※虐待成分少なめです。
その日、鬼井は憂鬱だった。
月曜日だからではない。いや、仮にそうだとしても、それが主たる原因ではない。
鬼井は今朝、携帯の電子音で目を覚ました。
セットしたタイマーかと思いきや、画面には、上司の名前が出ている。
慌てて携帯を取り上げ、電話マークのボタンを押すと、野太い声が耳元で響いた。
《ああ、鬼井くんか。朝っぱらからすまんね。》
「はい、主任。おはようございます。」
目をこすり、窓から外の様子を伺う。
まだ心なしか暗かった。
携帯とパソコンを時計代わりにしているので、何時なのかは分からない。
《実はね、さっき、ゆヶ丘の工場から電話があって、事務所が停電しとるらしい。
発電機の故障かもしれんので、ちょっと見に行ってくれんかね。もう一人用意しとくから。》
「ゆ、ゆヶ丘ですか。ここからバスで1時間は掛かりますよ。」
《いやあ悪いね。ちゃんと交通費は出すよ。それじゃ。》
そこで、電話は一方的に切れた。
鬼井は、待ち受け画面をしばらくの間ぼーっと見つめていたが、はっと我に帰り、
急いで出掛ける準備をする。
壁に掛けられた作業着を纏い、工具箱を引っさげると、朝食も取らずにアパートを出た。
建物沿いの小道を抜けて公道へ出ると、普段使わないバス停へと足を向ける。
いつもとは逆の方向だ。
道中、だんだんと明るくなっていく東の空が、妙に新鮮だった。
ちゅんちゅんという雀の声と、清涼な朝の空気が、鬼井の眠気を徐々に拭ってくれる。
朝早いからか、一部のサラリーマンなどを除いて、人通りは少ない。
バス停に着いたときも、そこには誰も並んでいなかった。
無理もない。ゆヶ丘は、都市部とは逆方向なのだ。
鬼井は、すぐに時刻表を確認する。
「えーと、ゆヶ丘行き、ゆヶ丘行き…。げっ、15分待ちか。」
こんなことならパンでも食べて来るんだったか、と鬼井は少し後悔した。
最寄りのコンビニは、ここからさほど遠くないが、往復で間に合わせる自信がない。
もし乗り遅れてしまえば、次の便はさらに30分待ちだ。
仕方がないので、携帯を取り出し、昨日無視してしまったメールの返事を書き始める。
そのときだった。
どこからか、女の子の声が聞こえてきた。
最初、登校中の小学生か何かと思ったが、それにしては時間が早過ぎる。
鬼井は顔を上げ、辺りを見回した。
「と〜きゃいは!と〜きゃいは!」
声の主は、バス停の真正面、見知らぬ民家の敷地内にいた。
紐でくくられた段ボールがひとつ、開け放されたドアの前へ、無造作に置かれている。
それを動かそうと、小柄な
ゆっくり子ありすが、紐を食いしばってもがいていた。
「と〜きゃいは!と〜きゃいは!」
面白いかけ声だな、と鬼井は思った。
何となく、間が抜けている。
それにしても、あれは何をしているのだろうか。
まさか、人様の家から荷物を盗もうとしているのではないか。
鬼井は辺りを見回したが、人っ子一人いない。
どうしようか迷ったが、しばらく様子を見ることに決めた。
幸いなことに、段ボールは全く動きそうにないのだから。
「とっ…きゃ…いはっ…。ときゃ…ときゃ…。」
さすがに疲れたのだろう。
子ありすは、口から紐を吐き出して、その場にへたりこんだ。
「ゆぅ〜…ときゃいはだんぼーるさん…ゆっくりうごいてね…。」
「てめえまだそんなところでぐずってるのか!仕事しろや!」
いきなりの怒声とともに、裏庭から強面の男が一人、姿を現した。
男は、ちらりと鬼井の方を見たが、彼がバスを待っていることに気付くと、
すぐに視線をそらし、段ボールの前で怯える子ありすを睨みつける。
「おい、その荷物を玄関に入れとけって言っただろ。聞いてなかったのか。」
「き、きいてたわ。ありすはときゃいはだもの。」
「都会だろうが田舎だろうが、どうでもいいんだよ!早いとこ片付けろ!」
男は、ますます声を荒げる。
「あ、ありす、がんばるわ。ときゃいはでちゅもの。」
覚悟を決めたのか、子ありすは再び紐を噛み締め、段ボールを見上げた。
その眼には、どこか悲壮なものがある。
おそらく、自分には無理なことを、うすうす勘付いているのだろう。
紐をくわえ直すと、柔道で言う背負い投げの格好で、それを引っ張り始めた。
「ど〜ぎゃいば!!!ど〜ぎゃいば!!!」
こめかみに餡筋を立て、必死の形相でビニール紐を引き絞る子ありす。
次第に、歯茎から餡がにじみ始め、ぽたぽたと地面にしたたる。
「ど〜ぎゃいば!!!ど〜ぎゃいば!!!」
ありったけの力を費やしているのだろう。
全身の皮がぴんと張り詰め、今にも破れてしまいそうだ。
しかし、段ボールはぴくりとも動かない。
当然だ。人間だって、十数キロの荷物を動かすには、結構な労力を要する。
そんなものを、何十分の一の体重しかない子ありすが、持ち運べるわけがなかった。
「ど〜ぎゃいば!!!ど〜ぎゃいば!!!」
全身を強ばらせる子ありすの横で、男は、眉間に皺を寄せて苛立ちを募らせている。
そして、一歩前に出ると、おもむろに右足を挙げた。
「いいかげんにしろ!この糞饅頭!」
男の爪先が、子ありすの横腹にめり込んだ。
あまりの衝撃に、紐を噛んでいた砂糖菓子の歯が折れ、口から餡が吹き出す。
「ゆべ!」
子ありすは宙を舞い、少し離れたコンクリートの上に落下した。
涙を流しながら、子ありすは男の方へ向き直り、頭を何度もへこへこさせる。
土下座しているのだろうか。
「お、おもひゅひてはこふぇひゃいわ。もっひょかるくひゅぶべ!」
今度は、ダイレクトに口元へ蹴りが決まった。
吐き出された餡と一緒に、口から折れた歯がぽろぽろと零れ落ちる。
「詰め直せって言うのか!?もういい!おまえは残飯でも食ってろ!」
男はそう言い残すと、ひょいと段ボールを持ち上げ、玄関の奥へ消えていった。
後には、痙攣して地面に突っ伏す子ありすと、鬼井だけが残された。
鬼井は、気遣うように、遠目で子ありすの様子を伺う。
どうやら、まだ生きているようだ。
子ありすはゆっくり顔を上げ、目の前に散らばった自分の歯を掻き集めている。
「ありひゅのおふぁふぁ…。ありひゅのときゃいひゃなおふぁふぁ…。」
鬼井は、以前、インターネットで読んだゆっくり医療の記事を思い出した。
ゆっくりは、歯がなくなっても、砂糖水を毎日塗ってやれば、元通りになるらしい。
彼らの再生能力には、それだけ眼を見張るものがあるという。
もっとも、あの男が、そんな手間をかけてくれるとは、到底思えなかったが。
そんなことを考えていると、一台のバスが、通りの向こうからこちらへやって来た。
ほんの数秒で鬼井の前に停車し、ぷしゅーという音とともに扉が開く。
鬼井は、行き先を確認し、重い足取りでバスのトラップを踏んだ。
扉が閉まり、ゆっくりとタイヤを軋ませながら、バスは目的地へと出発した。
「あ〜、まじでくらだねえ…。」
深夜、ちかちかと点滅する街灯の下を、鬼井は歩いていた。
肉体的にも精神的にも疲れ果てたのか、足取りがおぼつかない。
「あ〜、まじでくらだねえ…。」
もう一度同じ台詞を呟きながら、鬼井は今日のことを振り返る。
結局、事務所の停電は、発電室に巣を作ったゆっくり一家の子どもが、
しーしーで配線をショートさせたのが原因だと判明した。
部屋に入った鬼井とその同僚が、饅頭の焼けたような匂いに気付き、それと分かったのだ。
隠れられそうなところを探してみると、案の定、焼けこげた小さな物体と、
その横で泣き叫ぶまりさとれいむのつがいが見つかった。
そして、他の子どもたちは、少し離れたところから、不安顔でそれを覗き込んでいた。
「れいむのかわいいちびちゃん、ゆっくりげんきさんになってね。」
ぽろぽろと涙を流しながら、親れいむが、消し炭になった子どもの体を舐めている。
鬼井たちの来訪には、全く気付く様子がない。
「まりさがついてるから、きっとゆっくりなおるんだぜ。」
反対側からも、親まりさが、ぺろぺろと舌を這わせる。
遺体は、まりさ種なのかれいむ種なのかすらも区別がつかないほど、酷い有様だった。
電流が流れた瞬間、即死だったに違いない。
鬼井たちは、お互いに顔を見合わせた。
「なあ、鬼井…。」
「何だ?」
「あいつら、死んでるかどうかも分かんねーのかな。どう見ても逝ってるだろ。」
「んー、子どもが死んで、錯乱してるんじゃないか?」
とは言ってみたものの、ゆっくりの知能では、本当に識別できないのかもしれなかった。
しばしば町でも、死体をひきずって病院を訪れる野良ゆっくりの話を耳にする。
もちろん、ペットでもないゆっくりを相手にする医者はいないのだが。
「さて、原因も分かったし、早速作業に取りかかりますか。」
鬼井はそう言うと、工具箱の中から、ドライバーを取り出した。
まずは、ショートした配線の基盤を外さなければならない。
「おいおい、ちょっと待て。あの糞饅頭はどうすんだ。」
「あれは俺たちの管轄じゃないだろ。ゆっくり駆除なんて、手当出ないしな。」
「手当とか、そういうことじゃなくてな。また事故るぜ。」
確かに、同僚の言う通りだった。
ゆっくりの頭では、死因が放尿による感電だという結論に至らないだろう。
すると、生き残りのうちの誰かが、また配線をショートさせるかもしれない。
そうなれば、今度は、鬼井たちの修理が怪しまれる可能性もある。
「はぁ…。じゃあ、こいつら捕まえて、事務所に任せるか。」
鬼井は、ドライバーを胸ポケットに差し込み、ゆっくり一家の方へ歩を進める。
「この場でぶっ殺せばいいじゃないか。」
同僚が、訝しげに鬼井の背中から声をかけた。
「証拠がなくなるだろ。それに…。」
「それに?」
「事務所の連中の気持ちになって考えてみるんだな。」
一瞬、同僚は何のことやら分からない顔をしていたが、すぐにポンと手を叩く。
「なるほどね。犯人は自分の手で、ってか。」
納得した同僚も、したり顔で鬼井の後を追った。
あと1メートルほどというところで、ついに子まりさの一匹が、鬼井たちの存在に気付いた。
「ぴゃぴゃ!みゃみゃ!にんげんしゃんだよ!」
子まりさの声に、両親は、はっと死体から飛び退いた。
「おちびちゃんたち、まりさのうしろにゆっくりかくれるのぜ!」
親まりさが前に飛び出すと同時に、親れいむは子どもを庇いながら、その後ろへと身を隠す。
「ここは、まりさたちのゆっくりはうすなんだぜ。にんげんさんはでていくのぜ。」
そう言い終えると、親まりさは、例のぷくーをやって威嚇する。
もちろん、鬼井たちには、何の効果もない。
「きょきょはまりちゃたちのゆっくりはうすなんだじぇ。にんげんしゃんはでちぇいきゅのじぇ。」
先ほどの子まりさも、父親の真似をして、ぷくっと頬を膨らませる。
鬼井たちが怖いのか、その眼は既に涙ぐんでいた。
「むかつくなあ。鬼井、一匹くらい殺っちゃっていいだろ。」
「片付けが面倒だ。捕まえるぞ。」
ひそひそと耳元で囁き合う鬼井たちを見て、親まりさはさらにぷくーと膨れ上がった。
鬼井は、それを無視していきなり笑顔を作ると、距離を置いたまま、ゆっくりたちに話しかける。
「おやおや、どうしたんだい。お嬢ちゃんが、真っ黒だね。」
それを聞いた親まりさは、ゆっくり息を吐き、なよなよと元の大きさに戻ってしまった。
子どものことを思い出し、気力が萎えたのかもしれない。
「まりさのあかちゃん、うごかなくなっちゃったんだぜ。でもゆっくりなおるのぜ。」
いや無理だろ。内心そう思いつつ、鬼井は先を続けた。
「へえ、それは大変だ。病院へ連れて行かなくてもいいのかい。」
「まりさはびょういんさんがどこにあるか、しらないんだぜ。」
「じゃあ、お兄さんが、いいお医者さんを紹介してあげるよ。」
それを聞いた親まりさは、ぱっと顔を輝かせた。
後ろで耳を澄ませていた親れいむも、嬉しそうに微笑む。
「おじさんたちは、とってもゆっくりしたにんげんさんなのぜ。ありがとうなのぜ。」
「「「「「ありきゃちょ〜♪」」」」」
何という警戒心のなさだろうか。
もしかすると、発電室という比較的安全な環境で暮らしていたため、
街中の野良ゆっくりと違い、人間の恐ろしさを知らないのかもしれない。
「さあ、それじゃ、ゆっくりお引っ越ししようね。」
鬼井たちは、親子まとめて段ボールに閉じ込めると、事務所の職員にそれを引渡した。
その後、あの饅頭一家がどうなったのか、鬼井は知らない。
ひとつだけ言えるのは、鬼井たちが立ち去る間にも、悲鳴が始まっていたということだけだ。
そして、発電機の修理を一日かけてようやく終わらせ、こうして家路についている。
小道を曲がったところで、ようやくアパートが視界に入り、鬼井はほっと息をついた。
鉄柵も何もない入り口を通り抜け、1階の端にある自分の部屋へと向かう。
鍵を開けようとしたところで、扉の差し込み口に挟まったチラシが眼に留まった。
「またチラシか。こんなの効果あるのかね。」
そう言いつつも、鬼井はチラシを握り、扉を閉める。
玄関の側にある台所と、それに続く4畳1間の部屋。いわゆる1Kというやつだ。
トイレは共同、風呂は近くのスーパー銭湯に通っている。
今日は、疲れて行く気にもならなかったが。
鬼井は、買って来たばかりのカップラーメンの蓋を開け、やかんをコンロに掛けると、
暇つぶしに、さきほどのちらしに眼を通し始めた。
《パチンコスロー新装開店!笑いも玉も止まらない出血大サービス!》
鬼井はパチンコもスロットもやらない。ギャンブルが嫌いだからだ。
派手な彩色の紙を手のひらで丸めて、くずかごへポイッと投げ入れた。
コントロールが悪かったのか、かごの縁に当たり、そのまま床に転げ落ちる。
鬼井は気にせず、2枚目のチラシを見た。
《寿司ゆ。一貫からお好みで握ります。宅配も承っております。》
鬼井は、深く後悔した。
チラシ一面に、美味しそうな海の幸が、ところ狭しと並べられている。
こんなボロアパートにまで配るとは、明らかにバイトの手抜きだ。
鬼井は、カップラーメンをちら見した後、軽く溜め息をついて念入りにそれを丸めると、
今度こそ狙いを定めて、くずかごへ放り投げた。
寿司ネタが、鬼井の視界から消えていく。
「今日は3枚だけか…。」
鬼井は、最後の1枚を摘まみ上げる。
彼の眼に映ったのは、にっこりと笑う子まりさと子れいむのイラストだった。
あえて下手に描いているのか、まるで幼稚園児の作品のようだ。
ペットショップのチラシだろうか。
鬼井は、二匹の口元から出ている吹き出しの謳い文句を読み上げた。
《ゆっくりおそうじ♪ゆっくりきれい♪おうちのことならダスキユ♪ダスキユ♪》
鬼井には、一瞬、何の広告か見当がつきかねた。
ダスキユ。聞いたことのない会社だ。
よくよく見ると、子まりさは雑巾を口にし、子れいむはモミアゲで箒を掴んでいる。
チラシを手にしてからおよそ30秒。
鬼井は、ようやくこれが、新しい清掃サービスの宣伝であることに思い至った。
とはいえ、いったいどういうサービスなのか、鬼井には判然としない。
なぜ、ゆっくりのイラストなのか。
イメージキャラクターにしては、趣味が悪過ぎる。
そのとき、やかんがピーッと音を立て始めた。
慌てて火を止め、カップにお湯を注ぎ、皿を乗せて蓋をした。
それをテーブルの上に置くと、鬼井は、再びチラシを手に取る。
いくら眺めても分からない。
今度は、何気なくチラシをめくってみた。
すると、子ぱちゅりーと子ありすのイラストが、視界に飛び込んでくる。
《あなたのおうちをゆっくりおそうじ♪これでおへやはとかいはぴっかぴかよ♪》
《なまごみむーしゃむーしゃちあわせむきゅー♪》
さらにその下には、細かい字でびっしりと説明文が書かれている。
おそらく、このチラシを作った人物も、これでは何のことか分からないと判断したのだろう。
鬼井は、疲れも忘れて、その文章を目で追った。
《ダスキユは、あなたのお宅へゆっくりを派遣する総合清掃サービス会社です。
当社で教育を受けたゆっくりが、あなたのお部屋を隅々まで奇麗にします。
床拭き、窓拭き、埃の除去、生ゴミの処理、その他、各種サービスをご用意。
今なら、期間限定で、お試しパックを無料で配布致しております*。
詳しくは、ホームページ
http://ggg.dasukiyu.comあるいは下記のお電話で。》
鬼井は、*マークの参照先を探す。
ぐるぐると目玉を動かした後で、ようやくチラシの片隅にそれを見つけた。
《*お試しパックは、子まりさor子れいむ+基本セットのみです。》
それが、この広告から分かる情報の全てだった。
鬼井は、チラシを放り出すと、窓際のパソコンに向かう。
彼の部屋にある唯一の娯楽品と言っていい。
電源を入れ、ブラウザを立ち上げ、検索サイトにアクセスする。
そして、検索欄に【ダスキユ】と入力し、エンタキーを押した。
「これか…。」
そのHPは、検索覧の一番上にヒットした。
文字列にカーソルを合わせ、再びクリックする。
画面が真っ白になったかと思うと、いきなり陽気な音楽が流れ始めた。
鬼井は、慌てて音量を下げる。壁が薄いので隣に筒抜けなのだ。
どうやら、フラッシュが始まったらしい。
優しそうな女性がフェードインして、こちらをにこやかに見つめている。
「まりさちゃん、お片づけお願い。」
「ゆっゆ〜♪おかたづけはまりさにおまかせだじぇ♪」
本物の子まりさが登場し、床にちらばった玩具をてきぱきと整理する。
「ゆっくりおかたづけはたのしいじぇ♪」
画面が切り替わる。
今度は、頼れるお父さん風のダンディな中年男性だ。
「れいむ。窓拭きを頼むよ。」
「ゆっゆ〜♪ゆっくりお掃除するよ♪」
モミアゲで雑巾を掴んだ子れいむが、ぴょんぴょんと跳ねながら窓を拭いていく。
動作の割には正確で、吹き残しがない。
「ゆっくりおそうじたのしいね♪」
画面が切り替わり、二人と二匹が、笑顔で中央に並ぶ。
「「これでお掃除手間要らず。」」
「「「「「ゆっくりするならダスキユ♪ダスキユ♪」」」」
そこでフラッシュは終わった。
再生ボタンが、ぼんやりと点滅している。
しばらく身じろぎもしなかった鬼井は、マウスを持ち直すと、カーソルを動かし、
右上の、無料お試し版というボタンをクリックした。
よくある入力フォームが映し出されると同時に、鬼井は、もくもくとそれを埋めていく。
最後に、約款を読まないまま【同意する】の項目にチェックを入れ、送信ボタンを押した。
《確認のメールが送信されました。お客様番号をお控え下さい。》
メールボックスを確認する。
新着が十数通、その一番上に、株式会社ダスキユからのメールが届いている。
鬼井は額を拭った。
ふと、腹が空いていることを思い出す。
そして、テーブルを振り返った。
そこには、とっくに伸び切ったカップラーメンがぽつり、鬼井の箸を待っているだけだった。
続く
by 白兎
最終更新:2013年01月10日 21:25