「……なぁ~んて、言うとでも思ったのかい、糞饅頭ゥ!」
「ぶぎゅ!?」
赤ゆっくりが悲鳴とも破裂音ともつかない音を出しながら潰される。
勿論、男によってだ。
「ほら、返すぜ」
男が手に持っていた赤ゆっくりの残骸を、まりさに向かって軽く投げつけた。
何が起こったのか分からないまま、固まっていたまりさの顔にその亡骸が張り付く。
「ゆ? あ か ちゃん?」
「むきゅ!?」
ずるり、とゆっくりにとっても気色悪いと思われる感触をその頬に感じる。
べしゃり、と地面に落ちた。まりさの頬は餡子で濡れている。
赤ゆっくりだったものを見て、まりさは段々と理解していった。
「あかちゃん、しんぢゃったの?」
「ああ、そうだよ。オレが、殺したんだ」
男がまりさの理解を助けるように、噛んで含めるように告げる。
思考が現実に追いついた時、まりさは悲鳴としか言いようの無い声をあげた。
「あああああああああああああ!!?? ごめんねぇ!? まりさのせいでぇぇぇ!!」
「むきゅー!!?? あがぢゃん……!! ぎゅ!」
泣きながら、赤ゆっくりに擦り寄るまりさ。しかし、赤ゆっくりは最早原型を留めていないため、身体を餡子で汚すだけだ。
ぱちゅりーに至っては、目の前の状況を理解しかけた所で、現実を拒否して気絶してしまった。
男はその様子を見ながら、吐き捨てるように言った。
「なんつーかなァ……オマエら、嘘くさいんだよ。偽善的。そういうのは肌に合わねえよ。
オマエらゆっくりってのはゆっくりすることが本分なんだろ? 他のヤツをゆっくりさせるのは、なんか違くね?
悪いことをしたから、自分が罪を負うとかふざけてんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「ごめんなさい! ごべんなさい! ばかでごべんなざいぃぃぃ!!」
涙を流しながら、謝り続けるまりさ。それは果たして何に対して謝っているのだろうか。
男は角材を拾い上げると、それでまりさを軽く小突いた。
「おい」
「ゆぶっ!? ゆ、ゆぅ!? お、おにいさん、あやまります! あやまりますからゆるして、」
「おいおい、落ち着けよ。ちっとも『ゆっくり』できてないぜ?」
その状態に追い込んだ当人がゆっくりと言う言葉を口にする。
何をされるか分からない、という恐怖から口をつぐむまりさ。
「野菜を盗んで悪かった、自分が殺してもいいから皆をゆっくりさせてあげてください、みたいなこと言ってたな?」
「ゆ、ゆっくりそうだよ……」
殺す、という単語に怯えてしまう。間近に己を簡単に殺せる者が存在するのだ。恐ろしくないわけが無い。
それとは別に、まりさには懸念があった。
男が自分を殺したとしても、皆には手を出さないという約束を守らないのではないか、というものだ。
「バッカじゃねえの!? 悪いとかそういうのはどーでもいいんだよ!」
口汚くまりさを罵る声。その大きな声がまりさをさらに威圧する。
しかし、その言葉の中に含まれていたことは聞き逃さない。
「おにいさん! わるいことはいけないことなんだよ! まりさはおやさいをぬすんだから、わるいこなんだよ!」
まりさの精一杯の主張を聞いて、男は度し難いとでもいうように大仰に天を仰ぐ。
「ふぅ~……一ついいこと教えてやるよ。オレはあの村とは関係ない」
「ゆっ? かんけいないって……?」
「オマエが野菜盗んだとかどーでもいいの。オマエらが悪いことをしたから、潰すんじゃあない。オレが潰したいから潰すんだ」
「ゆ?」
思考が停止する。まりさには理解できなかった。野菜を盗んだからやって来たのではない?
意味が分からない。なら、どうしてここに来る必要があるのだろうか。
どうして、こんなことするのだろうか。まりさはそう問いかけたかった。
何の関係もないのに、どうしてこんな酷いことができるのだろうか。
まりさの切なる疑問には男の方から回答が来た。
「オレはな、『たまたま』この近くを通りがかっただけなんだよ。
で、『たまたま』逃げていくゆっくりを見かけたから潰そうと思っただけ。
オマエラが悪いとか、オレが正しいとかそういうのはないから。
分かりやすく言ってやるとな? オマエら、邪魔だからさっさと死ねよ。生きてるだけでウザい。
そういうことだよ、分かったかい、糞饅頭ゥ~? 」
まりさにも群れのゆっくりにも聞こえるように話す。
その余りの暴論に何もいえない。いや、下手に言い返せば暴力を伴った言葉が返ってくるかもしれないのだ。
それが恐ろしくて、どのゆっくりも口をつぐむ。
「ああ、でも因果応報とか天の裁きっていうのはあるかもしんねーなぁ?
オマエらの悪事を裁くために天からオレが遣わされてきた、とかな」
男は言ってからすぐに「んなわけねーか」とケタケタと笑う。
何の関係もないが故に、裁く役割を担える。勿論、男もそんな戯言を本気でいっているわけではない。
意味不明な暴論を言うことで、ゆっくりを恐怖させようとしているのだ。
「どう、して……」
まりさがぽつり、と呟いた。
「ん~? なんだ、きこえねえぞ?」
男はその声を聞き逃さず、殊更に相手を苛立たせるように聞き返す。
まりさは弾かれたように言った。
「どうじで、ごんなごどするのぉぉぉ!!??」
まりさは怒りや悲しみがない交ぜになったような顔をしている。
どうしたらいいのか分からない苛立ちを全てぶつけたい、と言わんばかりだ。
しかし、男はまるで恥じることの無い様子でさらに汚く笑う。
「イイ、イイねぇ! そいつを聞きたかった! だが、オレは質問に質問で返すぜ!
どうしてと言ったな? オマエらにそれを言ったら納得して殺されてくれるのか?」
言われたまりさは思わず怯んだ。まさか、そんなことを聞かれるとは思ってもいなかったからだ。
あえて言うのであれば、まりさは理由を聞いたのではなく、言わなければ心の整理がつかなかっただけだ。
実際に、理由は男自身が既に『潰したいから潰した』と語っているはずである。
しかし、それにもかかわらず、男はまりさだけを凝視して言葉を続ける。
「オレが昔、ゆっくりたちのせいで酷い目にあったっていう理由があればいいのか?
オマエらが『良いことをした』と思った行動でオレの大事なモノが無くなった、とでも言えばいいのか?
ゆっくりによって、身内が死んでればいいのか?
オマエラのせいでゆっくりできなかったから、ゆっくりできるようになりたかった、でいいのか?
殺すのに理由があれば殺していいのか? 正しいのか? 理由があれば何でもやっていいのか?」
男が凄まじい勢いで言葉を羅列していく。まるで脳内にあったものを全て吐き出しているようでもある。
そして、今の言葉の意味がまりさの中に浸透していくまでじっと待つ。
理解するかどうかなど、さして気にしていない風である。その顔をじっと見る。
「ゆ、ゆ、ゆ……お、おにいさん? ゆっくりわからないよ? わるいことははいけないよ?」
言葉の洪水によって怒りが押し流されてしまったのか、まりさは戸惑った表情を浮かべている。
返事にも戸惑いの色が濃い。本当に何を言われているのか、分からないのだ。
「クズなオマエらには分からねぇか。じゃ、こう言い直してやるよ。
『群れを助けるためなら、人の物を盗んでもいいのか? 仲間を殺してもいいのか?』」
「ゆぐっ!?」
まりさは今度こそ理解できた。それは自分がやってしまった『わるいこと』そのものであったからだ。
野菜を盗んで逃げる時に殺してしまった仲間のゆっくり。
あの時は野菜を食べてしまった上に足手まといにしかならない、と判断して殺した。
悪いことであっても、時と場合によっては正当化されることもあるのだ。
まりさは男の言いたいことを、なんとなくではあるが把握することができた。
「……おにいさんにも、ゆっくりをころすりゆうがあるの?」
「あったらどうする?」
ニタリ、と嫌らしく笑う。答え如何によっては即座に潰されるだろう。
「あ、あるならしかたないよ! でも、ころすのはまりさだけみぃ!?」
まりさが途中まで言った所で、男は角材でその口を塞いだ。
「オレにはオマエらを殺す理由があるよ。
……オレはな、病気なんだよ。オマエらゆっくりを一切合財殺さずにはいられない病気なんだ。
そう言ったらオマエらも納得して殺されてくれるんだろ? それじゃ、理由も分かったし、遠慮なく殺すぜ、いいな?」
それは確認のための言葉ではなく、単純に事実を告げるものでしかなかった。
そんな病気があるかどうかなど論ずる意味もない。殺される理由など、たった今決められたに過ぎないのだ。
まりさは、男が角材を振り上げる絵を半ば呆然とした面持ちで眺めるしかない。
理不尽。それ以外にまりさの境遇を表す言葉は無い。
しかし、そんな状態にあっても、まりさは群れのゆっくりのことを思わずにはいられなかった。
「もっと、みんなをゆっくりさせてあげたかったよ……」
まりさは最後まで皆のことを思ったまま、その意識を失おうとしていた。
降って来る角材をどこか悟ったような面持ちで見ている。
ああ、あれが当たったら自分は死ぬのだろう、と当然のように分かっていながらもまりさは穏やかですらあった。
心残りがないわけではない。
横にいるぱちゅりーと一緒に生きていけないことは残念であるが、もう仕方がないのだ。どうしようもない。
『そういえば、ぱちぇがごそごそとうごいているきがするよ、やっとおきたのかなぁ』
とぼんやりと思うような妙な余裕すら存在していた。
迫り来る死。それを受け入れるためにまりさは胸を張って、少しでも耐える姿勢を見せようとする。
皆に頑張っている姿を見せたかったのだ。
まりさに向かってくるもの、男の笑み、ゆっくりしていない皆、それらを見届けようとした時、
「むきゅ! いまよーーー!!!」
横で眠っていたはずの伴侶によって、まりさへ訪れる結末は違うものとなった。
「「「「「ゆーーーーーー!!!」」」」」
何匹ものゆっくりがぱちゅりーの合図に従って、一斉に男へと体当たりをかます。
基本的には弱いとされているゆっくりでも数が集まれば違うものとなる。
ゆっくりの体当たりによって姿勢を崩された男の一撃は、当然の如く狙いから外れてしまった。
ぼずん! と鈍い音を立ててまりさの横の地面へとめりこむ。
「やったわ! かずのしょうりよ!」
ぱちゅりーは、実は途中で目を覚ましていたのだ。そして、気絶しているフリをしながら仲間へと合図を出していたのだ。
男がまりさとの会話に夢中になっている間に、配置を終えて、号令と共に攻撃を指示した、というわけだ。
群れのゆっくりもぱちゅりーの合図に最初は戸惑ったものの、まりさを助けたい一心で動いた。
その結果が今に現れている。そして、男は角材をめりこませたまま、動きを止めていた。
それもまた、ゆっくりたちに勝ったことを確信させるに至った。
「まりさ! もうだいじょうぶよ! にんげんさんはぱちぇが……?」
ぱちゅりーが声をかけようとして、まりさの様子がなんだかおかしいことに気がつく。
まりさの方から何か変な音が聞こえるのだ。
斜め後ろからまりさを見ていたぱちゅりーには何が起こっていたのか、よく見えていなかった。
「…………ゆゆ゛…………ゆ゛ゆ、ゆゆ゛ゆ…………」
「まりさ? どうしたの? なにが、むぎゅ!?」
まりさの顔を覗きこもうとしたぱちゅりーは、真正面からそれを見てしまった。
顔の左半分が失われているまりさを。
「どうじで、まりざのおかおがぐちゃってなってるのぉぉぉぉ!!??」
余りの光景に餡子を吐きながら、ぱちゅりーは絶叫する。
「なんでって、そりゃオマエらのせいだよ」
男は呆れたように言う。
「むぎゅ!?」
「オマエらがオレに体当たりをしたから、狙いがずれてこんな感じになった。
分かる? つまり、このゆっくりまりさが一撃で死ねなかったのはオマエらのせいだぜ?
理解できたか?」
ぱちゅりーの顔は驚愕の色に染まったまま、変化が見られない。
目の前の光景を認めたくなかった。自分の行動によって起きてしまった事態を認めたくなかったのだ。
男はぱちゅりーの様子をつまらなさそうに見ながら、ため息をついた。
「あ~あ、こりゃ少し考えた方がいいかね……と、オマエら邪魔だ」
「ゆびゃ!?」「あびゅ!?」「ゆ゛じゅ!?」
男は独り言を呟きながら、足元にいたゆっくりをあっさりと潰す。
先ほど、男へと体当たりをしてきた一団である。
「れいむぅぅぅぅ!!??」「ゆ゛あ゛あ゛ああぁ゛ぁぁぁ!?」「ゆ、ゆゆ……ゆげぇ!」
周囲から見ていたゆっくりたちの間が悲痛な叫び声が聞こえるが、当然無視する。
男は次にぱちゅりーの傍へと近寄ると、軽く揺さぶって現実へと引き戻してやる。
そして、ぱちゅりーの目を見ながら問いかけた。
「なあ、どうする?」
「むきゅききゅきゅきゅっきぃ!!?? どどどど、どうするってなにが!?」
混乱しているのか怯えているのか、耳障りな言葉を発するぱちゅりー。
「あのゆっくりまりさは、放っておくと死んじまうぜ? それをどうするのか、って聞いてるんだ」
「むきゅ!? まりさをたすけてほしいのよ! まりさ! まりさぁ!」
まりさを大声で呼ぶものの、それに対する反応はまったくない。
先ほどから壊れたように「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛……」と鳴っているだけだ。
「ふむ、じゃあ条件があるな。あれを助ける代わりに、オマエらはオレが言うことに従ってもらおう」
「じょ、じょうけん? なんでもいいから、はやくまりさをたすけてあげてね!」
「なんでも言うことを聞くか?」
「なんでもきくわ!」
ぱちゅりーが承諾したことを確認すると、男はまりさを持ち上げた。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛……」
依然としてまりさは壊れたままである。このままで餡子が流出しきって、命も危うくなるだろう。
見れば、中心部の餡子に損傷がある。それは中枢餡と呼ばれる部位であり、ゆっくりにとって重要な部分の一つだ。
ゆっくりの記憶や感情を司るとも言われ、ここを弄くられたゆっくりは別物と変わってしまう。
そこをじっくりと見ながら、男は口を開いた。
「それじゃ…………」
人間側エピローグ。
「はい。どうも有難う御座いました。こちらが謝礼となっております」
男が、それなりに身なりの良い眼鏡をかけた人物から謝礼を受け取る。
ゆっくりを虐殺していた男は、先程狂態とは全く違う表情であった。
傍から見れば、極々普通の人間にしか見えない。
「今回は我が方の依頼を受けてくださって、大変感謝しております」
「いえ、こちらもそういう仕事なので。こういう荒事に近いことは、そういったものに慣れた奴がするべきですから」
眼鏡の男が深々と頭を下げる。男はやりづらそうな顔をしながらも、手を挙げて制止する。
頭を下げた際に、少し潰されるような形となってしまったのか、腕に抱かれていた猫が小さい声で鳴く。
「あっあ~、ごめんね猫ちゃん! いたかったでちゅか~? 」
男は気にするでもなく、ただ見ている。関心があるのかないのかも分からない様子である。
「しかし、我が方としてもね、あのゆっくりとかいうのにはほとほと嫌気が差していたんですよ。
特にあの見た目と声! 傍にいるだけで不快になります!
なによりも、ワタシの可愛い猫ちゃんに危害を加えようとするだなんて!
まったく、とんでもないことをしますな!
ワタシがどれだけ猫ちゃんを手塩にかけて育てたのか、饅頭には理解できないのでしょう!
ワタシがあの場に行かなかったら、ゆっくりなんぞに酷い目に合わされていたかもしれません!」
「そうですねぇ。それは大変なことです」
眼鏡の男がさりげなさを装って、己の自慢をする。
男にはそんなことを気にするつもりはまったくなく、どうでもいいのだ。
猫が原因でゆっくりの群れを潰すように言われてたとしても、大した感慨もない。
その時、ふと気になっていたことを思い出した。
「そういえば、ゆっくりが野菜がどうたら、と喚いていたのですが、何か心当たりはありますか?」
「野菜? 野菜……そうですなぁ、ゆっくりが目撃された辺りの場所は、ご駄目になった野菜を捨てる場所になっていましてな。
そこから捨てられた野菜を持っていったのかもしれませんね」
「……随分と妙な場所に捨てるんですね」
「駄目になった野菜と一口に言っても、様々な事情があるのですよ。
ま、だからといってゆっくりに持っていかれては、良い気分にもなりませんがね」
ニヤニヤと笑いながら、さも裏の事情があるのだから関わってくるな、という雰囲気を発している。
男はそれに対しても関心を抱くことはなかった。
ここが切り上げ時と見たのか、眼鏡の男は貼り付けたような笑顔を浮かべて言う。
「また、今後も同じようなことがあったらお願いししますな!」
眼鏡の男は猫を抱えたまま、悠々と帰っていく。
その後ろ姿が完全に見えなくなった時点で、男はため息をついた。
「猫、嫌がってるように見えるけどなぁ……」
男は猫好きであった。
それはともかく、再びゆっくり関係の仕事を押し付けられるのは面倒だな、とは感じていた。
そのために一応の案は施してあるが、それが成功するかどうかまでは確証は持てない。
正直言って、男はゆっくりなんぞと関わることが良いことだとは思えなかった。
自身も金のためにやっているに過ぎない。
さしたる理由があるわけでも、病気なわけでもない。
男はゆっくりに関することを生業とした組織に身を置いており、荒事や調教などといったことを任されている。
イカれたような言動もゆっくりに分かりやすく恐怖を叩き込むための演出に他ならない。
誰が好き好んで、そんな言動をしなければいけないのか。
男はそこそこに、人と付き合いができる程度には一般常識は持っているのだ。
しかし、『こうしなければゆっくりには分からない』ということはある。
生半可に関わろうとしては、ゆっくりを付け上がらせるのが関の山だ。
時には適当な詭弁を弄してはゆっくりを貶め、またある時は直接的に暴力を振るってはその数を減らす。
そういった種々の判断もある程度、ゆっくり駆除に関わってきたからこそ、その線引きができるのだ。
しかし、目の前でまるで人間のように泣き叫んだりするモノを殺すのは、中々につらいものなのだ。
男の仕事仲間にも精神を病んでしまって、こういった仕事を続けられなくなった人物もそれなりにいる。
イカれた演技をしていたはずが、本当に壊れてしまった者も少なくない。男もそうなるかもしれない。
いや、それ以前に閻魔の裁きによって地獄に行くのかもな、と男はぼんやりと考えながら家路に着くのであった。
ゆっくり側エピローグ
『条件を出す』
ゆっくりを嬲る様に殺していった男はそんな言葉を吐いた。
『オマエらが生きているのは、そのゆっくりまりさのおかげだ。オマエらは本当ならもうオレに殺されてるんだよ。
だから、これから先はそのゆっくりまりさの言うことに全て従って生きていけ。
もしも、これを破ったら……その時は、もう一回オマエらを全部ブチ殺してやるよ。
覚えておけよ?』
皆にそう宣言すると、男はまりさの修復に取り掛かった。それは決して治療というものではなかった。
半壊した顔の断面に薄い膜のようなものを貼り付け、その膜を固定しておくために釘を打ち込んだ。
打ち込んだ場所は、勿論まりさの残った餡子に向けてである。
男は釘を一本ずつ、ゆっくりと挿した。そして、まりさに向かってこんな言葉を呟き続けた。
『人間に近寄ると、ゆっくりできない』
その言葉を何度も何度も、まるで呪詛のように言い続けた。言う度にまりさの身体へと染み込んでいくかのようであった。
釘は中枢餡にも挿された。自分の最も大事な箇所が弄くられ、まりさは奇怪な声を上げ続けた。
その声は途切れることなく続き、男の囁きも途切れることなく続いた。
そうして、最後の釘がまりさの餡子を挿した時、ようやく男の声は終わりを見せた。
この作業によって膜は無事固定されたが、まりさは決定的に壊れてしまっていた。
まりさは身体はまったく動かないのに、声だけは出し続けた。男がいなくなってもずっと出し続けた。
やがて、男が去ったことを見ると、ぱちゅりーら残ったゆっくりは出来る限り急いで、その場を後にした。
行く当てなどどこにもなかったが、それ以上その場に留まり続けることは心情的にも視覚的にも不可能だったのだ。
加えて、散乱した餡子目当てに他の生き物も集まってくる可能性もあった。
住みかを離れることは他の生き物の領域に入ることを意味していたが、行かざるを得なかった。
壊れてしまったまりさを連れて。
僅かに残ったゆっくりは誰も住んでいない洞窟を見つけ、そこに隠れ住んだ。
しかし、ここが安住の地ではないことは皆が分かっており、何時何が起こるか不安でたまらなかった。
その中で群れの皆はよくまりさの言うことを聞いた。文字通り死活問題だからである。
だが、まりさの言うことは全く要領を得なかった。なまじ喋れる分だけ性質が悪い。
『ニンゲンさんにちかづくな』
意味を成さない言葉の中で、それだけは徹底して言い続けた。
食べ物を取ってくる算段など一切口にしない。
だから、生き残ったゆっくりは皆、自分で食べ物を探すしかなかった。
新しい土地に来てしまったため、ぱちゅりーの知恵も役に立たない。
以前はゆっくり達が思い思いに食べ物を集めていた。
足りなくなる者がいれば、長であったまりさが分けて上げていたのだ。
まりさは狩りの腕も良かったのか、飢えたゆっくりは困った時にはまりさを頼ればよかった。
しかし、今のまりさはこの様である。
「ぱぎゃぐええgぽdが!! ニンゲンざんにちがづいじゃ、だめだびょ!!」
「むきゅ……みんな、がんばってね……」
まりさは生きていた。顔の半分を失いながらも、まだ生きていた。
しかし、その精神は以前と比べて、ひどく欠けていた。
皆を思う心も、ゆっくりしていた顔も、喋る言葉も、その全てが壊れてしまっていた。
つがいであったぱちゅりーも、大した助言も出来ずにただ皆を励ますだけである。
「あsdfghjkl;:ぽいうytれw!! ニンゲン、さんにぃ! ちかづくな゛ぁぁ!!??」
まりさの半壊した顔の断面には薄い膜のようなもので餡子が流出しないように抑えられている。
しかも、その膜を止めておくために何本もの釘が打ち込まれており、それも相まってとても醜い形相となっている。
まりさがひと時もゆっくりせずに、わめき散らしているのはこの釘のせいでもあるのだ。
まりさはもう動けないので、釘が抜ける可能性は低い。
そもそも、まりさは常に『痛い』とは感じているが、釘が刺さっていることも分かっていないのだ。
感覚を失っているにもかかわらず、こびりついた意識は『痛い』と訴え続けている。
まりさは完全に狂ってしまっているのだ。
そんなまりさを頂点とせざるを得ない群れがどうなるか。それは明白である。
男が直接手を下さずとも、群れは段々と終わりへと向かっていくしかなかった。
全ては天の裁きか、自然の摂理か。何にせよ、破滅の時は近い。
かつて、まりさが望んだように絶望的な状況は打破された。
その理想とは真逆の方向で。
恐らくは、何も救われない形によって
書いた人、ゆっくりまんじゅうの人
最終更新:2009年02月14日 03:07