鬼は帰なり、宇治の橋姫、緑色の目をした怪物、
人間も妖怪も、聖人君子など珍しく。有限の中で生きていく上で嫉妬などと言う物はまるで、夜の暗さの様に自分の傍を離れていかない。
永遠を生きる妖精であれば、そんなものに憑き殺される事はないだろうが、
ああ、そう言えば幻想郷にはもう一つ、嫉妬深い生き物がおりました。
ゆっくりありすは幸せ者でした。
でしたと言うからにはもちろん今はそうではないという言葉が続きます。
住み家とする森は静かで怖い動物も悪い人間もいませんでした。
食べ物は豊富で柔らかな草や甘い果実がたくさん取れ、ありすの空腹を満たしていました。
巣は手頃な大きさの洞窟があったので、そこを綺麗な石で飾りつけて使っていました。
ただ、ありすには友達がいません。
ありすには両親がいました。ゆっくりありす同士の両親はありすを大事に育てましたが、
ある春の日、こんな事を言い出しました。
「おとーさんもおかーさんも、そろそろずっとゆっくりするかもしれない」
両親は最後に教えなければならない事と。ずっとゆっくりするの意味を教える。
それは悲しい事ではない。痛くも辛くもない。身体を捨て、どこか別の場所でゆっくりするという事。
「ありすもおかーさんたちといっしょにずっとゆっくりしたい」
両親はありすの事を案じた。自分達がずっとゆっくりしてしまったら、ありすは一人ぼっちになってしまう。
どうにか、この子も自分たちと一緒にずっとゆっくりさせてあげたいが。
両親にはその方法が分からなかった。だから、ありすに嘘をついた。
「ありすも、おとーさんたちみたいに。りっぱなこどもをそだてたらゆっくりできるようになるよ」
それが本当の事かどうか、両親は知らない。
知らないが、そう言っておけば、ありすは子を生し育てる事の出来る、立派なゆっくりになるだろうと考えた。
両親は嘘を言ってしまったと思ったようだが、それは違う。
両親の言った言葉は嘘ではなく無責任なのだ。ありすはこの言葉により、ずっとゆっくりすることができなくなる。
両親がずっとゆっくりするようになって、ありすは巣を出る事にしました。
それは両親から言われていた事で、移り住む場所もしっかり決まっていました。
慣れ親しんだ巣の入り口を草と枝で覆い隠す。
「おかーさん、おとーさん、ずっとゆっくりしていってね!」
ありすは兼ねてより用意してあった自分用の巣に移った。
頑張って集めた食料、綺麗に飾った石のテーブル、干した草で作ったふかふかのお布団。
そこで暮らし始めて1年が経った頃、外が騒がしい事に気付きありすは目を覚ました。
「ゆぅ・・・なにかしら」
巣から出ると、傍で言い争っている2匹のゆっくりを見つけた。
両親から一通りの挨拶やゆっくり同士の付き合い方については教わっているので、
ありすはそれを実践してみる事にしました。
「ゆっくりしていってね!!」
ありすの挨拶に気付いたのか、2匹は言い争うのを一旦止め、煩わしそうに挨拶を返した。
「ゆっくりしていってね」「ゆっくりしていってね・・・」
2匹はゆっくりぱちゅりーとゆっくりまりさ、一緒にいるのにとても仲が悪そうだ。
「どうしたの、ゆっくりできてないの?」
ありすが尋ねると、まりさはムッとした顔をし、ありすに食ってかかった。
「ありすにはかんけいないことなんだぜ!くちをはさまないでほしいぜ!!」
それを聞くと、ありすではなくぱちゅりーが言い返す。
「むきゅー!どうして、まりさはそんならんぼうなことばづかいなの!」
ありすは思い出す。母がケンカを止める方法として教えてくれた事を。
挨拶の次はそれを実践してみる事にした。
「ふたりとも、なにかたべない?ゆっくりできるわよ」
ありすは巣から甘い果実を持ってきた。この辺りで採れるモノの中でこれが一番美味しい。
これを食べれば、まりさ達もゆっくりできるに違いないと思った。
「あまあまだぜ!それ、よこすんだぜ!!」
まりさはありすを突き飛ばし、果実にむしゃぶりついた。
それがどれだけ酷い行為か、今までゆっくりとの付き合いがなったありすでも分かる。
このまりさはゆっくりできないまりさだ。そう感じた。
しかし、お腹が一杯になるとまりさは急に大人しくなり、ありすに何度も謝罪した。
「ごめんね、おなかがすいてゆっくりできなかったんだよ。ごめんね」
「むきゅー・・・あきれた」
「ぱちゅりーもどなったりしてごめんね」
ペコペコと謝るまりさをありすは許してあげよう。そう思った。
まりさが落ち着いてから、ぱちゅりーはここに来た理由を説明してくれる。
ぱちゅりー達は遠くの森に住んでいたのだが、食料が少なくなってきた為、
別の森に移り住む事にしたらしい。もうダメだと諦めかけていた所にありすの住む森があった。
それから、まりさとぱちゅりーはありすの住む森で暮らす事になった。
ありすはまりさに食料の取れる場所を教えたやり、ぱちゅりーには果実の保存方法を教えてあげた。
食料が豊富ならまりさも大人しいのか、ぱちゅりーやありすに酷い事を言ったりしたりする事は一度もなかった。
「ぱちゅりー、あのありす、ゆっくりできるよ」
「そうね。ありすはみんなゆっくりできないかとおもっていたわ」
2匹は巣の中でヒソヒソと話す。ありすに話した事は全部嘘だ。
確かにまりさ達の森の食料が減ってきたのは確かだが、移り住んだ理由はそれが全てではない。
まりさ達の群れをある日、大勢のありすの群れが襲ったのだ。
まりさとぱちゅりーは強姦を免れ、命からがら逃げ出し、この森にたどり着いたのだ。
最初のケンカもありすを誘き出す罠だった。いくら、ありすでもケンカの真っ最中の中では気分が乗らない。
時間をかけ観察してきたが、ここのありすは強姦を行わない安全なありすだという結論に至った。
あとはこの森で赤ちゃんを生み、かつて自分達がいたような群れを作りたいと2匹は思った。
しかし、季節は秋。外敵がいないとは言え、冬がすぐそこに近付いている。
そんな状態ですっきりし、子どもができてしまっては食料の備蓄もできない。2匹は子どもを春になったら作ろうと誓い合った。
ありすは考えていた。両親の言った通り、子どもを立派に育てればありすもずっとゆっくりできる。
時間をかけ観察してきたが、ぱちゅりーもありすもゆっくりできるゆっくりだという結論に至った。
あとはこの森で赤ちゃんを生み、かつての両親のように育てようとありすは思った。
しかし、季節は秋。外敵がいないとは言え、冬がすぐそこに近付いている
早くすっきりして、子を作ってしまわなければいけない。
ありすは知らなかった。両親は自分がいるから夫婦なのだと思っていた。
本来は愛し合う2匹が一緒になって、子どもを生むから両親なのであって、
2匹で子どもを生んだから、愛し合い両親になるのではない。
勘違いをしたままのありすは翌日こんな事を言った。
「まりさ、ぱちゅりー、あかちゃんがほしいの、すっきりしない?」
2匹の反応は冷ややかなものだった。
強姦されるのなら既にやられているはず。このありすはゆっくり同士の付き合いが少ないのは分かっている。
だから、こんな馬鹿げた発言ができるのだ。2匹はそう感じた。
「まりさはぱちゅりーのおっとなんだよ。ありすとはすっきりしたくないよ。ぱちゅりーもおなじだよ」
「むきゅん」
まりさの言葉にぱちゅりーは頷く。
「ず、ずるいよ!ありすだって、あかちゃんほしいんだよ!!」
ゆっくりの世界では基本は一夫一妻。中には群れの方針で乱交型の群れを形成する場合もあるが、
一度、番いができた状態から別の相手を受け入れることは稀である。
「ずるくないよ。まりさたちはここにくるまえからふうふだったんだよ」
「あかちゃんもいないのに、どうしてふうふなの?!」
ありすは子どものいないゆっくりの夫婦を見た事が無い。
だから、最初からそんなものいないと思っていた。
「むきゅー・・・」
困ったような表情をぱちゅりーがする。ありすはだんだん自分の考えに自信がなくなってきた。
「ありすもいいゆっくりがみつかるといいわね」
ぱちゅりーの言葉はありすへの労りよりもありすへの強い拒否の意思を含んでいた。
ありすは冬ごもりの間、ずっと考えていた。あの2匹が巣の中できっと仲良くしているんだろう。
そう思うと、雪の中に飛び出してしまいたい気分だった。
しかし、そんな事をしては両親の言ったようにずっとゆっくりする事はできない。
ありすはグッと堪えた。だから余計に嫉妬してしまう。
そして、春。
まりさ達に子どもが生まれた、まりさが2匹、ぱちゅりーが1匹。
「ゆぅーん、とってもゆっくりできるあかちゃんだね」
「むきゅー、きっといいこにそだつわ」
ありすには幸せそうなまりさ達が見える。嫉妬で何か溢れてきそうだ。
ありすには幸せそうなまりさ達が聞こえる。嫉妬で何か生えてきそうだ。
ありすはもうあの2匹とは関わらないようにした。
しかし、見えてしまう。聞こえてくる。
恨み妬み嫉み、そんな感情がどんどんとありすの感性を敏感にし、
ありすは巣の中に籠っていても、幸せそうな声が聞こえ、幸せそうな姿が見えた。
そして、ありすはまりさ達の前に姿を現した。
「あ、ありす、そのおめめどうしたの?」
「にんげんみたいにみみもあるんだぜ!」
激しい嫉妬でありすの姿は変わってしまった。
目は緑に染まり、長い耳が生えてきた。
緑色の目をした怪物。ぱちゅりーはそんな言葉を聞いた事がある。
ぱるすぃ、嫉妬で狂ったゆっくりの堕ちた姿。
「ま、ままままりさたちがいけないのよ!!」
ありす?いや、ぱるすぃ?
とにかく、まりさ達の前に現れたソレは一番強いまりさに体当たりすると。
簡単に1メートルほど後ろに突き飛ばしてしまう。
ぱちゅりーは赤ちゃんたちを連れて逃げようとするが、ソレは見逃さなかった。
足の遅い赤ちゃんぱちゅりーにガブリと噛みつくと、それを赤ちゃんまりさに投げつけ潰す。
「どうじでぇ!!やめでぇ!!」
必死に残った最後の赤ちゃんまりさを守ろうとするぱちゅりーに。
ソレは何も言わずぱちゅりーに体当たりをする。そして後ろにいる赤ちゃんごと、木に叩きつけた。
さっき突き飛ばされたまりさが殺された家族に泣きつく。
強姦を行うありすであれば、ここでまりさを強姦するが、
もうソレはありすではない。泣いているまりさに噛みついた。
ゆっくりありすは幸せ者でした。
でしたと言うからにはもちろん今はそうではないという言葉が続きます。
住み家とする森は静かで怖い動物も悪い人間もいませんでした。
食べ物は豊富で柔らかな草や甘い果実がたくさん取れ、ありすの空腹を満たしていました。
巣は手頃な大きさの洞窟があったので、そこを綺麗な石で飾りつけて使っていました。
今は巣は荒れ放題。綺麗な石もどこに行ったのか分かりません。
変わってしまった容姿は他のゆっくりから忌み嫌われましたが、
全て殺してやったので、もう自分を悪く言う事は聞こえません。
ただ、あの幸せそうなまりさ達の声が耳から離れず、あの幸せそうなまりさ達の姿が目から離れず。
今日も明日もこれからもずっとゆっくりできない日々を過ごしていくのです。
ゆっくりありすはゆっくりありすでした。
でしたと言うからにはもちろん今はそうではないという言葉が続きます。
ゆっくりありすはゆっくりありすでした。
~あとがき~
人間が登場しないのは珍しいかもしれない。
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最終更新:2009年04月28日 11:19