ゆっくりいじめ系2322 永夜緩居[三匹のゲス、二匹目-れいぱー](中編)

前編より



それからずっとみょんのことに苛立ちながらも、なんとかありすは三匹で永夜緩居への道を進んだ。
大切な思い出の品を壊されたのは許せないが今はとにかく永夜緩居へ辿り着くことが先決なのだ。
実際みょんの言ったことにも一理あるのだ、あの品物はどの道諦めなければならなかったのだとありすは自分に言い聞かせた。
理といっても所詮田舎者の非都会派で無粋な理だが、と心中ありすは付け加えた。

「ちょっと!いそぎなさいよまりさ!」
イライラしていると、ついまりさにも強い口調で話しかけてしまう。
しかし永夜緩居への道のりは険しい。
永夜緩居への旅が長丁場になればなるほど捕食種などの危険な相手に出遭う確立はあがるし
食料の調達も思うようには行かないだろうから食料事情もより厳しくなっていく。

そうなれば一番危険なのは体に虐待の障害の残るまりさなのだ。
休む時と進む時をはっきりとメリハリをつけて要領良く進まなくては後で苦しむのはまりさだ。
多少疲れても、今は先に進むことが肝心。
いざとなれば背負ってでも連れて行けばいい。
そう自分に言い聞かせながら心を鬼にしてありすはまりさに急ぐよう強く促した。


「べつにむりにいそぐひつようはないみょん
すたみなぎれでへたられたらぎゃくにあしでまといになるみょん」
そこにみょんが余計な口出しをしてきてありすはカチンと来て怒鳴りかけた。
「わたしたちがふぉろーすればいいのよ!」
なるべく語気を抑えてそう告げた。
だがあろうことかみょんはありすを無視してみょんはまりさの傍に立って
また甘やかすようなことを言っていた。
ありすはいい加減咎めようとした。
しかしまりさがみょんのデリカシーの無い行為に自ら抗議の声を上げてくれて
ありすは溜飲を下げると同時にまりさはやっぱりわかってくれてると思ってとても嬉しい気持ちになった。
なんだか足取りも軽くなった、そんな気がした。
ちょっとくらいはペースを落としても良いか、そんな気になった。

そうこうしている内に、その日の行程を終えてキャンプ地にしようと思っていた地点まで到達した。
いくら急ぐと言っても休む時は休まなければならない。
まりさの体力も限界のようだったし、本当に具合良くここまでたどり着けたとありすは思った。

ありすはまりさに体力を使わなそうな仕事を適当に任せると
みょんと今後の方針について話し合った。
どうせまりさにはこの手の話はわからないし二匹で話し合った方が内容もまとまると考えた。
今後の行程、道順、食料供給の方法、危険への対処などなどを話し合ったが
思ったとおり、リアリストの気があるみょんとの話し合いは淡々と、かつ順調に進んだ。
お互いに経験もあり現実的な考えをするタイプなので
相違点はみょんのまりさに対する障害の程度への誤解から来るものがいくつか
その都度ありすはみょんにそのことを説明して計画を組み上げていった。

「だいたいのほうしんはきまったわね
あなたみたいないなかものといけんががっちするのはしゃくだけど」
「みょんとしてはばんじこうやってすすんでいってほしいみょん」
憎まれ口を叩きながらありすも本当にそうなってくれれば助かると嘆息した。


それからまりさがやっていた明日の準備も済んだらしく
ありすはやっと一息つけるとゆっくり緊張を解いた。
そしてありすはまりさと日課として愛の育みをしようとまりさに近寄った。
しかしみょんに止められて、まりさの体力のこともあり渋々と断念することになった。

一人寂しく寝床に入ってからありすも流石にはしゃぎ過ぎたかと反省した。
確かに今はしっかり休んで置くべき時なのだ。
愛の営みは目的地にたどり着いてからでも充分。
順調に事が進んでいるので気を緩ませすぎたと舌打ちする。
如何せんピクニック気分が過ぎるとありすは自分を叱咤して気合を入れなおした。


そして次の日からは食料を調達しながらの進行が続いた。
基本的に休憩地点でまりさを休ませその付近でありすとみょんが狩りを行うという形である。
恐らくまりさが居なければありすほど森での狩りを得意とし、熟練したものなら
殆ど補給を必要とせず永夜緩居にたどり着けただろう。
だがまりさ無しで進むことはありすには考えられなかった。

狩りをしながらありすはみょんを見てふと洩らした。
「ふぅん」
「?なんだみょん?」
「べつに」
意外なことに偉そうに大物ぶった態度の割にはみょんは狩りがヘタだった。
いや、そう見えるのは基本的にありすがゆっくりの中では一流に値する狩りのうまさなのが大きいのだが
それでも思っていたより狩りのヘタなみょんを見てありすは優越感を感じた。

「かりのうではおみごとみょんね
みょんにはまねできないみょん」
狩りの腕『は』というところが少しありすは気になったが
何度か狩りを行っているうちにみょんもありすの手際に感心したらしく
ふとそんなことをありすに言った。
それがありすには心地よくて仕方なかった。
思わず優越感に浸りながら色々言ってやりたくなる。
「むだぐちたたいてないでしたをうごかして」
だがありすはあんまりそれを表面に出すのも恥ずかしい気もしたので
狩りに使う罠の仕掛けを作りながら口では悪態をついた。
「しゃべってるからうごかしてるみょん」
そんなありすに対してみょんはベロを見せながらニヤニヤした顔で減らず口を叩いた。
やっぱり嫌な奴、そう思いながらありすは狩りを続けた。

そんなことを繰り返しているうちに二匹の間で大分連携も取れるようになってきて
予想とは裏腹に永夜緩居へとどんどん順調に進むことが出来た。
結局お互いに隙を見つけて相手を出し抜くことは出来なかったが、その分他のことは万事うまくいった。
まりさも大変だろうし待つのは寂しいだろうに我侭一つ言わず自分の仕事をこなしてくれて
永夜緩居についたら必ずまりさに感謝の言葉をかけてあげようとありすは心に決めた。

そして順調に、三匹は永夜緩居へと辿りつこうとしていた。

流石にここまで来ると気持ちも昂ぶってくるし、なんだか荷物も重くなったような気がした。
それだけ緊張しているのだろうとありすは思った。
永夜緩居へと至る直前にみょんは何故かしきりに本当に行くのかと尋ねたが
ありすには選択肢は無い、当然のごとくYESと答えてありすは夢にまで見た永夜緩居へと足を踏み入れた。
まさかここでありすたちを斬り捨てる気かという疑問が一瞬頭を過ぎったが、それは今更メリットがあるようには思えなかった。


永夜緩居には、三匹だけではとても食べきれないような食べ物や、素晴らしい土地が待っているはずなのだから。
そう考え直してありす達は永夜緩居へと足を踏み入れた。

一望しただけで本当にゆっくりした場所だというのが
肌に触れる風で、耳に飛び込む優しい音で、目に映る美しい景色からありすにはわかった。

ありすは視界の端に映った美しい花畑に早速走っていった。
みょんが後ろで何か言っているが、あんなゆっくりしていないゆっくりのことを気にするなんて馬鹿らしい。
ありすは無視してそのかわいらしい花に噛み付いた。
まず鼻の中を甘い香りが一迅、すうっと通り抜けた。
そして舌の上に痺れるような恍惚感が広がっていく。
ありすは目を瞑り意識せずに思わずこの幸せな感覚を口に出して言った。
「むーしゃ、むーしゃ、しあおげええええええ!?」
ありすは気付いたら嘔吐していた。
辺りに餡子が撒き散らされた。
時間差でその餡子が自分のものだと認識して背筋が凍る。
その花が毒であることを認識して少しでも口の中の物を吐き出そうと
唾一滴に至るまで吐き出した。
「だからいったみょん」
いつのまにか横に立っていたみょんがありすの口の中に変な味のする木の実を放り込んだ。
目を白黒させたがその後背中を擦ってくれたことから多分薬のようなものだと察して
その木の実を舌の上で転がした。
味は酷いが多少吐き気がおさまっていくのを感じる。

ありすはそうしながら少し目を閉じて体を休めた。
体と心を落ち着けながら少しずつ状況を纏めていく。


「な゛によごれええええええええええ!?
どぼぢでごんなゆ゛っぐりぢでないおはなざんがはえでるのおおおお!?」

そして全力で叫んだ。
伝説のゆっくりプレイスにこんなゆっくりしてないものが生えているなんてまさしく看板に偽り有りである。

「はえてるものはしかたないみょん、だからしんちょうにっていったみょん」
あっさりと言ってのけるみょんに悪態を突きつつ
ありすは渋々と自分が軽率だったことを認めた。
普段ならその辺に生えてる見知らぬ花にいきなり食いついたりはしない。
伝説のゆっくりぷれいすにたどり着いたことで浮かれすぎていたことを渋々認めた。



「そもそもでんせつのゆっくりぷれいすっていうのが
みょんたちゆっくりがかってにいっているだけで
永夜緩居がじぶんでそういってるわけじゃないみょん
ほんとにそれをたしかめたゆっくりなんてだれもいないみょん」
みょんが、また永夜緩居の存在そのものを疑うようなことを言う。
「ふん、ありすはうわさばなしにむらがってわめいてるいなかものたちとはちがうわ
ちゃんとしたすじからのじょうほうをつかんだんだもの
みためにだまされたけどきっとまだ永夜緩居にたどりついてないだけ
もうすこしおくにいけばとかいはなゆっくりぷれいすがあるはずだわ」
ありすは自信をもってそう言ってのけてやった。

「たしかなすじ、かみょん
どうせゆかりんのことだみょん」
みょんからその名前が出てきて、思わずピクリと硬直する。

「そいつがいちばんうさんくさいんだみょん」
そんなはずは無い、あのイレギュラーなありすの襲撃に対して地図を用意しておけるはずなど無いのだ。
ありすはそう自分に言い聞かせながら先に進んだ。


それからありすを先頭に先へ先へと進んでいくと
また別の花畑に辿りついた。
ありすはその花は見たことがあったような気がしたので
どうよ、やっぱりあったでしょ?という顔でみょんの方に振り向いた。


「またのたうちまわりながらあんこはきちらしたいならかってにむしゃむしゃするといいみょん」
見ていて腹の立つ半眼でこちらを見ながらみょんが冷めた声音で言った。
流石にそう言う風に言われるとしり込みする。

このまま花畑にまで歩いていってみょんの目の前でおいしそうに花を食べてみょんの鼻をあかしてやりたいが
流石に本当にそうするほどありすは馬鹿ではない。

見覚えがあるような気もするが、違う花かもしれない。
確証は無かった。

そこで突然それまで黙っていたまりさが口を開いた。
花の周りを飛ぶ蝶を目で示しながらまりさは言った。
「ちょうちょさんはおはなさんのみつちゅーちゅーしてるんだから
どくはないとおもうよ、だからこのおはなさんはきっとたべられる……とおもうよ」
「みょん……」
みょんは困ったように俯いた。
それはそうだろう。
そんな馬鹿な話は無いのだ。

「……はぁ~~~……」
まりさを外に連れ出すことは滅多に無いのだから
自然の知識なんて一々教えなくても家事さえ出来れば充分だろう。
そう考えていたのは間違いだったとありすは呆れ果て溜息をつきながら認めた。

「ほんっとうにまりさはおばかさんね
いい?ほかのどうぶつさんがたべれたからって
それがありすたちゆっくりにもたべられるなんていうほしょうにはならないのよ?

いきのこるためにそのどうぶつさんがどくがあっても
ちゃんとたべられるようにからだをかえたのかもしれない
そもそもからだのこーぞーがぜんぜんちがうから
そのどうぶつさんにはだいじょうぶだけどゆっくりにとってはどくかもしれない
どくのぶぶんをたべないようにとくべつなたべかたをしてるかもしれないわ
たとえばはなびらにはどくがあるけどみつはたべられる、みたいにね」

「ゆ、ゆ……」
まりさは涙目になってしまった。

「それでもあのおはなさんたべてもだいじょうぶだとおもうんならかってにひとりでたべてね!」

ありすは多少良心が咎める思いだった。
しかし多少きつい言い方になったのは確かだが
こういうことはきちんと教えておかないと後に命に関わる。
それはさっき自分の身で嫌というほど思い知ったではないか、とありすは心中呟いた。
そう考え心を鬼にして厳しく言ったもののまりさの余りの落ち込みっぷりに
なんだか気の毒な気分でじっとその横顔を見つめた。

既にありすに最初のころの遠足気分にも似た甘えや、永夜緩居に辿りついたのだから大丈夫、という油断は無くなっていた。
元々このありすは、周りに対して用心深いゆっくりだ。
さっきは浮かれた余り警戒を怠ったが、本来の警戒心を取り戻せばこういった事態においてみょんよりもはるかに頼りになる。
仮に永夜緩居に辿りついたと確信しても、当分の間警戒を怠ることは無い。
みょんの言葉に頷くのが尺なので表には出さないが
永夜緩居の噂の熱に浮かされた心も既に冷め初め、心の底では既に永夜緩居伝説そのものへの疑念が根付き始めている。
その疑念が頭を過ぎる度にありすは脳裏にゆかりんと大きなりぼんを思い浮かべてソレを振り払った。

みょんもありすよりは弱いトーンでありすに同意してその場を取りまとめる。
正直言って場の空気が重苦しくなった中でそういう気遣いはありがたかった。

まりさになるべく余計なことはしないよう釘を刺してありすは花畑を迂回して先を目指した。
ゆっくりが住んで居た痕跡のある場氏ならば最低限安全なはず。
それを最後の心の拠り所にしながら。

道中、逐一みょんが永夜緩居の存在を疑ってぶつぶつ言うたびに胸が重く締め付けられた。
そんなはずは無い、そんなはずは無いと何度も心の中で自分に言い聞かせる。
だが最低限の保険として置石や目印になるものを探すのは欠かさなかった

進むに連れてだんだんと周りの草の背は伸びていった。
既にありす達の体を覆い隠すほど伸びに伸びている。

視界は最悪、まさか襲ってくるようなものが居るとは思いたくないが
それでも警戒は絶対に解けないと思った。
みょんも真剣な面持ちで辺りに気を配っている。
まりさは警戒というか怯えているといった様相だったがまあ別に構わない。
余計なことをされるよりはやりやすい。
いざとなれば二匹で守ればいいのだ。

「ねえ、みょん、ありす
まりさね」
耐えかねたように話し出すまりさ。
余りに緊迫した状態が続いたためまりさのどこか場違いな弱弱しいながらも健気な声は場を和ませてくれた。
しかし和んでなんている場合ではなかったことをありすはすぐに理解した。
「いたっ」
ありすは頬を抓るような痛みに片目を瞑り声をあげた。
葉っぱで肌を切ったのかと思って視線を下にやる。
葉っぱとそっくり、でも何か違う緑色の鋭い棘のついた何かがありすの頬に触れている。
ソレに触れた頬はありす自身にも見えるくらい皮がぐちゃぐちゃになってめくれていた。
「ひ、いぎいいいいい!?」
遅れてやってくる痛みと中身がすっ、と凍て付く様な恐怖にありすは悲鳴を上げた。


「うごくなみょん!」
そこから先は、ありすははっきりとは覚えていない。
みょんがこっちに飛び込んできたかと思うと緑色の何かが千切れる音がして宙に舞って
それから片腕、ありすの頬に触れていたのはその蟷螂の片腕だった。
片腕の失った蟷螂を見てひとしきり喚いて
みょんに思いつく限りの文句を言った。
その後、喚くまりさのことを叱った様な気がする。

それからやっと少し正気を取り戻して、まりさを連れて逃げ出した。

とにかく必死に走って走って走って、やっとまりさが自分よりずっと遅れていることに気付いて立ち止まる。

自分の失策に気付いて舌打ちした。
まりさの体の怪我のことを誰よりも
それこそまりさ以上に熟知していたはずの自分がこういうときこそまりさを気遣うべきだった。
次があるなら髪を咥えて引っ張ってでも自分が連れて行こうと誓う。
そう、次があれば。
「まりさ!!」
慌ててありすは来た道を引き返そうとした。
そしてきびすを返した際に茂みからこちらを伺う存在に気づいた。
振り向かなければ気づかなかっただろう。
巧妙に草と草の間に隠れながら爛爛と光る四対の黒い瞳がありすのことを見つめていた。
一体いつからあそこに居たのだろうか。
おそらく、逃走中のどこかでずっと尾行されていたのだろう。

ありすより二周りは小さいそいつは確かにありすのことを獲物として見ていた。
ずっと狩りで生活してきたありすにはそのことが手に取るようにわかった。

舐めるな

憤り勢い良く飛び掛りそうになってありすは慌てて足を止める。
自分に勝算の無い相手を獲物として見る奴など
野生には存在しないということをありすは知っている。
そして自分の手に負えない相手に根拠無き自信から侮るような奴に
あの獲物を見て舌なめずりしているかのような目は出来はしない。
そいつは確かな勝利への確信を持ってありすに向き合っているのだ。
絶対に無闇に飛び掛ったりしてはならない相手だということをありすは肝に命じる。
と、同時にこいつに長く構ってもいられない事実がありすを焦らせた。

時間をかければかける程まりさに何かある可能性が高まるのは間違いなかった。
そいつから逃げ出せるのならば、それが一番いい。
だが無我夢中だったとはいえここまでありすに気づかれづに張り付くように尾行していた相手に対して簡単に逃げ出せるだろうか。
少なくともそいつの追跡を撒くのにかかる時間は短くはあるまい。
いっそのことこいつに追跡させたまままりさと合流してしまおうかとありすは考えた。
その間にそいつがほかの仲間と合流する確立は?
かりにそいつしか着いてこなかったとしてまりさを守りながらそいつを倒せるのかという疑問がありすの頭をよぎる

今度はみょんならばどうだ、とありすは考えた。
とりあえずみょんが先にまりさと合流してくれればそれなりに安心できる。
自分が最後に見たみょんの姿を思い浮かべる。
ああそうだ確かありすの顔に傷をつけた緑の奴
蟷螂達に対してシンガリを勤めてあの木の棒を振るって大立ち回りしていたはずだ。

「いきてるかどうかもあやしいじゃない!」

舌打ちして思い切りよく喚いた。
その声に反応してそいつがガサリと動いたのに体を強張らせつつ
ありすは渋々と観念して認めた。
急いで草の間に隠れるそいつを叩きのめして
すぐにでもまりさを助けにいかなくてはならないことを。

「なにかないの!?」
そいつはこちらに対して勝算があることは確かなのだ。
少なくともありすが丸腰の場合においてはほぼ確信を持ってそう考えている。
相手の計算をご破算にするとまでいかなくても少しでもいいからその計算を狂わせるような使えるものが無いか。
そう思いありすはそいつを横目にカチューシャに縛り付けてあった荷物袋を開いた。
持っていこうとしたものはほとんどみょんに捨てられて大分軽くなっていたものの
中身は都会派の名に恥じないすばらしくトレンディでおしゃれなアイテムが揃っていた。
「ありすのばがあああ!!!」
流石に自分に呆れ果ててありすは体をゴロゴロさせながら叫んだ。
ありすがその場を動かないので痺れを切らしたのか
それとももはや恐れるべき部分が一切無くなったと判断したのか
四対の瞳に両手にハサミを持ったそいつが草むらから出でてありすに向かっていった。
素敵でおしゃれで都会派で、そしてこんな場所では何の役にも立たない荷物が零れていく。
すると荷物袋の奥からドスン、と鈍い音を立てて見覚えの無いみすぼらしい何かがこぼれ落ちた。
「ゆゆ!?」
それは草を編んだ紐でしっかりと結ばれた丸い石だった。
振り回せるように長く紐が伸びている。
ありすはその紐の先を咥えると、ぶるんと振り回して向かってきたそいつに向かって叩きつけた。
一直線に向かってきていたそいつは慌てて横にうねり避ける。
紐付の小石がソイツのすぐ傍に隕石のように落下した。
「どおりでおもいとおもったわ」
振り回して初めてわかる十分な威力を体感して
ありすはこれまで肩にのしかかっていた妙な疲れの正体を知った。
みょんの腹立たしいにやけ顔を思い浮かべてありすはニヤリと笑い返す。

ありすはソイツをじろりと見た。
四対の瞳
太く縦に長い体。
二本のはさみのついた腕。
長く伸びる尾の先に付いた鋭い針。
ソイツは蠍だった。

ありすの生活範囲の中では殆ど見ることは無く
現在相対している蠍はありすの知るどの蠍とも違っていた。
ありすは頭の中で注意すべき点を一つ一つ上げていく。
一つにゆっくりを超える素早い動き。
一つにこちらを捉えようとする鋏。
一つに針に仕込まれている毒。
どれも、ありすの知っている限りにおいてそれほど致命的なものでもない。
ありすの知っている蠍は毒も大したことは無いし鋏の力だってたかが知れたものだ。

だがそれはありすの知っていた世界でのこと。
この永夜緩居の蟲達を相手にありすの培ってきた常識は通用しない。
「もっとゆっくりしていってねいなかもの!」
動き出した蠍に対してありすは舌打ちしつつ振りかぶって第二撃をお見舞いした。
外れたが蠍を少し後ろに退いたのでよしとした。

出来る限り近寄りたくない道の相手にこの武器はとてもありがたかった。
「ゆっゆっゆ!」
ありすは次々と蠍に向かってこの手製のハンマーを繰り出した。
命中しないものの相手を近寄らせはせず、お互いにじりじりとした戦いが続いた。
その内に、ありすは段々と焦り始める。

すぐに終わらせてまりさを助けに行く予定だったにも関わらず予定以上に時間が過ぎてしまっている。
このままではまりさも危ないし、向うも援軍がやってくるとも限らない。
そうなれば終わりだ。
「どっちもゆっくりしすぎたわね!」
意を決して、ありすは一か八かで一撃を放った。
紐の付いた石が、わずかに蠍の顔からそれてすぐ横に落下する。
余った紐が地面にたゆんで落ちた。
蠍は落下した隙を突いて瞬く間にありすの眼前に肉薄した。
「ゆっしゃぁ!」
そこに、タイミングよくありすが紐を引っ張った。
紐に引かれて小石が戻ると同時に、紐の上に居た蠍の体がひっくり返される。
ありすは蠍がもがいてすぐに体制を立て直そうとするのを許さずにその上に飛び乗った。
「しね!しね!ゆっくりしねえええええええ!!」
何度も何度もありすは飛び跳ねた。
堅い殻が割れて中身がぐちゃりと飛び出していく音が聞こえた。
「はぁ、はぁ……」
息切れして、体を退かして下の蠍が死んでいることを確認する。
確かにソレは殻が粉々に砕けぐちゃぐちゃになった中身に混ざり原型をとどめさえせず死んでいた。
「そうだ、まりさ……まりさ……」
呼吸さえおぼつかないままありすはまりさを助けるために来た道を戻り走っていった。



後編

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最終更新:2009年03月17日 01:08
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