―夜。
作戦はほぼ同時に開始された。
我が家へ帰るのに正門から入らない存在はいないでしょう?
「お姉様、はじめよ?」
「レミィ、こっちは問題ないわ。」
「はい、私も大丈夫です!」
…一呼吸おいて。
「…私たちの家を返してもらうわよ!」
「うん!」「ええ。」「はい!」
魔力を集中させ、具現化する。赤き槍。
―神槍「スピア・ザ・グングニル」
宣言されたそれを門に向かって力任せにブン投げた。
―数分前、紅魔館の門にて。
「屋敷はみんなで守りましょうね。」
今日も異常なし。毎日が平和で嬉しい限りだ。
門番の部下も増えて嬉しいし、これからもお嬢様や咲夜さんのために頑張ろう!
「「「「じゃおーん!!」」」」
「「「「「ゆっくりりかいしたよ!!」」」」
私の声にこたえてくれる部下達。
人数も沢山になり、門番のローテーションも前よりはきつくなくなった。
「私は一旦中に戻るけれど、何かあったら直ぐに呼んでね。」
実はこの時間が一番楽しみ。咲夜さんと一緒にゆっくりできるから。
美味しいお菓子に、飲み物。報告という名のおしゃべり。これが楽しみだから門番を頑張れる。
「「「「門番長!わかったよ!ゆっくりやすんできてね!!」」」」
部下の声を背中に鼻歌交じりで休憩室に向かった私。
―現刻、門前。
大げさなほどに砂煙を巻き上げる着弾地点。
ソレが今回の会戦の狼煙となった。
門前に出来た巨大なクレーター。
「ただいま。何、ボッとしてるのかしら?」
館から急いで出てきた馴染みの顔に声をかける私。
緑の帽子に赤い髪。らしくなく目を吊り上げ、怒りをあらわにし
「…侵入者!ここは通さない!!」
おかえりなさいませ。を忘れた門番。
「お姉様、私に任せて?」
答える代わりに頭を撫でた。
「やったぁ!…美鈴、今日はイッパイ遊べるね!」
紅の大剣を具現化させ、美鈴に突っ込むフラン。
怯まずに迎え撃つ美鈴。
「…レミィ、急ぎましょう。」
言葉通り、ここは任せて館に入らせてもらうわよ。
「待て!!館に入ることは私が許さない!!」
フランを退けたら考えてあげる。…本気出さないと死ぬわよ?美鈴。
館に無事侵入出来たが、その惨状は目を覆いたくなるものだった。
饅頭が我が家を我が物顔で闊歩し、文字通り好き勝手にゆっくりしていた。
「おねえさんたち!私たちのお家にようこそ!!」
赤いリボン、霊夢を模したのであろうそれが声を出した。
その声に反応したのか、屋敷のいたるところから姿を見せる饅頭共。
100は居るであろうその蠢く床が一斉に声を上げる。
「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」」
煩わしい事この上ない。…駆逐はパチェと小悪魔に任せ、私は私の部屋に向かう事にした。
…
……。
珍しく怖い顔をしている美鈴が、お姉様達を目でおって無念そうに吐き捨てた。
「くっ!中に進入されてしまった!!」
…あんなに必死になっちゃって…。…嬉しいな。いつもここで、こうやって私達の為に働いてくれてるんだ。
「…悪いが、貴女を倒して侵入者を追わせてもらう!」
鋭い眼光が私を射す。こうやって侵入者を牽制、威嚇してるんだ。
…うん、大歓迎だよ。今日は、夜が明けるまでいっぱい遊ぼうね、美鈴!
「門番長!わたしたちもかせいするよ!!」
「お空の上からなにか投げたのはおねえさんだね!!」
「「「仲間のかたきをとらせてね!!!」」」
不意に背後から声がした。お饅頭の癖に喋るへんてこな存在。門のすぐ脇にあった何十もの穴からゾロゾロと転がり出てきた。
「ほかの詰め所のみんなもゆっくり出てきてね!!しんにゅうしゃがきたよ!!」
「ふぁらんくすだよ!みんなゆっくりしないで陣をくんでね!!」
口に木の棒を咥え、数十匹がもたもたと密集陣形を組んでいた。
“それやったのお姉様だよ。”言葉に出すのは止めておいた。無視して空中へ浮かんだ。
「美鈴!お空で戦お?」
二人きりで遊びたいから。
「何で私の名前を…?」
不思議そうにする門番。
「いいから早く~。私が侵入者役で美鈴が門番役で決まりね!」
今日の遊びはこれで決まり。
「役も何も…。まあ、とにかく貴女を倒して残りの侵入者を追わせて貰います!」
“門番長、ゆっくりがんばってね!”“みんなでおうえんするよ!!”
…気楽だね饅頭共。美鈴はね、こんなのを守る為に此処にいるんじゃないんだから!
…
……。
「…リトル、それじゃあよろしく頼むわね。」
ホールに居たゆっくりの群れを一掃なされたパチュリー様は既にこの場にはおらず、念話でそう仰りました。
「はい!…でも、思ったよりイッパイ居ましたね。」
同意してくださったようで、そうね、とだけ答えてくださった後に念話は切れました。
これを後でお掃除するのはやっぱり私なんですよね。
それはいいとしまして、先ほどの一掃劇は本当にお見事でした。パチュリー様の魔法は本当に凄いです。
…
「パチェ、任せた。」
ホールに居たそれらを見て、怒り気味のレミリア様が仰いました。
「…面倒ね。」
対してパチュリー様は“任せた”と言われる前には既にスペル詠唱を始めていまして…。
本当にお二人は仲がよろしいのですね。二人の関係っていつ頃からなのでしょうか?
こういう状況なら、パチュリー様が選択されるのはきっとあのスペルかな。…そうしたら私が出来る事って何だろう?
「はい、皆さん!甘いお菓子をお持ちしましたよ。」
“はい、どうぞ。”掛け声と共に轟く饅頭の群れの真ん中にクッキーを投げる私。
私に出来る事はきっとコレを足止めし、パチュリー様の御負担を少しでも軽減することなのだと思います。
…後でこっそり食べようとポケットに忍ばせておいたものがこんな形で役に立つなんて。
多分、この行動、無駄じゃないですよねパチュリー様?ちらりとそのお顔に目を向ける。
「「「「「ゆ!?」」」」」
「これはまりさのまえにおちてきたからまりさのだよ!!」
「ずるいよ!!みんなでわけようね!!!」
中心に向かって群れが固まる。
「…リトル、いい判断よ。」
間違いじゃなかったらしい。パチュリー様の負担を少しだけ減らせたようです。
パチュリー様の指先より放たれたソレはチラチラと淡く光りながら、ふわふわと中心の泥棒さんを模したお饅頭の前で静止しました。
「ゆ!!これなんだかゆっくりしてるね!!」
ふわふわキラキラのソレは、確かに私の目から見ても綺麗でした。それが内包する物が何であるかを知っている身ですらそう思えるのですから、お饅頭さんの反応は仕方が無いものだったのかもしれません。
レミリア様はその様子を見て、満足されて奥へ向かわれました。
パチュリー様は饅頭の群れに背を向け、レミリア様を目で追われていました。
私は、パチュリー様が放たれたソレに一つだけの弾を放ち、群れを観察しました。
「ゆ~♪ふわふわのキラキラさんと、お菓子さんがまりさによってきてくれてしあわせだよ!!」
パチン!と、私の魔力とパチュリー様の放ったソレがぶつかりました。
「ゆゆゆ!?ふわふわさんが消えちゃったよ!!」
はじけた後に残ったのは、薄っすらと白く見える気体だけでした。
―金&水符「マーキュリポイズン」
1発だけ放たれたそれは、弾幕と呼べるものではないですが、足を止め言い争いをしている多数を亡き者にするには充分すぎました。
「ゆ!い、ぎ…でぎな!ぐるじぃぃぃ…!!!」
魔力精製された水銀毒が、お饅頭さんを蝕んでいるのが解ります。
気体を吸い込んだ固体は、白目をむき、先程食べたお菓子を自身の内容物と共に吐き出し、誰にでもなく助けを求めています。
「ゆ!なに?まりさ?どうしたの!?」
気体は徐々に徐々に広がりつつありまして、中心から離れないと、きっとこのお饅頭さんみたいになっちゃいます。
「ま、まりざぁぁ!!ゆっぐりしてよぉ!!ゆっぐり…?ゆ゛!ゆ゛……ゆべぇ…」
傍に寄ろうとした白赤饅頭も機能停止したようです。口を模した部分から内容物を吐き散らす様子を見て、この後の掃除の段取りを考える私。
…われに返った時には結界にとらわれてお饅頭さんの殆どが水銀中毒になり、絶命した後でした。
ボーッと考え事をしてしまうのが私の悪い癖だとパチュリー様によく注意されます。
「…リトル、図書室は任せたわ。私は館全体にこのタイプの結界を張ってくるわ。」
はい、咲夜さんと美鈴さんを救出したら、これで一網打尽にするのですね。このお饅頭たちは水銀毒が効果があるかどうかの見極めも完了されましたし。
…密室に気体毒を放って害物を駆除する製品って作ったら売れそうですね。
またも無駄なことを考えていたら、パチュリー様は既におらず、ホールのお饅頭が“可視できる”気体毒から逃れようと結界に顔をへばり付かせて逃れようと努力していました。
「もうやだぁぁ!ゆっくりでぎないよぉぉ!!おうぢがえるぅぅぅ!!!」
ゆっくりを亡き者にするために放たれた毒は、文字通りゆっくりと結界の中の空気に溶けていき、透明の空間をほんの僅かだけ白くさせながら少しずつ少しずつその領域を広めていきました。
「ここがあなた方のお家と御聞きしましたが?」
スマイルで御聞きしてみました。確かにそう仰られましたから。
「本当はれいむ゛のおうぢはもりのながなんでずぅぅ!だからかえらぜでぇぇ!」
涙や涎や汗で顔をグシャグシャにし、ホールを汚しながら私に向かい言葉を放ってきました。
体液を外に分泌させながら懇願してきて、きっと必死なのでしょう。ちょっとだけ可哀想に
「あ!白いふわふわさんがすぐ傍まできていますよ!」
思えません。館に許可無く侵入してきたものはすべて排除します。無断侵入者の排除失敗は過去から今にかけて、人間二人だけです。
「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁああ゛ああぁ゛あ゛!!!ふわふわざん!!もっどゆっぐりしていっでよぉぉぉ!!!」
徐々に迫ってくる気体と私を交互に見て、お饅頭さんは叫びました。
「おねえざん!だすげでぇぇ!!ここからだじでぇぇぇ!!」
私は頷き、結界を手で押すふりをしながら笑顔で答えました。
「私も入れないみたいなので、そこでゆっくりしていってくださいね。」
「やだぁぁぁ!!ここでゆっぐりしだらゆっぐりしじゃうううう!!!」
よく解らない返答に私も困ってしまいます。
「息を止めてみたらどうでしょうか?頑張ればきっとふわふわさんも諦めて下さいますよ!」
笑顔で提案する私、ハッとした表情で私を見るお饅頭さん。
「ありがどうおねえざん!!」
言うや否や、息を止めるために大きく息を吸い込んでいました。長時間の無呼吸に備えるつもりなのでしょう。
やがて結界内に完全に充満したようで、私と話をしていた固体以外は全て動かなくなっていました。
目を閉じ、口も横一文字にする目の前の個体。
本当に私の言葉を信用しているのでしょうか?無生物が諦めるなどと本気で考えているのでしょうか?
では、そろそろ図書室に向かいましょう。
「…ゆっくりしていってくださいね。」
明るくはっきりと、優しく囁いてあげました。
「ゆっくりしていって…!?あ゛ァぁぁ゛!おくちひらいじゃっだらゆっぐりでぎな…ゆ゛ゆ゛ゆ゛…ゆげぇ…。」
どうしてかこの言葉を聞くと個体差はあるものの返事を返してくれます。
目をパッチリ開き、高らかに宣言されるはずであったゆっくり発言は、音源の機能停止により最後まで言い切れなかったようです。
最後の一匹が中身を吐き出し絶命しましたので、一礼をした後に図書室に向かいました。
…
……。
「お帰りくださいまし。お嬢様は誰ともお会いしたくないと」
「嫌よ。」
仕える相手をすりかえられた従者の言葉が付き向けられたナイフよりも突き刺さる。
「では、無理にでもお帰りねがいますわ。」
向けられる殺意。空気の中から現れる無数のナイフ。
小さく舌打ちをした後、すべてを回避して見せた。天井に、床に、壁に突き刺さる銀。
回避しながらその様子を見て確信した。正気に戻せると。
(…この期に及んで弾幕で勝負を仕掛けてくるなんて。律儀なのか洗脳が不完全なのか。)
咲夜の能力を用いれば、並みの相手を殺すことなど造作でもない。
時を止め、銀の刃を、敵対者の心の臓に突き立てればいいだけなのだから。
「…咲夜、お前の運命は私の掌のなかだというのに。」
今回は私が目を覚まさせてあげる。まったく…、主人の手を煩わせるなんて、従者失格よ?
…。
……。
「ねえ美鈴。」
背後から、
「もう御仕舞?」
右手側から、
「今回も美鈴の負けだね!」
正面、
「敗者には、」
左方から、
「「「「罰ゲーム♪」」」」
四方からする悪魔の声。
「う…くっ…。」
地面に落下した私は全身を支配する痛みに顔をしかめた。痛みと疲労で声が出ない。
服もボロボロ、五体満足で生きている自分が不思議である。だが、それもここまでであろう。
「ねえ、美鈴?大丈夫?」
とどめを刺されるものと考えていたのにもかかわらず、可愛らしい顔、心配そうな瞳で私に問いかける悪魔。
(…なぜそんな顔で私をみるのですか?情けなど…)
言葉に出ない。出せない。完敗を喫した自分。…過去にもこんな事があった気がする。ダメージを受けずにすんでいたはずの頭部が痛む。
私が無事なのを確認すると、悪魔は胸を撫で下ろし私の部下達の方を向いた。
「じゃあ、美鈴が守っていたものぜーんぶ壊しちゃうからね。そしたら罰ゲームだね!」
ニコニコと私に向かって言い放った。遊びの延長のように。ダメ、守らなくては…。
私は門番、お嬢様とふら…様をお守りする…?ふら…?
…頭が痛い。大事な事なのに思い出せない。大事な事のはずなのに…。
「門番長がやられたよ!ゆっくりにげるよ!!」
敵わぬと見るや、逃亡の算段をはじめる饅頭達。
「敵前逃亡は死罪(クビ)だってお姉様が言ってたよ?」
気が付けば目の前には門番長をやっつけた存在。
「それに、美鈴があんなに頑張ったのに逃げちゃうなんて…。ちょっと許せない。」
“だからみんな壊しちゃうよ。”
更に紅くなる目。その手を目の前に突き出し
「“ギュッ”てしてあげる。」
その手を、力強く握り締めた。
並んで逃げる饅頭の群れ後方のゆっくり達は
「ゆ!?よくわからないけど逃げるよ!」
「おいかけてこないんだねー!わからないどにげるよー!」
「はやく、うーぱ…」
弾けとんだ。パチンと乾いた音を立てて砕け散った。
「“ギュッ”てすると、お前達は壊れちゃうんだよ?」
悪魔は笑っていた。笑いながら何度もその可愛らしい手を開いては握った。
戦慄した饅頭の群れ。所々から乾いた音、水風船が割れた時の音。
目の前の仲間が消し飛ぶ。中身すら残らない。そこに何かあったことは弾けとんだ時の音のみが語る。
確かにいた。瞬きすらしていないのに、次の瞬間にはなくなっていた。
あの悪魔の言うとおり、手を閉じられると仲間が消えていく。
「どぼじで!?どぼじでごんなことす“パチン”」
何かを叫ぼうとした個体。爆ぜて消えた。
「ん?それはね、」
何を叫ぼうとしたのか、察した悪魔は手を止めて答えた。
「コインいっこ。…ゲームオーバーだからだよ。」
あくまでも遊びという姿勢の悪魔。侵入者から殲滅者へその役をかえた悪魔。笑い声が月の下に響き渡る。
跳ねながら逃げる。次々に数を減らしていく仲間。次は自分なのかもしれない恐怖は鞭となり、跳ねる力を搾り出してくれた。
「うー!うー!」
輸送隊のうーぱっく(羽つき箱ゆっくり)が見えた。あそこまで跳ねろ!逃げる。逃げてゆっくりする為に今は急げ!
「みんな早くのってね!うーぱっくはりりくじゅんびいそいでね!」
一番乗りでうーぱっくに飛び乗ったまりさ種は叫んだ。
100は居たであろう部隊も既に10となった今の有様。まりさは一跳ね毎に消えていく仲間を見守ることしか出来なかった。その後ろには歪な羽の悪魔。
怖いが仲間を見捨てるわけにはいかない。ギリギリまで離陸はさせない覚悟を決めるまりさ種。
5、4、3…。3匹だけだがうーぱっくに乗り込めた。今が潮時。
「もういいよ!とんでにげようね!」
「うー!!」
号令が出された。うーぱっくはその持てる力を使いこの空域から離脱しようと心に決めた。
「どぼじでぇぇ!!ふくたいぢょう!!まだれいむたちがのってないでしょぉぉぉ!!ゆっくりしていってよぉ“パチン”」
乗り遅れた饅頭たちは等しく砕けちった。
その様子を見届けた悪魔は私の方へ向き直り
「ね、美鈴。“ギュッ”てしてもいい?」
おねだりする様な顔で死刑宣告を言い渡しました。彼女が手を閉じればどうなるのか、見せ付けられた直後に。
未だに痛む頭。なのに、何故、何故私は
「…はい。」
この悪魔の言葉を拒否できないのだろう?
…怖い。消えてしまったらどうなるのだろう…。何も残らないのかな…。お嬢様、咲夜さん…、ゴメンナサイ。
目を瞑り、その時が来るのを待つ私。
“ギュッ”
鼻腔をくすぐる甘い香り、小さな何かが私に抱きついて…。
「ねえ…。美鈴、まだ私の事思い出せないの?」
目の前のあく…、目の前の女の子は目に涙を浮かべ私を見つめていた。
…フラン様…。どうしてそんなお顔をされるのですか?私こまってしま…。あ!
「フラン、さま…?」
恐る恐るその名前を口にした。
「・・・!?めーりん!」
ああ・・・フラン様、泣かないでください。私、本当に何を…。
―Spell Broken―
→ゆっくり『ゆっくり思考改竄』
頭の中で“パリィン”と何かが割れるような音がし、痛みが走った。
「フラン様、申し訳ありませんでした…。」
先ほどまでの記憶が後悔を呼ぶ。何たる無礼をしてしまったのかと。
「じゃあ、めーりんには罰ゲーム。お姉様が戻ってくるまで抱っこして?」
ニコリと笑い、私に要求するフラン様。
「じゃあ、これで」
両の手をグリグリと合わせ、何かを潰すような動作をされるフラン様。
「?どうかされたのですか?」
疑問を口に出すと
「仕上げ。これで美鈴の負けだから罰の抱っこを断ることは出来ないよ。」
元から断る気なんかないですよ?
「はい、フラン様。では、今何が起きているのかお話してくださいね?」
うん!、そういって私に再度抱きつくフラン様。
私の幸せは、紅魔館に住まう方々の幸せを守る事。それと真逆の事をした償いは必ずいたします。
「うー!うー!」
「おってがきてないよ!にげきれたよ!」
「やったよ!これでゆっくりできるよ!!」
「おうちにかえってゆっくりし」
饅頭たちの周りの大気だけが突然重く重く収縮し、グシャリと音がして、空から何かの固まりがボチャンと音を立て湖に波紋を作った。爆ぜた中身、魚は喜んでそれらを口にした。大部分は水に溶け、消えうせた。
…
……。
「いい加減になさい、咲夜。」
息を荒げながらもなおも力を行使しナイフを投げるのをやめない咲夜。
それを難なく回避し、余裕そうに言葉を紡ぐ私。
「はぁ…!はぁ…!私が、お嬢様を守る…!この身が動かなくなる時まで!」
…嬉しさとイラつきが同時に去来する。
素直に嬉しい。こんなにも思われている事が。
そして許せない。私とすり替わった何者かが。
「貴女が…!どうやっても…!…回避できない攻撃を、思いついたわ!」
クロックアップする咲夜の世界。強力すぎる能力は生命を蝕む。
…よくない。こんな事で咲夜の生命を燃やさせたくない。ならば
「…やって御覧なさい。」
空気が重くなる。文字通りに。咲夜の時間調律が始まる前触れ。
突如空気の中から現れる銀刃の囲い。私の周囲全てを覆い尽くして此方にへと押し寄せる。
(ルール違反じゃないのかしら?弾幕的な意味で。)
冗談じゃないわ、回避できないわよ。こんなの。
…
押し寄せる刃が侵入者の肩に胸に、腕に太腿に突き刺さった。
「…ぐ、ふっ…!?」
彼女自身の体液で濡れた床に彼女が膝を付き、此方に手を伸ばす。
「…さく、や…いたい…。」
言葉を発して倒れた。腕は天に伸ばしたままで、目は虚空を見つめて、呼吸はしていないようだ。
「…!?勝った、の?」
正直言って、この技が回避されたら討つ術は無かった。
「…あ、れ?」
侵入者の最後が脳裏に焼きついて離れない。
(さく、や…いたい…)
何故、涙が?侵入者など過去に何度も葬って来たはずなのに…!
どうして…?胸が苦しい…!頭が…!
気になって、彼女の顔を見る。生気は既に失せており、動き出す気配はない。
何も間違ってはいない、はず。自分はお嬢様をお守りして…。
“ガチャリ”
背後から音がした。
「さくや?しんにゅーしゃはやっつけた?」
私の主、だ。
「…あちらです。」
どうしても其方に目をやれない。どうしてなの?
「うー!こーまかんにしんにゅうしたらこうなるんだよ!!」
嬉しそうな声で侵入者の亡骸を蹴る我が主。
…蹴る?
(さく、や…いたい…)
「…蹴 る な !!!」
叫んでいた。
「うー!さくやーごべんなざいぃぃ!!」
返される返答。…何故かしっくりこない。私が叱られるべきなのに。
亡骸から離れてトテトテと私の方に歩み寄る。血の滴った床をパシャパシャと音を立てながら。
頭が痛む…。痛くて仕方が無くて、膝を付く私。ベチョリと膝を覆う感覚。血。
何故か、床を汚したそれを指で救い上げて
(『十六夜咲夜』なんてどうかしら?)
赤いそれを見つめる私。
「さくやー!おなかすいたー!!プリンー!!!」
(異端の子。いくらお前が人間に災いをもたらすとされている吸血鬼や悪魔を狩っても、人間は誰もお前を受け入れない。感謝しない。恐怖、畏怖する。)
何かがぼやけてきて…。
「さくやー!!さくやーー!!きいてるの!!れみぃはプリンがほしいのぉ!!」
(だけれど私は違う。…私の物になりなさい。名前の無い銀髪の狩人。)
「はい…お嬢様…。」
白昼夢?でも、この感覚は…
「はやぐじでー!!れみぃおなかペコペコだどー!!」
(…私の血を舐めなさい。)
止まらない…。どうかしている。頭に響く、懐かしい声。絶対に逆らうことの出来ない声。
指先に付いたそれを躊躇無く舐めとった。
「懐かしかった?」
…血溜りから声がした。
「うあー!うあー!!しんにゅうしゃがいきてたどぉぉ!!!!」
はい、生きていましたね。…お嬢様。
「咲夜、代えの服を用意なさい。ボロボロじゃない。」
「さくやー!はやくやっつけるんだどぉ!!」
―パリィン
私は、答えました。簡潔に一言
「はい。お嬢様。」
と。
「ん。今は白い服って気分だったの。流石ね咲夜。」
お褒めの言葉、至極恐縮です。
「…?なにしてるんだど?」
お嬢様に、代えの服を用意させていただいたのですよ。
「見ての通りです。」
しれっと答えました。お嬢様の着付けの最中に声をかけないでくださいまし。
「なにしてるんだどぉぉ!!れみぃはこーまかんのあるじなんだ!!めいれいはぜったいなんだよ!!」
プンスカと擬音を立てながら抗議するそれ。
紅魔館の主が貴女?何をいっているのかしら?
「咲夜。それ口を塞いで縛って頂戴。一応、ね。…あ、殺しちゃダメよ。」
かしこまりました。…コロシテハダメナノデスネ。
「さくや?な、なにするんだど!?」
時は止めない。歩み寄る一歩毎に後悔を刻み込ませてやりたいから。
「しんにゅうしゃはあっちだど!?はやぐ!!」
はい。侵入者は
「私にお嬢様を傷つけさせてまだ言うか!!」
あなたでしょう。殺してはいけない枷が殺意を濃厚にする。
「こわいどぉ!ざくやー!だずげでぇ!」
煩わしい声。…聞きたくない。
その緩んだ頬に平手打ちをした。していた。手が勝手に。
パン!
「黙りなさい。」
「いあぁぁ!!いだい!!!」
パン!
「黙りなさい。」
「!やべでぇ」
パン!
「黙りなさい。」
「わかりまじだぁぁ!!」
パン!
「黙りなさい。」
「!?・・・!?」
黙ったソレの目の前にナイフを突きつけると、ビクリと反応した。
「口を開きなさい。」
頭を掴み、目を逸らさせない。
コクコクと頷き、口を開くソレ。
ナイフを口内に侵入させると流石にそれも
「ひゃべで!!なにずるのぉ!!」
恐ろしいのか声を上げた。
空いている手がないので頭を掴みあげている手の力を強める。
「黙りなさい。」
それは敵わないと悟ったのか震えて泣き出した。
泣き出して泣き出して、頬をぬらすそれを見て私は
「この舌がいけないの。」
ソレの舌を根元から切り捨てた。ボトリと音を立て、床に落ちるそれ。
「いはぃぃぃ!!へみぃのひははー!!」
頭を掴むのを緩めてやると、ソレは必死に落ちた舌を拾い上げようとしていたので
「目障りですので動かないでくださいまし。」
その落ちたものを踏み潰した。
「へみぃのへれがんとなひははー!!」
卒倒、気絶した。手間が省けて助かる。
縛り上げたソレを運んでお嬢様と外に出ると、美鈴とフラン様がなにやらお話をしていた。
「「あ!」」
二人同時に私とお嬢様に気がついて手を振っていた。
「お姉様!美鈴はもう大丈夫だよ!無事だよ!!」
「ええ。咲夜も無事よ。」
どさりと二人の目の前に、自称主を投げ落とした。
「…ふーん、コイツが私達の館で好き勝手してた奴の首謀者なんだ。…どうするの?壊していい?」
フラン様の目が真っ赤になる。美鈴がなだめてお嬢様の采配を待つように言い聞かせている。
どうするの、お姉様?
如何しますか、お嬢様?
どうしましょう、レミリア様?
三人、三対の目がお嬢様を向く。
「…あー、紫、聞こえてるわよね?こっちは制圧終えたわよ!」
空に向かい叫ぶお嬢様。…あの妖怪が動く規模なの?今回の事件は?
空中にスキマが割れたのを確認し、お嬢様を見た後、私と美鈴でソレをスキマに投げ入れた。
…。
……。
「…むきゅ。」
「…むぅ。」
二人は不機嫌だった。それはそうかもしれない。
「だって、咲夜も美鈴も無事に救い出せたから、つい勢いで。」
答えるのは私。Seizaさせられるのは、私を含め四人。
「…リトル。私すごーく頑張って館全体に結界を張ったわよ。」
「ご苦労様です、パチュリー様。私は図書室以外にも、屋敷内の全ての部屋を見て回って掃除していました。」
「ご苦労様、リトル。でも、私達を待たずに制圧報告って酷いわね。」
「はい、酷いです。でも、良しとしましょう、パチュリー様。あの言葉は待っていてくれたですから。」
Seizaを解く様に言われ立ち上がる私達。
パチュリーと小悪魔、私とフランが横一列に並び、二人に言った。
「「「「二人ともおかえりなさい!」」」」
美鈴も咲夜もその場で崩れて答えた。
「ただいまもどりました、お嬢様、妹様、パチュリー様、小悪魔。」
「ただいま帰りました、レミリア様、フラン様、パチュリー様、小悪魔さん。」
「さ、“家族”揃って紫の所に報告に戻るわよ。」
その言葉に呼応するかのように六人が横一列で通れる大きさの隙間が開いた。
“家族”その単語に反応したのはスキマだけじゃなくて
「お嬢様。」
咲夜。忠実な咲夜。感情の起伏があまり無かった筈の咲夜。
「…嬉しい!」
こら、紫の所いくこの時に“ギュッ”って抱きついたら!
―マヨイガ
「…ご苦労様。それと、そういうのは異変が終わってからにしてほしいわ。」
異変が終わったら私も霊夢にしてもらうもん?…ソレは許さないけれど謝るわ。咲夜が急に、ね。
「あー!お姉様ズルイ!私も混ぜて!」
フラン、異変解決まだだって紫が!
「わ、私も嬉しかったです…!レミリアお嬢様!私も!」
美鈴、まともな子だと思っていたのに…。
「そ こ ま で よ !」
パチェの声で全員はなれる。どういうわけか、パチェのこの言葉を聞くと今行っている行為をやめなくてはいけない気分になる。
「…まあ、神社は直ぐに制圧の声が聞こえてくるでしょう。だから…」
続く言葉は理解できる。…もう一仕事してやりましょうか。
「ふん。永遠亭の増援、引き受けてやるわよ。…行くわよ、フラン!」
「うん!お姉様!」
咲夜と美鈴もそれに続こうとするが私の答えは
「…気持ちだけで充分よ。貴女達は休んでいなさい。」
パチェが代弁し
「リトル、貴女もよ。この二人の看病、任せたから。」
更に続ける。
不服ながらもそれを受け入れる三人。
「「「いってきます。」」」
「「「いってらっしゃいませ!」」」
…
……
異変は巫女救出成功により急速に収まった。永遠亭は大分苦戦したようだが、何とか制圧できた。
人間は疲労により衰弱しているものもいたが、死者はでなかった。永遠亭にはしばらく患者で溢れそうだが。
妖怪も未だ衰弱の激しい者もそうでない者も主の計らいにより、マヨイガに搬送され療養している。一つ屋根の下で過ごし、妖怪達も前よりも絆が深まった者や新たに親交が増えた者も居る。
「お姉様、おみそスープって美味しいね!」「フラン、納豆もかなりイケるわよ。試してみなさい。」
咲夜も九尾と親交が生まれたらしく、よくレシピ交換をしているようだ。我が家の料理のレパートリーが増える事はいい事なので特に口出しすることもあるまい。
「リトルちゃんって凄いな。あんなにあるパチュリーさんの御本の管理しているんだね。」「大ちゃんさんみたいに瞬間移動できたら便利だと思います。あ、今度、お屋敷にご招待しますね。」
どういう訳か、この二人は直ぐに仲良くなっていた。遠くでパチュリーがチルノに絵本を読んであげている図を見守る二人は和みながらお茶をすすっていた。
…その後、大妖精が小悪魔の紹介で紅魔館で短期のメイドのバイトを始めた。
ともかく、楽園の転覆は防がれた。奇跡的に物的被害のみで。
…
……。
めがさめた。じぶんはいったいどこにいるのだ?
このまえはひまわりばたけでいじめられるゆめをみた。
ひどいゆめだったよ。はやくゆめからさめないとゆっくりできないね。
「ゆっくりしていってね!!」
おきまりのことばでめざめると、くうふくかんもいっしょになってめざめた。
みたこともないばしょ。あまい香りがへやをしはいしているこのばしょはひじょうにゆっくりできそうだ。
キョロキョロとまわりをさがすとこんがりきつね色のぱんみたいなのががおさらのうえにおいてあった。
すぐにそばによりそれを口のなかにしまいこんだ。
「むーしゃ、むーしゃ…。!!し、しあわせー!!!!」
それはいままでに食べたどのたべものよりもゆっくりできた。
たまねぎやにんじんがお肉とともにそとはカリカリなのになかがふわふわのおいしいものに入っていた。
「お目覚めですね。はじめまして。」
背後からの声に反応し、振り返るとそこには赤い髪をした女性がニコニコとした表情で立っていた。
「はじめまして!おねえさんはゆっくりできるひと!?」
表情から察するにゆっくりできることは間違いないその女性はコクンと頷く。
「ふふ…。それにしても、美味しそうに食べてくださいましたね。作った私としてもうれしいです。」
黒を基調とした服に、白のエプロン。その端を持って喜ぶ彼女を見て食べた自分も楽しい気分になってきた。
「お姉さん!おりょうりじょうずなんだね!ゆっくりできるよ!」
この“ゆっくり”をプレゼントしてくれたお姉さんには感謝の気持ちを伝えなければゆっくりの名が廃るというもの。
「本当ですか、嬉しいな♪…あの、よかったらもっと召し上がられますか?」
断る必要は無い。いまはお腹がすいているし、こんなご馳走はめったに食べられないから。
「ゆ!?本当にいいの!?いっぱいたべるよ!!」
答えると、お姉さんから羊皮紙とペンが出された。
「では、こちらにお名前をお願いできますか?…私、ドジだからお名前聞いても忘れちゃいそうで。」
恥ずかしそうに、舌をちょっとだけだして赤くなるお姉さん。
「ゆ?まりさはまりさだよ!」
口にペンをくわえ、器用に書きながら己が名前を紹介するまりさ。
「わたくしは、小悪魔と申します。まりさ様、契約書は預からせていただきますね。」
そこにはこうあった。
“出された料理は残さず食べます。”
簡単さ。こんなに美味しい料理なんだから。
三十分もすると、お腹も膨れてきた。多分、今日だけで1ヶ月分はゆっくりできる物を食べたであろう。
「ゆふぅ、もうお腹いっぱいだよ!こあくまお姉さん、ごちそうさ」
優しい小悪魔お姉さんに伝えると
「…契約は履行されませんでした。」
表情は無くなり、目が真っ赤になる小悪魔。恐るべき殺気を感じたまりさは直ぐに撤回した。
「…ごちそうさんばっかりでまだまだいけそうだよ…!」
ごちそうさまを言えるのは何時なのか、
「あっ!私ったら早とちりしちゃった♪直ぐにお替りお持ちしますね。」
笑顔が戻った小悪魔しか知らない。
黒白は目を白黒させながら小悪魔の運んでくるご馳走を平らげていったが、
「…うぷ…、ところ、で、このおりょうりの、お名前なんていうの?」
ふと、気になった。
「えーと、ですね」
いそいそとポケットからメモ帳をとりだし、笑顔で続ける小悪魔。
「初めに召し上がられたのが“紅魔館の主を偽った物”の姿揚げです。私、頑張りました。」
ゆ?
「その次は“ホールにて水銀中毒死した物”の混ぜ込みパンになります。アンチマジックで毒抜きはしっかりしてありますよ。」
何それ?
「その次は私のお友達作の“餡山”です。文字通り餡子の山、盛り合わせです。」
うん、甘かったよ?でも、それって
「で、これから召し上がって頂くのが“図書室にて本を汚していた物”の姿造りになります。」
もしかして?
「さあ、召し上がれ。」
銀の蓋が皿を覆っていた。“召し上がれ”その言葉と共にそれが消えうせて中身が見えた。
「…ゆ!?…お、おねえさん、これって…」
もしかして、
「はい。お察しの通りです。“ゆっくり”召し上がってくださいね。」
プレゼントされたのは“ゆっくり”だった。文字通り。二つの意味で。多分、いや確実に今まで食べたものも。
「ゆげぇぇぇ!!!みんなごべんねええええぇぇえぇえ!!!」
どんな目にあったか解らないが、このゆっくりは絶望しきった顔で虚空を見つめて鎮座していた。
「私の主を模したのでしょうか、コレは。」
コレと呼んだものを見つめ、小悪魔の表情は笑顔ではなくなっていた。
「ごれ、ばぢゅりぃだよぉぉ!!!なんでこ」
言葉を言い終える前に、いきなりテーブルの上にあったフォークでそれを、ゆぱちゅりーを滅多刺しにし始める小悪魔。
無表情の横顔、機械的に何度も何度も何度も何度も突き刺す動作。
ソレを乗せていた皿が割れても止めない。異常極まりないその行動に、まりさは恐怖した。そして思った。
“夢に出てきた緑髪の妖精さんと同じ目をしている”と。
「これは何ですか?」
いやだ、質問しないでくれ。ゆっくりさせてくれ。
「コレは何ですか?」
その目はやめてくれ。頬が痛んだ気がした。緑髪の女の子。思い切り蹴られた図がフラッシュバックする。
「じらない゛!そんなのじらないよぉぉぉ!」
割れた皿の破片が食い込み、フォークで刺された部分から中身をもらすソレ。あまりにも悲惨なかつての仲間の姿を見て思わず声に出してしまった。
「ぱぢゅりぃぃぃ!!おねえさん!どぼじで!どぼじでごんなごとするのぉぉ!!!!!!」
不意に頬が痛んだ。恐る恐る目をやると、先ほどぱちゅりーを滅多刺しにしたそれが自分の頬から生えていた。
生えたそれをみて夢の一部分を思い出した。無邪気な水色の子を笑顔で誘導する緑髪の妖精。まりさの頬に“盲人の死杖”を突き刺せと。
突き刺された部分が毒され痺れ、“まりさ、首から上だけだから刎ねられないよ”ってよく解らない事を思いながら意識を失ったんだっけ。
「パチュリー様は美しくて知的で、誰よりも本を愛されていて…。そのお名前すら麗しくて…。」
痛いのに叫べない。叫んではいけない。
目の前の存在が急にトリップしだして、ここに自分がいることが見えていないようで。このまま黙っていれば自分に注意が向かないかもしれないから。
様子を伺おうと目を其方に向けた。…目があってしまった。
「いやぁぁぁぁぁ!!!いだいぃぃぃ!!!!!!!」
真っ赤な目で此方を見下ろしたまま言葉を投げかけていた。口元は歪みきっていて優しさなど何処にも感じない。冷たくて火傷しそうなそんな目で。
「その名を呼ぶな。あなた如きが。その名を冠するな。まんじゅう如きが。」
口を開いた。ああ、おねえさんは自分で言ってたっけ。
「あくま!!おねえさんはあぐまだよ!!!」
その通りですけれど?優しい造り笑顔に戻ったそれは、まりさの頬に突き刺したフォークをえぐりこんだあと、力任せに引き抜いた。
そして
「契約の履行は確実にお願いしますね。」
かつての仲間をまりさの口の中に押し込んだ。
吐き出せ、仲間を食べたらゆっくり出来ないから。
「むーしゃ、むーしゃ、ごっくん!しあわどぼじでぇぇぇ!!!」
契約の強制力は饅頭の柔らかな意志を用意に粉砕し、履行させた。
「はい、いい食べっぷりでした。以上で朝御飯はおしまいです。」
ペコリとお辞儀をする小悪魔。
「ゆ゛っ…ごちそうさまぁぁぁ!!」
やっと開放される食卓。お皿を片付け、部屋から去る小悪魔。
「ゆぇぇぇん!!ばじゅりぃぃ!!びんなぁぁ!!ごべんねぇぇぇえ!!!」
残されたのはまりさだけ。磨り減った気力を回復させる為、ゆっくりしよう。
仲間だったとはいえ、それは確かに美味しかった。ゆっくり出来たから。
気力が回復したら、ココから逃げよう。ゆっくりプレイスを探してひっそりとゆっくりしよう。きっとほかのゆっくりにも再会できるよきっと。
コンコン。
「お昼ごはんをお持ちしました。」
笑顔の小悪魔は契約の羊皮紙をまりさの面前に突きつけた。
出された料理は全て食べなくてはいけない。
契約が切れるのはいつなのか。それは小悪魔にしかわからない。
変異種ゆまりさの意識はここで遠のいた。
変異種に与えられた最後の役割は、今回の異変に関わった者全てからの制裁。
ここで受けた傷は治され、明日、変異種まりさは永遠亭に搬送される予定。前よりちょっとだけ仲良くなった不死鳥と不死姫がお礼をしたいのだと言っている。殺されはしない。永遠亭には最高のお医者様がいるから。
そしてその後は別の場所に。
おしまい。
あとがき
前作読んでいませんと意味不すぎますね。
ごべんなざい。
フランちゃんの気がふれていません。どちらかというと私の気がふれています。
ごべんなざい。
ゆっくり以外の部分で甘みを出そうと努力をした結果がこれだよ。
ごべんなざいぃぃ!
ゆっくりさせてください。お休みさんください。仕事さんは少し待っててね!!
関係無い事になりますが、幽香はお姉ちゃん属性maxだと思います。
以上、緑の日と昭和の日の区別の付かなかった
Y・Yでした。
最終更新:2009年05月14日 23:59