「あら、これが紫が言っていたお饅頭ね」
その日、西行寺幽々子は一人で魔法使いの森にやってきていた。
少し前に幻想郷に現れた
ゆっくりというものを見る為である。
妖夢を連れては、何かと小言が多くゆっくりゆっくりを見る事も出来ない。
白玉楼、それも中庭だけでなく白玉楼階段の方まで手入れをしておくよう言ったので、
しばらくは幽々子がいない事に気がつかないだろう。
「ねぇ、あなた」
「ゆ?」
「あなたが・・・ゆっくり?」
丸みを帯びた生首、あの白黒の魔法使いに似ていると言っては怒りそうだが、
どことなく似ているゆっくり。名前も『まりさ』と言うらしい。
「まりさはまりさだよ」
「ふぅん」
『まりさはまりさだよ』一人称を使えないって紫が言っていたのは本当だった。
妖怪とも妖精とも付かないから、自分の領分かと思ったがそれも違うようだ。
完全な自立人形のようなものでもない。この動く饅頭は限りなく脆い。
魂というものが妖怪や人間と違い、極単純なものであり、それが器と言うには余りに脆弱な皮で覆われている。
人間ならば、皮や骨、肉があり、中にある臓器と言うものが複雑に絡まり合う事でその強度を保っているが、
これは、ゆっくりは。
「おいで・・・」
幽々子がそっと手招きをする。
ゆっくりまりさはゆっくりした手の動きに誘われ、ぽよんと一歩跳ねる。
「もっと、こちらへ」
もう一歩、もう一歩、ゆっくりまりさは森の中で暮らしてきたから人間を知らない。
ましてや、亡霊などと言うものは想像もつかない。説明されても理解できない。
生者にとってあまりに危険な幽々子の力を、まりさは理解しないまま歩み寄る。
一歩、一歩、まるで地獄の淵に吸い込まれるように。それでいて桜の花びらが散るように。
「さぁ、いきましょう」
まりさは着地に失敗する。普段通り跳ねたはずだが、足ではなく顔から着地してしまった。
運悪く地面には石があり、その上をずりっと滑ってしまったせいで、顔の皮が破れ、
右の目頭から上唇にかけて大きな傷が付いてしまったが、
まりさは痛がる事も泣き叫ぶ事もない。着地に失敗する前、先ほど飛んだ瞬間からもう死んでいる。
「もう?軽いのね」
蓬莱人の魂が持ち上げられぬ鋼の山とすれば、まるで吐息で飛ぶ羽毛。
死んだまりさの亡骸をしばらく珍しそうに見ていると、何匹か他のゆっくりもやってきた。
とっさに幽々子は木の陰に隠れる。どういう反応を示すのだろう。
「ゆっ!まりさ?!」
死んでいるまりさに駆け寄ってくる。
どれもこれも幻想郷に住む者にどこか似ている。
霊夢、アリス、パチュリー。何でもれいむ、ありす、ぱちゅりーと名前まで同じらしい。
「むきゅー!まりざぁー、どうじでぇじんじゃっだのぉお?!」
その中の、ぱちゅりーがまりさに頬ずりしながら泣き叫ぶ。
泣く事もできるの。人間の顔と同じギミックがあるのかしら、
しかし、これは。幽々子は思わず笑ってしまう。
先ほどのまりさが羽毛ならば、このぱちゅりーというのはもっと軽い綿毛、
いや形容できるものがすぐに見つからない。
口元を隠していた扇子でそっと、風を送ってやる。
「まりざぁああ、ぱぢゅりーをおいでいが」
死んだ。軽い、本当に玩具みたいな命。
また笑いが込み上げてくる。木の裏にせっかく隠れたのにこれでは見つかってしまう。
ぷっ、くふふふ・・・。
「ゆ、だれかいるの?!」
ああ、見つかってしまった。気づいたのはゆっくりれいむだ。
あの巫女もこれほど機敏に動けば、月がおかしくなった事ももっと早く解決できただろうに。
「見つかちゃった」
「ゆ?ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていっていいわよ」
れいむとありすがそう言う、しかし、もう一匹言うはずのぱちゅりーが何も言わない。
れいむ達はそこではじめてぱちゅりーの異常に気付く。
遅い遅い、軽いのに遅いのね。ホント、ゆっくりしてるわ。
「ぱ、ぱちゅりー?」
「れいむ、ぱちゅりーしんでるわ!」
「ゆーぅ!!ほんとだ。ゆっくりできないよ」
れいむとありすが騒ぎだす。静かな森の中で二匹が大声を出して、うるさい。
幽々子は扇子を畳み、れいむ、ありすのいる方向に向ける。
そして、二匹を一線に切るようにして宙を薙ぐ。
再び森は静かになる。と思ったが、
「ゆっくりが騒いでいると思って来てみたら、亡霊がいるなんて」
「ふふ、人形遣いさんは魔法使いと違って森で過ごす事が多いのかしら、ここに異変が起こるとでも?」
「ただ人間が迷い込んだのかと思っただけよ」
アリス・マーガトロイド、他人には無関心なのに、この森には執着するのはあの魔法使いが住む森だからだろうか、
この森の動植物全て、死に誘ってやれば、この人形遣いは本気で。
「で、それは何?」
幽々子の思考をアリスの言葉が止める。指さした先には4匹のゆっくりの亡骸。
「ああ、冥界ってゆっくりがいないの、だから、ここで試したの。これが生きているかどうか」
人間だった頃に聞けば、怖かっただろう。アリスは噛みしめる様に頷く。
「紫が言うの、もしかしたら人里に被害が出るかもしれないって。でも、これなら紫の心配も無駄に終わりそうね」
そこへ、ゆっくりがまたやってくる。
今度はまりさとれいむ、それに小さいのまで。子ども、それならおそらくこのグループは家族だ。
「ゆ、このあたりでぱちゅりーのこえがしたよ」
「あ、にんげんちゃんだ」「ゆっきゅりちていってね」「ゆっきゅりできりゅひと?」「まりちゃとあちょぼー」
「おねーさん、ぱちゅりーたちをみなかった?ゆっくりおしえてね」
スッと、その家族の方へ扇子を向け、アリスに目をやる。
知りたくもない。見たくもない。とばかりにアリスは後ろを向き今来た道を帰って行く。
あの人形遣いも別に味方じゃない。どうやら、本当に人間が迷い込んだと思っただけらしい。
ならば、別に止める事もない。
「遊んであげる、おいで」
一匹の子まりさが幽々子方へ寄ってくる。
幽々子の手招きはゆっくりしていて、分別の付かない、
ゆっくりしたい欲求が強く、それにより周りの見えなくなる子どもには効果は絶大だ。
「ゆっくりできりゅおねーしゃんだぁー」
親に安全かどうかも確かめず、子まりさは駆けだす。
「ゆ?まって、おちびちゃん!」
親まりさが呼び止める。その声に子まりさは振り向く。
「どーちたの?」
「おねーさんはゆっくりできるひと?」
その問いかけに幽々子は笑顔で答える。しかし、これは肯定とも否定とも取れる曖昧な返事だった。
それにこっちには仲間がいるはずだが、さきほどから見当たらない。
この人間は危ないかもしれない。親まりさは子まりさを引き留めようとする。
「おちびちゃん、ままのところでゆっくりしようね!」
「遊んであげるわ、おいで」
普段なら親まりさの言う事を聞かないなんて事はなかった。
しかし、ゆっくりにとってゆっくりできるという事は何事にも代えがたい幸せなのだ。
「遊びましょ、手の鳴る方へ」
ゆっくりと幽々子は手を叩き、パンパンと鳴らす。
すると、子まりさは迷いながらも幽々子の方へ行こうとしてしまう。
「ゆっ!おちびちゃん、ダメだよ。ゆっくりできないよ」
親まりさは急いで飛び出す、子まりさの背中を銜え、引っ張る。
他の子たちや親れいむも、一緒に子まりさの事を必死で呼びとめる。
「ふふ、少し重くなったわね」
幽々子はどこからともなく手毬を取り出し、あたふたする家族の前でポンポンとつき始める。
そして、聞きなれない手毬歌を歌ってやる。黄昏の奥にある黄泉の国へと人を誘う歌、
たぁそがれーのと始まる歌のテンポは呪術めいており、ゆるやかで、子まりさだけでなく他の子たちまで幽々子の元へ誘う。
それまで必死に子まりさを呼んでいた、子れいむや他の子まりさは急に黙り込むと、
ふらふらと幽々子の元に行ってしまおうとする。親れいむは必死に二匹を引っ張るが、
子まりさが上手く親れいむを避け、幽々子の元へ進んでいってしまう。
親達は今自分が捕まえている子どもを留め置くのがやっとで、子まりさまで手が回らない。
とうとう子まりさは幽々子の目の前までやってくると、
コロンと横になり動かなくなった。動かなくなったし、もう動く事がなくなった。
それまで生きていた自分達の可愛い子どもは冷たい亡骸になってしまった。
しかし、親達に悲しんでいる暇はない。まだ歌は続いている。まだ子どもは幽々子の元へ行こうとしている。
あっちに行ってはゆっくりできないのは明らかだ。
親まりさはグイグイと子まりさを口で銜え引っ張るが、生まれて間もない子の皮が強い力に耐えられるわけがない。
子まりさ自身、すでに正常な状態ではなく『いたい』と自分の状況を伝える事も出来ない。
だから、当然、破れる。
「ゆぎぃい・・・」
最期、そう呟いた子まりさは身体が真っ二つになった。
親まりさは本人の中では相当強い力を出していたのだろう、後ろへひっくり返る。
「ゆ?おちびちゃん?」
自分のすぐ傍には後頭部だけが落ちていた、前半分はまだ半分残った足を使い、
ゆっくりゆっくり、幽々子の元を目指している。しかし、あまりに大きな傷、ずりずりとしばらく動くと。
さきほどの子まりさと同じく動かなくなった。
親れいむは必死に子れいむを止めている為、何が起こったのか分かっていないが、
親まりさは自分の目の前で可愛い子どもを殺されたのだ。
怒り心頭に発する。親まりさは半狂乱になりながら幽々子の方へ突っ込んでくる。
まりさは強いんだ。こんあ奴やっつけておチビちゃん達の仇を取るんだ。
そして、子れいむを救って家族で仲良くゆっくり暮らすんだ。
ボトッ、親まりさは不思議な感覚に襲われていた。
今さっきまで自分が目指していた方向とは全く逆の方に自分が進んでいる。
そして、あれほど込み上げていた力が今はどんどん抜けて行く。
「まりさぁあ、ゆっくりしてぇー!!」
自分の大好きなれいむの声がする。自分はどうしたんだろう。
お腹の辺りが焼けるように熱い。起き上がって敵の場所を確認する。
れいむがここにいるという事は子れいむは?
危ない。敵の方へ向かっていってしまっている。どうにかして助けなくては、
「まりさ、だいじょうぶ?ゆっくりしていってね、ゆっくりしていってね」
泣き叫ぶれいむの声がだんだん遠くなっていく。
それはきっと自分が敵に向かって行っているからだ。
その証拠にあれほど遠かった敵がすぐ傍にいるじゃないか、こんなにも傍に。
一発の弾は親まりさのお腹にぽっかりと穴を空けていた。
そして、親れいむのすぐ傍、幽々子から離れた位置で死んだ。
子れいむも止める者がいなくなり、あっさりと動かなくなった。
「少し重くはなったけど、それでも葉の一片。これのどこが危ないというのかしら」
ふわり、と幽々子は浮き上がり、扇子をいっぱいまで広げる。
「死符、ギャストリドリーム」
その日、色鮮やかな蝶の群れだか桜の花びらだかが魔法の森の中で見られるという異変があった。
珍しいものだ。捕まえてやろう。そう意気込んでやってきた三妖精達であったが、
どこにもその姿を見る事は出来なかった。
そればかりか、いつも見かけるはずのゆっくりの姿までなかったのだ。
「あんなのが本当に厄介者になるの?」
白玉楼の中庭、枯山水を眺めながら幽々子は紫に尋ねる。
昨日の異変を知らぬ紫ではない。
返事を考えあぐねている紫に幽々子は畳みかける。
「あの月へ帰らなかった人間に何を言われたかは知らないけど」
そっと紫の手を握る。
「ここでならあなたの力になれるわ」
~あとがき~
お久しぶりです。118です。私の書くSSはぬるいじめばかりで本当に申し訳ないです。今回は幽々子様です。
幽々子と紫と永琳は本当に美しいです。おい、ババアって言った奴出て来いよ!!
次回は都会派てんこの続編ウサ、てんこが4tトラックにひかれて死ぬウサ、全然ウソなんてついてないウサ。
wikiのジャンルものの所に都会派きめぇ丸シリーズを作ってもらい恐縮です。
え、永琳実験シリーズ?あれはキャラでまたいじゃってるんで・・・今度、実験シリーズ書いた時、あとがきにまとめておくね。
この歳になって彼女がいない事を怒られました。私と付き合いたいって言う幽々子、紫、永琳似の女の人いたら、是非メール・・・、
いらねぇよ、そんなもん!!
最終更新:2009年05月18日 15:50