりを一匹攫ってきたのだ。
食料事情は良かったのか、痩せているという感じではなく、
むしろ普通の森にいるゆっくりよりもでっぷりしている。
しかし、頬は煤か何かで黒く汚れ、赤いはずのリボンは色あせ、所々カビている。
髪はボサボサで、野良のゆっくりでももっとマシだと思える。一部べったりと糊がつき、
ゴミと一緒に固まってしまっている部分もある
まるで、ゴミか何かだ。普段、ゆっくりを可愛がっている鈴仙でさえそう思ってしまう。
捕獲に同行した兎の話では特に汚れたのを捕まえたわけではなく、
そこに生息するゆっくりは一様にそのような容姿、風貌だったらしい。
鈴仙に気付くと、れいむはニッコリ微笑み「ゆっくりしていってね!!」と挨拶する。
笑顔のせいで口が開き、歯が見える。歯には野菜だったのだろうか緑色の海草のような気持ち悪いものが、
こびり付いており、いっそう不快な気分にさせる。
「あの、師匠。これは」
つい、この子はとする所をこれはとしてしまう。
それをれいむは敏感に感じ取り抗議する。
「れいむはモノじゃないよ。ゆっくりあやまってね!」
「あ、ゴメン・・・」
そのやり取りを見て永琳は少し微笑んでから口を開いた。
「台所の三角コーナーよりも汚い口が何を言うの、と思った?」
「い、いえ」
「いいのよ。データも取ったし、今からならヘソを曲げられても構わないわ」
永琳は軽くそう笑う。
「もう何もかも終わるのよ」
人里の、特に貧民層に奇妙な病気が流行りだしたのはつい一ヶ月も前の事だ。
それが一週間前になって人里全体に広がっている。この異常事態に上白沢慧音は永遠亭に協力を要請した。
症状は一様に運動失調や聴力、視力の低下、言語と感覚の障害、手足の振るえなどであった。
永琳は原因をいち早く見つけ治療を施した。
脳からその原因物質を取り除けばいいのだ。月の頭脳の薬はそれを可能にした。
症状の酷い者は長らく通院生活を余儀なくされたが、
死に至ったほどの者はいなかったが、人里の者達は原因究明を強く望んだ。
裏を返せば仕返しの相手を探せというのだ。
永遠亭としてもこれ以上新規の患者が増えるのは好ましくないと考え、多くの兎を動員し原因を探った。
そして、見つけられた原因はあるゆっくり加工工場から出荷されているおはぎだった。
そのおはぎから高い濃度の有害物質が検出された。
「つくづく出鱈目な生き物だ」
永琳はゆっくりれいむの頬をゴム手袋をした手で触る。
「ゆふぅ、くすぐったいよ」
「ゆっくり本人達には有害物質での中毒症状はまったく見られない」
「あの、師匠」
「どうかした?」
「ゴミを食べていたのが原因なんでしょうか」
そうよ。と言って永琳はメスを取り出す。
それまで一緒に笑っていたゆっくりれいむの頬を切り裂き中から餡子を出す。
ゆっくりれいむは泣き叫んだが、その声は無視される。
「さっぎまでやざじがっだのに!!どうじでごんなことずるの!!」
「この中には多くの有害物質が含まれている。それはゴミから出たものや長年の放置により変化してしまったものが多いの」
「放置・・・毒・・・」
鈴仙の頭の中に一人の生き人形が思い出される。
それを敏感に読み取った永琳はそんな事思ってたらメディスンに怒られるわよと言いながらも、
「ゆっくりが原因と分かったから、これ以上、被害は広がらないでしょうけど」
と言った。
「結局、ゆっくりの中で毒になったのか、生態濃縮によるものなのか。同時に起こった事なのか。過程は見つけられなかったけど」
そう続けて、永琳は瀕死となったれいむの餡子をぬちゃぬちゃとかき混ぜる。
「原因は分かったし、もうすぐ天狗が号外を出す。もちろん、記事には私が目を通したから誤報は一切無いわ」
「結局、加害者は誰だったんでしょう」
という、鈴仙の言葉に永琳は少し考えてから、
「誰も何気に捨てたゴミが誰かを傷つけたり殺したりするとは思わないでしょ。しいて言えば」
天狗の新聞が配られると、人間たちは血相を変えてあるゆっくりの加工工場に詰め寄せた。
その中には猟銃などを持ち出した者もいるため、人里の長や自警団、上白沢などが強く自制を呼びかけた。
こういった者達の素早い行動は永琳が前もって情報を人里の上層部にリークしており、
なおかつ、すぐに出て行っては加工工場との無い関係まで有ると疑われるとの助言によるものだった。
一部の者が投石などで加工工場の窓ガラスを割ったが、ケガをする者は少なく、
後日、この加工工場の責任者による謝罪と賠償がなされた。
それでもなお、人々の中には怒りや憤りが残ったが、それはもう何かで解決できる安い代物ではなかった。
「ゆっくりいってくるね!!」
「おかーしゃん、がんばってね」「ゆっくしまってるね」「きをちゅけてね!!」
ゆっくりまりさはパートナーがいない。
どこかの誰かが連れ去ってしまった。
そのときは酷く悲しんだが、子ども達の手前、いつまでも落ち込んで入られない。
いつもの通り、食べ物が置いてある山に出かけ、そこから食べられそうなものを探す。
今日はキャベツがたくさん置かれていた。それを口に含んでゆっくりまりさは家に戻る。
普通のゆっくりなら夕方にならないと狩りから戻れないが、ここに住む者は昼にはもう狩りを終えて帰宅している。
それから子ども達に餌を与え、遊んだりゆっくりしたりしている。
「おかーしゃん、おうたうたって」
「じゃあ、みんなでいっしょにゆっくりうたおうね」
その時すでにゆっくりたちが住むゴミ捨て場はぐるりと兎たちに取り囲まれていた。
藤原妹紅がゴミの山に火を放つ。
しばらくして火事に気がついたゆっくり達が巣から逃げ出してくる。
多くは遊撃として配置されていた兎に殺され、わずかながらそれを突破したものでも、
二重三重の兎の包囲網を抜ける事はできなかった。
さらにその後方では暇そうな博麗霊夢と盟友の危機と張り切る河城にとり、唆されたチルノまでが待ち構えており、
生き残ったゆっくりはいなかった。
ここに住むゆっくりは皆、幸せそうだったと聞く。
頬が汚れているのは皆同じ、飾りが汚れているのは皆同じ、
豊富な餌と気の良い仲間、ここに住むゆっくりは皆幸せそうだったと聞く。
妹紅は少し心が痛んだ。しかし、死んだ子の父も母も祖父も祖母も皆、生まれた頃から知っている者達だ。
そのもの達の事を思えば・・・気分が悪いのをどうにかしたい妹紅は火をつけると早々に帰ってしまった。
なるべくならその後の事は見たくないからだ。
「ええい、クソ」
そう言って男はゆっくりをいじめる。
「やめてよ。おじさん」
「うるさい、黙れこのクソ饅頭!お前達の仲間のせいで俺は破産だ!!」
ペットショップで売られている躾済みの高級なゆっくりれいむを殴りながら男は捲くし立てる。
「なんだ、この。お前までそんな目で俺を見るのか」
何度も何度もゆっくりれいむは蹴られ殴られした。
ペットショップで言われていた幸せでゆっくりできる生活とは程遠い。
いや、ゆっくりれいむはつい二日三日前までは幸せな生活をしていたのだが、
それすら忘れてしまうぐらい今の状況は酷い。
男には妻も子もいなかったため、そのゆっくりれいむは大層可愛がられていた。
しかし、男の工場が何か問題を起こしたらしく、その日から男はゆっくりを憎むようになった。
最初、ゆっくりれいむは男が自分の願いを聞きいれ、工場でゆっくりを加工するのをやめてくれたと大喜びしたが、
ありがとうの言葉に返ってきたのは拳だった。
それからと言うとゆっくりれいむは酷い扱いだった。
まるでサンドバッグだ。何か喋ると殴られ、何かすると蹴られた。
一度、ぷくぅと頬を膨らませ威嚇した事があったが、
男がそれまで座っていた椅子を持ち上げて殴ってきたのを境に抵抗する事すらやめた。
毎日毎日、机の角にぶつけられたり、木刀で殴られたり、
男が「ヤクニン」というお兄さんに連れて行かれるまで続き、
それから、ゆっくりれいむは男の部屋に一匹で取り残された。
家財道具などは一切持ち出され、呼べども餌を持ってきてくれる人は居ない。
元々、暴力で疲弊していたゆっくりれいむが死ぬまで、そう時間は掛からなかった。
人々は木の棒を立て、そこにゆっくりを串刺しにしていく。
槍のように先端を尖らせているわけではない。
鈍い先に強引にゆっくりを押し込んでいくのだ。
ある者は体重をかけて、ある者は勢いをつけて、
棒がゆっくりで一杯になると、油をかけ火をつけた。
生きたままの奴もいればもう死んでいる奴もいる。
酷い言葉を投げかけられ、殺されていった。
不正発覚から一ヶ月、工場長が捕縛され野生のゆっくりを何の検査もせずに、
そのまま製品にしていた事を認めた。
今まで農業の妨げ程度だったゆっくりはその性格や容姿に関わらず、人の恨みの的となった。
何軒か、弱小の加工工場は潰れたが、大きな加工工場はこれを機に商売のやり口を変えた。
それまで安価なお菓子として売り出していたゆっくりを、
餌の調節で栄養分を強化し、足りない栄養を美味しく補充できる機能食品として売り出した。
他には脱野良宣言やゆっくりの牧場を作り、そこをテーマパークにする工場もできた。
そのどの工場もある兎が一枚かんでいたなんて噂もあったが、
ゆっくりまりさは逃げている。
何も悪い事はしていない。何も悪い事はしていないのだが、逃げている。
昨日はお隣のゆっくりありすが殺された。その前は近くに住んでいたゆっくりれいむが殺された。
今日、自分のパートナーのゆっくりれいむが殺されていた。
だから、ゆっくりまりさは逃げている。とにかく森の奥へ。
何故なら、ゆっくりれいむを殺したのは人間だからだ。人間は森の深い場所までは来ない。
すれ違うゆっくりには「もりのおくににげてね!にんげんがきてゆっくりできなくなるよ!!」と声をかけた。
ゆっくりは何個かの群は妖怪の山の麓まで逃げてきていた。
物凄い数のゆっくりのため、すぐに餌がなくなる。
各群のリーダーの話し合いも決裂に終わる事が多く、どの道、全滅は近かった。
しかし、人間の盟友は人間の期待に答えたかった。
河童の総攻撃は一万は超えているだろうゆっくりの群をわずか3時間で全滅させた。
ゆっくりの死因の一位は逃げる際に起こった将棋倒しによる圧死だったが、
しばらくすると、ゆっくりは数をかつての10分の1以下になっていた。
人里で見かけるのはペットのゆっくりぐらいだった。それももうかなり少ないが、
人々の記憶からゆっくりは危険だという意識がなくなり始めればまた増えてくるだろう。
「また人は忘れるわよ」
天狗に撮らせたのは三枚の写真だった。
それを永琳の前に並べて八雲紫はニヤニヤと笑っている。
一枚目は再びゴミの投棄が行われている問題となったゴミ捨て場、
二枚目は農道のわきにある木陰で休んでいるゆっくりまりさの一家、
三枚目は捕まえた野良のゆっくりを食べる人間
「そう、次は信仰が欲しい神様にでも任せようかしら」
そう言われた八坂神奈子は酷く面倒そうに。
「仕方ない。早苗に言ってゴミ掃除の有志を募って・・・ゆっくりは私と諏訪子で数を減らそう」
「お願いね。もし次があったら私が解決するわ」
紫のその言葉に神奈子は「じゃあ、ちゃんと残しておくから」と笑った。
医者は成果を、神は信仰を、妖怪は恐れを得る事のできる人間を大切にした。
その裏でゆっくりは蔑ろにされた。もしも、ゆっくりを大切にしてくれる者がいるとすれば、
自室で工場からの謝礼金を数えている兎だけだった。ただし、商売品として大切にという事だが、
~あとがき~
チルノは「あなたの最強の力が必要なの」と言われて連れてこられました
次回は「アマの虐待お兄さん」「メカ赤姫」「えーりんグログロ実験室」の三本でお送りするウサ
最終更新:2008年10月27日 01:45